ご注文はうさぎですか?―ラビットハウスの看板姉弟― 作:テクト
紅色に染まった葉っぱが風で舞い踊る季節。
公園には一人の老人と、うさぎが来ていた。
老人は手に持ったうさぎをベンチに下ろすと、その隣に腰掛ける。
その前を子ども二人が、元気な声を出しながら走っていく。
「はぁ~…。苦労して建てた念願の喫茶店だが、経営が軌道に乗らんのぉ…」
聞いている誰かがいる訳でもなく、ため息交じりに老人は声を漏らす。
ふと、隣にいる飼いうさぎに視線が移る。
「…いっそ、うさぎになれたらどんなに楽かのぉ…」
隣りで口をもごもごとさせて、リラックスしきった様子の飼いうさぎを見て叶うはずもないことを口走る。
その時、突然うさぎが小さな手に捕まれる。
手の主は、幼い少女だった。
少女はうさぎを持ち上げ、ベンチに腰掛けると自分の膝の上に乗せる。
「おじいちゃん!こんにちは!」
「こんにちは」
無邪気に老人に挨拶をする少女に、老人も挨拶を返す。
「おじいちゃん。このもふもふしたの何?」
少女は尋ねながら飼いうさぎを両手で撫でる。
「うちで飼ってるうさぎだ」
「いい匂いがする~♪」
「コーヒーの匂いじゃよ。うちは喫茶店をやっとるからな」
少女はうさぎを抱き上げて顔を近づける。
「えへへ♪おじいちゃんのご注文はうさぎになることなの?」
(聞かれてた!)
独り言を聞かれていた老人が驚くが、少女は老人に近づき手を取る。
「おじいちゃんにおまじないを掛けてあげるね!いつかうさぎさんになれますよ~に」
少女のおまじないに思わず老人からも笑みがこぼれると、少女も満面の笑みを咲かせる。
「ココア~?もう行くよ~?」
「あっ」
誰かが呼ぶ声が聞こえると、少女が声の方を向く。
「待って~!お姉ちゃん置いてっちゃやだ~!」
少女の姉が捜しに来たようだ。
そのことに気づいた少女は、ベンチにうさぎを下すと姉の方へと駆けだす。
「ほら、早く行くよ。誰と話してたの?」
「うさぎさんのおじいちゃん!」
「うさぎさん?」
二人はお話しながら手をつないで公園を去っていく。
その二人の背中を見送る老人。
「…同じうさぎでも、お前のみたいなのはなりたくないな。夏は暑苦しいそうだ。冬は温かそうだが」
老人はうさぎを撫でながら先ほどの少女のおまじないを思い出す。
「…さて、お前がいないとチノと雪兎が寂しそうにするからな。帰るか、ティッピー」
それはかつて、秋の夕暮れ時にあった出来事――。
ラビットハウスではカウンターでココアが居眠りをしていた。
おまけにティッピーを枕にしており、ティッピーからはうめき声が漏れている。
「あ、またティッピー枕にして…」
それに気づいたチノが不機嫌な顔になる。
「くぅー…。お姉ちゃん置いてかないで…」
「…」
ココアが寝言を漏らすと、チノはお盆で口元を隠すのだった。
―――――――――――――――――
いつものラビットハウス。
4人で仕事をしているとリゼが切り出す。
「あ、そうだ。私、またバイト休むかも」
「え?」
「何か用事なの?」
「部活の助っ人を頼まれたんだ。…演劇部の」
「演劇部ですか。それはまた」
「演劇部!?すごい!」
「時々助っ人している部活って、演劇部だったんですね」
「リゼちゃんって、声が通るし、暗記も得意だし、役者さん向きだよ!」
(確かに、ロゼさんモードの時は声色とか雰囲気を変えてたし…)
ココアの発言に雪兎は、休日に三人で出かけた日を思い出す。
咄嗟とはいえ、別人を演じたリゼは確かに向いている気がした。
「そ、そうかな?」
「演劇…、童話とかいいですよね」
「あ、今度やるのは、そんな可愛いものじゃないけど」
「どんなダークメルヘンやるの?」
ココアがイメージしたのは――
『ふっ!くらえぇ!』
赤ずきんの姿で銃を構えて発砲するリゼ――
「オオカミも一撃で仕留めそうですね…」
「どうしてそうなる!普通のやつだ!普通の」
「何の役を演じるのか教えてください」
「教えて教えて!」
「僕も気になります」
三人から教えてと、迫られたリゼは照れたように顔を赤くする。
「わ、笑うなよ?…オペラ座の怪人のヒロイン。クリスティーヌだ」
「主役ですか。すごいです」
「ま、まぁな」
「…嬉しそうですね」
「そ、そんなわけあるか!?」
恥ずかしさらからか、力んだリゼが手に持っている皿がメキメキと悲鳴を上げている。
「力みすぎてお皿割れそうだよ!?落ち着いてクリスティィヌ!」
ココアのクリスティーヌの発音が妙に流暢になっている。
「日常でその名前で呼ぶな!」
「私もイヌの役ならやったことあるよ。ワンワン♪」
「イヌじゃない!優雅でお淑やかな若いオペラ歌手の役だっ!…あっ」
「「「あっ」」」
力が最高潮に達したのか、リゼが持っていた皿が真っ二つに割れた。
「素手で…皿を真っ二つ…」
「優雅で…お淑やか…」
雪兎は顔が引き攣っており、チノは素手で皿を真っ二つに割るリゼの程遠いクリスティーヌのイメージに顔を青くして震えている。
「…す、すまない…。弁償する…。確かに、私にお淑やかな演技は難しいかもしれない…」
「う~ん…。あっ!」
