ようこそ葛城康平に補佐がいる教室へ   作:地支 辰巳

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第9巻
足音 迫り近づいて来る悪意


 

 所謂坂柳派と呼ばれる人たちがカラオケルームに揃っていた。といっても、坂柳と身近な人材である鬼頭と橋本のみで非常に秘匿性の高いものであったが、いつもはいる神室は居なかった。

 

「なんでこの2人だけなんだ? 他の奴は呼ばなかったのか? 神室とかよ」

 

「今回は彼女のことでの話ですので、呼ぶ必要は無いと判断しました。それに……彼女はもう駄目ですから」

 

 坂柳の声にいつもと変わらずあまり感情というものを感じなかった橋本だったが、その時の坂柳の目だけは少し寂しそうに見えていた。それに気づいたとしても野暮なことは言わない精神で橋本はただただ無難に頷く。

 

「駄目っていうのは完全に下関の下に落ちたってことだよな。最近は下の名前で呼び始めたし」

 

「ええ、残念なことにそうなのです。これまではまだこちら側に収まってくれるかもしれなかったので見逃していましたが……もう無理そうだと判断しました」

 

「裏切り者には罰を与えなければいけませんから」

 

 本気で制裁を与えようとしているのだろう。坂柳の笑いはそのようなものであり、容赦や手加減をするようなものではけっして無かった。これを恐ろしいと捉えるとともに橋本はもう少しその怖さをクラス間競争に向けて欲しいと切実に思った。

 

 

★ ★ ★

 

 

 自分で言うのも何だが、最近の俺はイライラしている。あまりイライラしない人間だと自分のことを思っていただけに、こんなにもイライラしている自分に驚いてもいる。まぁその原因は分かり切ってはいるんだけど。

 

「最近のおまえは近づきにくいよ下関。ほっとけよあんなの」

 

「気にしてるのは俺だけじゃない。戸塚、おまえも気をつけた方がいいぞ」

 

「俺のことを書くやつなんて居ないだろ」

 

 戸塚と俺が見ているのは学校の掲示板のサイト。普段ここに書き込む奴なんて居ないし、日常的にチェックしてる奴も居ない。そんな場所だったんだけど、先日、急に書き込みがされた。一之瀬と真澄のことについて。

 

「『暴力沙汰を起こした過去がある』『援助を受けて交際をしていた』『窃盗、強盗を行った』『薬物の使用歴がある』これ2人ともやってると思うか?」

 

「それを俺に聞くお前に驚きだよ。少なくとも真澄はそんなことをしてないし、仮にしてたとしてもここでは関係ない」

 

 犯罪のオンパレードと言える一之瀬と真澄を名指しにした書き込み。犯人は書けるだけ犯罪を書いただけで意図なんて無いかもしれないが、真澄は実際に万引きをしていた。それが異様にこれに対するストレスを多くしていた。犯人を警戒させる負えないほどの。

 

「もういいだろ。この話は終わろう」

 

「そうだな。代わりに惚気話でも聞かせろよ」

 

 こんな沈んだ話題よりは良いだろと思い、惚気話を戸塚に対してしていく。だが、一体誰がこんなことをしたんだ? 一番は綾小路か? いや、潜んでいるだけで龍園もあり得るし、何より真澄のこの話を知っている坂柳がもっとも怪しいし、橋本の話とも一致する。少し探ってみるか。

 

 

★ ★ ★

 

 

 数日後、俺はある人物から連絡を受け、部活終わりに直接会っていた。部活終わりになってしまったのは申し訳ないが、それでも良いと言ってもらったのでありがたくこの時間にさせてもらった。

 

「大体の要件は分かるけど、どうしたんだ神崎くん」

 

「すまないな。この噂でお前に色々と聞きたいことがある」

 

 神崎が言うのはあの一之瀬と真澄に対する悪質な噂。事前に要件は聞かなかったが、大体この要件であることは分かっていた。俺も独自に調べていたからこそ、味方になりうる神崎のこの接触はありがたかった。

