この真新しい生活も3日目に突入していた。南雲先輩がいるおかげでかこのグループは何の問題を起こすことなく、順調な調子でこの生活を乗り切っていたけれど、朝の料理は俺が普段から料理をするということが知れ渡ってしまい、俺の工程が増えてしまっていた。リーダーだから仕方ない部分はあるかもしれないけど。そんな朝食とは違って夕食は楽でいいんだけど、1日目には合流出来ていた神室とは今日も合流出来そうになかった。
「そんな落ち込むなよ。彼女もご飯を食べる相手がいるんだよ」
「それはもちろん分かってる。ちょっと寂しいだけだ」
「いいな。俺はその気持ちがまだよく分からない」
今日は同じグループである明人と別のグループではあるけれど功節と食べていた。この三人でいることは大して珍しいことなく、弓道部ではほぼ毎日会っているし、プライベートでもたまに遊ぶ。多少は気心知れた仲というやつだ。この三人でここに揃ったことも奇跡のようなものだけど。
「そう言えば、この前、先輩が行っていたけれど、ここにも修学旅行とかあるんだよな」
「そうみたいだな。普通の修学旅行になる気はしないけど」
「だよな。この学校がそんなただの修学旅行にするはずない」
修学旅行か、懐かしいな。小学生のやつは色々あって行けなかったけど、中学のは楽しかったな。思えば、あれば中学の中で一番の思い出かもしれない。でも、大体そんなものか。
「やっぱ北海道とかが良いよなー。飯も美味しいだろうし」
「いや、沖縄も離せない」
「俺は京都・大阪だな。関西ってあんまり行ったことないんだよな」
三人でお互いが推す地域のプレゼンをしあったことで、昼食の時間ははあっという間に終わってしまった。そんなに真反対な地域を推すことも無いだろうに。こんなに議論しておいてなんだが、場所よりも一緒に回るやつの方が大事だと思うけどな。
★ ★ ★
1日目、2日目はわざと時間をずらして、他の連中と風呂をかぶらないようにしたんだけど、3日目ついに一緒に行こうと誘われた。ここで断ればよかったんだけど、相手が別グループである橋本なことと、2日連続風呂に入っている姿をあまり見られていないことで、あらぬ噂を立てられるのはごめんだったので断れなかった。俺は未だに自分の体についている火傷を見られるのが嫌だ。自分の弱さの象徴だし、まるで弱みを見せているみたいだからだ。でも……もう、そんなことはいっていられない。俺は綾小路を超えなきゃいけないんだ。そのためにこれは乗り超えなきゃならない。
「たまにはこういう奴とも裸の付き合いをしなくちゃな」
「橋本がそういう柄だと思わなかったけど、俺もそういうのに憧れはするな」
人に自分の弱みをみせながら会話をする。それがどのような気持ちなのかを知りたくて俺は脱衣所で上半身を脱ぎ、下半身を脱ぎながら橋本との会話を進めていく。そして、互いに脱ぎ終わったころ、俺と橋本はお互いを見る。俺の全身を一瞥した橋本は特に触れることなく、風呂場へとリードする。
「おー、いっぱいいるね。あそこに何か溜まってやがるな。行くか?」
「何か面白い話でもしてるかもしれないからな。行くさ」
本当はそんな理由で行くわけじゃない。俺の身体は火傷だらけで目立つ。こそこそしながら目立つなら、風呂場の中心で堂々と動いた方が楽だ。
「あれ、康平もこんな中心にいるなんて珍しいことじゃない?」
「俺も本意でここにいるわけじゃないさ」
「そうさ!! 葛城さんの大きさをみてもらう為にいるのさ。下……関。お前、修羅場をくぐってきたんだな」
初めて俺の火傷に触れられたのは置いておき、男なら負けられないアレの大きさを競っているらしかった。今は康平とDクラスの須藤が競っていて、勝負は引き分けとなっていた。引き分けってなんだっていうと思うが、あるらしい。
「ついでお前らも競ってみろよ。そんなタオルで隠してないでさ」
「おお、確かに! 下関、他クラスのやつらに見せつけてやれ。お前の自慢のアレをな」
自慢なんて言ったこともないし、この学校のやつには誰一人として見せたことは無い。そして、そんなに自分のものに自信を持ってない。というか、橋本のやついつの間にか端っこの方に逃げやがったな。クソ、ここで出さなきゃ俺の評価は下がるな……。
