NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第百六十話「歴史に異を唱える者達」

 

 司令室から追い出され、ユキナリが向かったのは小さな個室だった。それも監禁部屋と言ったほうが正しいレベルの窮屈さだ。氷の皮膜が薄く張られており、ちょうどガラス越しのように対面にマサキとゲンジが現れる。ユキナリはイブキへと目線を配った。イブキはユキナリの事を覚えているはずだ。だというのに、どうしてだかその視線は冷たい。

 

「あの、何が起こったんですか」

 

 ゲンジにまずは問い質さねば。何故、ここにいるのか。だがその前に先ほど司令室から追い出されたのが解せなかった。ゲンジはキャプテン帽を被り直し、「敵が襲ってきた」と簡素に告げる。

 

「我々は迎撃に成功。それだけの話だ。お前にはその間、司令室でかき乱されては邪魔だったので出てもらった」

 

 ゲンジの声音にはユキナリへの配慮がまるでない。自分にとってユキナリの存在は害悪だとでも言わんばかりの口調だった。

 

「敵って、ロケット団なんですか?」

 

 その質問にゲンジは沈黙する。マサキは、「そういうレベルやない、って言ったほうが正しいかな」と肩を竦めた。

 

「マサキさん。確かハナダシティの外れで出会って以来ですよね」

 

「ああ、そやな。記憶の継続性、あるやん」

 

「だからそう報告したでしょう」

 

 イブキが不遜そうに口にする。マサキは端末をいじる手を止める事なく、「でも興味深いよな」と呟いた。

 

「どこまで記憶しているのか。ユキナリ。最後の記憶って何や?」

 

 唐突な質問にユキナリは面食らったが記憶の糸を手繰るのはさほど難しくなかった。

 

「えっと、僕はオノノクスと共にキクコを助け出しました。メガゲンガーを倒したはずです」

 

 それは確信を持って言える。あの時、セキチクシティを襲った災厄から自分はみんなを守り抜いたのだと。だが、ユキナリの言葉にマサキが、「やっぱりそこまでか」と残念そうに口にする。イブキも、「やっぱりそうなのね」と言った。何がやはりなのか。ユキナリとしては自分の記憶をそのまま言葉にしただけなので戸惑いしかない。

 

「あの、僕、おかしな事言いました?」

 

「いや、何らおかしくないよ。せやな。オーキド・ユキナリがあの状態からここまで還元されたんやとしたらその記憶で正解や」

 

 あの状態、とは何なのか。ユキナリが問いかけようとすると、「もう一つ、質問ええか?」とマサキが先に口を開く。

 

「えっ、はい……」

 

「キクコを助け出した、言うたな」

 

「そ、そうなんです! だからきっとキクコも僕と同じように――」

 

「オノノクスと一緒にいるはず、とでも?」

 

 先んじて放たれた言葉にユキナリは硬直する。マサキは、「姐さん」とイブキを呼んだ。イブキはフィルムで保護された物体を持ってくる。それはユキナリのスケッチブックだった。

 

「オノノクスから還元されたのはオーキド・ユキナリ。あなたとこのスケッチブックだけ」

 

 イブキの宣告にユキナリは戸惑う。スケッチブックを手渡され逆に確証を得た気分だった。

 

「これがあるって事は、やっぱり助け出したって事の証明になりますよね?」

 

 ユキナリの質問に全員が無言を返す。どうして誰も自分の言う事にまともに取り合ってくれないのだ。スケッチブックは傷一つに至るまで自分のものに違いなかった。あの時、置いていったはずだ。キクコが持っていたのを最後の記憶で知っている。

 

「オノノクスは? この場所にいるんでしょう?」

 

「オノノクスは最高警備でキュレムが封じている。キュレムの氷結領域の中でしか制御出来ないから」

 

 発せられた意味が分からずユキナリが呆然としていると、「つまりはオノノクスはもう使えん、って事や」とマサキが告げた。

 

「で、でも、僕が行けば……」

 

「データ上、オノノクスはもうオーキド・ユキナリをおやとして認識していない可能性のほうが高い。それもそのはずやな。一度分解されたんや。その大元である人間をおやと思えるか、って話やし」

 

「分解って……、何です? オノノクスに、一体何を……!」

 

 氷の壁を叩くとゲンジが、「オノノクスを害してはいない」と短いが迫力のある声で口にした。

 