 

「俺たちBクラスは調べた結果、この噂がAクラスの一部の生徒によって広められた噂だと言うことが分かった。下関お前の意見が聞きたい」

 

「それは正しい。だけど、Aクラスだとしても俺の周りでは無いことは言える」

 

「だろうな。下関は神室と恋人関係だ。そんなお前がこの噂に加担しているとは思えない。だからこそ、やはり坂柳の指示によるものだと確信している」

 

 神崎たちはこの短い期間でここまでの情報を得ていた。俺なんかには出来なかったそれに羨ましく思う。俺は同じように真澄が晒されているのに、綾小路の可能性や坂柳に警戒して思うように動けていなかった。うーん情けない。

 

「だからといって、証拠も無いだろ? ここで無謀に坂柳に詰め寄っても徒労に終わるだけだ」

 

「そんなことは分かってる。だが、一之瀬にこれ以上の負担をかけるようなことはさせられない。それはお前も同じだろ下関」

 

「ああ。俺も真澄にこれ以上のストレスはかけられない。何かあったら言ってくれ神崎。全体的に協力するつもりだ」

 

 その場は神崎と握手をして終わった。流石はBクラスの参謀だ。話が進んでいくが、これは大きいな。この件で味方と言える人が欲しかったところだ。真澄は当事者でもあるし、これ以上渦中に晒したくは無い。康平もこっちにばかりに構っているよりはAクラスの内政に集中して欲しい。必然的に俺は孤軍奮闘することになっていたが、その点で神崎は適任と言える人材だった。

 

 

★ ★ ★

 

 

「真澄、調子は大丈夫か?」

 

「別に大丈夫。心配し過ぎじゃない?」

 

 神崎との密会の後、俺は真澄の部屋を訪ねていた。真澄の顔色はいつもと変わりないようだったけれど、声はいつもより低いようには思えた。どれくらい真澄がこの件で傷ついているかは分からない。でも、ここで支えなきゃ俺がいる意味は無い。

 

「いや、そんなことはない。真澄に悪意が迫ってるなら、俺が心配しなくちゃ誰が心配するんだ」

 

「……何か前より積極的になってない?」

 

「……ちゃんと……真澄への思いを自覚したからかな?」

 

 こんなことを言っているけれど、本当は自分でも自分のちゃんとした気持ちは分かっていない。でも、確かに真澄への気持ちはあるんだ。それだけははっきり言える。何か矛盾してるか?

 

「犯人当てれるけど、聞く?」

 

「俺も犯人の目星はついてるけど聞いとくよ」

 

「坂柳でしょ? あいつがやりそうなことだから」

 

 ピタリと犯人であろう人物が当てられ、俺は言葉を発せられなかった。でも、考えてみればそうか。真澄は坂柳の一番近くに居たと言っても過言でもない。それなら、坂柳のやり口は分かってることは自明の理か。

 

「……俺が調査した結果も坂柳だ。なんか、坂柳から連絡とか来たのか?」

 

「それに関することはなにも。でも、少しの間距離をとろうって連絡はきた」

 

 坂柳が真澄を遠ざけようとしているのか? 本当に橋本が言っていたことが濃厚になってきたな。いや、これは俺が引き起こした事態だ。俺が居なければ真澄は今も坂柳に側にいて、その信頼を確固たるものにしてたはずだ。俺が居たからこそ、今の真澄は微妙な立ち位置になってしまっている。俺が、俺が何とかしなければならないことだ。

 

「何か怖い顔になってるけど、何か無茶すること考えてる?」

 

「俺は俺なりの全力を尽くすだけだ。それが今の俺が果たせる責任だ」

 

「分かった。変に止めても無駄なことは分かってるけど、ここで無茶して綾小路に挑む前に退学するのは笑えないから」

 

「分かってるよ。でも、坂柳を倒さなきゃ綾小路に何か逆立ちをしても勝てやしない」

 

