いよいよ投票日まであと1日というところに迫った。もうやるべきことは多く無いが、念には念を込めておかないとな。そんな決意のまま俺は放課後のCクラスのドアを開ける。
「待ってたぜ下関!」
「遅い!」
「遅く無いと思うけどな。俺はしっかりと時間を守ったつもりだ」
教室の中にいたのは石崎に伊吹、椎名の3人だった。Cクラスからすれば普通かもしれないが、前回と違い金田が居ないこともあって、交渉も誰に対してメインで行うべきか分かっていなかった。
「まぁ、とりあえずは答えを聞かせて欲しい」
「その点について少しだけお聞きしても大丈夫ですか?」
「ああ、構わない」
俺の問いかけに一番に反応し、疑問を投げかけてきたのは椎名だった。俺は彼女の人柄というものを一切知らない。いや、図書館に入り浸っているとは聞いたことがあったかもしれない。だが、知っているのはそれくらいだ。椎名が龍園ほど頭が回る人間ならば、今からでも俺は椎名を警戒すべきだろう。
「まず用意出来る賞賛票はどれくらいですか?」
「10票。これが限界だ」
「……下関さんはいくつの賞賛票が欲しいのですか?」
「いくつでも構わない。こっちもそこまでがめつくは無いからな」
椎名は少し考え込んでいるようだった。椎名との交渉の間、石崎と伊吹はずっと黙っていて、2人が信頼して椎名に任せていると分かる様子だった。
「私たちは既にAクラスの坂柳さんからも同じような取引を持ち込まれています。Aクラスの実状は知っているつもりですが、どうされますか?」
俺は椎名を侮っていたのかもしれない。こんな風に坂柳のことを出すなんて。これが椎名が俺からより良い条件を引き上げるための嘘かもしれない可能性は多いにありえる。だけど、それ以上に坂柳がここまで行動したのは山内という奴に接触したということだけ。あまりにも不気味過ぎる。他に何かしらの魂胆があったとしても不思議ではない。クソ、今ここじゃあ判断のつけようが無い。
「これ以上賞賛票を増やすことは出来ない。それは覆すことは出来ない」
椎名の言いたいことも分かる。10票程度をもらったことで元々の目的であった龍園を救うというものが確実に達成出来るかというと、そんなことはない。だからこそ、椎名は俺から票を出来る限り引き上げたいんだろう。
「私たちが出せる票も10票が限界です。それ以上は私たちも出せません」
椎名が10票だというのは等価交換という視点に立ったなら当然の論理だ。だが、その残りの30票近くをどうするかがすごく聞きたい。いや、目を背けているだけで分かっている。その30票が坂柳に渡される可能性を。だが、それを止めるすべを俺は持っていない。
「……分かった。10票と10票の等価交換でいこう。俺たちは龍園に、そっちは康平に投票でいいか?」
「それでお願いします」
この際、10票も得られただけで儲け物と思うことにするか。今のところ、Bクラスからと櫛田からである程度の票数は得れているんだ。そこまで悲観することでもない。そして、椎名と俺の名前を書いた契約書を作り、俺はCクラスを後にした。
★ ★ ★
部屋に帰ってきて、さっそく空き時間を使って真澄と電話をする。内容なんて大したものなんかじゃない。ただの世間話といったような内容だ。だが、だからこそ良い。真澄との電話だけが今の俺の生活でゆったりとした安らぎの空間へと案内してくれる。日々の授業の疲れや特別試験に関するストレスもこの時間があるおかげで生き残っているといっても過言じゃなかった。
「無理してるんじゃないの?」
「いや、してないよ。俺がやらなきゃいけないことばかりだからな」
「してるじゃん。無理して退学だけしないで」
「分かってる。真澄と会えなくなるのは寂しいからな」
「私も涼禅がいなきゃ生活リズムが狂うから」
この幸せな時間はゆっくりと流れてほしいのに時間が経つのは早い。それを示すかのようにチャイムが鳴る。はぁ、癒しの時間は終わりか。でも、呼び出したのは俺だ。大人しく向き合うことにするさ。
