NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第百九十四話「クリティカルレベル」

 

「どうして、か。つまらない問いだな」

 

 サカキのニドキングがオノノクスの攻撃を弾き、冷凍ビームで牽制する。先ほどまでと違うのは逃げるためのタイミングをはかっている事だ。既に全てのバッジが手中にある今、ユキナリの相手をする意味はないと感じているのだろう。

 

 ユキナリは一秒でも長くこの場にサカキを留める必要があった。こいつだけは王にしてはいけない。その確信にオノノクスが跳ねる。打ち下ろされた牙が地面を抉った。土煙の舞う中でニドキングとオノノクスが同時に引き裂き、お互いの攻撃をぶつけ合う。ニドキングの表皮が引き裂けるが、オノノクスの牙の表面を衝撃が襲った。

 

 オノノクスが仰け反り頭蓋を揺らす攻撃に呻く。同調しているユキナリにもその衝撃が伝わった。脳髄をシェイクするような感覚に一瞬だけ視界が暗転する。

 

「弱ければ死ぬ。強ければ生き抜く。この世の道理だ。それを分からぬほど、子供でもないはずだが」

 

 ニドキングの攻撃がサカキの声音と同期して放たれる。連鎖する冷凍ビームをオノノクスは紙一重で避けながら、「だからって!」とユキナリはアデクとナツキを視界の隅に入れる。ナツキは身体を削ってまで戦った。アデクは手持ちの命を失うまで戦った。どうして失わなければならない。どうして傷つかなければならない。弱いからか? 強ければ何も失わなくって済むのか? だがそれは身勝手な理屈だ。強者と弱者の境目など曖昧で、それこそ簡単に入れ替わってしまう代物なのに。

 

「僕は、お前の言葉が真実だとは思えない」

 

 オノノクスが黒い光条を一射する。ニドキングは胸部の紫色の宝玉から右腕へと光を集中させた。注ぎ込まれた力の奔流が瞬き、右手から一射されたのは水色の光線だった。今までとは比べ物にならない冷凍ビームの閃きがオノノクスの「ドラゴンクロー」を呑み込み打ち消していく。ユキナリは肌がプレッシャーで粟立ったのを感じ取る。オノノクスを飛び退らせ、冷凍ビームを回避したかに見えたがその攻撃の射線にあるものに気がついた。

 

「アデクさん、ナツキ……!」

 

 この攻撃は自分とオノノクスだけを狙ったものではない。本来の目的はナツキ達を殺す事だ。判じた身体が跳ね上がり、オノノクスが瞬時に射線上へと動く。

 

 ――間に合わない。

 

 オノノクスの素早さでは射線に回り込む事など出来ない。ユキナリは奥歯を噛み締め手を薙ぎ払う。

 

「オノノクス、ハサミギロチンで打ち消せ!」

 

 牙を払い、オノノクスが黒い断頭台を発生させる。中空に黒い顎が出現し冷凍ビームを噛み砕いた。冷凍ビームは噛み砕かれた先から霧散していく。あと一歩でナツキ達が犠牲になるところだったが、寸前で消滅させられた。荒い息をついていると、「これで三回、か」とサカキが口にする。視線を振り向けるとサカキは指を二つ折っていた。

 

「ポケモンの覚えられる技には限界数というものが存在する。強力な技ほど、そう何度も撃てない。ハサミギロチンは角ドリルと同じく一撃必殺の強力な技。恐らくは五回程度が関の山だろう。お前とオノノクスは三回、撃った。あと二回だ。これを撃ち尽くせばニドキングの攻撃の合間を縫って戦うなどという無茶は出来なくなる」

 

 サカキが歩み出る。その踏み込みは超越者のそれを想起させた。

 

「二回だ。命中率三十パーセント以下の技がたった二回。ニドキングが避けるのは、そう難しい話ではない」

 

 ユキナリは歯噛みする。オノノクスの秘密を看過されたばかりか、サカキはオノノクスの完全な無力化を計っている。そして自分はそのペースにまんまと乗せられているのだ。

 

「ニドキングの秘密を少しだけ教えてやろう。ニドキングの胸部のあるのは命の珠。体力を削りながら技を強化する。さらにその特性は力尽く。技の追加効果、たとえば凍結などが発生しない代わりに技の威力を強化する。ここで問題なのは、この特性ならば命の珠の追加効果を打ち消す、という事だ。この意味が分かるか、オーキド。今のところ、ニドキングのダメージは先ほど撃たせてやったウルガモスの技とメガハッサムの技のみ。しかも、その技は効果が今一つ。対して、だ」

 

 サカキがオノノクスを指差す。それだけで銃口を突きつけられているかのように息が詰まった。

 

「オノノクスはどれだけダメージを負った? 直撃は受けていなくとも効果が抜群のダメージを何回も受け流せるはずはあるまい。身体に蓄積しているはずだ」

 

 その瞬間、オノノクスが膝を落とす。ユキナリも動けなくなっていた。毒か、と感じたが先ほど毒は抜いたはずである。だとすれば、これは――。

 

「限界点だ。オノノクスからのダメージフィードバック。それとオノノクスそのもののダメージ。もう戦えない。まともには、な」

 

 そんな、とユキナリは呼吸音と大差ない声を漏らす。オノノクスの指先が震えている。我知らず痙攣しているのだ。これでは全力で戦う事も無理ならば「ハサミギロチン」に賭ける事も出来ない。

 

「ニドキング相手に善戦したとは思う。だが、オーキド、特異点であってもお前は所詮、王の前にある些事だったという事だ」

 

