ご注文はうさぎですか?―ラビットハウスの看板姉弟― 作:テクト
ある日の学校。
「カケル、そっち持って」
「いいよ」
「「せーのっ!」」
掃除の時間、雪兎はカケルと協力して教壇を動かす。
「リク、そこ掃いておいて」
「オッケー。任せろ」
教壇をどけた床をリクが箒で手早く掃くと、二人は教壇を元の位置に戻す。
「どっこいっ、せっとっ…」
「ふぅ。リクくん、ありがと」
「いいって。雪兎、今日は映画観に行くんだって?」
「うん。ココア姉ちゃんたちがみんな休みだから、この機会にって」
「何を見に行くの?」
「うさぎになったバリスタって言う小説原作の映画だよ」
「うさぎになった…バリスタ?なんだそれ?」
「あれ、リクくん知らないの?大ヒットした小説で、作者はこの町の出身なんだよ」
「…知らねぇ。本あんまり読まないからな」
リクはうさぎになったバリスタの事は知らないようだ。
「雪兎くんにバリスタ修行をしてもらったおかげで、小説を読んだ時よりも描写がよく分かってすごく楽しめたよ」
「意外なところにプラスが」
「とは言ってもよ。外、あれだぜ」
リクが窓の方を見ると、二人も窓を見る。
空の様子を見ると、曇天模様になっており雨が降り出していた。
放課後となり、リク、カケルと別れた雪兎は、廊下でチノを待っていた。
「雪兎ー。またなー」
「じゃあね~」
先に出てきたマヤとメグを手を振って見送ると、少し遅れてチノが出てくる。
「お待たせ」
「行こうか」
チノが合流し、二人で下駄箱へと向かう。
「姉ちゃん、傘持ってきた?」
「ううん。今朝晴れてたから持ってきてない」
「だよね。僕は折り畳み傘持ってるからそれでいこうか」
靴を履き替え、傘を広げて二人で入り、映画館へと歩き始める。
「雪兎。もっと詰めないと濡れるよ」
「いいよ別に。濡れてもタオル持ってるし、体操服もあるからそっちに着替えればいいから」
チノと雪兎は並んで折り畳み傘に入るが、さすがに二人では狭い。
雪兎は左肩辺りが濡れているが、チノを濡らさないように少し浅めに入っている。
歩きながら隣でチノが大きな欠伸をする。
「姉ちゃん大丈夫?昨日、ココア姉ちゃんと夜にコーヒー飲んでたでしょ」
「大丈夫。映画終わるまでは持つから」
「ほんとに?」
雑談をしながら映画館への道をしばらく進む。
「ひっ!?」
墓地の横道を通っていると、突然チノが短く悲鳴を上げる。
「どうしたの?」
「あ、あれ…」
チノが指をさした先には、なぜかぴょんぴょんと跳ねる開いた傘がいた。
「…唐傘おばけ?傘は普通だけど…」
「お、おおお昼からお化けって出るの…!?」
チノは怯えて雪兎の後ろに隠れる。
唐傘おばけ(?)は立ち止まるときょろきょろと左右を見渡すような動きをする。
そして、こちらに気づいた様子を見せると、二人の方へと向かってくる。
「こ、こっちに来る!?逃げよう!」
「いや、待って」
涙目で訴えかけるチノを、何かに気づいた雪兎が制す。
唐傘お化け(?)は二人の前で止まる。
「いたいた。ようやく見つけたわい」
「うぅ…私は美味しくないです…ってこの声、おじいちゃん!?」
「爺ちゃん。その運び方はどうなの…」
聞こえてきたのは二人の祖父の声。
おばけの正体はティッピーだった。
器用に両耳を合わせて傘の柄を掴んで、跳ねながら来たようだ。
「息子に傘を持って行ってやれと言われてのぉ。器用なもんじゃろ。ほっほっほ」
「傍から見たら、跳ねる傘なんて完全に妖怪か何かだよ」
得意げに笑うティッピーに、雪兎はため息を漏らすと傘を受け取る。
「ん?チノよ。涙目で何をそんなに頬を膨らませて睨んでおるんじゃ?」
「おじいちゃんっ!」
チノの怒号が辺りに響き渡った。
―――――――――――――――――
チノの機嫌も戻り、ティッピーを加えた三人(?)は映画館に到着した。
映画館の手前辺りで雨も上がっており、すでに高校生4人は来ていたようだ。
