NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第九十四話「大切なもの」

 

『昨夜未明、ヤマブキシティ中央、シルフカンパニー本社ビルにて爆発がありました。この爆発における死傷者は数多く上っており、当局ではテロとの見方も強まっています。現在確認されているだけでもシルフカンパニーの経済的損失は計り知れず、数十億になると予想されています……』

 

「昨日からこのニュースで持ち切りだな」

 

 釣り人が待合室で呟いた。ユキナリは包帯の巻かれた右腕を見やり、「ですね」と頷く。するとナツキがスリッパで軽く後頭部を小突いた。

 

「馬鹿。あんたは当事者でしょう」

 

 振り返るとキクコも傍にいる。どうやら病院という場所には慣れていないようでそこいらをきょろきょろとしていた。待合番号が呼ばれ、急患が運び込まれていく。その中には間違いなく重傷者も混じっており、昨夜の混乱が嘘ではないのだと雄弁に語っていた。

 

「僕は軽い怪我なのに」

 

「シルフビル一つが崩れただけじゃないからね。その周辺も爆破。そりゃ怪我人も出るわよ」

 

 ユキナリは目を伏せる。その原因が自分かもしれないのだ。そう考えると人々の呻き声が他人事とは思えなくなった。

 

「……誰もあんたを責めないわよ」

 

 ナツキのぼそりと発した声にユキナリは少しばかり救われた気がした。キクコも、「ユキナリ君は立派に戦ったんだから」と頷いている。

 

「でも、僕が飛び込まなければランは少なくとも死ななかったのかもしれない」

 

 目の前で自爆したフウとランの兄弟に関しては確実に死亡しているだろう。その遺体の欠片すら見つからない死に方だった。ただ気になるのはランが最期の時に発した言葉だ。

 

 ロケット団ではない。別の組織への服従を誓っていた。

 

 ユキナリにはそれがどうしても、しこりとしてあった。カスミの発言からロケット団だけではない、もう一つの巨大組織があるのは明らかだったが、あの場にはヤナギもいたのだ。仲間すら巻き込みかねない作戦を強行する意味は何だったのだろう。

 

「あ、ガンテツさん」 

 

 ナツキの声に目を向けると、頭に包帯を巻いたガンテツが松葉杖をついて歩み寄ってきた。ユキナリは思わず立ち上がる。

 

「ガンちゃん!」

 

 近づくと、「大した事はないやって」とガンテツは笑った。

 

「頭の傷は破片で切っただけやし、額の傷は派手に見える。足は、俺が着地に失敗しただけやから自業自得や」

 

「でも、ガンちゃん。僕の提案に乗ってくれたから」

 

 ユキナリの言葉に、「そうびくびくすなや、オーキド」とガンテツは声にした。

 

「お前は充分やったんや。ロケット団の鼻を明かした。今は、その確信だけ持ってろ」

 

 ガンテツの声にユキナリは勇気付けられた。自分はロケット団の陰謀を食い止められたのだ。だが被害が大き過ぎた。まさか街一つを巻き込む事になるとは思いもしなかったのだ。

 

「でもヤマブキは……」

 

「壊滅的やな」

 

 よっこいしょ、と声を出しながらガンテツは隣の椅子に座る。待合室のテレビではひっきりなしに報道がされている。

 

「シルフビルが事実上の倒産か。いや、壊滅やな、倒産というより。本社ビルが爆破、そのデータもほとんど抜き取られていたとなれば」

 

 既に報道が成されていたのは子会社には親会社であるシルフカンパニーの情報はほとんどバックアップされていなかったそうである。もちろん、本社のセキュリティ管理が行き届いていた証拠だが、今回の事件ではそれが最悪の事態を招いた。シルフカンパニーの管理していた人員や証拠品は根こそぎ火炎の中に消え、死傷者が何人なのか、そもそも生き残っている人間がいるのかすら分からない。遺族や親族は苦痛に胸を締め付けられている事だろう。ユキナリはそれを思うと胸が痛かった。自分達のした事とはいえ、シルフを壊滅に追い込んだのだ。

 

「でも、坊主達の話じゃ、シルフに人はほとんどいなかったんだろ?」

 

