「結構頑張ってたじゃん」
「これでも神室の彼氏だからな。他の人間に馬鹿にされる訳にはいかない」
設けられた10分の休憩時間。その休憩時間でさえも、康平と坂柳の二人の周りにAクラスの生徒全員が集まっている中、俺と神室はそこから離れ、二人で体育祭が始まっての雑談に興じていた。
「……自覚あるんだ。でも、まぁ私も同じ感覚でやってた」
俺たちの会話は何処かたどたどしい。何でかは分かってる。お互いに意識してしまってるからだ。告白ぽいのをされた時だって、初めて俺たちのことがクラス中にバレた時だって、こんなに意識しなかったのに何でこんな意識するんだ。
「う、あぁ。そうなのか。そういえば、次の競技、騎馬戦だろ? 頑張ってくれよ」
「分かってる。Cクラスがなんかきな臭いけどやる」
今回の体育祭、さっきの事故からCクラスがきな臭いが出てきた。元々龍園が真面目にやるとは思えなかったが、事故だと言い張って慰謝料でも取る気か? まるで極道だな、あいつ。
休憩も終わり、女子の騎馬戦が始まった。女子の騎馬は全クラスともが、理由はそれぞれだと思うけど、気合いばっちりだった。……何処が勝つかは分からないか。
「おい、見ろよ下関」
「ああ、これは中々に酷いな」
始まった途端、Cクラスの4つの騎馬がDクラスの堀北が騎手を務める騎馬を取り囲む。神室や他のDクラスの騎馬が救援に向かうも、Bクラスの騎馬達に防がれる。それでも、何とか乱戦に持ち込んだことで、堀北の窮地は脱した。しかし、もつれ込んだ末、一之瀬以外の騎馬は落ち、最終的に一之瀬のみが残った。乱戦でよく分からなかったが、他の騎馬の乱戦に紛れ、一之瀬だけは何とか避けていたようだった。一之瀬の賢さが出た場面だったな。
「準備はいいか? 涼禅」
「もちろんだよ。しっかり休憩も出来たから」
既にDクラスの平田からは作戦が伝達されていた。作戦というのは須藤を中心とした八つの騎馬の塊で突撃していくというシンプルなものだったけれど、須藤の突破力なら問題は無いだろう。Aクラスの騎馬は1つは康平。もう一つは俺の騎馬。他二つは坂柳派の騎馬になっているから、少し心配ではあるな。
「どうだオラ!」
須藤がどんどんと蹴散らしていく。しかし、神崎と柴田の騎馬と龍園の騎馬という強敵が残っているままで、須藤はさっきよりも速度が落としぎみとなってしまっていた。
「仕方ない。俺が止めに行くよ」
康平、平田、須藤を先に行かせ、神崎と柴田の騎馬を足止めする。この中だと俺が一番の細身だ。俺がここで足止めする他ないだろう。
「今回の勝負はもらうぞ。下関」
「いや、そういう訳にはいかない。女子もそっちが勝っているからな」
半年ほど一緒にやってきてる葛城派の奴らとのコンビネーションで何とかハチマキを奪い取ろうとするも、神崎達が内に寄ってきて、自爆覚悟でハチマキを取ろうとしてくる。それを防ごうとする為に動くと神崎達をもつれ込んで倒れこんでしまう。
「そんなことまでするのか」
「ああ。お前は警戒すべき相手だからな。やれることをやっただけだ」
神崎なりの賞賛を受けた時、ちょうど大将戦の決着が着いたようで龍園の方が勝ってしまっていた。うーん、結構な接戦だと思ってたんだけど、上手くしてやられたみたいだ。須藤は龍園のズルを訴えているようだけど、証拠は無いだろうな。相変わらずしたたかだよ龍園は。
それよりも、Dクラスの話を小耳に挟んだが、堀北が重点的に狙われているらしい。それは外部から見ても分かったことだが、出場表まで漏れている可能性があるらしいのは流石にヤバそうだな。内部にスパイでもいるのか? Dクラスはそんな人間ばかりだな。
全員参加種目の200メートル走も2位という微妙な成績で終わり、50分間の昼休憩になった。
「ということなんだけど、どう思う? 康平」
「それは問題だな。だが、今回の司令塔は坂柳だ。俺が不用意に何かやるべきでは無いだろう」
さっき小耳に挟んだDクラスの情報を康平へと伝える。俺だってこれを言っても意味が無いことは分かっているけど、言わないよりは言ったほうが良いだろ。
「それもそうだな。こっちも念のため警戒だけしとこうか」
「もちろんだ。龍園は警戒すべき相手だからな」
昼食を食べながらの康平との会議を終え、俺は疲れ切った午前中の疲れを取るため、目をつむり仮眠を取ることにする。Dクラスの裏切り者は誰か。出場表が筒抜けだと言うことはその可能性が一番高いということだ。もちろん、誰かがただミスをしただけの可能性もあるが、一番可能性があるのはやはり干支試験で龍園に情報を売っていた櫛田か。
だが、前回の試験ならばポイントも絡んで、動機としては理解出来る面もあった。でも、今回は違う。明らかに私情のみで行動しているようにも思える。堀北を困らせるのが主目的か?
