NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第五話「鬼子」

 

「タマムシ新聞社のヤグルマだったな」

 

「はい。その通りです」

 

 ヤグルマはカンザキと肩を並べて歩く。

 

「この現場を他の記者にでも垂れ込まれれば厄介だぞ」

 

「心配ご無用。先ほどの茶番で、ほとんどの記者は満足しています」

 

 記者会見を茶番と形容したヤグルマにカンザキは苦笑を漏らす。

 

「そう見えたかね?」

 

「ええ。私には、本質が隠されているように感じられました。このポケモンリーグ、ただのレースやスポーツの一部だと判断するには少々きな臭い」

 

「それはそうだ。玉座がかかっているのだから」

 

「私は結果論を言っているんじゃありません。純血だとか、そういう話は政治家の手合いだ。この戦いを提案したのが、カントーの頭の固い重役にしちゃ思い切りがよ過ぎると感じたんですよ」

 

 彼は見抜いているのだろうか。この戦いが先代の王の遺書に基づくものであると。それはごく一部の政府関係者やカンザキのように執行官を任ぜられた者しか知らないはずだ。

 

「確かに。緊張状態にあるイッシュや縁の薄いシンオウまで巻き込むというのは度し難いか」

 

「私はね、この戦いがスポーツの祭典だとか、そういう楽観主義の側面で捉えている人間が一番理解出来ない。カントーの王の崩御、その直後に発表されたポケモンリーグ。出来すぎのシナリオだと思いますがね」

 

「陰謀論か」

 

「そんなちゃちなもんじゃありませんよ。この戦いにはさらに大きな裏がある。そう考えるのが妥当でしょう」

 

「ふむ」とカンザキは首肯してから応接室に通した。ヤグルマは心得ているのか、なかなか部屋に入ろうとしなかった。口封じ、という手段もある、と察したのだろう。

 

 カンザキが先に入り、上座の席につくまで、ヤグルマは動きさえしなかった。ようやく部屋に入り、カンザキが顎でしゃくったソファへと腰を下ろす。

 

「この部屋」とヤグルマは口を開いた。

 

「防音設備は」

 

「大丈夫だ。抜かりない」

 

「そうですか。聞かれるとまずいので」

 

「それは、誰に、だ?」

 

「上役の方々ですよ。うちの会社にだってばれればこれです」

 

 ヤグルマが首筋を掻っ切る真似をした。カンザキは失笑する。

 

「そうまでして君が得たいものは何だ?」

 

「さっきの質問の延長線上ですが、バッジは本当に八つですか?」

 

「ああ。なんだ、やけにこだわるじゃないか」

 

「いえね、ちょっと耳寄りな情報を持っているもんですから」

 

「耳寄りな情報?」と聞き返すと、ヤグルマは鞄から数枚の資料を差し出した。机の上に広げる。それは七つの眼を有する仮面の人々だった。自分も知っている事なだけに鼓動が収縮する。それを押し止めて、カンザキは何でもない事のように尋ねた。

 

「これは?」

 

「王の崩御より数年前から、王の近辺で動いていたと思しき人々です。全員が同じ仮面をつけている。右に三つ、左に四つの眼を持つ仮面」

 

「何が言いたい?」

 

「これはこの世界ではあまり流布されていない伝承ですが、黙示録の仔羊にこれと似た文様があります」

 

 写真を指で叩きながらヤグルマが口にする。

 

「黙示録?」

 

「はい。ご存知ないかもしれませんが、そういうもの、聖書と呼ばれる存在のものは無数に存在する。その中の一つです。古い考古学資料だと考えてもらって結構です」

 

「その考古学資料と、仮面の人々の関係は?」

 

「依然、不明です。しかし、彼らは歴史の裏側に巧妙に隠れている」

 

 ヤグルマはカンザキを真っ直ぐに見据える。その眼差しには探求の光があった。

 

「彼らを暴きたいと、思いませんか?」

 

 その言葉の意味するところをカンザキは吟味する。

 

「つまり君は、今回のポケモンリーグにも彼らが関与していると?」

 

