NEMESIS   作:オンドゥル大使

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義憤の章
第七十話「トレーナーという性」


 

 放った一閃は鋭く、闇を引き裂くかに思われたが、闇の手はそれを受け止めた。

 

 ナツキは瞠目する前に次なる指示を飛ばす。

 

「ストライク! 連続斬り!」

 

 ストライクが放つ連続攻撃をかわし闇に浮かび上がらせたのは赤い光を灯す両手だった。凶悪に開かれた両手から火花が散り、ストライクへと憑依する。

 

「しまった……! 鬼火」

 

 ストライクの表皮が赤らみ、火傷状態である事を告げる。火傷状態はダメージが与えられるのと同時に攻撃が軽減されてしまう。ストライクの攻撃はそうでなくとも当たらないのに攻撃力が下げられれば勝てる見込みは薄かった。

 

「それでも!」

 

 ナツキの声に呼応してストライクが跳ねる。鎌を振り上げ打ち下ろす瞬間に声が響いた。

 

「ナイトヘッド」

 

 空間を振動させたのはゴーストの背後から伸びる影だ。拡張し、膨張した影がストライクの鎌を掴んでその攻撃を中断させる。影が鼓動を刻むように蠢いた。その衝撃波でストライクが吹き飛ばされる。「ナイトヘッド」はレベル分のダメージを約束する技である。ゴーストのレベルは分からないが恐らくはストライクより上であろう。

 

「ストライク!」

 

 ナツキは転がったストライクへと声を投げる。ストライクは受け身を取って最低限のダメージに留めたがそれでも立ち向かうには不利な事には変わりなかった。

 

 ストライクの技のうち、いつも接近に使っている「しんくうは」は使えない。何故ならばゴーストタイプに格闘技は通用しないからだ。ナツキは地道に戦っていくしかないのかと歯噛みする。その様子を察したのか相手が声を発した。

 

「あの、ナツキさん。無理ならばいいんですよ……?」

 

 ゴーストを操るキクコが心配そうな声をかける。ナツキは、「大丈夫よ」と返した。

 

「それよりも、相手の心配なんてしてていいの? ストライク、真空破!」

 

 ストライクが鎌に空気を圧縮し一気に放つ。しかしゴーストタイプには通用しない。ゴーストを貫通した真空の拳は虚しく空を穿ったに見えた。しかし、ストライクは他のタイプと戦った時と同じようにゴーストへと肉迫していた。

 

「真空破はゴーストに放ったんじゃない。ゴーストの真下にある地面に向けて放った。これならば、同じように接近出来るはずよね?」

 

 目の前に現れたストライクにもキクコは動じる様子はない。ゴーストへと冷静に命令を下す。

 

「シャドーボール」

 

 ゴーストが片手で小型の球体を練り出し、ストライクの眼に向けて放った。散弾のように発せられた黒い球体は一瞬にしてストライクから視界を奪う。キクコからしてみればその一瞬だけでよかったのだろう。背後に回り込んだゴーストがストライクの首筋へと手を這わせていた。

 

「この距離でナイトヘッドを放てば王手」

 

 キクコの言葉に、「負け、ね」とナツキは肩を落とす。シオンタウンから南に外れた波止場で行われた戦闘は三分と持たずに決着がついた。周囲には釣り人がおり時折こちらを気にする素振りを見せたがすぐに自分達の釣りへと戻っていった。

 

「でもストライクの動きはよくなってる」

 

 キクコのフォローに、「でも勝てなくっちゃ意味ないわよ」とナツキはストライクを労わってからボールに戻した。

 

「少しでもあいつの力になりたいんだったら、もっと強くならなくっちゃ」

 

 ストライクの入ったボールを眺めながら呟く。キクコはゴーストと視線を交し合っている。

 

「ナツキさんは強いし、問題ないと思うけれど……」

 

「でも、ユキナリも強くなろうとしているんだもの」

 

