001
「耐えられるものなら耐えてみな」
ハジメの口元が不敵に吊り上り、瞳が殺意にギラつく。紅き魔力が益々輝き、銀月を紅月に染め上げていく。
パイルバンカーの射出口から不可視の衝撃が迸った。それは、射出口に内蔵された空間振動を起こす機能だ。対象に激烈な振動を与え、その結合を――耐久力を著しく弱らせる。
そして、重力魔法によりインパクトの瞬間、その重さを二十トンにまで増加させる漆黒の杭が、落雷の如き轟音と共に解き放たれた。
超圧縮された炸薬と衝撃変換された魔力、そして電磁誘導によって神速とも言うべき加速を得た螺旋を描くアザンチウム製の巨杭は、ゼロ距離で獲物を穿ち破壊する。
紅いスパークを放つ漆黒の杭は、重ねられた銀翼二枚をあっさり貫き、その奥にあるノイントの心臓部分を貫通して尚止まらず、背中から抜けて片翼を根元から吹き飛ばした。そして、流星の如く紅色の尾を引きながら彼方へと飛んでいってしまった。
「――」
「……」
(主よ、なぜ私を――)
血肉を焼かれ、血を吹き出すことなくただポッカリと胸に穴を空けて、ノイントは死亡した。
002
血の海。肉の山。酒が血で濁り、肉が草木の如く物言わぬ地獄絵図。
そんな光景を僅か一時間にして築き上げた二人組に言わせるならば、それは日常茶飯事で、ならば地獄こそが日常なのかと聞かれれば、それは違うと言うだろう。
「かははっ。逃げた奴はいないよな?」
「一人残らず死体の山ですよ。いえ、死んではいませんが」
血肉で散らかった廃工場で無数の財布を抱える二人の男女。
衣服も毛髪も何もかもが真っ赤に染まっており、顔に不快感が滲み出ている。
時刻はすでに深夜二時近く。街頭の少ない住宅街に帰るまでの帰路で人に見つかったら、ただじゃ済まないだろう。
「カイン。今日はもう来ないでしょうし、帰りましょう」
「オーキードーキー。さっさと風呂入って寝たいぜ」
地獄に似つかわしくない、和やかな雰囲気で廃工場を後にする二人。
朝のニュースがどうとか、クラスメイトが告白したとか、しないとか、そんな雑談に花を咲かせながらそれぞれの家に帰宅した。
003
月曜日。それは一週間の内で最も日本人の死ぬ暗黒の日。大多数の人間がこれからの日常に溜息を吐き、前日までの極楽に届かぬ手を伸ばしてしまう。
しかし白崎彩織は例外であった。
ただそれは別に、学業に励むのが好きというわけでも、忙しく生きるのが好きというわけでもなく、ただ恋人と何気ない平和な日常を過ごせるのが平日の昼間しか無いという、切実かつ過酷な環境に生きているだけなのだが。
彩織は早朝に恋人の家に押し掛け、朝食や身支度を共にしてから、のんびりゆったりグダグダと、薬にも毒にもならぬ雑談に花を咲かせながら、始業チャイムがなるギリギリに登校した。
彼氏が教室の扉を開け、先に彩織を入れてから自分も入り扉を閉じる。
その瞬間、教室の男子生徒の大半から侮蔑やら嫉妬やらの舌打ちや睨みを頂戴する。彩織は構うことなく恋人と腕を組み、彼氏の方は「かははっ」と彼らを嘲笑いながら自分たちの席へ着き、語るべくも無い雑談に花を咲かせる。
それから間も無くして、また扉が開き一人の男子生徒が教室に入る。彼には彩織達が入った時以上の、男子生徒の大半から舌打ちやら睨みやらを頂戴する。女子生徒も友好的な表情をする者はいない。
極力意識しないように自席へ向かう彼。しかし、毎日のようにちょっかいを出すものがいる。
「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」
「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」
一体何が面白いのかゲラゲラと笑い出す男子生徒達。
彼らが言う通り、彼は自他ともに認めるオタクだ。
――と言ってもキモオタと罵られるほど身だしなみや言動が見苦しいという訳ではない。
髪は短めに切り揃えているし寝癖もない。
コミュ障という訳でもないから積極性こそないものの受け答えは明瞭だ。