「ただ、三体のポケモンの中へと還元されたオノノクス、ならびにオーキド・ユキナリを復元するのに少しばかり手間取っただけの話だ」

 

「手間取ったって……。でも僕はキクコをオノノクスで助け出したはずなんだ。キクコはどこです?」

 

「――鈍いわね」

 

 その声にユキナリが目を向ける。見知った声の主はポニーテールを揺らしてユキナリへと睨む目を向けていた。

 

「ナツキ……」

 

 その名を口にするとナツキはつかつかと歩み寄ってきた。「よかった、無事だった――」と発しようとした声をナツキの拳が遮る。ナツキが氷の壁を殴りつけていた。ユキナリは覚えず後ずさる。「ナツキ」とゲンジがいさめる。

 

「……駄目ね。割り切れない」

 

 ナツキは腰を砕けさせたユキナリを見下ろす。左目に眼帯をしていた。

 

「あの、ナツキ、眼が……」

 

「あんたには関係ない」

 

 冷たく発せられた声に思わず身震いする。ナツキは、自分の知っている幼馴染は、これほどまでに冷たい殺気を放つ人間だったか。

 

「関係ないって、何だよ……。僕が、僕のせいでやっぱり目をやってしまった事、怒っているの?」

 

「そういうレベルじゃないのよ。あれからもう三ヶ月も経っているんだから」

 

「三ヶ月……」

 

 ユキナリは絶句する。自分の時間感覚ではキクコを助け出したのはつい昨日の出来事だ。それを三ヶ月と言われれば信じられるはずがない。

 

「何で。三ヶ月も何を」

 

「眠っていたのよ、あんたは。オノノクスの中でね」

 

 意味が分からなかった。自分はオノノクスを操るトレーナーであってどうしてオノノクスの中にいたというのだろう。ユキナリは、「何を言っているんだ」と頬を引きつらせた。

 

「僕は、オノノクスのトレーナーで、あの時、メガゲンガーを倒したんだ。間違いようのない事実は、それだけじゃないか」

 

 ユキナリの言葉にナツキがため息をついて腕を組む。

 

「あんたがそう思いたいのならばそうすれば? それでも、あんたにはこの三ヶ月を埋める方法はないけれどね」

 

「……何だよ、その言い方。おかしいよ! ナツキ!」

 

「艦長。こいつ、しばらく黙らせておいて。そのほうがいいわ」

 

 ナツキの言葉にゲンジは、「そのつもりだ」と応じる。

 

「何をするって言うんですか?」

 

 ゲンジはこめかみを指差す。

 

「そこに装着されているだろう?」

 

 ユキナリは氷の壁の反射でそれを目にする。突起物が自分の頭部の両側面に吸いつけられていた。

 

「これは?」

 

「特異点としての覚醒リスクを抑えるための道具や。ポケモンと同調、あるいは思惟で動かしたりするとそれが発動。自動的に装着者を消去する仕組みになっとる」

 

 マサキの説明に恐る恐るそれに触れる。

 

「つまり、死ぬ、って事ですか……」

 

 信じられない心地で呟くが誰も否定しない。つまり、それが事実という事なのだろう。ユキナリは俯き額を押さえた。

 

「わけが分からない。いきなり三ヶ月経っているだとか、覚醒リスクだとか特異点だとか……。じゃあ僕は何をすればいいんですか?」

 

「何も」

 

 返ってきた声はやはり冷たかった。ゲンジは迷う事のない言葉をユキナリに向ける。

 

「特異点オーキド・ユキナリにこれ以上の行動権限はない。我々がもう一つの特異点を破壊し、危険因子を排除するまでは」

 

「危険因子って何です? もう一つの特異点って、僕以外にもそんな人が」

 

「教える義務ないで、艦長。たとえオーキド・ユキナリやとしても、いや、やとしたら、か。こっから先の未来の歴史を変えるためには生き永らえさせちゃいかんのやからな」

 

 傍観者を貫くマサキの声音にユキナリは反論した。

 

「僕が、生きてちゃいけないって言うんですか」

 

「そうや」

 

 まさか即答されるとは思ってなかったユキナリは言葉を飲み下す。

 

「そう、って……」

 

「だってせやもん。ワイやイブキ姐さんはそれを誰よりもよく知っとるし、ナツキも承知の上や」

 