何かを思いついたココアはケータイを取り出す。
「お淑やかさなら、千夜ちゃんとシャロちゃんがアドバイスしてくれるかも!」
「あの二人なら、イメージには合いそうですね」
そういいながら、ココアは手早くメールを打ち、雪兎はココアのケータイの画面をのぞき込む。。
『リゼちゃんがそっちに特攻するって』
「これでばっちり」
「どうみても甘兎庵を潰しに行くようにしか見えないです」
「お前なんて打ったんだ!?」
行くと送ってしまったので、リゼは着替えてラビットハウスを出ていった。
「リゼちゃん、歌ったり踊ったりするのかな?」
「それはミュージカルでは?」
「夜のバータイムでカッコよく踊れば、お客さんが集まるかも!?」
「それ、かっこいいんですか…」
しかし、ココアのイメージは可愛い衣装に着替えた4人が躍る様子で、カッコいいとは程遠い。
「パフォーマンスがあれば集客や宣伝はできそうですね」
「ちょーカッコいいし、注目度もアップだね!チノちゃんと雪兎くんは、劇で何の役やったことある?」
「私は、木の役を積極的にやりました!」
「渋いっ!」
「木はいいです…。不動の在り方は心が現れます」
木の役の醍醐味を輝いた眼でチノが熱弁する。
「そうじゃ」
「そっかぁ」
「単純に目立ちたくないうえに、セリフを覚えるのが嫌なだけでしょ」
「雪兎は黙ってて」
心底呆れた様子で雪兎が突っ込みを入れる。
「踊る木って言うのも新鮮でいいね!」
「木は動かないからいいんです!」
ココアの斜め上の発想に、チノが突っ込みを入れる。
「雪兎くんは?」
「僕は、悪役四天王の一人をやりましたね」
「意外っ!」
「普段の自分からちょっと変えて、役になりきるのは楽しいですよね。ついつい演技に力を入れてしまいます」
雪兎はちょっと照れながらも、役になりきっているときの醍醐味を言う。
「ねえねえ!今やってみてよ!設定は…、ラビットハウスのライバル店四天王の一人で!」
「え?あ、じゃぁ、えーっと。…こほん」
ココアの無茶ぶりに雪兎は困惑するが、パッと頭に思い付いたのか咳ばらいをして雰囲気を変える。
「ほぅ、ここがラビットハウスか…。さびれた店よなぁ。私のラビットカフェの方がよほど繁盛しておるわ」
「なんじゃと!?」
「そんなことない!私たちは、真心を込めてコーヒーを淹れてる!お客さんの笑顔と美味しいって言う言葉が私たちに力をくれるの!」
悪役を演じ始めた雪兎に対し、ココアも即座に役を作って対応し始める。
「ふん。客の笑顔と感想だけで、喫茶店の経営が務まるものか!まぁ、焦らずとも自ずと結果は出よう。貴様らの言う腑抜けた考えの経営が正しいか、私の理論に基づいた経営が正しいか。せいぜいその時まで足掻くんだな。ハハハハ!」
「私たちは負けない!あなたのような優しさも真心もないお店に、私たちは絶対に負けない!」
「その吠え面がどのように歪むのか、楽しみにしておるわ…。はい、カット!」
雪兎は悪役から元の雰囲気に戻る。
「雪兎くん!迫真の演技だね!私もつい、力が入っちゃったよ!」
「…あはは、演じてる時は気にならないですけど、後になるとやっぱり恥ずかしいですね」
「雪兎…、うちの経営対してそんな不満を…」
「マスターの孫として、その考え方は見過ごせんぞ!」
「…この演目は実在の人物、団体などとは関係ありません」
「「誤魔化すな!」」
腹話術のはずが思いっきり声がハモっているチノとティッピー。
「…思ったんだけど、リゼちゃん本当は演劇部に入りたいんじゃないかな」
「それはあり得ますね」
「そうですね。役作りに真剣に取り組んでますからね」
「そしたら、このバイトを辞めてしまいますね…」
「部活とバイトの両立…。確かに厳しそう…」
「えぇ!?そ、そんなの悲しいよぉ…。…リゼちゃん」
ココアは初めてラビットハウスに来た時、リゼに教えてもらっていたころを思い出す。
「「リゼさん…」」
香風姉弟もここでリゼと共に働いているときを思い出す。
「でも、リゼさんが決めることですから…。僕らが我儘を言うわけにはいきませんよ…」
「私!CQCなんて出来ない!リゼちゃんの代わりに、この喫茶店を守ることなんて出来ないよぉー!」
「…リゼさんはガードマンですか」
「ただのバイトさんです」
「こうしちゃいられない!リゼちゃんの本心を確かめなくちゃー!」
ココアは駆け足でラビットハウスから飛び出していった。
「…行っちゃった」
「ココアさんを連れ戻さないと!あと、私も気になる!」
「えっ、姉ちゃんまで!?」
続いてチノも後を追うようにラビットハウスを飛び出して行く。
その後をとりあえず雪兎も追うのだった。
―――――――――――――――――
甘兎庵の前にやってきた三人はココアを先頭に、勢いよく扉を開く。
「リゼちゃんの本心を聞きに来たよ!」
「あれ?」
「ロゼちゃん!?」
「お久しぶりです。魑魅魍魎も恥じらう乙女です!」
「えぇ…」
中には以前、散歩で出会ったロゼに扮したリゼがいた。
正体を知っている雪兎は、リゼのセリフに若干引き気味である。
(クリスティーヌが降臨したわ!)