「……分かった」
俺は黙って前を向く。そして、戸塚にタオルを取らせる。ふっと自分の腰についていたタオルが取れた感覚がする。前に向いていたおかげで他の人たちの顔がよく分かる。……馬鹿にはされてない。
「おお! 中々じゃね? 須藤や葛城には及ばないけどデカいな」
「金田より少し大きいぐらいか」
「どーよ! 葛城派にはデカいやつばっかなんだよ。恐れろよ?!」
意味が分からないことを戸塚が言っていたが、無事には済んだみたいだ。それに平均よりも大きいなら、それはそれで嬉しい。そして、ここでCクラスが秘密兵器のアルベルトを出してくる。俺は康平に着いて行き、その場を離れるけれど、結果は見る必要すらも無かった。外国人のアルベルトに勝てる奴なんているのか? というか、ずっと綾小路があの勝負を近くで見ているのはなんだ? あいつには勝ちたいけれど、まだ腰にタオルを巻いている。これじゃあ分からなさそうだな。
「私は常に完璧な存在だ。男としても、究極体なのだよ」
唐突に出てきた高円寺。あいつは自信たっぷりに風呂場の中央へと向かって行く。こいつはヤバいぞ。何もかも完璧なあいつが出てくる時は負ける時じゃない。勝てる自信がある時だけだ。
「違う、葛城さんだぁ!!」
「おい、やめろ戸塚。高円寺はヤバい。なんか、そんな気がする」
「おうよ! 俺がいってやるよ」
何とか康平に恥をかかせることを塞いだところで須藤が名乗り出て、アルベルトと高円寺の三つ巴となる。なんだ、俺はこれから何を見ることになるんだ。自分の身体を洗いながらも、横目でその光景を見る。高円寺のタオルが取られる。その光景はまるで神々しいもので、遠くから見てる俺でも目を細めるほどだった。あれは康平を行かせなくて正解だったな。アレに勝てるやつなんているはずない。あれは別次元だ。
「クク。待てよ高円寺」
その瞬間、空気が一気に龍園の声にかき消される。あの3日間ほとんど話さなかった龍園が何故かこのタイミングで声を出す。高円寺もまさか君がという感じで声を出すも、龍園はそれを鼻で笑う。
「いいや、さすがの俺もおまえのソレには勝てないようだ。だが、良い勝負をするヤツが一人だけいるかもしれないぜ?」
この中でタオルを巻いている人間。あの神崎や真面目なイメージを持っていた人ですらタオルを取っている。この中でタオルで取っていないのは……綾小路しか居ない。全員それに気づいたのか、全員の視線が綾小路に集まる。
「外せ! 外せ! 外せ!」
ここでこれまで一切出なかった外せコールが出る。頼む。綾小路は俺より下であってくれ。ここでぐらいは勝ちたいというクソみたいな欲望を抱きながら、タオルを外す綾小路を見守る。
「意味分からないだろ」
綾小路のアレは高円寺のアレと遜色ない大きさだった。その他の評価基準は俺には分からないものの、ほとんど互角に見えた。何でだよ。ここまでもあいつに負けるのかよ。てか、デカすぎるだろ。どういう遺伝子ならあんな風になるんだ? ホワイトルーム関係ないだろ。
「どうした涼禅。そんなげっそりして」
「いや、何でもないよ。ちょっと高みが高すぎると思ったから」
真っ直ぐ復讐するか。それしかないな、うん。それしかない。身体能力や持って生まれた部位に勝てる訳がないんだから。
★ ★ ★
5日目の夜、深夜の時間。明日、いやもう今日も早起きしなければならないので、こんな時間まで起きているのは褒められた行為ではないんだが、呼び出されたのだから、仕方ない。
「一昨日言ったのに、集まるのは何故今日なんだ?」
「仕方ないだろ? 坂柳本人が居ないとはいえ、どこにその刺客がいるか分からない。なら、出来るだけ他のやつが疲れそうな日がいいと思ってな」
「だからって言って、3日目の脱衣所で誘いをかけて、今日、風呂場で2時にトイレ近くと言ってくるのは少し変だぞ」
「他に会えそうな場所が無いからな。仕方ないだろ? それとも変な想像でもしたか?」
「俺に神室が居るのは知ってるだろ? だから俺にそっちの気は無い」