「遅くなりました」
「待たせちゃってすいません」
「あ!チノちゃん、雪兎くん!大丈夫だった?」
「雨なんて予想外だったからなぁ」
「あはは。みんなびしょ濡れだね!」
4人は雨に打たれて頭や服が濡れていた。
「でも、目は覚めたかも」
「確かに眠気吹っ飛んだな!」
「あっ!私も眠いの忘れてたよ!」
「何とか起きてられるかもしれないです」
「みんな寝てないんですか…」
周りの眠そうな様子に呆れる雪兎。
「…実は私も眠かったの~。ふぁ~」
「えっ!?初耳だよ!?」
それに便乗するように明らかな棒読みで千夜が眠たかったアピールをする。
「あっ!みんな見て!雲の間から光が」
ココアが空を指さすと、雲の切れ間から日の光が差し込んでいた。
「綺麗です」
「これが映画なら、エンドロール流れても可笑しくないです」
「終わるの早いな…」
「僕らの本題は、まだ始まってすらないですよ」
「あの光の差し込み方は、天使の階段って呼ばれてるのよ」
「素敵です」
「そうなの?私、お天道さんの鼻水って教わったけど」
「「…台無しです」」
ココアの台無し発言にチノと雪兎、シャロの目から光が消える。
全員が揃ったので映画館に入る。
「待った。これ使ってくれ。体育で使わなかったやつだから」
「あ、僕も持ってますので使ってください」
リゼと雪兎がカバンからタオルを出すとみんなに手渡す。
「さすがリゼちゃんと雪兎くん」
ココアはタオルを受けてとるとチノの頭を拭きだす。
千夜もシャロの頭を拭いている。
「頭拭いてあげるね♪」
「いいです。私はあまり濡れなかったので」
「チノは傘持ってたんだな」
「雪兎の折り畳み傘がありましたし、途中でティッピーが持ってきてくれたので」
「器用だな!?」
「実際、器用に持ってきましたよ…」
リゼが驚くが、ティッピーは耳で支えながら跳ねて持ってくるという芸当をやってのけている。
それで一騒動あったが。
「雪兎くんも拭いてあげるね~♪」
「僕も肩くらいしか濡れてませんから」
「じゃぁ、そこを拭かなきゃね」
ココアが上機嫌に雪兎の肩を拭きとると、自分の頭を拭く。
「とりあえず、中に入ろうか」
「私、ポップコーン買ってくる。他にジュース飲む人ー」
「僕も買います。何味にしよっかな~♪」
「私もよく子ども扱いされるんです」
「分かるわ~!」
ココアと雪兎は売店に並び、リゼ、シャロ、チノは入場口の方へと向かう。
その様子を後ろで見ていた千夜。
(本当にくせ毛すごいのに…)
千夜はシャロの爆発している後ろ髪を気にしていた。
―――――――――――――――――
『どうしてこんなになるまで焙煎したんだ!』
(開始5分で涙腺が…!)
映画が始まって5分。
既に感動し、目に涙を浮かべているココア。
(お姉ちゃんなのに、チノちゃんと雪兎くんの隣で泣いちゃダメ!)
ココアは見栄を張って泣くのを我慢している。
その隣のチノも目じりに涙を溜めている。
(泣いてるのココアさんにバレたくない!絶対からかわれる…!)
一方、ココアのもう片方の隣に座っている雪兎は割と落ち着いてみている。
(おぉ~、よく出来てるなぁ~。けど、やっぱりなんか聞いたことあるなこの話…)
チノの席の方から嗚咽が漏れているのが聞こえてくる。
(…チノちゃん。…そうだよね。感情に素直になるべきだよね)
ココアはポケットからティッシュを取り出し、2枚出すと自分の鼻をかみ、チノにもう一枚を渡そうとするが、嗚咽の声の正体はティッピーだった。
(映画館初めてだけど、スクリーンって大きいな。うちのテレビより大きいんじゃないかな)
リゼはスクリーンの大きさに感心している。
(…ふんふん。メニュー名に使えそうね)
千夜は内容そっちのけで、ポケットサイズのリングノートに映画のセリフからメニュー名に使えそうなものを書き込んでいる。
(し、沈まれお腹!うぅ…、ケチらずに何か買っておけばよかった!)
