NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第二十六話「斧龍」

 

 命令の体をなしていない声でもキバゴは主人の怒りを感じ取ったのだろう。青い光を片牙に纏いつかせる。ラムダは指を鳴らしてコイルに命じた。

 

「コイル、マグネットボム」

 

 コイルの両端のU字磁石が外れ、キバゴへと直進する。キバゴは片牙で弾き落とそうとしたが、その直前に磁石が起爆した。爆風でキバゴの身体が後退する。さらに追撃するようにもう一つのU字磁石が回り込んだ。

 

「キバゴ、後方! 宙返りと同時に一閃!」

 

 ユキナリの指示に従ってキバゴが行動する。放った攻撃は磁石を弾いたが、やはり直前で起爆されダメージを負う結果になった。

 

「マグネットボムは必中。無理に破壊しようとすると爆発して痛い目を見るぜぇ」

 

 コイルの両端の磁石は既に再生している。どうやら何度でも出せる技のようだ。ユキナリは歯噛みする。この状況、三人の大人が全員コイルを繰り出し自分達の行動を縛っている。厄介なのは全員が手馴れた人間である事だ。コイル一体ならば突き崩せるものを。しかし、ユキナリの心境を読んだかのように、「一体なら、とか思ってんだろ」とラムダが口にする。ユキナリは心臓を鷲掴みにされた気分だった。

 

「一体なら、ねぇ。じゃあ、一体になってやるよ。お望み通り」

 

 どういう事なのか。ユキナリが困惑しているとラムダは指を鳴らす。すると、コイル三体が寄り集まってきた。お互いに磁界を発し、強力な磁場が形成される。それによってコイル二体が逆さまになり、ラムダのコイルとあろう事か合体した。六方向へと電流が放射される。さらに強力なポケモンが誕生したのは明白だった。

 

「レアコイル。コイルの進化系だ。オレ達は、既に進化したレアコイルを三体に分ける方法を考案し、こうやってコンビネーションを取ってきたわけさ。レアコイルは少しばかりごついから取り回しが悪いからな」

 

 それぞれのU字磁石を回転させレアコイルが甲高い鳴き声を上げる。ラムダの言葉は即ち、ある事実を暗に示していた。

 

「レアコイルで個体識別をしているって事……」

 

 ナツキの言葉にラムダが反応する。

 

「おっ、お嬢ちゃん察しがいいねぇ。そう、つまり、残り二人は参加者じゃねぇ」

 

 ユキナリはその段になってもう二人の男達はポケギアをつけていない事に気づいた。つけているのはラムダだけだ。

 

「規約違反になるはず」

 

 ナツキの口にした言葉に、「ノンノン。その盲点をついたのがこの戦法ってわけさ」とラムダは返した。

 

「オレは正規の参加者だ。当然、然るべき手順を踏んでいる。何の問題もあるまい。オレはただ、オレと同行している二人への協力関係を結んでいるだけ。二人が参加者でないのはポケモンを持っていないから」

 

「でも、コイルを……」

 

「こっちのボウズは物分りが悪いねぇ。普段はレアコイルで保持していて、戦闘時のみコイルにして使わせる。言うなれば駒だ。それにコイル三体に対して有効なのはオレの命令のみ。つまり、レアコイル一体を使っているのと変わりはないわけだ」

 

 侮蔑の眼差しにユキナリはキッと睨み返す。「おお、怖い。怖いねぇ、男の子ってのは」とラムダが手を振る。

 

「やっぱり、ガキでも女のほうがいいなぁ」

 

 ラムダは動けないナツキへと顔を近づける。ナツキは醜悪な臭いを嗅いだように顔を背けた。

 

「どうだい? オレ達と来ないか? このボウズよりかは楽しませられるぜぇ」

 

 ラムダの提案に対してナツキは唾を吐きつけた。唾がラムダの靴にかかる。

 

「お断りよ」

 

 ラムダは舌打ちと共に、「やっぱガキだな」と手を振り翳す。レアコイルがU字磁石を発射しナツキの眼前で止めた。

 

「このまま顔をぐっちゃぐちゃに潰してやろうか? マグネットボム、いやポケモンの技を食らうってのはどれほどヤバイ事なのかスクールで習うよなぁ?」

 

 ナツキは眼をわなわなと震わせる。自分の顔の、十センチもないところにいつ起爆してもおかしくない爆弾が吊り下げられている。

 

 ユキナリも唾を飲み下した。ポケモンの技を人間が食らえば、それは一生消えない傷痕になる。それでもまだマシなほうだ。「マグネットボム」は見たところ強力な技ではないが、人間がそれを身に受ければ命の危険性すらある。