「可能性はありえます。彼らは今まで歴史の節目に現れては、何か重大な事を決めていった」

 

「それこそ、陰謀論ではないか」

 

 一笑に付そうとしたがカンザキの表情が思いのほか強張っていたせいだろう。ヤグルマは、「何か、ご存知なんですね」と目ざとく訊いてきた。仮面の少年少女の姿が脳裏に浮かび、「何も知らんよ」と無意識中に答えていた。

 

「仮面の人々は何のために、歴史を矯正しようとしているのでしょう? 何のために、現れては消えているのでしょう?」

 

 ヤグルマの言葉を妄言と切り捨てる事は出来た。しかし、カンザキの中にもしこりがあったのは事実だ。

 

「私の下にこれを持ってきてどうする? 私に探れというのか?」

 

 ヤグルマは頭を振って、「いいえ」と否定した。

 

「探るのは私です。カンザキ執行官にはそれを許していただきたい」

 

 その意味するとことをカンザキはようやく察した。

 

「君を駒にして、私が真実を知れというのか」

 

「タマムシ新聞社のエリートです。力不足ですか?」

 

 不敵に微笑んでみせたヤグルマにカンザキは内心に感嘆する。

 

 この男は自分を売り込みに来たのだ。政府直属の記者として。さらに言えば真実を探る諜報員として自分を雇え、と。カンザキの立場ならば仮面の人々と対面する事もあるだろうという確信だろう。ヤグルマは、「悪くないお話だと思うのですが」と続けた。

 

「君を使い、私が政府の裏の顔を探る。その情報を自分のものにするのもよし。あえて封印するのもよし」

 

「どうなさいます?」

 

 ヤグルマの言葉は甘い蜜のようだ。寄り付けばおこぼれに与れる事は明白である。しかし、甘い蜜には必ず裏がある。薔薇に棘があるように何か、触れてはいけない禁忌が存在しているような気がした。

 

「面白い」

 

 カンザキは資料の仮面の人々を指差し、「こいつらを暴く事が、我々にとって有益であるのならば」と続ける。

 

「この提案、受け容れよう。君は、どうやって彼らを探るつもりだ?」

 

「バッジは八つか、と聞きましたよね」

 

 ヤグルマは仮面の人々に視線を落としながら呟く。

 

「何故、八つのバッジなのでしょう? カントーには八つ以上の街がある。だというのに、何故、指定されたルートを通り、バッジを集める必要があるのか」

 

「記者会見でも聞いていたな。バッジを集めずにセキエイに行ったほうが速いのではないのか、と」

 

 ヤグルマは首肯し、「この競技」と顎に手を添えた。

 

「何かがおかしい。八つのバッジの出所を探ったところ、私は彼らの存在に気づきました。このような面倒な競技を何故提案したのか、私はそこにこそ意味があるような気がします」

 

「意味、とは」

 

「これは推測ですが」とヤグルマは前置きし、資料を繰った。そこには細かい文字で何らかの資料の引用文が書かれている。

 

「彼らは何かを再現しようとしている。これが私の推測する目的、その一です」

 

「再現……。何を?」

 

「イッシュ建国神話、ホウエンの伝承、シンオウの神話、あらゆる方面の神話、及び伝説を探ると、どうしてだかある一点で彼らの存在が出てくる。建国神話に関してはその末裔を辿っていくと、彼らのうち一人に行き着くんです」

 

 カンザキは怪訝そうな顔をした。それが伝わったのか、「何も酔狂でここまで調べたわけじゃありません」とヤグルマは言った。

 

「実際にその人物にアプローチは?」

 

「出来るわけがないでしょう。揉み消されますよ」

 

 どうやらヤグルマは当てがあるらしい。当てがないのにここまで壮大な事を調べているのは逆に感嘆に値するが。

 

「私はこの中のどれか、あるいはまだ解明されていない神話、伝承を彼らが再現するために今回のステージを用意したのではないかと考えます。そのために必要な要素が、八つのバッジだった」

 

 そこで言葉を切りヤグルマは、「カンザキ執行官は」と探る目を寄越した。

 

「バッジの詳細についてはご存知ですか?」

 