「……思ったよりも利用出来そうか」
幸い、堀北は綾小路と親しい。船上で櫛田に契約を持ちかけた時よりも櫛田への可能性を感じはするな。考えをまとめ終えた俺は意識を手放した。
★ ★ ★
戸塚に雑に起こされた俺はパキパキと鳴る体とともに借り物競走の待機場所へと向かう。そして、幸か不幸か同じくDクラスからの参加者には綾小路がいた。本当にあいつとは縁があるよな。全く嬉しくないけどな。それによく見ると龍園もこの競技に参加するようで、不敵な笑みを浮かべながら、意味ありげに立っていた。
「おいおい、今回は何もしねぇのかお前は?」
「ああ、俺は何もしない。代わりに煽るなら、坂柳にしてくれ」
「腰抜け野郎が」
俺の対応が気に入らなかったのか龍園は次に綾小路へと絡みに行った。あいつは人を煽らないと生きれない性分なのか? それはともかく、位置に着いた俺たちにレースの開始が合図がされた。借り物競走に走りの速さは関係無い。ただ、良い物に当たることを願うことだけだ。
不気味なほど同時に全員が借りてくる物が書いてある場所に着く。さぁ、何が来るか。
『一番信頼出来る人』
……何だこれ。思っていた以上のものだったんだが。もっと、リレーのバトンとか帽子とかそんなものじゃないのか。どうしよう、信頼出来る人? 分からない。パスするか? いや、ここでパスするのは大幅な時間ロスだ。ただでさえ、負けている可能性が高いのにそんなことは出来ない。信頼とは、俺にとって信頼するってことは。
「神室来てくれ」
「……分かった」
何故か彼女だけしか居ないと思った。俺の全てを知ってくれている人、そして、馬鹿みたいなことをしようとしてる俺に付き合ってくれる人。これが信頼なのかは分からないが、俺は彼女を選びたかった。だから、俺は彼女の手を引いて、ゴールの線を踏む。
「……2位か。結局、龍園には勝てなかったな」
「それ、何て書いてあるの?」
「……一番信頼出来る人」
持っていた紙を神室へと見せる。何度か瞬きをした後、神室は目を逸らし、何度も頷く。そんな神室の動作を見た俺も照れ臭くなって、そのまま何とも言えない空気感のままわかれた。
四方綱引きも終わり、俺がすることになる競技も残り一つとなった。それよりも推薦競技になってから、須藤の姿が見当たらない。競技にも参加していない。あの性格なら推薦競技に参加しないはずは無いと思ったんだがな。もしかして、Cクラスの態度に対するボイコットか? 今回の体育祭、Dクラスは中々に苦戦してるな。
★ ★ ★
坂柳のいたずらか、二人三脚が神室と走ることになった下関と同じ組には一之瀬と柴田ペア、綾小路と櫛田ペアという即席ペアが揃っていた。その中で綾小路は同時の情報や櫛田という人物を知った上での問い詰め方で、櫛田に龍園へと出場表を渡した裏切り者だと認めさせていた。
「あ、でも一つだけ考えが変わったことがあるんだ。それもたった今。それは綾小路くんも私が退学させたい人リストに入ったってこと。つまり二人を排除してからAクラスを目指すことにするよ」
開き直った櫛田に堀北に加えて退学させると宣言されたにも関わらず綾小路の表情は変わらなかった。そんな櫛田の表情は無表情な綾小路とは真逆で輝くような笑顔だった。
