NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第八十六話「躍動する命」

 

「何……?」

 

 視界に入ったのは奇妙な光景だった。チアキに命じられ、ナツキは崩落の危険性がある場所から離れていたがそれを視界に入れる事が出来た。恐らく、この街のどの方向からでも目に入ったであろうそれをチアキが口にする。

 

「黒い、ギロチンか……?」

 

 そう形容するのが最も正しいように思えた。先ほど屋上で走った黒い一閃よりもなお巨大な一撃がギロチンのようにシルフビルを両断した。チアキが、「下がれ!」と叫ぶ。ナツキは言われるまでもなく下がっていた。釣り人が声を張り上げる。

 

「みんな! ギャラドスの内側へ! 衝撃波が来るぞ!」

 

 ナツキとキクコは慌ててギャラドスへと駆け出していた。チアキだけはその光景を最後まで眺めるつもりなのか、動こうとしない。

 

「チアキさん?」

 

「ナツキさん! 早く!」

 

 キクコの声に急かされナツキはギャラドスがとぐろを巻いて身を守っている場所へと踏み入った。ギャラドスが身を沈めると次の瞬間、粉塵が津波のように押し寄せた。ギャラドスの内側で押し合いへし合いの人々が悲鳴を上げる。ギャラドスは全身で人々を保護しようとする。

 

 瓦礫と視界を埋め尽くす粉塵が収まったかに思われたのは数十秒を要した。釣り人が、「止まった?」と声にする。ナツキは縮こまらせていた身体をギャラドスの外に出した。キクコも後からついてきた。

 

「今の、何だったの……」

 

 不安の胸中を打ち明けたその時、視界の中に大写しになったのは両断されたシルフビルだった。真っ二つに割れたその姿は建築物があった事すら忘れさせてしまいそうだ。ナツキは一歩、踏み出す。

 

「ユキナリは……」

 

 無事なのか、という言葉を発しようとするとキクコが、「見て!」と指差した。その先を追うと、青い光がちらついている。粉雪のように心許ない光は何かを押し包んでいる事が分かった。

 

 ゆっくりと降下してくるそれが人とポケモンである事をナツキは理解する。ハッサムを繰り出し、駆け寄った。

 

 未だ粉塵の晴れない領域から歩み出てくる人影が二つあった。一つは肩を預けており、もう片方が担いでいる。

 

「ありがとう」と一人が声にして傍に立っていたポケモンを戻した。もう一人はヤドンを連れており、青い光の主なのだと分かった。

 

 その姿が視界に入った時、ナツキは感極まって口元を押さえた。

 

 ユキナリがガンテツに肩を貸しながらゆっくりと歩いてきていた。ナツキは思わず駆け出していた。キクコも同じだ。ユキナリが弱々しく微笑む。

 

 まず一発殴ってやろうという思いがあったが、それも霧散した。

 

 ただただ、無事を祝いたい。それが胸のうちにある全てだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衝撃波と粉塵で、誰も気づいていないみたいね」

 

 カミツレの声にチアキが首肯する。

 

「そのほうがいい。私達があの場所にいたという公式記録さえ残らねば、な」

 

 チアキはサンダーに乗っていた。その背中に同じように乗っている自分へと視線を振り向ける。

 

「シロナはどうした?」

 

 ヤナギはその言葉に硬直した。何も言い出せなかった。自分がシロナを殺したなど、口に出来るものか。ただ首を横に振っただけだった。

 

「そうか。また、そのうち組織からこちらへと動きがあるだろう。その時に会える事を願うしかないな」

 

 組織からの動き。その言葉にヤナギはあの場に降り立った二人のトレーナーを思い出す。屋上に大爆発を見舞った二人のトレーナーは恐らく即死だろう。しかし、何故、あの二人は死なねばならなかったのか。最期の瞬間に、トレーナーの口にしていた「組織」という言葉を思い返す。もしかすると、シロナとは別系統の組織の一員があの場での作戦を一任されていたのかもしれない。だとすれば、キシベの動きも読めて然るべきなのだ。ヤナギは一つの推論に至った。

 

 ――組織はシロナをわざと殺した。

 

 一つの疑問に過ぎなかったが、戦うには充分な理由だった。ヤナギの顔色を窺ってチアキが声にする。

 

「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

 

「……ああ、大丈夫だ」

 

 敵は見えた。

 

 自分を利用したキシベ、煮え湯を飲まされたオーキド・ユキナリ。そして元凶かもしれない組織。ヤナギは自分に掲げる。

 

 ――この三者を葬るまで、この命を燃やし尽くす。

 

 ヤナギの眼にはヤマブキシティの喧騒も、何も映っていなかった。ただ報復の対象だけを見つめるその瞳は憎悪で濁っていた。

 

 

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