「ああ、聞いているよ」

 

 あまり話し過ぎれば痛くない横腹までも突かれるはめになる。慎重に言葉を区切った。

 

「私が調べたところによると、グレーバッジ、ブルーバッジ、オレンジバッジ、レインボーバッジ、ピンクバッジ、ゴールドバッジ、クリムゾンバッジ、グリーンバッジという八種の名前は明らかになりました」

 

 逆に言えば名前以外は何も知らないという事だ。カンザキは、「それが何か?」と尋ねる。

 

「バッジを集める事に意味があるのならば、これらのバッジには効力があると考えるのが妥当でしょう」

 

「効力」とおうむ返しにする。ヤグルマは頷いた。

 

「全く開示されていない情報なので恐縮ですが」と資料を捲ると黒塗りだらけの一枚の紙が現れた。

 

「ハッキングスキルのある友人がいましてね。彼に頼んだのですが全く分からない箇所ばかり。唯一、ニビシティのジムリーダーの名前とグレーバッジの効力が明らかになりました」

 

「その効力とは」

 

「秘伝技の一つ、フラッシュが使用可能になると共に攻撃力の補正が行われるそうです。ただこのバッジを持つだけで、ですよ」

 

 カンザキは顎に手をやって、「それは」と口にした。

 

「奇妙だな」

 

「他のバッジにも効力があると考えるのが順当でしょう。ニビシティのジムリーダーはタケシとありますが彼の素性に関しても不明な点が多い。仮面の人々によって用意された人間である可能性があります」

 

「それほどまでに脅威として考えるべきなのか?」

 

 カンザキにはヤグルマが神経質に過ぎるようにも映ったが、ヤグルマは退かなかった。

 

「仮面の人々は何かを隠している。それも重大な何かを、です。私は、ちょっと奇妙に考えている事がありましてね。この国、カントーだけ建国神話、あるいは伝承が全くと言っていいほどないのです。遡っていくとある時、カントーという地域があった、という曖昧な結論に行き着く」

 

「まさかそれも仮面の人々による偽装だと?」

 

 考え過ぎでは、という声音も含んだカンザキに、「ありえます」とヤグルマは即答した。

 

「何かがおかしいんです。カントーは。まるで人工の場所のように感じられる。最初から最後まで人が作り上げた場所のような」

 

「神話がない、というのは古い考え方が残っていないだけではないのか」

 

 カンザキの言葉に、「それにしたってないんですよ」とヤグルマは資料に目を落としながら応じる。

 

「何かになぞらえるような話が残っているはずなんです。なのに、何もない。しかし、ポケモンの発祥地点のかなり初期の時点でカントーは認定されています。何か、順番がねじれているように感じられるんです」

 

「疑い深いな、君は」

 

 カンザキが笑い話にしようとすると、「そういう性分なので」とヤグルマは愛想笑いを浮かべる。

 

「ですがこれくらいの駒のほうがいいでしょう? 簡単に鞍替えしなさそうで」

 

 ヤグルマの言葉に、「確かに」とカンザキは肩を竦める。

 

「粘り強くはありそうだ」

 

 ヤグルマは資料を鞄に仕舞って、「今日はこの辺でお暇しましょう」と立ち上がる。

 

「書面で契約は必要ないのか?」

 

「いえ、そういうものが後々残っているとお互い身動きが取りづらくなります。私の電話にかけてください」

 

 そう言ってヤグルマは腕時計を示した。しかし、その腕時計は類を見ない形状をしていた。灰色で小型の端末が装備されている。

 

「私の知り合いが開発したポケギアという通信機器です。まだ一般には出回っていません。これに電話をかけてください。ああ、番号はこれです」

 

 ヤグルマはメモ用紙に番号を書き付けると、破ってカンザキに手渡した。

 

「暗号化機能がついていますから盗聴の心配はないです。では、これで」

 

「次に連絡する時は、いつがいい?」

 

 部屋を出て行く直前にヤグルマへと声をかける。「ポケモンリーグ開幕前日にしましょう」と彼は提案した。

 

「僭越ながら私にも腕に自慢がありまして」

 