(あのセリフ教えたの誰!?)
横から見ていた千夜とシャロはそれぞれの感想を心の中で漏らす。
「ロゼさん!うちの喫茶店に来てくれるのを待ってたんです!」
「ごめんなさい…。まさか、覚えててもらえたなんて思わなくて」
「当たり前です!ずっとずっと待っていました!」
チノはリゼであるとは気づいておらず、ラビットハウスに来てくれることを待っていたと伝える。
「…そっか。チノちゃんは私より、ロゼちゃんみたいな人に憧れるんだね…。…私も大人っぽくしてくるー!」
「ココアさん!?待ってください!話がまだ終わってません!」
ココアは泣きながら甘兎庵を飛び出すと、チノはそれを追っていった。
「…何しに来た…?」
「…なんでしょうね」
残された雪兎も最早二人が何をしたいのかわからなくなってきた。
「っで、なんでまたロゼさんになってるんですか?」
「役作りのためだ。お淑やかさを学ぶためにな」
「形から入るというやつですか」
一方、甘兎庵の客として来ていた青山は店の外から聞こえ慣れた声を耳にする。
「こんな店、二度と近づかん!おお!?よせ!あっち行け!痛い!」
(この声…、マスター?)
外ではティッピーがあんこに齧られていた。
「齧るな!うえぇ!痛いでないか!」
(…お元気そうで何よりです)
そんな声を聞いて青山は安心したのか声を心の中で漏らす。
「はぁ…。やっぱ、こんなの柄じゃないよな…。クリスティーヌは断るよ」
「そ、そんな。やりましょ――」
「やりたいことを諦める必要が、どこにあるんでしょう?」
「えっ?」
(言いたいこと取られたぁ!)
シャロの説得に被せるように青山がリゼに言葉を掛ける。
一方、言いたいことを取られたシャロは困惑気味である。
「あ、青山さんの言う通りです!その恰好、すごく似合ってます!」
「こんなに可愛いのに、もったいないわ♪」
「せっかくですからやってみたらいいと思います。何事もチャレンジですよ」
(今更だが…、恥ずかしくなってきた!)
シャロ、千夜、雪兎も役を降りようとするリゼを説得する。
リゼは顔を赤くするが、少し頬を叩いて気を取り直す。
「…ありがとう!私、頑張ってみるよ。…あと、勢いで来てしまったけど、こういうのって人に聞くもんじゃないな…」
「聞く相手が悪かったのよ」
「自分で言う!?」
「そこ、認めちゃうんですね…」
―――――――――――――――――
後日のラビットハウス。
「わぁー!これがリゼちゃんが演じたクリスティーヌかぁ…!銃持って怪人と戦ってる…」
「オペラ座の怪人って、こんな話でしたっけ…?」
演劇を無事に終えたリゼが持ってきた写真には、リゼが演じるクリスティーヌが写っているが、なぜか手榴弾や銃を手に持って怪人と相対する姿が写っている。
「…最初から、脚本を私のキャラに合わせたかったみたいだ。…せっかく、お淑やかさのコツが分かってきたのに…。悔しいから、別の役でリベンジしてやる!」
「あはは。リゼさん、演劇にハマったんですかね」
今回の役が不満だったのか、拳を握って気合を見せるリゼ。
「「ええっ!?」」
しかし、その言葉を聞いたココアとチノ驚くと、懇願するように抱き着く。
「そんなのダメー!」
「似合わない役はやるなと!?」
「違うんです。ちょっとしたすれ違いなんです」
リゼの役作り編でした。
雪兎くんは意外と演技派な一面が登場。
役になりきるって楽しいですよね。ちょっとした実習とかで役を頼まれたときに何かと私はノリノリでやるタイプでした。