 

「やめろ! やるなら、僕を」

 

「涙ぐましいねぇ」とラムダがわざとらしく鼻をすすった。

 

「仲間を庇い合う。いや、自分の女を、か? まぁ、最近のガキはませているから分からないけれどなぁ。爛れた関係? 嫌いじゃねぇなぁ」

 

 ラムダの笑みにユキナリは怒りの表情を滲ませる。キバゴでレアコイルを一撃の下に倒せればもしかしたらこの状況を打開出来るかもしれない。だが、不可能だ。それは自分が一番よく分かっている。

 

「分不相応なヒーロー君は現れないみたいだぜぇ? お嬢ちゃん」

 

 ナツキの前髪を掴み、ラムダが口にする。ナツキの目の端に涙が浮かんだ。その瞬間、ユキナリの中で何かが弾けた。

 

「ラムダぁ!」

 

 今まで出した事のない憎悪の感情が身のうちから震わせる。その声はキバゴへと伝わり、キバゴは地面を蹴りつけてレアコイルへと飛びかかった。青い光を纏って片牙を振り上げる。しかし、レアコイルは一方のU字磁石を持ち上げただけだった。

 

「レアコイル、電磁砲」

 

 U字磁石の合間を青い電磁が行き来したかと思うとキバゴの眼前に向けて電流を迸らせる砲弾が撃ち込まれた。キバゴは避ける事叶わず、片牙へとそれを受け止める。だが、次の瞬間、拮抗状態は瓦解した。

 

 青い光が消え失せる。それがどちらのものなのか最初分からなかったが、宙に舞った牙の欠片を視界に入れ、ユキナリは押し負けた事を悟った。

 

「キバゴ……」

 

 キバゴが仰向けに倒れる。麻痺状態にあるのか、身体を震わせていた。

 

「電磁砲を真正面から食らいやがった」

 

 ラムダがせせら笑い、キバゴを踏みつける。

 

「百パーで麻痺状態になるぜぇ。もうまともな戦闘は期待出来ねぇよなぁ」

 

 ユキナリは何も言い返せない。声が出なかった。真の敗北において言葉ほど無意味なものはないのだと思い知った。

 

「それよか、もう一生戦えないぜぇ。だって片方しかない牙が折れちまってんだもん」

 

 その言葉でユキナリは現実へとようやく認識が追いついてきた。キバゴの片牙、それが根元から叩き割られていた。ユキナリは呆然とする。ぐらり、と意識が傾いだのを感じた。

 

 ――もう、戦えない。

 

 その言葉が最後通告の響きを伴ってユキナリの内部に残響する。

 

「オツキミ山で早くもリタイヤか。惜しいな、ガキ。まぁ、夢見るだけ無駄だったって事だ。さて、お嬢ちゃん達はオレ達を楽しませてから消えていってもらおうか。幸い、オツキミ山でも遭難者ってのはいるもんでな」

 

 口角を吊り上げたラムダにナツキは堰を切ったように泣き出した。頼みの綱であったユキナリとキバゴの反抗の牙が折られたからだろう。ユキナリはその場に膝を折った。ナツキが泣きじゃくる声が聞こえる。

 

 ――何も出来ないのか。

 

 このまま、事態を静観し、全てが取り返しのつかない事になるまで、自分に出来る事はないのか。

 

 胸中に問いかけても答えは出ない。思考の終点がやってきた。アデクと誓い合った戦いも、玉座に続く夢も、まともに生きる事も出来ずに。

 

 ――夢?

 

 ユキナリは問いかける。キシベと誓った。この胸にある光を。灯火を。

 

 ――もう、逃げたくない。

 

 地面に触れていた手を拳に変える。この手には熱がある。まだ、世界を変えろと喚く熱が。それを分不相応だと切り捨てた日々を送っていたのも自分。今もまた、潰えようとしているのも自分。

 

「……逃げないんだ」

 

 呟いた声にラムダが、「あ?」と声を向ける。ユキナリは顔を上げた。眼には決意の光を宿らせている。

 

「もう、逃げない。そう決めた。約束もした」

 

 キバゴが起き上がる。麻痺状態にある身体を無理やり動かしている。軋む関節を摂理に反して稼動させ、キバゴは両手を地についた。両脚に力を込め、今すぐにでも飛びかからんとする体勢だ。ラムダは鼻で笑った。

 

「どうするって言うんだ? 根性論でどうにかなるわけじゃないだろう? その小さな身体で、小さな力で」

 

「かもしれない。でも、いつかは小さな身体を脱ぎ捨てて、さなぎの時を超え、蝶になる資格は誰にだってある」

 