 ナツキへと視線を向けようとすると、「後は頼むわ」と言い残してナツキは去っていく。ユキナリはその背中へと呼びかけた。

 

「待ってよ! ナツキは、じゃあどうしてたって言うのさ! キクコはどうなったの? どうして僕は眠ってなんか――」

 

 その時、遮るようにポケギアが鳴り響いた。ゲンジが、「俺だ」と吹き込む。

 

『接近警報が出ています。ですが、敵影は視認出来ず。司令室まで来てもらえますか?』

 

「分かった、すぐに行く。マサキ」

 

「あいよ」とマサキが立ち上がる。ゲンジとマサキは自分を置いて離れていく。

 

「待てよ! 何なんだよ! キクコは? キクコはどこなのさ!」

 

 マサキがひらひらと手を振る。その時ユキナリの脳裏に切り込んでくる声があった。

 

 ――ユキナリ君。

 

 ハッとして周囲を見渡す。しかしイブキ以外誰もいなかった。

 

「さぁ、オーキド・ユキナリ。これから部屋へと案内するが」

 

「イブキさん。キクコの声です」

 

 その言葉にイブキは怪訝そうな目を向けた。

 

「……何も聞こえないが」

 

 そんなはずはない。ユキナリは再び周囲を見渡す。すると同じように声が響いてきた。

 

 ――ユキナリ君。どこ。

 

「やっぱりキクコだ。キクコは、ここにいるんですよ」

 

 イブキは訝しげな眼差しを通り越して警戒した。ユキナリはイブキに必死に呼びかけようとするがイブキはポケギアに声を吹き込む。

 

「マサキ。周囲に何かいる?」

 

『いや、敵影は全く分からんな』

 

「じゃあ、これも敵の罠か」

 

 全く信じようとしない。ユキナリは拳を握り締め、「そうかよ……」と身を翻す。

 

「キクコ! ここだ!」

 

 その直後、影の球体が壁を砕いた。ユキナリの服を風が煽る。どうやら上空を飛んでいるらしいこの氷の建造物の横合いから不意に入ってきたのは魔女の帽子を思わせる頭部をした紫色のポケモンであった。クラゲのように身体を空間にたゆたわせている。ユキナリは目を見開く。

 

「キクコ、そこにいるのか?」

 

 ――ユキナリ君。来て。

 

 魔女のポケモンが視線を振り向ける。ユキナリが踏み出そうとすると、「駄目よ! ユキナリ!」とイブキの声がかかった。

 

「ここにいる事ね」

 

 その言葉にユキナリははらわたが煮えくり返るような怒りを感じた。先ほどまで適当にあしらっていたくせに何を今さら。

 

「キクコが呼んでいるんです。僕は行きます」

 

「駄目だ」

 

 その声に目を向けるとゲンジとマサキが突風に煽られながらユキナリを見据えている。

 

「ここにいろ」

 

「ユキナリ、悪い事は言わへん。ここにいるのが一番安全なんや」

 

「……何なんだよ。さっきまで僕を物みたいに扱っていたくせに、安全も何もあるかよ。僕は人間なんだ。自分の意思で決める」

 

 マサキは舌打ちを漏らし、「ナツキか」とポケギアに声を吹き込む。

 

「RC1が逃亡する。全力をもって阻止するんや」

 

「ユキナリ。ロケット団に行ったところで居場所なんてないぞ」

 

 ゲンジの言葉にユキナリは目を丸くした。

 

「ここもロケット団じゃないんですか」

 

「違う。我々の名はヘキサ。この歴史に異を唱える者達だ」

 

 ヘキサ、と言われても分からない。ゲンジもマサキも何がしたいのだ。自分を抱え込みたいのか、そうでないのかはっきりすればいいものを。

 

「あなた達は、勝手な理屈で僕を縛って……。僕はキクコを選びます。信じる事にするって決めたんだ」

 

 ユキナリが踏み出そうとするとイブキが、「どこへ行こうと勝手だけれど!」と叫ぶ。

 

「もうポケモンと同調だけはしないで! それはあなたにとっても最悪の結果になってしまうから。後悔する前に」

 

 ユキナリは皆まで聞かず、魔女のポケモンに身を任せた。影が出現し、ユキナリを捉える。マサキが、「分からず屋め」と呻いたのが最後に聞こえた。

 

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