 ニドキングが両腕を突き出す。命の珠からエネルギーが両腕へと注ぎ込まれ水色の光が交差した。やられる、と覚悟したユキナリへと差し込んだ声が響く。

 

「メガハッサム!」

 

 メガハッサムの影が躍り上がりニドキングの腕へとハサミを撃つ。ニドキングはすぐに冷凍ビームを拡散させた。

 

「邪魔だな、冷凍ビーム」

 

「凍結しないんでしょう? だったら、恐れる事はないわ!」

 

 メガハッサムがほとんど捨て身に近い攻撃を放つ。懐へと潜り込んだメガハッサムがニドキングの胸部にハサミを突き出した。

 

「バレットパンチ、連射!」

 

 ハサミが開かれ内部から鋼鉄の弾丸が何度も何度も胸部へと撃ち込まれる。その度にニドキングは衝撃を減殺しようと足を膨れ上がらせるがメガハッサムの攻撃のほうが早い。すぐさま押し切られる形となり、命の珠に亀裂が入った。

 

「虫けらが」

 

 サカキが吐き捨てニドキングが足を踏み鳴らす。大地の力の刃をすり抜け、メガハッサムは背後へと回り込んだ。命の珠から光が漏れている。

 

「これで命の珠による技の強化は防いだ」

 

 メガハッサムの巨大なハサミがニドキングの喉元を押さえつける。拘束する構えを取ったメガハッサムは身体に突き刺さる棘をお構いなしでニドキングの動きを封じた。

 

「今よ! ユキナリ!」

 

 その言葉の意味が最初、分からなかった。ナツキは懸命に声を発する。

 

「ハサミギロチンを撃って! あたしごと切り裂けば勝てる!」

 

 何を言われているのか、ユキナリには解せない。だが、ナツキは叫ぶ。

 

「メガハッサムがニドキングの動きを封じた! 今なら!」

 

「何を……」

 

 自分にナツキごとニドキングを倒せと言うのか。ユキナリはメガハッサムを見やる。ほとんどボロボロだ。強靭だったハサミは亀裂が入っており、先ほどの「バレットパンチ」が無理の祟る代物であった事を物語っている。ニドキングは命の珠をほとんど破壊されていた。今ならば、確かにニドキングにとどめを刺せるかもしれない。だが、それはナツキの命と引き換えだ。

 

「早く! オノノクスのハサミギロチンなら!」

 

 棘がメガハッサムの表皮を突き刺している。ナツキは激痛を押してまでサカキを止めようとしているのだ。自分ならばサカキを倒せる。その希望を繋ぐために。

 

「撃てるのか? オーキド。仲間を見殺しにしてまで、俺を止められるのか?」

 

 サカキは試すような物言いで言ってくる。ユキナリは揺れ動いた。ここでナツキごとニドキングをやれば、サカキは王になれない。ポケモンを失ったサカキならば今のオノノクスと自分でもバッジを奪い取れる。簡単な話だ。だが、そこには命が絡んでくる。

 

「ここで撃てば、俺はお前を見直すかもしれないな。だが、いいのか? 大切なものを失うぞ?」

 

 自分が先ほど言った事ではないか。どうして大切なものを奪えるのか、と。サカキは自分の命を削ってでも大切なものを奪ってくる。ユキナリの手に残るのは世界を救った、という曖昧なものだけ。あとは王になれた、という虚構の城。

 

 そんなものに価値はあるのか?

 

 ナツキを殺してまで、玉座を手に入れる意味はあるのか?

 

「オーキド。迷うな。撃て」

 

 サカキは撃てと言う。ナツキも撃てと叫ぶ。アデクは咽び泣き、自分は――。

 

 自分は何も失いたくない、誰かを失うくらいならば何もいらない。

 

 その感情が堰を切ったように溢れ出し、頬を伝っていた。

 

「……嫌だ。僕は、もう誰も」

 

 フジの姿が脳裏を過ぎる。フジは自らの命をもってユキナリの未来を繋いだ。縁が自分を導くだろう、と言葉を添えて。

 

「嫌だ……。フジ君……」

 

 ユキナリは涙を止める事が出来ずに土を握り締める。それが敗北宣言に繋がっていた。ニドキングが背後のメガハッサムに肘打ちを放つ。緩んだ拘束を解き、ニドキングはメガハッサムの頭部を殴りつけた。ナツキがよろめき、左目の光が薄らぐ。メガハッサムの姿が蜃気楼のように消え去り、ハッサムの矮躯が残った。

 

「脆いな。消えろ」

 

 ニドキングがハッサムの首をねじ上げ、そのままくびり殺そうとする。ユキナリは泣き叫んだ。

 

「やめろ! オノノクス!」

 

 オノノクスが同期して牙を振るう。黒い剣閃が顎の形状となり、ニドキングを両断しようとした。だが、ニドキングは振り向き様に角を振るう。放たれたドリルの勢いに断頭台が掻き消された。

 

「撃ったな。これで残り一回だ」

 

 ユキナリは荒い息をつく。不意打ちじみた今の攻撃が通じなかった。ニドキングはハッサムを投げ捨て、胸部をさする。ほとんど命の珠は用を成していなかった。

 

「だが力尽くの特性は生きている。命の珠を潰した程度では、俺とニドキングは止まらん。それに、最早オノノクスは恐れるものではない」

 

 サカキは身を翻す。ユキナリは一歩も動けなかった。ニドキングとサカキの歩みを止めるだけの攻撃も意志も自分の中にはなかった。

 

「さよならだ。オーキド・ユキナリ」

 

 サカキの言葉は完全な勝利宣言だった。ユキナリは自らのがらんどうの身体を持て余した。

 

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