シャロは腹の虫と格闘していた。
しばらく映画が進むとココアは寝ていた。
―――――――――――――――――
一方、ラビットハウス。
扉の前に立っているのは、青山ブルーマウンテン。
(ラビットハウス…。ついに来てしまいました。マスターに会えたら、胸を張って、目を見て話さなきゃ…)
決意を固め、ドアノブを握り、扉を開く。
「お待たせしました。スパゲッティボンゴレでございます」
中では白いお髭のマスターではなく、タカヒロが接客をしていた。
「いらっしゃいませ」
「マスター以外の男の人と、目を合わせてしましましたー!」
「えっ」
予想外の展開に、青山ブルーマウンテンは扉を開けたまま走り去るのだった。
―――――――――――――――――
映画の上映時間が終わり、映画館のロビーに戻った6人。
「後半寝てたんですか!?すごくよかったのに皆さんと語り合えないじゃないですか!」
「何しに来たんですか…」
「…しょ、小説は読んだから…」
(((あまり内容を覚えてない…)))
チノと雪兎は熱心に見ており、ココアは途中で寝ていた。
そして、リゼ、千夜、シャロは別の事に気を取られて内容をあまり覚えていないようだ。
「でも、主人公のうさぎになったおじいちゃん。カッコよかったね!」
「「うんうん」」
ココアの感想にうなずくチノと雪兎に、動きに合わせて声を出すティッピー。
「ライバルの甘味処のおばあさん!あの情熱には心打たれたわ!」
「はむっ、…どこかで聞いた話ね」
「くだらないことで争ってたけど」
千夜は登場人物のおばあさんに感銘を受けていて、横で聞いていたシャロはホットドックをかじりながらその話に既視感を感じている。
「おじいさんもよかったけど、ジャズで喫茶店の経営難を救った息子さんはもっとカッコよかったな!」
「なぬ!?」
「まるで父みたいでした!」
「…というか、うちの経歴とほぼ一緒じゃない…?」
「ぷえーっ!ぷえーっ!」
リゼの感想にティッピーが抗議の声を上げて跳ねる。
「お!今日のティッピーは表情豊かだね!」
「一番楽しんでたんじゃないか?」
リゼはちらりと奥の通路の方を見る。
「ちょっと、トイレ」
「あ、僕も行きます」
「待ってるね」
リゼと雪兎はトイレへと向かった。
「リゼちゃんと雪兎くんが戻ってきたら――チノちゃん?眠いの?」
ココアはチノがうとうとと船を漕いでいるのに気づく。
「…いえ、平気です」
「カモン!家までおんぶしてあげる!」
ココアは背を向けてしゃがみ、チノに乗るように促す。
「子どもじゃないんですから…」
「大丈夫!気にしないよ!」
「私が気にします」
「えぇ~…」
「えぇ~…、じゃなくて、ココアさんがおんぶしたいだけじゃないですか」
「やめておいた方がいいわよ?ココアちゃんも眠いんでしょ?」
「倒れたりしたら悲惨よ」
「う~ん…。それなら!」
ココアは何かを思いついた顔をする。
一方、トイレから出てきたリゼと雪兎。
「あのシーンすごかったですね」
「ああ!まさかこんな映画で迫力あるシーンが見られるなんてな!…ん?うわぁ!?」
「どうしまし――えぇ!?」
二人で感想を言いながら戻るとなぜかココア、千夜、シャロで馬を組み、チノが上に乗って騎馬を組んでいた。
「騎馬戦でも始めるのか!?」
「4人ともなにやってるんですか!?」
―――――――――――――――――
次の日のラビットハウス。
「心がバリスタなら、例えうさぎでもコーヒーを淹れられるんだ!」
「あっ、それ、昨日の映画のセリフだな」
「えへへ♪私も本格的にバリスタ目指してみようかな~♪それでリゼちゃんは、バーテンダーかソムリエになるの。雪兎くんはシェフかな?」
「すぐ影響されて…」
「ココア姉ちゃんらしいね」
「…大人になっても、4人一緒にここで働けたら素敵だね」
「あ…」
チノは成長した4人をイメージする。
「パン屋さんと弁護士はもういいのか?」
「あっ、最近小説家もいいかなって」
(あ~…、これは…)
チノの横で作業をしていた雪兎は、姉の機嫌が急降下していることを隣で感じ取っていた。
その日の夜、リビングではチノが淹れたコーヒー三杯をココアの前にたたき出す。
「…どーして怒ってるの~…」
「本気でバリスタ目指したいなら、コーヒーの違いくらい当ててみてください!」
「うあぁ…」
チノはむくれ顔でココアにそう告げるのだった。
(これは、ココア姉ちゃんが悪い…)
そして、その様子を扉の陰から見ている雪兎だった。
映画鑑賞編でした。
傘を持ってくるティッピーって傍から見たら妖怪にしか見えないって思ってこんな感じのお話になりました。