 釣り人が問いかける。警察関係者には話していない。自分達が事件の渦中にいるなど親に知られればポケモンリーグの旅そのものがご破算になるだろう。ユキナリはまだ夢を諦めるわけにはいかなかった。

 

「ええ。僕らが飛び込んだ頃にはもう、数えるほどしか人はいなかった」

 

「それも、俺らを止めるためだけの最低限の人数。しかも数人は確実にあの場から逃げ出した。正直、情報が漏れていたとしか思えんな」

 

 となればランが予め伝えていたのだろう。ナツキの弁によるとランは全てを見通しての作戦を練っていた事になる。しかもそれがロケット団ではない、別の組織への忠誠にあった。

 

「別の巨大組織、か」

 

 もうナツキに言うのを憚っている場合ではないだろう。ナツキは先ほどからそれを聞き出すべきか機会を窺っているようであった。だが言い出せないらしい。ユキナリも隠していた事を負い目に感じているせいか言い出せずにいた。

 

「とにかく、君らみたいな子供に対して本気で挑んだ連中には腹を据えかねるよ。さらに言えば、君達と連中が死ねばいいのだと思っていた裏の奴らにはね」

 

 釣り人は真っ直ぐな性格らしい。ユキナリは、「いいんです」と手を振った。

 

「僕が無謀に突っ走ったせいですから」

 

「そうよ。あたし達の援護も期待せずに敵陣の真ん中に飛び込むなんて」

 

 ナツキの苦言にもさすがに苦笑しか漏れない。今回ばかりは自分の行動の軽率さに言いわけは出来なかった。

 

「でも、オーキドが突っ込まんかったら、シルフは今でも私腹を肥やしていたかもな。そういう点ではオーキドの行動も責められん、ってこっちゃ」

 

 ガンテツの言葉にユキナリは、「いいよ、ガンちゃん」と言っていた。

 

「フォローありがたいけれど、今回に関しては自業自得だ。ナツキ達にも心配をかけてしまった」

 

 ガンテツはその言葉に、「まぁ、オーキドが言うんやったら」と口をへの字にする。ナツキは腕を組んで、「結構込み入った事情があるみたいだけれど」とユキナリとガンテツを見やった。

 

「どっちも怪我した事には違いないし、一歩間違えたら死んでいた」

 

 ナツキの言葉に、「はい。反省しています」とユキナリは頭を下げる。この状態のナツキは幼い頃から知っている。はい、反省しています、はこの状態から脱するための魔法の言葉だった。

 

「本当に反省してる?」

 

「もうロケット団も壊滅しただろうし、シルフビルみたいな大きなところに突っ込む機会はないよ」

 

 ただユキナリの胸に懸念としてあったのはゲンジやイブキの存在だ。二人はあのままシルフビルで生き埋めになったのだろうか。恐らくは違う、と感じ取る。生き延びているはずだ。しかし、それはロケット団がまだ滅びていない証拠にも繋がる。皮肉なものだった。自分を成長させてくれた二人の生存は巨悪が生き永らえている事に繋がるとは。

 

「まぁ、確かにロケット団は壊滅的打撃を受けたでしょうね。シルフカンパニーが隠れ蓑だったんだから」

 

「そのロケット団とやら、全然ニュースで言われないな」

 

 釣り人の言葉にナツキが眉をひそめた。

 

「裏組織なんだからそんなすぐに情報が出るわけないじゃないですか。随分と隠密で動いていたみたいだし、明らかになるのは五年後とかじゃないんですかね」

 

 ナツキの言葉に釣り人は納得した様子で、「そうか」と頷いていた。

 

「だが、悪がのさばるというのは納得出来んものがあるよ」

 

 どうやらこの釣り人は心に正義を抱いているらしい。ヤマブキシティ爆破の際にも率先して救助作業や住民の安全の確保を行ったようだ。その功績が讃えられて近々、シオンタウンから市民栄誉賞が与えられるという。めでたい話だった。

 

「でも、おじさんのお陰で助かった命もたくさんありますから。今はそれで」

 

「ああ、でもそれもこれもお嬢ちゃんのお陰なんだ」

 

 釣り人はキクコへと目をやる。キクコが、「私?」と自分を指差した。

 