 ヤグルマは腰に手をやった。ベルトにモンスターボールが留められている。まさかトレーナーだったとは、とカンザキは驚きを新たにした。

 

「挑戦者か」

 

 カンザキが微笑むと、「この方法が一番です」と彼は返した。

 

「しかし、それではフェアじゃないな」

 

「私の目的は優勝ではありません。玉座にも興味がない。ただ仮面の人々の思うがままに事がすすむ事を危惧しているのです」

 

 つまり勝ち進む気はさらさらないという事だ。セキエイへとバッジを取らずに向かってもいいのか、と尋ねた意味をようやく理解した。

 

「戦わずして事の成り行きのみを見届けようと?」

 

「戦いはしますよ。最小限に」

 

 ヤグルマはそう言い置いて去っていった。ヤグルマが残したポケギアとやらの電話番号を手にカンザキは窓際に歩み寄った。中庭には仮面の少年少女がまばらに遊んでいる。話を聞かれなかったか、と安堵する。何故だか彼らには、どのような場所で話しても筒抜けのような気がしていた。

 

 扉がノックされる。秘書だろうか。「入れ」と促すと、現れたのは小柄な少年だった。水色を基調とした服装で、モンスターボールにまで行き届いている。射るような鋭い眼差しを持つ少年にカンザキはハッとした。

 

「どうした? 記者会見には来るなと言っていただろう」

 

「申し訳ありません。どうしても俺の勘が父上に何かがあると告げていたので。俺のポケモンもそうです」

 

 水色のラインが施されたモンスターボールを少年は手に取る。

 

「ウリムーが感じ取っています。周囲の空気の流れ、少しぴりついていますね。いつもの父上らしくない」

 

「しばらく顔を出すなと言っていたはずだ」

 

 カンザキは思わず歩み寄った。しかし少年は怯む気配がない。

 

「分かっています。ポケモンリーグで玉座を目指す人間が関係者に会っていたとなればまずいからでしょう」

 

「分かっていたのなら何故、来た? ヤナギ」

 

 自分の子供の名をカンザキは呼んだ。ヤナギ、と呼ばれた少年は、「嫌な予感がしたからです」と冷淡に応じる。

 

「先ほどの男は何です? 関係者には見えませんでしたが」

 

「大人の世界に首を突っ込むものではない」

 

「しかし、奴はトレーナーですよ」

 

 ヤナギは即座に見抜いたのだろう。我が子ながらその審美眼は時に恐怖さえも感じさせる。

 

「私の仕事上の付き合いのものだ。恐らく、これからも顔を合わせるだろう」

 

「それは母上よりも大事なのですか?」

 

 暗に家族をないがしろにしているカンザキを責める口調だったが、その言葉にはいささかの棘もない。むしろ、平淡なくらいだった。

 

「……母さんは、ジョウトに帰そう。きっと、それが一番いい」

 

「俺もそれには承諾です。しかし、今回のポケモンリーグ、俺は参加しますよ」

 

 母親と共に帰れと言って帰るヤナギではない。元より、玉座はカンザキ家において悲願だった。そのためにヤナギは故郷で鍛え上げられたのだ。

 

「ヤナギ。私はお前ならば玉座に就けると思っている。その素質もある。だから些事にこだわるな。私の事情には口を挟まなくっていい」

 

「先ほどの男は危険です。何か、とてつもない災厄をもたらします」

 

 ヤナギの人物評は当たる。故郷でそれは怖いくらいに的中した事をカンザキも知っている。

 

「だからと言って、お前が危険と思わない人間だけで周りを固める事は出来んよ。それこそ、大人の事情というものだ」

 

「承知しました。では、俺の忠告を頭の片隅にだけ留めておいてください」

 

 ヤナギは引き下がったが、カンザキにとってしてみれば呪縛の言葉だった。部屋を後にする我が子の後姿を眺めながら故郷で囁かれた噂を思い返す。

 

 ――あれは鬼子だ。

 

 カンザキは苦渋を噛み締めて窓の外を見やった。仮面の少年少女達はもういなかった。

 

 

 

 

 

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