ご注文はうさぎですか?―ラビットハウスの看板姉弟― 作:テクト
雪兎くんが本格的に絡み始めます。
ココアを更衣室に案内するチノ。
ココアは辺りをキョロキョロと見まわしているが、気にせず足を進める。ココアもチノに遅れまいとあとに続く。
「クローゼットはここを使ってください」
「ありがとう」
「制服持ってきますね」
「わぁ!制服着れるんだね~!」
制服♪制服♪というココアの声を背に更衣室を出るチノ。
「ただいま~」
裏口の方から雪兎の声が聞こえる。買い出しから帰ってきたようだ。
「おかえり。雪兎」
「ただいま。姉ちゃん」
雪兎はテーブルの上にリュックサックを下すと食材を取り出して冷蔵庫に入れていく。
「雪兎、下宿の人が来たからあとで挨拶してね」
「あ、来たんだ。どんな人?」
雪兎の質問にチノは出会いからさっきまでの出来事を思い出す。
顎に手を当て、上を向いて目をつむり数秒停止する。
―うさぎがいない!―この感触癖になりそう♪―お姉ちゃんって呼んで!
「……変な人?」
「なんで疑問形?」
女の人、春から高校に通うという情報だけをとりあえずもらいチノはココアの制服を取りに行くので、雪兎はリュックサックとヘルメットを部屋に片付けチノからティッピーを受けとり、テーブルの上に置いてある紙袋をもってホールに向かう。
「なんじゃその紙袋は?」
「タイ焼き。帰り道に美味しそうなお店があったから買っちゃった」
「全く。無駄遣いをしよって…」
「爺ちゃんはいらないんだね」
「と言いたいところじゃがまぁいいじゃろ」
この祖父、チョロい。そんなことを思いながら、ホールへと着くが客の姿はない。
カウンター席に座り台にティッピーを下してタイ焼きを渡し、自分の分を頬張る。
「おお、これは中々」
「うん。おいしい」
二人(?)で舌鼓を打ちながら雑談をする。
「ふぅ~。やれやれ」
「ココアさん?ってそんなに変な人なの?」
「そうじゃな。チノとはずいぶんと雰囲気の違う小娘じゃな」
「ふーん」
タイ焼きを食べ終わったところで三つの足音が聞こえてくる。紙袋をしまい席を立つと服を軽く払う。挨拶することになるのでとりあえず身だしなみを整える。
カウンター横のStaff Onlyの表示が下げられた扉が開く。
「雪兎。ココアさんに挨拶して」
「お姉ちゃんだよ!チノちゃん」
いきなり変な会話がされたところで呆気にとられるがすぐに気を持ち直す。
「えっと、香風雪兎です。よろしくお願いします」
「ココアだよ!よろしくね雪兎くん!」
ココアは雪兎の手を取ると嬉しそうにぶんぶんと上下に振り回す。
テンションの高い人だな…。確かに姉ちゃんとはだいぶ感じが違う…。
「私のことは遠慮なくお姉ちゃんって呼んでね!」
「え?あ、じゃあ。ココア姉ちゃん?」
雪兎がそう返事するとココアが固まる。
プルプルと震えだすと花が咲いたような満面の笑みで雪兎に抱き着く。
「うおおぉぉぉ!弟は素直だぁ!!」
「え!?ちょ、ええ!?」
突然のことに雪兎が混乱していると、チノがココアと雪兎を引き剥がす。
「ココアさん!雪兎を取らないでください!」
「え~?もうちょっとだけ…」
「ダメです!」
雪兎の腕にしがみついてチノは声を荒げて抗議する。
パン…、小麦粉の匂い…?