 坂柳はこんな小細工を一度しただけで終わるような人間じゃない。絶対に二の矢、三の矢を射ってくるはずだ。それがどれほどの矢かは射られてからじゃないと分からないけれど、どんな手を使ってもその矢を跳ね返してやる。

 

「……今日するでしょ?」

 

「ああ。今日はそういう気分だ」

 

 そして、あっという間に夜は過ぎ去り、朝になる。俺と真澄は忘れていた現実を思い出すように目を覚まし、学校に2人で登校していった。

 

 

★ ★ ★

 

 

 その日の放課後はまたも神崎から時間を空けておいてくれと言われていた。神崎なりに何か行動を起こすらしく、その場に居て欲しいらしいのだ。俺からすれば、その場にいるだろうのはAクラスの人間の可能性が高いので、あまり会いたくは無いのだが、俺もやれることはやっておきたい。

 

「明人。今日は部活行けないんだ。ごめんな」

 

「別に良いよ。彼女のことも心配だろうから、気にするな」

 

 弓道部の練習を休み、真澄とだらだら中庭辺りにあるベンチで喋りながら、連絡を待つ。数時間待ってその件の連絡は来たが、電話では無く、メッセージで指定の場所に来てくれというものだった。

 

「何で2人がいるんだ?」

 

「俺のセリフだ涼禅。こんなところで何してるんだ?」

 

「はぁーめんどくさいのを呼んでくれたな神崎」

 

「さぁ、下関も揃ったところでしっかりと話を聞かせてもらおうか橋本」

 

 指定された場所には呼び出した神崎の他に橋本と何故か明人がおり、明人が2人の間を取り持っているような光景にも見える。どういう流れがあったらこうなるのか分からないし、どこまで神崎の計算なんだ?

 

「下関が居ても俺の答えは変わらない。ただ聞いた噂を他の奴に流してただけさ」

 

 橋本がのらりくらりと弁解をしている中、何故か綾小路とDクラスの数名の生徒が集まってくる。会話の内容から明人の友達だと言うことが分かるが、さて、綾小路も分かってきたのか? まぁ、それよりも橋本の話だ。橋本は何処からか聞いた噂を他の人に話しているだけらしいが、そんなことを全て信じるはずもない神崎は苛立ちを隠せていない。

 

「それで、何だ? 一之瀬は何て言っているんだ?」

 

「噂などに惑わされず気にしないでいて欲しい。そう答えた」

 

「肯定も否定もしなかったわけだろ? なぁ神室は何て答えたんだよ下関」

 

「……勝手に言わせておけとは言っていたな」

 

「ほらな? 結局のところ2人とも肯定も否定もしない。これが答えなんだよ」

 

 一之瀬と真澄の性格的にこう答えることは分かっているだろうに、それを盾にしてどんどん橋本は自分の正当性を高めていき、最終的には社会性や客観的という言葉によって野次馬として来ていたDクラス生徒を納得させるほどの弁論を披露する。

 

「橋本、お前の意見はよく分かった。だけど、度を超えたら容赦はしないことは忠告しとくぞ」

 

「以後、気をつけるよ。じゃあ、俺はもう行かせてもらうからな」

 

「おい! まだ話は終わってないぞ!」

 

 立ち去って行く橋本を圧をだしながら引き留めようとする神崎だったが、神崎の身体は明人によって押さえつけられ、それ以上の接近が出来なくなる。

 

「……下関。この結果にお前は満足か?」

 

「結局、あっちがライン超えをしない限りは大丈夫だよ。これ以上は悔しいけれど見ているしかない」

 

「……そうか、そうだな。確かにお前の言う通りだ」

 

 ここに残っているのはAクラス1人とBクラス1人、Dクラスが5人。少し気まずいので、神崎にいつでも協力すると伝え、ここから立ち去る。もちろん、綾小路を意味深に見つめることも忘れずに。




 ここから色々と変わっていきます

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