「お嬢ちゃんが諦めなかったから、俺も諦めない事に決めたんだよ。女の子が前に出ているのに、大人の男が何もしないなんて格好悪いだろ?」

 

 気安い笑みに釣られてユキナリも微笑んでいた。どうやら穏やかな気性の持ち主らしい。

 

「そんな。おじさんのお陰で、私も帰らずに済んだんですから」

 

 キクコと釣り人の間には何かがあったようだが余人の知るようなものではない事は窺えた。キクコも話したがっていない。いつか話してくれる時がくるだろうとは思っているが。

 

「しかし坊主達もやるな。天下のシルフを引っくり返した」

 

 釣り人の言葉にユキナリは、「でも、人はたくさん死んだ」と顔を伏せて呟く。本当に自分の行動は正しかったのか。その是非はこれから問われるのかもしれない。

 

「その問題を、置いておけとは言わないよ。命の話だからね。ただ、一つ誇りは持つといい。正しい事を成す、という誇りを」

 

 釣り人の声にユキナリは少しだけ元気を与えられた。大人がそう言ってくれるのならば、自分もあながち間違いを犯してばかりではないのかもしれないと思える。

 

「お詫びを言うのならば、お嬢ちゃん二人に、だ。抜け駆けしたんだろ?」

 

 ユキナリとガンテツの頭を掴み、釣り人は後ろにいるナツキとキクコへと振り返らせた。ガンテツは、「すまんかったな」と簡素だが、ユキナリはそれだけではないのだろう、と思っていた。張り手の一発くらいは覚悟するべきだ。気を張っていると、「行くわよ」とナツキがポニーテールを翻す。

 

「行く、って……」

 

「ポケモンセンターよ。博士と通話しなくっちゃ。進化したんでしょ、オノンド」

 

「ああ、うん」

 

 そう言えば博士には随分と連絡を入れていない。ワイルド状態の事やら説明しなければならない事が多いか、と感じていると、「説明はあたしがするから」とナツキが買って出た。

 

「珍しいな。ナツキがそんな言い方するなんて」

 

 茶化す言葉に、「責任感よ」と答える。

 

「一応は怪我人だしね。それに幼馴染としてのけじめもあるし」

 

 ナツキが腰に手をやって鼻を鳴らす。ユキナリはそれを聞いて息をついた。どうやらいつものナツキに戻ったようだ。

 

「じゃあ、えっと、ガンちゃんはこの後精密検査?」

 

「ああ、俺の事はええよ。後でポケモンセンターで合流しようや」

 

 ユキナリは今度釣り人へと視線を振り向けた。釣り人は微笑んで手を振る。

 

「俺も遠慮する。ポケモン研究の権威となんて畏れ多いよ」

 

 ユキナリは手を差し出した。釣り人がきょとんとする。

 

「握手です。あの、守ってもらったみたいで、お礼と言うか」

 

 ユキナリが頬を掻いて上手く言えない気持ちを口にすると釣り人はその手を取って硬い握手を交わした。

 

「君らこそ、これから先の旅も頑張ってな」

 

 釣り人はその言葉の後、ユキナリの耳元へと囁きかける。

 

「あと、どっちを選ぶのかはきちんと決めておけよ、坊主」

 

 その言葉にユキナリは頬を紅潮させた。

 

「……な、どっちをって」

 

「決まっているだろ? ポニーテールのお嬢ちゃんか、キクコっていうお嬢ちゃんのどっちか。好きなんだろ?」

 

 何のてらいもない感情をぶつけられてユキナリは狼狽する。アデクとてここまで直截的に尋ねる事はなかった。

 

「……まだ、何とも」

 

 それが正直な気持ちだった。釣り人は、「まぁそのうち分かるさ」と肩を叩く。

 

「大切なのはどちらなのか、ってね」

 

 ナツキは既に病院から出ようとしていた。ユキナリは釣り人から離れる間際、訊いていた。

 

「あの、お名前は?」

 

「ああ、俺? 俺の名前はセルジ。しがない釣り人だよ」

 

 セルジと名乗った釣り人は人懐っこく笑んだ。ユキナリは、「また」と言い置いて手を振る。セルジも手を振り返していた。

 

 

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