ココアに抱き着かれたときに漂ってきた匂いを思い出す。
なんだか安心する匂いだった。
「…雪兎?」
「あ、うん、何でもない」
「さて、そろそろ仕事をするぞ。ココア、雪兎、コーヒー豆を運ぶから手伝ってくれ。ココアはビシビシ教えるから覚悟しろよ!」
「サー!イエッサー!」
「はい」
後ろでやり取りを見てたリゼは顔合わせは終わったと判断し声を挟む。
ココアは元気よく敬礼をしてリゼについていく。
雪兎もついていこうとするが、チノの方を見るとジト目でこちらを見ている。
カウンター席の下を指さす。気づいたチノが紙袋を手に取り、中からタイ焼きを取り出すとぱぁっと表情が明るくなる。
チノの笑顔を見ると雪兎は足早にリゼについていった。
―――――――――――――――――
倉庫の中はたくさんの箱や中身の入った瓶が棚に並んでおり、コーヒー豆の入った麻袋が床に置いてある。
「じゃあ、このコーヒー豆の入った袋をキッチンまで運ぶぞ」
「う、うん!」
「重たいので気を付けてくださいね」
雪兎は大きいコーヒー豆の前にしゃがむと大きく息を吸い込む。
「…せーのっ、っと!!」
掛け声とともに一気にコーヒー豆の袋を持ち上げて肩に担ぐ。
「わぁ!雪兎くん力持ち!」
「力仕事ですからねっ!男手ですからこれくらいはっ!っと重いので先に持って行きますね!」
「無理するなよー?」
持ち上げられるとはいえ長時間は持っていられないので雪兎は早足でキッチンを目指す。
キッチンでコーヒー豆の袋を下してふぅっと息を吐いて整え倉庫に戻る。戻る途中でココアはよたよたと頼りない足取りで小さい袋を1つ抱えて運んでいる。
「転ばないように気を付けてくださいね」
「うっ、うん!気を付けるー!」
雪兎の言葉に必死の形相で答えるココア。コーヒー豆の袋は重いので小さいのでも運べれば上出来だろう。そんなことを思いながらココアの後ろについてるリゼもなぜか小さい袋を1つ運んでいる。
「…リゼさん?体調でも悪いんですか?」
「…そういうことにしておいてくれ…」
「?」
リゼは普段、大きな袋も余裕を持って運んでいるのになぜか今日は小さい袋を1つだけ運んでいる。顔をそらしてる辺り体調が悪いのだろう。
雪兎は再びコーヒー豆の袋を取りに倉庫へと向かった。
―――――――――――――――――
コーヒー豆を運び終わり3人がホールへと戻ってくる。
「ココア。メニュー覚えておけよ」
「あ、うん。ありがとう」
リゼからメニュー表を受け取り開くココア。
中はコーヒー、紅茶、フードメニューがあるが3/4程をコーヒーが占めている。
「コーヒーの種類が多くて難しいね…」
「そうか?私は一目で暗記したぞ?」
「すごぉい!」
「訓練してるからな」
ココアの賞賛に胸を張るリゼ。
記憶力の訓練って何やるんだろうと雪兎はココアの隣でティーカップを洗いながら聞いている。
「チノなんて香りだけでコーヒーの銘柄当てられるし」
突然話題の中心になったチノがノートで顔を隠す。
「私より大人っぽい」
「ただし、砂糖とミルクは必須だ」
「うぅ~…」
恥ずかしくなったのかさらにノートで深く顔を隠すチノ。
「あはっ。なんか今日一番安心した」
チノの子供っぽい一面を見られたからか笑顔になるココア。
雪兎も顔をそらして笑うのをこらえている。
「雪兎、笑わないでよ…」
「ごめんごめん」
顔を赤くして頬を膨らませるチノに軽く謝る。
「雪兎くんは何か特技ないの?」
「僕?」
話を振られて雪兎は顎に手を当て「う~ん」と考え始める。
「雪兎はあれだろ?3Dラテアート。客から評判がいいんだ」
「あとは料理ですね。私より上手です」
「意外!」
「凝り性なだけですよ」
雪兎も恥ずかしくなったのか顔が少し赤い。
実際に雪兎の3Dラテアートは評判がいいが、手間がかかるため1日に回数制限を設けている。
フードメニューの調理も主にリゼと雪兎が担当している。
「見てみたい!」
「あとでココアにもラテアートの練習やってもらうから。その時にやって見せたらどうだ?」
「そうですね」
なぜか3Dラテアートを作る流れになってしまった。モチーフをどうするかと雪兎は頭を悩ませる。
「いいなぁ。チノちゃんもリゼちゃんも雪兎くんも。私も何か特技あったらなぁ」
少し寂しそうな顔をするココア。ふと、チノの手元のノートが目に入る。
「チノちゃん何持ってるの?」
「春休みの宿題です。空いた時間にこっそりやってます」
チノが手に持っているのは数学のノートだ。
春休みも長くないのでチノは空き時間にコツコツと進めている。
「雪兎は大丈夫なのか?」
「僕は夜に集中的にやるタイプなので。日程的にも十分間に合います」
対して雪兎は静かな環境で集中してやる方が得意で、人が多いところや雑音が多いと気が散ってしまって長続きしないのだ。
チノが開いたノートを机に置くとココアがノートをのぞき込む。
「…あ、その答えは128で、その隣は367だよ」
ちらりとノートを見ただけで問題をスラスラと解くココアに驚いた表情で、雪兎とリゼは顔を見合わせる。
「ココア、430円のブレンドコーヒーを29杯頼んだらいくらになる?」
「12470円だよ」
リゼの即席の問題に瞬時に正解を答えるココア。
ココアの暗算速度と精度に驚愕する3人。
「私も何か特技あったらなぁ」
当の本人はこの暗算は特技には入らないようだ。
(こいつ…。意外な特技を…!)
