NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第九十話「預言書」

 

 その意味を解する前にマサキが口走っていた。

 

「……姐さん、この石版の形状、よう見ぃや」

 

 マサキが震える指先で示す。改めて眺めると随分と年季の入った代物である事が窺える。

 

「この石版の形状と、ポケギアで地図を呼び出して見て!」

 

 いつになく逼迫した声音にイブキはポケギアの地図機能を呼び出した。カントーの地図がポケギアに示される。その瞬間、意味が分かった。

 

「……この石版、カントーの地図と同じ形状をしているわ」

 

 いや、カントーの地図が同じなのではなく、石版のほうが同じなのだろうか。それとも逆か、イブキには分からなかったが先生が補足説明する。

 

「遥か古代、この石版がこの地にありました」

 

「この地ってカントーの事?」

 

 イブキの質問を無視して先生は続ける。

 

「どこかから渡ってきた人々が、それはイッシュだったかもしれないしジョウトだったかもしれないのですが、彼らはこの石版を発見し、そして裏に描かれている解読不能な象形文字に従い、この地を作った。それがカントー建国の真実です」

 

 先生の言葉はにわかには信じられなかった。石版に従ってこのカントー地方が作られたというのか。

 

「そんなの、あり得ないわ!」

 

 声を張り上げるイブキに対してマサキは意外なほど冷静だった。

 

「あり得ない事はない。シンオウではポケモンが世界を創った、宇宙を創ったっていう神話があるんや。姐さん、もし、このカントーがこの石版に従って建国されたとしても、あり得ない事はないんよ」

 

 マサキの言葉に、しかし、と納得しがたい部分があった。

 

「この石版は何なの?」

 

「これは我々にははかり知れないほど古来よりあった石版。そして予言。私達はこれを、ヘキサツールと呼んでおります。ヘキサツールにはこの国を興すに当たって様々な未来の事実が予言されていた。建国者達は、それらの予言がことごとく命中する事に恐れを成し、未来においてこの知識が悪用されぬよう、一部の人間にのみ管理を任せた」

 

「それが、ネメシス……」

 

 ようやく繋がった事柄に唖然としていると、「でもどうやって予言なんか出来る言うんや?」とマサキが尋ねる。

 

「たまたま当たっただけかもしれんやんか。それにいくらでも事実をなぞらえる事は出来る。これが後年の人々の作り上げたでっち上げやない証拠はない。なにせ、おまいさんはさっき言った。〝解読不能な象形文字〟やと」

 

 そうだ、だとすればネメシスが意固地になって守っている予言とやらも意味がないのかもしれないのだ。マサキの核心をつく言葉に先生はゆっくりと頭を振った。

 

「いいえ、これはまさしく未来に起こりえる予言でした。このポケモンリーグを予知していたのですから」

 

「でも今の人間じゃ解読出来んのやろ? やったら、過去の人間達の妄想やと割り切れんわけじゃない、って事や」

 

「それはありえないのです」

 

 どこか確信めいた物言いにイブキは疑問を浮かべた。

 

「どうしてそこまで信用出来るの?」

 

 先生はヘキサツールと呼ばれた石版へと顔を向けながら答える。

 

「年代測定の結果、この石版がもたらされたのは過去ではありません」

 

 その言葉の意味するところが分からずにマサキは質問する。

 

「どういう事や?」

 

 先生はゆっくりとマサキへと顔を向けてから紫色の紅を引いた唇で言葉を紡ぐ。

 

「この石版は、今より四十年後の未来に作られたものであるという測定が成されました」

 

 一瞬、二人とも呆気に取られた。古代ならばまだ理解する頭を持ち合わせていた二人にとって四十年後の未来という言葉が当てはまらなかった。

 

「……それは、発見時期から四十年後か?」

 

 当然、そう感じるだろう。イブキもそうなのだろうと思ったが先生は否定する。

 

「いいえ、今、というのはまさしくこのポケモンリーグを開催している現在。この時間軸から四十年後だという事です」

 

 先生の言葉に二人は何も言えずに固まっていたがやがてマサキが乾いた笑いを浮かべた。前髪をかき上げ首を振る。

 