「ごめん、真澄来客だ」
「本当に無茶だけはしないで」
「分かってる」
名残惜しいままに電話を切り、玄関のドアを開ける。そこに立っていたのは呼び出した通りの人物。Aクラス坂柳派の筆頭橋本だった。
「開けるが遅かったんじゃないのか? 神室と電話でもしてたか?」
「まぁどっちでもいいだろ」
わざわざ橋本のからかいに答える必要も無いので、無視しながら部屋の中へ案内する。ここ最近でこの部屋に呼びのは橋本で3組目だ。仕方ないとはいえ、人を呼び込むのはこれで最後にしたいな。
「何がいい?」
「そうだな……冷たい水が良いな」
微妙に面倒くさいものを頼んできたが、真澄が好きで飲んでいる2lの水がある。コップに移したそれでいいか。どうせ、真澄も専用のコップで飲んでるんだ。大丈夫だろ。いや、橋本に飲ませたと言ったら怒るか? まぁ、いいか。
「どうも。それで今日は何の用で呼んだんだ?」
「大体分かるだろ? クラス内投票での坂柳の動きが聞きたい」
ニヤッと笑う橋本。いや、予想通りだったから笑ったといったところか。ここで橋本の話を聞いたとしても俺としては全面的に信用するようなことはしない。橋本は自分が生き残ることしか考えてないし、坂柳が何か罠に嵌めようとしている可能性もあるからな。
「今回、坂柳はそこまで動いていないぜ? あの山内ってやつに会って、他クラスに1回ずつ訪問したぐらいか」
意外に行動していないな。何かしら当てがあるのか? それとも他の奴に動いてもらっているのか? 今だけの情報だと確定的なことは言えないな。
「その訪問内容は?」
「お前とこと変わらないと思うぜ? 賞賛票と賞賛票を交換するとかそういう内容だ」
「どれくらいもらえそうなんだ?」
「さぁな。連絡は直接坂柳のところにいくからな」
坂柳がどのくらいの賞賛票を得るかは未知数か。だが、Cクラスからの票数で30票程度は得れることだけは分かっている。Dクラス次第だが、康平が勝利する可能性は充分だとは思う。しかし、何故山内に坂柳が近づいたか疑問的だな。山内はDクラスでもそんな目立った生徒ではないし、特別な能力があるわけでもない。こい……いや、本当にないな。
「坂柳の動きが少なくないか? 何か秘策などがあるのか?」
「俺が見ている限りで動いて姿は見てないな。だけど、坂柳は動かずとも問題なく勝てると言っていたから、何かしらの考えはあるんだろうな」
動かずとも勝てる? 坂柳がそこまで言うほどの秘策が何かあるのか? だけど、動かないってことは何をしているかも把握出来ない。だな、これ以上、橋本から得られる情報はなさそうだな。
「ありがとう、橋本。お陰でこっちも勝てる兆しが見えてきたよ」
「それは良かったぜ。そっちが勝つのも期待してるぜ」
そっちが勝つのもか。橋本からしてみればどっちが勝っても大した問題は無いんだろうな。ただこの特別試験でAクラス内でつく方を決められるんだし。橋本は信用ならないが、橋本が葛城派に入ればある意味としての達成感があるだろうな。
橋本を見送ったところで今日という日は終わりを迎えた。色々なことをやった日だったけど、もう後はなるようになれだ。明日という日が良い日になることを願っておこう。
★ ★ ★
涼禅がCクラスと会っていたりしていた頃、Dクラスでは一悶着起こっていた。堀北が立ち上がり、退学者についての話をする。そんな堀北に平田はこのクラスに退学すべき人はいないと何度も止まるが、堀北は既に退学させるべき人の名前を挙げる。
「私は今回の特別試験……山内春樹くんを退学にすべきだと判断したわ」
「な、なんで俺なんだよ堀北ぁ!?」
堀北がテストの成績や運動能力、クラスへの貢献度という観点から詰めていくも山内は池や須藤といった人を巻き込みながら自分への判断は不当だと訴えていく。しかし、山内を選んだ決定的な話を堀北はする。
