NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第五十三話「これからの事」

 

 昨日までの空と今日の空は同じものを見ているはずだ、と誰もが思う。

 

 空間という定義上では確かにそうだろうが、それは雲の配置一つを取ってしてみても全くの別物であり、そこに感情が添付されるのならばまず同一の空とはありえない。ユキナリには少なくとも、昨日までの景色と今日の景色は別物であり、昨日よりも今日のほうが澱んで見えた。寝不足のせいもあるのだろう。何度か目を擦っていると、「眠れなかったの?」とナツキが尋ねた。

 

「いや、別に」

 

 素直に眠れなかったと答えればいいものを、ユキナリは濁してチェックアウトした。どちらにせよ、発電所やマサキの家に出払った時間、他の挑戦者達は先を行っているのだ。このままハナダシティでポケモンリーグを静観するわけにはいかない。自分がそれでよくても、ナツキには目的がある。足を引っ張り合うのでは何のために一緒に旅に出たのか分からない。

 

 ユキナリ達はアデクが入院しているという病院へと立ち寄った。救命医がポケモンセンターでの治療に限界を感じ、人間用の施設に移されたのだという。大事はない、峠を越えた、との事だったが、実際に会ってみなくては分からなかった。主治医に案内され、ユキナリは個室へと通された。扉を開けると、アデクが窓の外を眺めながら鼻歌を歌っていた。その音色がやけに澄んでおり、ユキナリ達は一瞬、声をかけていいものか悩んだ。主治医が咳払いをするとアデクは何でもない事のように振り返る。ユキナリの姿を認めるとアデクの顔は明るくなった。

 

「おお! 来たのか!」

 

 いつもと変わらぬ声量にユキナリは内心安堵した。もしかしたらもう会話をする事も出来ないのかもしれないと視野に入れていたからだ。主治医が、「大丈夫そうですね」と声に出す。

 

「いつでもオレは旅に出られるぞ!」とアデクは豪快に腕を回したが、「さすがに二、三日は休んでもらわなければ」と主治医が笑っていさめた。

 

「何じゃ、つまらんのう」

 

 アデクが唇を尖らせる。ユキナリは病室へと踏み込んだ。アデクにする事は決まっていた。

 

「すいませんでした」

 

 ユキナリが頭を下げると、アデクは、「どうして謝る?」と怪訝そうにする。

 

「僕が迂闊に前に出なければ、アデクさんに怪我を負わせる事はなかった」

 

 罵声も、中傷も甘んじて受けようと思っていたユキナリに振りかけられたのは意外な声だった。

 

「つまらんのう」

 

 その声にユキナリが顔を上げると、アデクは、「ちょっと怪我負わせたくらいでなんじゃい!」と声を張り上げる。

 

「これから先、お前さんは誰かを蹴落とさなきゃ、玉座に辿り着けん! 傷の一つや二つを負い目に感じるな! 王を目指すのならばそれさえも糧としろ!」

 

 アデクの強気な言葉にユキナリは顔を伏せる。

 

「……それほど、僕は強くない」

 

「お前さんは強い。オレが保証する。だからのう、そう辛気臭い顔をするなや。オレまで気が滅入る」

 

 アデクが快活に口にした言葉にユキナリは頭を振る。

 

「強くないですよ。僕は」

 

 発電所でのオノンドの暴走をアデクは知らないはずだ。いや、ヤナギとの一戦でもしかしたら露見しているかもしれない。割って入ったのはアデクだ。優勝候補ともなれば、それしき一目で見分けられるのか。

 

「何があったのかは知らんが、そう気を落とす事はない。オレは生きてるし、お前さんも生きている。あんな強い野生に行き遭って、これほど幸運な事はないのう!」

 

 アデクはまたも大口を開けて笑った。ユキナリは苦笑を漏らす事しか出来ない。それを制したのはキクコだ。自分は何もしていない。

 

「さぁさ、皆さん。傷に障るといけないので、面会はこの辺にしておいてもらえますか?」

 

 主治医がアデクのあまりの豪気さにたじろいだように全員を帰そうとする。アデクが、「待て」と一言発した。ユキナリが振り返ると、「お前さんに用がある」とアデクが指差したのは意外な人物だった。

 

「あたし?」

 

 ナツキは今までアデクとユキナリのやり取りを白い目で見ていた人物である。ここになってどうしてアデクが、と勘繰る前に、「ちょっと話したいんでのう」という言葉にそれ以上の追及を逃された。

 

「構わんか? 先生」

 

 主治医へと目で問いかけたアデクに、主治医は頷いた。

 

「いいでしょう。あまり大声を出さないように」

 

 それだけ釘を刺されてアデクとナツキだけが病室に取り残された。自分に言うべき事はあるかもしれないが何故ナツキに。その疑問が氷解する事はない。小首を傾げていると、「ねぇ、ユキナリ君」とキクコが声をかけてきた。

 

「ちょっと話があるの」

 

 キクコが自分に話とは一体何なのだろう。今の今まで罪悪感に苛まれてきたユキナリにはどの言葉も自分を責め立てているように思えたがキクコの言葉は例外だった。キクコからヤナギの事を聞き出せれば。そのような賢しい神経が働き、「何?」とユキナリは尋ねていた。

 

「先生は、誰かに話しちゃいけないって言っていたけれど、私は多分、ユキナリ君に隠しちゃいけないんだと思う」

 

 自分が思っていたよりも深刻な話にユキナリは、「場所を移そう」と提案した。

 

「あの街路樹の傍を抜けて、ゴールデンボールブリッジを歩きながら話そう。そうしたら誰にも聞かれないだろうし」

 

 ナツキとアデクの話がどれだけ長くなるのかも分からなかったが、ユキナリは自分自身、決着をつけねばならぬ事があるのを理解していた。オノンドの事。これからどうするべきなのかを。そのためにはキクコの事、ヤナギの事、先生と呼ばれる存在の事は知っておかねばならない。

 

 キクコは静かに頷いた。

 

 

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