 自分だけバッジに胡坐を掻くわけにはいかない。ユキナリは一つ乗り越えた。ならば自分も超えないでどうする。キクコは目を伏せ気味に、「強さだけが全てじゃないよ?」と口にする。それは理解しているつもりだった。しかし、ユキナリが目指しているのはさらなる高みだ。それに敵と見なしているのも。

 

「ヤマブキシティ、か。このままセキチクに抜けたほうが効率はいいと言えばいいんだけれど、ユキナリはそうは言わないだろうし」

 

 ゲンジとの激戦の後、ユキナリはヤマブキシティにこそ目的のものがあると感じ取ったに違いない。新型モンスターボールを使う集団とイブキを結びつけたのだろう。ヤマブキシティにその総本山があるとなれば黙っていられないはずだった。

 

「どっちにせよ、ヤマブキにジムもあるし、あたし達はそっちの目的もある」

 

 キクコは言い辛そうにもじもじしながら、「私と戦って言ったのはそのためだったの」と口にした。

 

「それもあるけれど」とナツキは含んだ声を出す。

 

 実際のところはキクコの実力をはかりたかったのもある。自分達よりもポイントを有しており、何よりも発電所ではユキナリの危機を救ったのだからどれほどなのだろうかと。

 

 戦ってみればそれが見える気がしたのだが、自分には戦闘結果以上を見極めるセンスはないらしい。敗北が突きつけられ、ナツキはどうしたらいいのか分からなくなっていた。

 

「今のままのストライクじゃ、勝てない」

 

 誰よりも手持ちの力不足を実感する。ストライクだけが強くなればいいと言う話ではないが、未だにストライクを使う事への抵抗があった。ニビシティで煮え湯を飲まされた経験もある。果たしてこの先、ストライクで生き残れるのか。

 

「何とかする手はないのかな……」

 

 呟いていると、「お嬢ちゃん」と不意に声をかけられた。振り返ると釣り人が釣竿を差し出していた。

 

「迷っている時には釣りでもしてみな。少しは気が晴れるかもしれないぜ」

 

「せっかくだけれど、こんな時に釣りなんて――」

 

 そう断ろうとしたがキクコは目を輝かせて釣竿を眺めていた。物珍しいのか、それとも興味津々なのか。ナツキは釣り人から釣竿を受け取り、「いいか?」とレクチャーを受ける。

 

「かかったら一気に引き上げるんだ。タイミングをミスるなよ? 釣りってのは一発勝負だ。お嬢ちゃんらがやっているポケモンバトルと何ら変わりはない」

 

 釣り人の言葉にナツキはひとまず頷き、キクコは釣竿を眺めながら、「これで釣るんですか?」と尋ねていた。

 

「おお、釣りってのは経験と勘が冴え渡るもんだ。竿の引き際、相手の重さも瞬時に理解して受け流す。勝負と変わらないさ」

 

 釣り人は二人に教え込みながら釣り糸を垂らした。ナツキも釣り糸を投げて浮きの動きを眺める。キクコは投げる前に背中に浮きが引っかかった。

 

「あーあ、何やってるんだか……」

 

 半分は自分に言っているつもりでナツキはキクコの服に引っかかった浮きを取ってやる。何度もキクコは投げようとしたがその度にどこかに引っかかった。終いにはゴーストが釣竿を引っ手繰り、上手い事海に投げた。どうやらゴーストのほうが主人よりも長けているらしい。キクコは退屈そうにゴーストの挙動を眺めている。ナツキと釣り人は波止場に座り込みながら話した。

 

「あの、おじさんはトレーナーなんですか?」

 

「うん? ああ、そうだよ」

 

 ナツキの目線は腰のホルスターに向けられていた。という事は今大会で玉座を狙うライバルなのだろうか、と考えていると、「でも俺は玉座なんて興味がなくってね」と釣り人は答えた。股で器用に釣竿を固定し、懐からジッポと煙草を取り出す。