 キバゴが威嚇するがラムダは男達へと目をやって哄笑を上げた。

 

「牙なしのポケモンがぁ! いきがりやがって!」

 

 ラムダが蹴りつけようとする。その瞬間、光が薙ぎ払った。

 

「……あ?」

 

 ラムダの足首から先が明後日の方向を向いていた。最初、折れたのだとラムダは思ったのだろう。しかし、その足首から鮮血が迸り、次いでその靴裏が視界に飛び込んだ時、彼は目を疑った。

 

「ああっ?」

 

 扇状の光がラムダの足首を切り払っていた。ユキナリはその光の根源に目を向ける。キバゴの口角から扇状の光が形成されている。タケシとの戦闘でも一瞬だけ見えた光だ。それをキバゴが具現化させていた。その光が少しずつ薄れていく。残っていたのはほんの灯火程度の光の帯だった。キバゴの身体へと余った光が纏いつきその身体を一回り大きくさせる。緑色の未発達だった表皮は鎧のように強固になった。両脚の筋肉が膨れ上がり、灰色の皮膚は黒色に近くなる。咆哮した瞬間、全ての光を振り払い、キバゴであったポケモンはその全貌を現した。

 

 赤いまだら模様が垣間見える。片牙しかなかった牙は両方生え揃っていた。まるで削岩機のように鋭くなった牙を振り翳すそのポケモンはキバゴではない。面影だけを残した別種のポケモンだ。

 

「斧みたいな光で、オレの、足を……」

 

 足首を斬られたラムダはユキナリを指差し、「いいんだな!」と言い放つ。

 

「このお嬢ちゃんの顔がぐちゃぐちゃになっても!」

 

「そんな事をしてみろ。それよりも早く、お前の身体をバラバラに切り裂いてやる」

 

 ユキナリの放った言葉の気迫にラムダは息を呑んだ。ユキナリも挑発で言ったつもりはない。本気でラムダを殺すのも頭に入れていた。

 

「い、いいのか? そんな態度で……!」

 

 ラムダはなおも脅迫を続けようとするがユキナリがあまりにも先ほどまでと一線を画していたからだろう。「くそがぁ!」と叫んでレアコイルの攻撃の手をユキナリへと向けた。

 

「なら、お前からだ! レアコイル! 全マグネットボムをガキとあのポケモンに向けろ!」

 

 レアコイルがU字磁石を取り外し、それぞれを回転させながらユキナリとキバゴであったポケモンに向けて撃ち放つ。ユキナリは静かな心地で攻撃の声を放った。

 

「ダブルチョップ」

 

 キバゴであったポケモンは両端の牙をそれぞれ「マグネットボム」に向けて放った。剣閃が二つの鋼の爆弾を破壊する。その爆風に呑まれて二つがさらに起爆したがもう二つはユキナリへと真っ直ぐに向かっていく。

 

「顔ぐちゃぐちゃになりやがれー!」

 

 ラムダの叫びにユキナリはただ命じた。

 

「僕を守れ」

 

 その言葉に弾かれたようにキバゴであったポケモンは一瞬で移動し、牙ではなく発達した両腕で叩き落した。鋼の爆弾は地に落ちて脆く崩れ去る。ラムダはぽかんと口を開けて呆けていた。

 

「全てのマグネットボムが、防がれた、だと……」

 

「これが現実だ。やれ。ダブルチョップ」

 

 キバゴであったポケモンは牙に扇状の青い光を纏いつかせ、レアコイルへと飛びかかる。キバゴの時よりも体重も身体も大きくなっていながらその動きは機敏だった。まさしく獣の様相で飛びかかられたレアコイルは振るい落とそうとしたが、その前に牙の一撃が突き刺さった。レアコイルが全身から眩い電流を放出する。しかし、それらが命中する前にくるりと身を翻してキバゴであったポケモンはユキナリの下へと帰ってきていた。

 

「くそが……、何だ、その……。斧みたいな、牙で、オレの足を」

 

 忌々しげにラムダが失った足を見やる。ユキナリは、「そうだな。ちょうどいい」と指を鳴らした。

 

「これは最早、牙を超えた、斧の一振りだ。斧の龍、これからはオノンドと呼ぶ!」

 

 オノンドと呼ばれたポケモンはまるでそれが本来の名前のように声を上げた。ラムダが、「ふざけるなよ!」と喚く。

 

「レアコイルの支配下に、まだお嬢ちゃん達は――」

 

「オノンド、ダブルチョップでやれるな」

 