「今のは特技じゃないのかな…」
雪兎のつぶやきに全面的に同意するチノとリゼ。
その時来店を知らせる扉が開く音がした。
「いらっしゃいませー!」
ココアはすぐに笑顔になると来店した客の前に行く。
「あら?新人さん?」
「はい!今日から働かせて頂く、ココアと言います!」
自己紹介をするとお辞儀をするココアに客も自然と笑顔になる。
「よろしくね。キリマンジャロをお願い」
「はーい!」
客は席に向かいながらココアに注文を頼む。
ココアは元気よく返事をする。
「ふ~ん。なんだ、ちゃんと接客できてるじゃないか」
「はい。心配ないみたいですね」
「慣れてる感じもしますし、接客をやったことあるのかもしれませんね」
ココアの対応に三者三様のリアクションを取る。
注文を取り終えたココアは上機嫌に跳ねながらカウンターに戻ってくる。
「えへへ。やったぁ!私、ちゃんと注文とれたよ!キリマンジャロお願いします!」
「…あ、ああ」
「…えらい、えらいです」
「…よくできました」
―――――――――――――――――
お昼が過ぎ客がそれなりに入り始めたころ。
チノはコーヒー豆を挽き、ココアとリゼは配膳を行い、雪兎はキッチンで調理を行っている。
せわしなく動き回ってるココアがリゼの背中に激突する。
「貴様ぁ!私の背後に立つなぁ!」
「わぁー!ごめんなさーい!サー!」
リゼがモデルガンを抜きココアの眉間に向ける。そんな騒がしい二人をチノは呆れた表情で見ている。
「ありがとうございましたー」
それなりに混雑した時間が終わり、最後の客が帰っていった。
雪兎もキッチンからホールに戻ってきている。
「ねえねえ!チノちゃん!雪兎くん!」
「「はい?」」
「この店の名前、ラビットハウスでしょ?うさ耳つけないの?」
客を見送ったココアが勢いよく戻ってくると突拍子もないことを言い出す。
ご丁寧にうさ耳のジェスチャー付きだ。
「うさ耳なんて付けたら別の店になってしまいます」
「…コスプレ喫茶?」
「リゼちゃんとかうさ耳似合いそうなのにね!」
「そんなもん付けるか」
話を振られたリゼは顔を赤くしてうつむく。
すると顔真っ赤にしてプルプルと震えだす。
「露出度高すぎだろ!!」
「うさ耳の話だよ!?」
突然叫びだしたリゼにココアが驚く。
チノもリゼの想像が分かったのか顔が赤くなっている。
横で聞いてた雪兎はふと疑問に思ったことを口から漏らす。
「…男のうさ耳衣装って何があるんだろう?」
「…燕尾服?」
「「ありそう」」
なぜかハモる香風姉弟。
ココアは勢いよく敬礼してリゼに尋ねる。
「教官!じゃぁ、なんでラビットハウスなのでありますか!?サー!」
「そりゃ、ティッピーがこの店のマスコットだからだろ?」
「でもティッピー、うさぎっぽくないよ?もふもふだし」
ティッピーに全員の視線が集中する。
すると顔赤くしてくねくねとティッピーが動き回る。
中身は爺ちゃんだけど…。そんなことを思う雪兎。
「うさぎっぽくなくてもうさぎです一応」
「じゃぁどんな店名がいいんだ?」
リゼの問いにココアは勢いよく指をさす。
「ズバリ!もふもふ喫茶!!」
「そりゃまんますぎるだろ…」
「もふもふ喫茶…!!」
呆れ気味のリゼとは対照的に、もふもふ喫茶という名前を聞いた途端にチノが目をキラキラと輝かせる。
「気に入った!?」
「その店名ならうさぎを増やさないとね」
「動物ふれあい系の喫茶店ならラビットハウスでも同じだろ、それ」
―――――――――――――――――
特に客が来ることもなく時間が過ぎていくラビットハウス。
「雪兎。ココアにラテアート教えるから準備してこいよ」
「わかりました」
リゼがラテアートの講習を始めるので雪兎も準備のためキッチンに向かう。
リゼはコーヒーカップとミルクポットを手に持つとコーヒーカップを器用に動かしながらミルクを流し込んでいく。
「おお~すご~い!」
「この店ではサービスでやってるんだ」
リゼが作ったのはハートと花をモチーフにしたラテアートだ。
「描いてみるか?」
「絵なら任せて!これでも金賞をもらったことあるんだ!」
