NEMESIS   作:オンドゥル大使

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第九十九話「匂いの違う奴」

 

 連れられてきたロビーは落ち着いた木目の色調で揃えられており、今までのトレーナー専用の宿屋とは一線を画していた。灯篭がそこらかしこにあり、暖色が包み込んでいる。

 

「これは、ちょっと豪勢ね」

 

 ナツキの声にユキナリは頷く。

 

「宿、っていうかこれはもう旅館だね」

 

「その通り!」とナタネは受付の前で回転する。

 

「この宿はね、今回のポケモンリーグに合わせて作られた他の宿屋とはわけが違うんだ。内装も一級品の、正真正銘の旅館さ。本当ならトレーナー用の宿屋が作られるはずだったんだけれど、ここを訪れたポケモンリーグの重役がいたく気に入って、この宿屋の利益になるように取り計らってくれたんだよ」

 

 ナタネの声に、「恥ずかしいですよ、ナタネさん」と受付嬢達が微笑んだ。どうやらナタネはこの街では人気者のようだ。

 

「とりあえず荷物を置いて、またタマムシを案内するよ。部屋数は足りてる?」

 

 受付に確認すると、「三名様分ならばそれぞれ個室をご用意出来ます」と上品に返された。

 

「なら、どうする? 今まで旅は窮屈だったかもしれないし、ここで羽を伸ばすのも」

 

 ユキナリはナツキへと目線をやる。今まで窮屈をしてきたのは主にキクコと相部屋だったナツキのほうだろう。この際、個室もいいのかもしれない、と思ったがナツキは、「いえ、キクコちゃんとは相部屋で」と答えた。

 

「あれ? 今までもそうだったから、てっきり個室がいいのかと」

 

「馬鹿。キクコちゃんを一人に出来ないわよ」

 

 そうか。今まで相部屋だったからこそ、キクコがいかに危なっかしいかを理解しているのだ。ユキナリは余計な気遣いだったと反省する。

 

「じゃあ部屋数は二つね。あ、あたしもー!」

 

 その言葉には三人して驚いた。この街に住んでいるのではないのか。

 

「いいの? 家があるんじゃ」

 

「だってぇ、案内するんだったら最後まで案内しないとね。あたしは寝る頃には帰るから、そんな片肘張らなくってもいいよ」

 

 暗に寝る頃までいるのだと言っているようであったが、ユキナリ達は放心していた。受付嬢が、「いいんですか?」と聞いた。

 

「エリカ様のところに帰らなくって」

 

 その忠告にナタネは飛び上がった。

 

「忘れてたぁー。そうだ、マスターに香水を渡さなくっちゃ」

 

 どうやらエリカという人物がマスターらしい。ナツキ達に視線をやり、「一緒に来る?」と訊いてきた。

 

「一緒に、って」

 

「どうせ案内する事になるし、まぁ最後のほうかな、と思っていたけれど、いいよね。このタマムシシティに来たトレーナーなら、絶対に行く場所だよ」

 

 そのような観光名所があるのだろうか。ユキナリが返事を決めかねていると、「いいわ、行きましょう」とナツキが応じた。

 

「よっし。じゃあ、あたしは前で待っているから、三十分後に集合ね」

 

 ナタネの声を背中に受けながらユキナリ達はエントランスを抜けて和室の装いの部屋へと連れてこられた。畳敷きで、ベッドもなく布団らしい。ユキナリが荷物を置いて一服ついていると戸が叩かれた。

 

「ナツキ?」と聞き返し、戸を開けると眼前にいたのはナタネだった。ユキナリが息を呑んでいると、「待ちきれなくって来ちゃった」とナタネは微笑んだ。ユキナリの狼狽を他所にナタネは、「珍しいモンスターボール持っているからさ」とユキナリのホルスターを指差す。GSボールの事だろうか、とその手に取った。

 

「それ、特注品だよね」

 

「ああ、そうなんです。ボール職人の方に会って」

 

「へぇ、何だか、君、面白いね」

 

 ナタネが顔を近づけてくる。大写しになった少女の容貌にユキナリは戸惑った。鼓動が早鐘を打つ。何のつもりなのだ、と探る目を向けていると、「何にもありゃしないよ。ちょっと、君が気になるだけさ」とかわされた。

 

「気になるだけって」

 

 それだけで部屋に入り込むだろうか。ユキナリは今までの先例を思い返す。自分に近づいてくる連中は敵が多かった。もしかして今回も、とGSボールを握る手に力が篭る。ナタネは、「なーんかね。君、いい匂いがするんだよね」と首をひねった。

 

「匂い……」

 

 自分で自分を嗅いで見るが一応シャワーは浴びている。特に目立った匂いがあるようには思えなかった。

 

「何か、他の人と違うんだ。あの、キクコとかいう女の子もそう。匂いが違うんだな、うん」

 

 ナタネは自分で納得して回れ右をした。どうやら自分への用事は済んだらしい。

 

「じゃあね。また三十分後に会おう」

 

 ナタネはウインクをして部屋から出て行った。ユキナリはしばらく呆然としていたが、足音が近づいてきて佇まいを正す。見知った足音の主はナツキだった。

 

「何?」と何事もなかったかのように尋ねる。ナツキは、「ちょっとね、あの人と合流する前に」と含んだ声を漏らす。

 

「馴れ馴れしくない? ちょっとゲームコーナーで居合わせただけの相手に」

 

 ナタネの事だろう。ユキナリはつい先ほどの出来事を思わせるような表情をするまいと肝に銘じつつ、「そうだね」と応じた。

 

「何でよくしてくれるんだろう」

 

「よくしてくる、なんて楽観的に思っていいのか分からないけれど」

 

 やはりナツキも想定しているのだろう。ユキナリはその意味するところを答えた。

 

「……やっぱり、敵かもしれない、って思うよね」

 

 ナツキは、「味方だとしたら出来過ぎね」と応じる。

 

「右も左も分からないあたし達をわざわざ宿屋まで誘導した理由は何? そこいらの裏路地で始末すればいいものを」

 

「まだ敵って決まったわけじゃ」

 

「そりゃ、そうだけれど」とナツキは言い分があるようだ。

 

「キクコは?」

 

「畳が珍しいんだって。ずっと畳の目を数えている」

 

「そりゃ、飽きなさそうだ」

 

 ユキナリは笑ってみせるが胸中ではナタネの事が引っかかりとしてあった。自分とキクコを「匂いが違う」と評したあの少女は何の目的で接触したのか。

 

「あんまり、気を許し過ぎないほうがいいのかもしれない」

 

 ナツキの警戒心はこの場合では正常だろう。オツキミ山から先、異常事態に見舞われてばかりだ。やっと休息が取れるかと思ったら息つく間もないのは避けたいのだろう。ユキナリは、「気持ちは分かるよ」と呟く。

 

「でも、本当、何者なんだろう」

 

 こぼした疑問に、「敵だとしても」とナツキは口にした。

 

「せめて、強くない事を祈るばかりね」

 

 ユキナリは静かに首肯した。

 

 

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