 心得たようにオノンドは地面に向けて青い一閃を連続して二度放つ。すると、鳴動したように地面が震え、直後、地面を伝って青い光が剣山のように突き立った。衝撃波と見紛うばかりの攻撃はちょうどキクコとナツキを見張っていた二人の男へと命中する。一人は眼を、もう一人は肩口をやられたようだ。

 

「……地面を伝う衝撃波を利用して、遠隔で攻撃を当てやがっただと」

 

 オノンドは牙を振り翳す。誇示するようなその姿勢にラムダが唇を噛み締めた。

 

「即席で、そんな真似――」

 

「即席じゃない。僕達はあらゆる敵を想定して、キバゴの時にあらゆる戦法を試してきた。オノンドになってそれが自在に出来るようになっただけの話」

 

 キバゴの時に布石は打っておいた。二ヶ月の修行が実を結んだ感触に浸る前に、ユキナリはラムダを睨みつける。

 

「これで、人質は救った」

 

 ラムダが歯軋りをする。二人の男の補助を借りながら、ラムダは立ち上がった。

 

「いい気になるなよ。レアコイル自体は、まだ負けてないんだからな!」

 

 レアコイルがU字磁石の砲身をオノンドとユキナリへと向けた。全部で六つの砲門が攻撃の光を携えてユキナリとオノンドに狙いをつける。

 

「ロックオンだ。これで次に放つ技は必中。忘れているみたいだが、まだ麻痺の只中だろう。全部で六つの電磁砲を避けられる道理はない」

 

 ラムダが口角を吊り上げて勝ちを確信する。ユキナリは落ち着いた様子で、「避ける必要はない」と応じた。

 

「全ての攻撃が叩き込まれる前に、僕とオノンドはお前にとどめをさす」

 

 ユキナリの声は冷淡に響いた。自分でも驚くほどラムダの攻撃に対しては自信があった。

 

 ――それら全てよりも、僕とオノンドは速い。

 

 ラムダが鼻で笑う。

 

「やってみせろよ!」

 

 六つの輝きが瞬き「でんじほう」の青白いプラズマが撃ち込まれようとする。ナツキが声を上げた。

 

「ユキナリ! 避けて!」

 

 その言葉にユキナリは優しく微笑んだ。

 

「大丈夫だ。ナツキ。避けるまでもない事が、撃たれて分かった。オノンド」

 

 呼ぶ声にオノンドの両方の牙に攻撃の光が灯る。青い光を扇状に展開させ、オノンドは吼えた。

 

「ドラゴンクロー」

 

 オノンドが地面を蹴りつけ、身体を翻す。

 

 六つの「でんじほう」がユキナリの眼前へと迫る。その青い光がハレーションを起こしたように目に焼きついたのと、消失するのは同時だった。

 

 オノンドが放った一閃は正確無比にレアコイルを貫いていた。レアコイルへと斜に一撃が打ち込まれている。ラムダが目を瞠った。

 

「……馬鹿な。頑丈特性だぞ」

 

「オノンドの特性は型破り。頑丈を無効化する」

 

 レアコイルががらりと傾いだ。レアコイルから攻撃の残滓が消えていく。バラバラに外れかけたが、最後の一線で持ち堪えた。

 

「クソガキがぁ!」

 

 ラムダが手を振り翳す。その瞬間、ラムダのレアコイルは「マグネットボム」を無茶苦茶に放った。ほとんど狙いをつけずに放たれたそれらは一斉に起爆し、土煙を上げてラムダの居場所を隠した。

 

「逃げるつもりよ」

 

 ナツキの声に、「逃げればいい」とユキナリは答えていた。「え?」とナツキが口にする。

 

「あんな奴の持っているポイントなんて、頼まれたって要らないね」

 

 ユキナリはオノンドの身体を撫でた。随分とキバゴだった時に比べると表皮が硬くなっている。防御にも自信がありそうだ。

 

「カッコつけてる場合じゃないでしょ!」

 

 ナツキはそう口では言うが、今にも泣きそうな顔をしていた。ユキナリが、「酷い顔だよ」と素直に感想を述べると、「うるさい! 馬鹿!」とナツキは憤った。

 

「何で僕に怒るのさ? 奴らが悪いんだろ」

 

「むぅ……。言いたい事は山ほどあるけれど、屈辱だわ」

 

 ナツキの気持ちがこの時ばかりは分からなかった。ユキナリが土煙の晴れるのを待っているとやはりと言うべきかラムダ達は消えていた。逃がしてやればいい。どうせ自分に立ち向かおうとはもう思わないだろう。ユキナリはそう感じたが次のナツキの言葉に色めきたった。

 

「いないわ。ユキナリ! キクコちゃんが!」

 

 その声にまさか、と周囲を見渡す。

 

 キクコの姿はどこにもなかった。

 

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