ココアは胸を叩いて自信満々の様子を見せる。
「町内会の小学校低学年の部…とかいうのはなしな」
図星だったのかココアの自信に溢れた表情が崩れる。
リゼはため息をつくと3杯分のラテアートを手早く作っていく。
「見本としてはこんな感じだな」
そこにはハート柄、4つ葉のクローバー、猫の顔がそれぞれ描かれている。
「わぁ!すごい上手い!」
「そ、そんなに上手いか?」
「すごいよ!リゼちゃんって絵上手いんだね!」
ココアのテンションの高い賞賛に顔が赤くなるリゼ。
「ね!もう一個作って!」
「しょ、しょうがないな…特別だぞ?」
「ほーんと!?」
「やり方もちゃんと覚えろよ?」
リゼは再びコーヒーカップとミルクポットを手に取り真剣な表情になる。
コーヒーにミルクを少し注ぐとコーヒーカップを回転するように宙へと舞わせ、一回転しコーヒーカップをキャッチ。
そのまま頭の上からミルクをカップに正確に投下する。
ミルクポットを勢いよく机に置くと金属製のマドラーに持ち替えペン回しの要領で回し、気合を入れる。
「うおおぉぉぉ!!!」
掛け声と共にすさまじい勢いでカップの中を混ぜていく。
「出来た!!」
カップの中には写真のような砲塔から煙を吹く戦車の絵が描かれていた。
おまけに戦車は迷彩柄となっている。
「うわぁ!?上手い!!」
「全くぅ!そんなに上手くないってぇ!」
「いや…、上手ってレベルじゃないよ…!っていうか、人間業じゃないよ…!」
リゼは満足気に腕を組み、ココアはあまりの出来栄えに震えている。
「よぉーし!私もやってみるよ!」
「がんばれ」
ココアが作り始めたタイミングで雪兎が戻ってくる。
「お、雪兎も準備できたのか」
「はい。まだ時間はかかりますけど」
雪兎はミルクポットとチョコレートソース、小さいスプーン2本、つまようじを机に置くとコーヒーにミルクを注いで作り始める。
「むぅ~」
ココアは真剣な表情でラテアートを作り始める。
「うぁぁ…。何か難しい…。イメージと違う…」
出来たラテアートが思い通りにならないのか、がっくりと肩を落とすココア。
気になったリゼが覗きに来る。
「どれどれ…?」
そこには少し崩れたせいか、しょんぼり顔のうさぎが描かれている。
(かっ…、かわいい!)
リゼの感性に触れたのか顔を赤くして肩を震わせている。
ココアは笑われたと勘違いしたようだ。
「わ、笑われてる!もぉー!チノちゃんも描いてみて」
「私もですか…?」
ココアに頼まれたチノはてきぱきとラテアートを描いていく。
「リゼちゃん。どんなのが出来るか楽しみだね!」
「確か…、チノの描くラテアートって…」
「出来ました」
「こっ、これはっ!?」
コーヒーに描かれていたのはまるで有名画家の絵画のような前衛的な人の顔だった。
「チノちゃんも仲間♪」
「…仲間?」
しかしココアは気にすることなくチノと万歳をする。
「ち、違うぞ…ココア…。こういう絵は私たちのと一緒にしちゃ…」
「あ、そう言えば雪兎くんのラテアートは?」
3人の視線が雪兎の方に向かう。
つまようじを手に持ちチョコレートソースで細かい模様を泡に描いているところのようだ。
「よし。できました」
「うわぁ!」
「おお~」
「わぁ」
コーヒーカップの上には座ったうさぎと泡で作ったカップが置かれていた。
うさぎはしっかり目と鼻の部分をチョコレートソースで色分けされており、カップは上の中心をチョコレートソースで塗ることでコーヒーが入っているように表現している。
「すごいよ!雪兎くん!」
「これ、ラビットハウスの看板だね」
「うん、あれを立体にした感じ」
「さすがに器用だな」
ココアは興奮気味にケータイで写真を撮っている。チノとリゼもケータイを取り出し撮影している。
「しかし、飲むのがもったいないなこれ」
「毎回お客さんに言われます」
雪兎が肩を竦めるとリゼも笑うのだった。
ラビットハウスでお仕事編でした。
ココアと顔合わせ、みんなで仕事とごちうさらしくなってきた気がします。
個人的に姉弟らしくたまにチノと雪兎がハモるのがお気に入りです。