誰かに見つかる心配もあるのに呑気にトイレから離れつつ会話を続ける橋本。やっぱりこいつとは相性が悪い。俺がこういう人間を毛嫌いしてるのが大きいからだと思うが。
「それだ、それ。その神室が危ないって話だ」
「どういう意味の危険って意味だ?」
「坂柳から神室に対する感じがあまり良い感じがしないんだよ」
「もうちょっと簡潔にしっかりと話して欲しい」
そこで橋本はギラッと笑った。しまった、足元見られた。今のは俺に必死が出てしまっていた。俺の神室に対する必死さが。
「そこから先は分かるだろ? 俺がただでこの情報を渡す訳にいかないんだ」
「はぁ何が望みなんだ? 俺は橋本が思っているほど優秀な人間じゃないぞ」
「今更、謙遜するなよ。それにお前には坂柳ぐらい期待してるんだから。そうだな……Aクラスをいい感じに壊してくれ」
「……俺は人の思考や考えは大体なら分かる自信がある。でも、橋本、お前の考えは今になっても全く分からない」
橋本はただただ強い陣営につければいいと思っている人間なのだと思っていた。その為なら誰にだって情報を売るし、誰にだって媚をへつらう。そういう卑怯な人間だから、俺は橋本のことを一方的に嫌っていた。だが、今の橋本の顔は俺が好きな覚悟を持っているように見えた。
「このまま坂柳か葛城のどちらがAクラスを支配しても安心し切れないのさ。この3学期に入った段階でも未だにAクラスはまとまっていないのに他クラスはどんどんと成長してる。この意味が分かるか?」
「いずれAクラスは負け落ちるってことか」
「そういうこと。だから、Aクラスが勝ち残るには一度落ち切って這い上がるしかないってことさ。今ならまだ間に合うからな。それに……俺もその方が都合が良い」
橋本の意見は至極正しい。このクラスの内乱はあまりにも長すぎた。いや、お互いにお互いを落とし合うチャンスが無かったという方が正しいとは思うけれど。Dクラスは綾小路がいるし、Cクラスは龍園が居た。片手間で相手するには難しい。だが、橋本の言う都合は……。
「橋本が狙っているぐらいだから、素直にAクラスを成長させたいって訳じゃないんだろうな」
「姫さんにもバレてるだろうし、言っておくが、俺はAクラスとして卒業出来るならどのクラスでも構わないのさ。その為に今からでも良いぐらいで全クラスを調節しておく必要がある」
「……そういうことか。あまりにもAクラスが勝ちすぎても何かあった時に他クラスに移動出来ない。でも、今のような中途半端な状態でこのままいくと、万が一が起こるのが3年の後半になりかねない。適度に弱らせて他クラスと取引をしやすいようにするってことか?」
「まぁ大枠はそんなものだ。Aクラス独走なら俺もこんなことしなくても良いんだけど、流石に微妙過ぎる」
さて、俺がこの話を受けるメリットは橋本を動きやすくなることぐらいか。綾小路に出会う前の俺なら葛城派としてこのクラスを盛り上げる為に断っていた可能性が高いだろうが、今の俺は復讐の方が優先したい。その為には坂柳に何かしら打撃を与えることも必要だ。
「分かった、お前の言う状態にする努力はする。その代わり、神室の危険と坂柳の情報を流してくれ」
「そうだったな、神室の危険は単純だ。坂柳が神室のことを切ろうとしてるってことだ。お前に染まり過ぎたって判断したみたいだぜ?」
「……ついにか。それは対策しないといけないな。坂柳は裏切り者を許すようなやつには見えない」
「情報も言ってくれたら流してやるからよ」
「ここまできたら過度に疑うことはやめるか。少し対策を練ってくる。じゃあな橋本」
橋本から遠ざかりながら、考え込む。まだ確かでは無い段階で坂柳に手を出すことは出来ない。この特別試験でも手を出せないし、相手がやってきてからのカウンターか次の特別試験が良いか?
「頼んだぜ真澄ちゃんの彼氏さんよ。俺もあの子を気に入っているんだ」
あまり寝付けないまま、朝食を作らなきゃいけない朝を迎えた。今日は龍園が起きるのが早かったようだけど、俺がメインで料理をすることに変わりはない。
直に8巻は終わって、9巻に突入します。そろそろ話をガッと動かしていきたいです。