「あり得ん。そもそもどうして、意味が分からん。性質の悪い冗談やで。ワイには、この石版がどう見ても過去のものにしか見えん。それに発見されたのはこのカントーが興るより以前やって言うやないか。やと言うのにやで? 今から四十年後の未来に作られたもん? そんなの、どうやったって信じられんわ!」

 

 マサキの困惑はもっともだった。未来に作られたものがどうしてこの国の始まりに起因しているのか、理解云々よりも思考の許容量を超えていた。先生は落ち着いてマサキの言葉に対する返答を練る。

 

「信じられないのも無理からぬ事。この石版は、この次元のものではありません」

 

 マサキがその言葉に、「はぁ?」と理解に苦しむ顔を向けた。イブキも同じ気持ちだ。未来のものだと言われた次には次元が違うとなれば、いよいよ話がややこしくなる。

 

「説明、してくれるのよね?」

 

 イブキの声に先生はヘキサツールへと視線を向け、石版へと手を近づけた。しかし、もうすぐ触れる寸前で手を止め、それを彷徨わせる。恐れでも感じたかのようだった。

 

「このヘキサツールを構成する物質は、ただのコンクリートです」

 

「ああ、ワイにもそうとしか見えん」

 

 石版と言われたからにはそれ相応のものが窺えるかに思えたがイブキの目にも少しばかり年季の入ったコンクリートが関の山だった。古代のもの、と言われれば化石や自然物を想像するが、この石版にはそれらにはない、人工のものが持つ特有の存在感がある。

 

「じゃあ、これ、人が作ったって言うの?」

 

 イブキの疑問に先生は首肯する。

 

「ええ。人間が形作り、人間がもたらしたものです」

 

「その人間が未来人やって? アホくさ」

 

 マサキは切って捨てる物言いをしたがイブキにはそれだけだと思えなかった。もっと先生の話を聞くべきだ。今は、それでしか事の真相を究明する手段はない。

 

「私としては、引っかかることがいくつか」

 

「どうぞ」と先生が促す。

 

「人の作ったものだとしたら、これは何百年、いいえ、何千年も前のはず。でも、全く、いえちょっとくすんだ程度で、ほとんど劣化した様子がないわ。たとえ古代人が後生大事に持っていたとしても、どこかに欠損が見られるはず。だと言うのに、この石版にはそれがない」

 

 イブキはヘキサツールを仰ぎ見て、「ただの石版じゃないわね」と口にした。先生は、「その通り」とヘキサツールを一瞥する。

 

「この石版には特殊な加工が見られます。しかし、その加工技術は人間にはないのです」

 

 先生の言葉にマサキが早速言葉を差し挟んだ。

 

「待ちぃや! 人間が作ったもんや言うたんはおまいさんやろ!」

 

 どうやらマサキには先生への恐れよりもその疑問を言及する事のほうが大事らしい。最初に怯えていたのは誰だか、とイブキはむっとする。

 

「ええ。ヘキサツールそのものは人間の作ったものです。しかし、このヘキサツールがこの次元に運ばれてくる時、それは加工されたのでしょう」

 

「だからこの次元って……」

 

 マサキは苛立たしげに天然パーマの頭を掻く。自分でも分からぬ事が歯がゆいのだろう。

 

「王の死とか、それに関するネメシスの暗躍とかは、まだ理解出来るわ。でも、このヘキサツールに関しては眉唾の域を出ていない。ワイの目からしてみれば、こんなもんが何百年もあって、その通りに歴史が進められた言うんは信じられんのや。まだネメシスが政府を操っていたという事実のほうが説得力あるで」

 

 マサキの言う通りだ。異なる次元、というがそもそも理解出来ない。イブキは、「私達の頭で、考えでも無駄かもしれないわね」と告げた。

 

「姐さん? でも、ワイらが突き止めたいのは……」

 

「真実。そうでしょう? マサキ」

 

 言葉尻を引き継ぐとマサキは息を詰めた。イブキは一つ息をついてから、「真実を突き止めるには手順が必要」と先生へと向き直る。

 

「その手順が、今はてんでバラバラの方向を向いているように思える。先生とやら。もう少し凡人である私達にも分かりやすく伝えてもらえるかしら?」

 

「ワイは凡人ちゃうよ」というマサキの抗弁は無視してイブキが告げる。先生は仮面の顔を少しばかり伏せてから、「そうですね」と応じた。

 

「全ての始まりから、手順を踏んで伝えましょう」

 

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