 

「ああ、吸ってもいいかな?」

 

「あ、いいですけど」

 

「ありがたい」と釣り人は煙草を吸い始めた。釣竿を握り、「好きな釣りをしつつ煙草を吸うってのが俺の生きがいでね」と話した。

 

「はぁ」と生返事を寄越しながらナツキは海面の浮きを眺める。

 

「玉座につきたいのかい?」

 

 釣り人の質問にナツキは、「そりゃそうでしょう」と答えていた。

 

「だって、ポケモントレーナーなんですから」

 

「トレーナーだから、か。俺もそういう目的で旅を始めたもんだが、どうにもね。才能がないって分かると萎縮しちまうもんだんだわ」

 

 ナツキはその段になって釣り人がこのポケモンリーグのためにトレーナーを始めたわけではない事を理解する。

 

「おじさん、いつからトレーナーに?」

 

「お嬢ちゃんぐらいの時にはもうトレーナーになっていたよ。でもな、下手の横好きって奴でトレーナーへの憧れは人一倍あるのに、勝てない日々が続いた。そんなこんなでもう十年近く。俺は釣りに目覚めた。それがここ五年ぐらいの話かな」

 

「釣りって、楽しいですか?」

 

 釣竿を握ったまま発した言葉に、「楽しいからやっているんだが」と釣り人は濁した。

 

「楽しいだけじゃ務まらないもんもあってな。俺の主な収入源は釣った大物を競りに出す事なんだが、その日々が楽しいかって言うとちょっと疑問だな。なりたいものになれたわけでもなく、かといって完全に諦めたわけでもない事はホルスターのポケモン達が知っている」

 

 ナツキはこの大人は不器用なのだと感じ取った。なりたいものになれた大人は幸福なのだろうか。なりたいものになれなかった大人は不幸なのだろうか。いずれは直面する問題にナツキは沈黙を返す事しか出来ない。

 

「でもな、たまにお嬢ちゃんみたいなトレーナー見ていると思うんだよ。ああ、もっと努力出来たなって。最終的に、自分の出来る事と、やれる事を判断するのってのは自分自身なんだ。俺は結局、踏ん切りがつかなかっただけなのかもな。全てを投げ打って、一人のトレーナーとして生きる覚悟が」

 

 釣り人の目には過去を悔やむ色があった。過去は変えられない。変えられるのはこれから先だけだ。釣り人はそれを説いているのだろう。自分が納得出来る答えを探せ、と。

 

「っと、すまないな。おじさんみたいに枯れた人間の話なんてしちまって」

 

「いえ、とても勉強になりました」

 

 これも皮肉に聞こえないだろうかとナツキは考える。しかし釣り人はそこまで勘繰ろうとはせずに、「いい事だ」と笑った。

 

「俺みたいなのでも残せる何かがあるんだって思えるとな」

 

 その時、キクコの声が弾けた。

 

「あっ、引いてる引いてる!」

 

 ゴーストがピンと張られた釣竿を引っ張っている。浮きが沈み込み水面を何かが走っているのが分かった。

 

「おお、大物だな、お嬢ちゃん。よっし、今手伝ってやるからな」

 

 釣り人が自分の釣竿を置いてキクコへと手を貸す。と言っても釣竿を握っているのはゴーストだが。

 

「いいか? お嬢ちゃん、釣りも戦いも諦めたら負けなんだ。そこには何の優劣もない。諦めるな。お嬢ちゃんが、それを真に望むならば」

 

 釣り人がゴーストに加勢し釣竿を思い切り引っ張った。釣れた獲物が跳ね上がる。大きなコイキングがぴちぴちと跳ねていた。

 

「ああ、ハズレだな。コイキングだ。でもま、いいか」

 

「楽しいね!」とキクコが喜んで声にする。釣り人はへっへっと笑い、「そうさ」と首肯した。

 

「釣りも人生も、楽しんだもん勝ちさ」

 

 

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