「私もバカじゃないから簡単に証拠を残すような真似はしてないよ。龍園くんは平気で人を陥れるし嘘もつくから。それに龍園くんの他にも契約するつもりだよ? 新しい人から似たような誘いもあったから」
前半の櫛田の言葉は綾小路にも予想範疇の言葉だったが、後半の言葉は綾小路にとっても予想外だった。一体誰が櫛田と手を組んでいるのか。様々な人物が綾小路の頭の中に現われては消えていく。
「誰なんだそれは」
「言えるわけないよー。でも、私が堀北さんを退学させたいのと同じくらいその人も綾小路を退学させたがっていると思うよ。勘だけどね」
輝くような笑顔の中に影の存在する笑顔を見た綾小路はこれ以上は情報を得れないと悟って、二人三脚に集中する。肝心の二人三脚は一之瀬、柴田ペアが一番。綾小路、櫛田ペアが二位。下関、神室ペアが三位といった結果となった。
★ ★ ★
神室との息のあった二人三脚を終え、一年の体育祭での競技をやり抜いた俺はゆったりとした気持ちで最終種目の全学年リレーを見ていた。一応は生徒会ということで、堀北先輩や南雲先輩に注目して見ていたんだが、その近くには何故か綾小路がいた。何であいつがそこにいるんだ? ……俺のことでも探ろうとしているのか? 後で、いや、辞めよう。俺と綾小路に接点は無い。わざわざ堀北先輩などに聞くことは危険だ。
「やっと出してきましたか」
坂柳が誰にも聞き取れないほどの声を発すると共に綾小路が堀北先輩と共に走り出す。早かった。二人とも早かった。綾小路も実力を隠しているとは思っていたが、それに並ぶ堀北先輩も一体何者だよ。だが、綾小路がこんな行動を起こしたのかが疑問だ。何故か背筋が寒くなる。
★ ★ ★
体育祭がBクラスが1位、Cクラスが2位、Aクラスが3位、Dクラスが4位となった一年生。そんな予想通りの結末に終わった体育祭が終わり、綾小路は神室に誘われ、特別棟へと来ていた。
「ご苦労様でした神室さん。またよろしくお願いします」
神室によって案内されたその場所には坂柳が立っており、綾小路と相対していた。そこで行われた会話では坂柳がどんどんと綾小路に謎を思わせる手札を切っていく。
「お久しぶりです綾小路くん。8年と243日ぶりですね」
「冗談だろ。オレはお前なんて知らない」
「ホワイトルーム」
ホワイトルーム、その単語を皮切りにして坂柳は奥深く、美しく謎めいた台詞を次々と吐いていく。綾小路を混乱させるように自分に注目させたいように。そんな問答の末、綾小路は一つの結論へと達し、坂柳へと問いをかける。
「おまえにオレが葬れるのか?」
「ふふ」
「あ、そうそう。貴方のことを知っている人間がもう一人います。彼、下関涼禅を退けたら、私も直々にお相手しましょう。彼の執念は凄まじいですよ?」
その男の名を告げ、坂柳は笑いを堪え切ることが出来ずに去って行く。大して警戒もしていなかった男の名を告げられた綾小路。聞いてしまった、いや、意図して聞かされた神室。それぞれがそれぞれの考えの元、下関涼禅という人間の運命は荒れるものとなっていく。
いつもの幕間を挟んで5巻は終了です