「さて、神室さん。ここから話すことは曖昧でほんの冗談も混ざっていますけど、気にしないで下さいね」
本当にこれから言うことが冗談なのかどうかなんて、分からない。でも、あいつの過去を知っているだろう坂柳の言うことだから、聞いてみる価値はあると思う。
「別に良い。だから、早く話して」
「では、話しましょうか。下関涼禅という男の話を」
そんな始まりから始まった坂柳の話はまるで御伽噺を読み聞かせるような口調だった。
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下関涼禅は父親、祖父ともに政治家の政治家一家の3代目です。おじいさんは大きな権力を持ち、表立って逆らう人なんて、そうそういません。お父さんは政治家には向いていないほど、民衆受けが良くて、正義一直線だったらしいです。そんな生まれですが、下関くんは父親、母親、養子の妹という家族構成で幸せに暮らしていました。
子供の頃から、ジャンル関わらずに様々なことに挑戦し、1番にはなれずとも、優秀な成績ばかり取っていました。まぁ所謂、秀才ですね。政治家の子どもや、有名人の子どもが通う学校の出身だったようで、その中でも血筋や、秀才ぶりなんかで人気者だったようですよ。
「なんか、具体的過ぎない」
「私もそちらにはお友達が多かったので、お噂はかねがね」
では、話を戻しますね。そんな秀才の下関君ですが、12歳の時に父親がある県の知事に就任します。しかし、その県には非人道的な方法で人を育てる施設がありました。信じられませんよね?ええ、冗談です。
そんな施設があったとしたら、真っ直ぐで正義一直線のお父さんはすぐにアクションをおこしますよね?その予想通り、お父さんはおじいさんの反対を押し切り、施設について調べ上げました。そして、まずは責任者に対して抗議を極秘裏に行い、それと平行して公表の準備もしました。
だけど、相手が不味かったですね。相手は表でも裏でも大物の人間でした。そのせいで、抗議をするごとに、少しずつ少しずつ報復が訪れました。だけど、お父さんはあきらめません。何度だって、何度だって訴えました。しかし、握りつぶされ返しが多くなってきました。ですが、その頃にはお父さんの公表の準備が整いました。
「なんだか、きな臭い話」
「フフフ、ええ。何処まで本当かは分かりませんが」
物語は佳境に入ります。何処から漏れたか、お父さんの公表が整ったことを知った施設側の責任者は強硬手段に出ます。その夜、お父さんの家は燃えました。黒く黒い煙を出し、辺りを真っ赤に照らしながらその家は燃えました。
中で何があったかは、ろくに捜査もされなかったので、本人にしか分かりません。ですが、生き残ったのは下関涼禅とその妹の下関涼葉だけでした。その生き残った二人も兄は大怪我を負い、妹は意識不明で2年近く眠っていたようです。これで、施設の行末は守られました。二人の人間の死亡によって。
「……」
「話していて、やはり気分の良いものではありませんね。ですが、まだ話は続きます」
命からがら生き残った彼は一ヶ月のほどの入院を経て、学校に復帰したのですが、そこで待っていたのはいじめにも似たようなことでした。施設の責任者が芽を摘んでおくことに生徒達の親に根回ししたのでしょう。幸いにも、両親が政界などに関わっている人間が多い学校だったので、簡単に成功しました。
その時の彼はどう思い、どう感じていたのかは分かりません。ですが、彼はその一年をなんとか乗り切り、お爺さんの力で住む場所を変え、遠い中学校に通うことになりました。そこで葛城くんと出会ったようですね。そこからは私の預かり知るところではありません。あんな経験をした彼が葛城くんに影響を受けるとは思えませんが……。
「これでお話しは終わりです。最後に私情が入りましたね。それで……どうでした?」
「常人の人生じゃないでしょ」
「ええ。だからこそ、下関くんが彼にどんな影響を与えるのか、私は楽しみなんですよ。それ以外に下関くんに何も求めませんよ」