「自分の口で話す気がないのなら、私が言ってあげる。あなたは綾小路くんを退学にさせるために、櫛田さんを使って色んな生徒に口利きをしていたわね?」
どわっとした衝撃がクラス中に広がる。そんな話全く知らなかった平田はもちろんのこと、票操作が山内であると知らなかったDクラスの生徒たちもどよめいていた。
「だから、皆、想像以上に落ち着いていたってことなんだね……」
「あ、あれは俺じゃねぇし!」
疑いから逃れるため、山内は池や櫛田に対して疑いの矢を放っていく。それは池にとっては全く身に覚えのないことだったが、櫛田にとってはこの状況は非常に不味かった。櫛田は山内の頼みとともに涼禅の頼みも一緒に頼んでおり、ここで山内が追求されるなら、それもまとめてバレる可能性があった。
「そんな、ひどいよ山内くん……私は綾小路のことを見捨てたくなかったけど、山内くんが助けてって言うから、一生懸命頑張ったのに。他の頼まれごとより山内くんを優先したのに」
しかし、こんな事態を想定してない櫛田ではない。既に涼禅から綾小路の生まれと能力を聞き及んでいる櫛田は綾小路を狙っている山内の策が壊れる可能性も視野に入れていた。だからこそ、頼む時に涼禅の票を山内とは別口だということを強調していた。
「櫛田さん。あなたのやったことも大きな間違いよ」
ばっさりと櫛田の言葉を切る堀北は櫛田の言った他の頼み事という所に興味を持ったが、それよりも山内を断罪する方が先だというように山内への追求にまたも方向転換していく。そして、堀北は山内が坂柳と繋がっていることも開示する。それでも須藤などは庇おうとしたが、それも堀北は論理的に説き伏せ、Dクラス全体へと判断を仰ぐ。
「ちょっと待って欲しい堀北さん」
「……何かしら?」
「話の腰を折らないようにしていたけれど、こんな蹴落としあうようなものはこれ以上見られないよ。明日まで待つつもりだったけれど、今回の試験はもう大丈夫なんだ」
ここまであえて黙っていた平田はおもむろに携帯を取り出し、自身が所持しているポイントをみんなに見えるように見せる。それを見た誰も彼もが驚き、あの櫛田や綾小路でさえ、目を見開いていた。
「1800万ポイント!? あなた……一体どこでそれを」
「ある人から支援してもらったんだ。これでもうこの議論をする必要もない。みんなのポイントも今、僕に送って欲しい」
平田が所持しているポイントにDクラスのポイントが合わされば、2000万ポイントに届くことは可能だ。しかし、特別試験が開始された時には持っていなかったはずのその大量のポイントに大半のDクラス生は感嘆するが、聡い者たちはそれに疑問を浮かべる。
「誰からの支援なのかしら? 何の条件も無くそんな大金をあげるはずないわ」
「うん……このポイントは坂柳さんからもったんだ。Dクラスからの賞賛票って条件で」
平田と坂柳の関係は今に始まったことでは無い。数ヶ月前の体育祭で2人っきりで話した時から平田は坂柳と個人的な付き合いがあった。それは恋愛とも友だちとも違う、歪で何とも言えない関係であった。
「はぁ!? 何で平田が坂柳ちゃんからポイントをもらってんだよ!!」
「山内くん……少し黙ってくれない?」
平田がほとんど初めて見せたと言えるドスの効いた声。それにビビってしまった山内は声も出せなくなった。山内が黙ったことで、この空間は平田が支配したと言っても過言ではない状況になり、櫛田でさえ、その悔しさが顔に出てしまっていた。
「今回の試験に退学者はいない。それで良いと思うんだ」
ただ賞賛票を坂柳にするだけで退学者が居なくなる。ここまで魅力的な提案が他にあっただろうか? Dクラスのほとんどの生徒はその魅力に取り憑かれていき、山内のことなどどうでもよくなってしまった。そんな状況になってしまい、堀北も櫛田も何とも言えない顔で、山内は何処か虚だった。
平田は坂柳と2人っきりの時にその坂柳からの誘導で自分の過去などもバラしてしまっています