坂柳の言葉と意味。それは下関涼禅にとって、残酷なものだった。まるで、自分の存在が綾小路を引き立てる人間でしかないと言われているようで。もちろん、この会話は坂柳と神室しか聞いていない。しかし、下関が感じるだろうこととほとんど変わらぬ思いを神室は今、感じた。
「……あんたにとっては下関は敵じゃないってことね」
「彼はたかだか秀才。他の人よりは優れていても、私は自分で言うのも何ですが天才です。負ける道理はありません」
「分かった。私はもう行くから」
神室は坂柳の部屋を後にする。後ろを振り向くことなく、坂柳と目を合わせることも無く。そんなことをすれば、坂柳に飲み込まれてしまいそうな気がしてしまって。
「盤上の駒に戻りますか。残念ですよ神室さん」
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神室と占いに行った日の夜。何となく落ち着かない気分だったので、白湯を飲みながら、何をするでも無くゆっくりしていた。そんな折り、朝のようにまたチャイムが鳴る。朝も戸塚か?思って当たらなかったので、もう予想はすること無く、ドアを開ける。
「ちょっとだけ、話したいことがあるんだけど」
ドアを開けて居たのは神室だった。つい数時間前に会ったのに何か用があるんだろうか。さっき会った時よりも服が乱れ、様子も変。まぁ、何にせよいつまでも外に神室を置いておくわけにもいかないな。
「何か飲むか?」
「いや、いい」
何処か落ち着かない様子の神室。本当に何があったんだ?坂柳に会うとか言っていたから、俺と付き合うという報告に何か言われたのか?
「……坂柳からあんたの過去を聞いた」
「え……そう、か。どう、思ったんだ?」
「なんで今のあんたなのか、良く分かった。でも、まだよく分からないことも多いから、これからは下関のこともちゃんと聞かせて。私もなんでも話す」
「神室の罪や知られたく無いことでもか?」
「そんなもの、いくつでもあげる」
ああ。神室の覚悟は目から分かった。そう、いつだって、つまんなそうな顔をしてた神室の目がだ。だからこそ、お互いに覚悟を持って向き合う勇気を持とう。これまで、持ったことの無かった勇気を。
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それから、神室の過去を聞いた。神室は中学校ぐらいから万引きを繰り返していたらしい。家が貧しいとかいう訳で無く、むしろお金持ちの部類だったみたいだ。本人曰く、刺激が欲しかったからとか、非日常を味わいたいみたいに曖昧な理由だったらしい。そんな感じでこの学校でも1度した所を坂柳に見つかって、坂柳に従うことになったという経緯らしい。
「どう、あんたに比べれば何も無い人生でしょ?でも、こんなのしか私からはあげれない」
「中身なんてさほど関係ない。俺にそれを話してくれたという事実が重要なんだ。俺は結局神室に話すことは出来なかったけれど、もう神室になら俺は言える。変な話だけど、信じて欲しい」
復讐という目的を抜きにしても神室ほどに信じられる人間には出逢えないだろう。根回しや親の意向だからって、友達を辞めるような連中とは全然違う。神室のどの行動が俺の思考に響いたかは具体的に言うことは出来ない。でも、確かに信じたいと思ったんだ。
「大丈夫。私と下関は相棒で恋人で依存関係。信じないわけ無い」
「思えば、そんないっぱい神室と関係を結んでたんだな。全部誰にも言えないけどな」
「……恋人は坂柳に言っちゃったし、他の人にも言っていいんじゃない?」
「まぁ、そうだな。恋人だもんな」
これから先、俺たちが恋人らしいことをするなんて分からないし、本当に世間一般で見るような恋人と同じなのかは分からない。でも、俺たちが前よりもしっかりと繋がったのは事実だし、全てにおいて、信じられる人間が出来たことはお互いの人生において大きな出来事だと胸は張って言いたい。
これで大まかな下関の過去の流れは語りました。神室との関係も一旦はやっと落ち着いたので、5巻からは特別試験メインのストーリーになると思います。