大人しくはあるが陰気さは感じさせない。
世間一般でオタクに対する風当たりは有名アニメなんかのおかげか弱まりつつあるが、それでも嘲笑程度はあれど、ここまで敵愾心を持たれることはない。では、なぜ男子生徒達が敵意や侮蔑をあらわにするのか。
その答えは彼女だ。――原因と言っても許されるだろう。
「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」
ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒が彼のもとに歩み寄った。この学校でハジメに対等に接してくれる希少な例外であり、彼の周囲に起こることの大半の原因だ。
名を白崎香織。彩織の双子の姉であり、いわゆる学園のマドンナという奴だ。三大女神などともてはやされる(うち一人は彩織であり、死神と恐れられている)、美少女だ。
先に彼氏を作った妹を真似てか腰まで真っ直ぐ伸ばした黒髪、しかして目は妹と違い垂れ気味で優しげ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。
香織は彼に恋しており、故に彼に構うのだ。
しかし徹夜のせいで居眠りの多い彼は大半の者から不真面目な生徒と思われており(成績は平均を取っている)、生来の面倒見のよさから香織が気に掛けていると思われている。
授業態度が改善したり、あるいはイケメンなら香織が構うのも許容できるのかもしれないが、生憎、容姿は極々平凡であり、『趣味の合間に人生』を座右の銘としていることから態度改善も見られない。
参考までに、彩織の彼氏の容姿は、美少女たる姉が妹に紹介されて初対面第一声に「彩織の彼氏!? こんなイレズミマンが!?」と思わず教室で叫ぶほどには異端だ。右顔面にはデカデカと異国の文字で『神の落書き』と刺青されている。しかしまあ、どちらかといえばイケメンの部類だ。
とはいえさりとて、凡人にしてオタクである彼が香織と親しくできることが、同じく平凡な男子生徒達には我慢ならないのだ。「なぜ、あいつだけ!」と。
「あ、ああ、おはよう白崎さん」
これが殺気か!? と言いたくなるような眼光に晒されながら、彼は頬を引きつらせて挨拶を返す。
それに嬉しそうな表情をする香織。
妹は前世で因縁のある彼と姉との恋愛成就を陰ながら応援しているのだが、よく「押しが足りない! 斬り殺すくらいの気合で押し切りなさい!」と叱られている。――彼の心労の原因がここにもいた。
彼は、この殺気を孕んだ眼光の嵐に気がついて下さい! と内心懇願する。だが、口には出さない。そうした瞬間、きっと彼女の妹に体育館裏とかに強制連行だろうから……。
会話を切り上げるタイミングを図っていると、二人の男女が近寄ってきた。
「よー、ハジメェ。おはようさん」
「おはようございますハジメ。先日借りていたもの、読み終わりましたよ」
先に挨拶をしたのは例のイレズミマン、
十人中十億人が不良と称するような外見をしているが、性格は野蛮なのを除けばおおよそイイ奴だ。
次に三冊のライトノベルを手渡しながら挨拶したのが、香織の妹の
「おはよう、しら……彩織さん、カインくん。ってあれ、三巻だけ新しくなってない?」
ハジメが彩織を名前で呼ぶのは、単純明快、脅されたからだ。うっかり苗字で呼ぼうものなら香織の唇が飛んでくる。
「うっかり血……コーヒーで汚してしまいまして。新品と取り替えましたが、もしや限定品か何かでしたか?」
((いま血って言ったよね!?))
ハジメは「う、ううん、大丈夫だよ。わざわざありがとう」と彩織の滑らせた言葉に引きながらライトノベルを鞄にしまい、続きの三冊を彩織に渡した。
現在、訳あって彩織はハジメからオタク文化の布教を受けているのだ。――否。既に沼にどっぷりと浸かり、オタクの仲間入りをしている。ハジメほど悪い扱いを受けないのは、彩織の凶悪さ故だろう。
「彩織ズルい! 南雲くん! 私にも貸して!」
「え、う、うん。もちろんいい、けど」
「香織、私が読み終わったあとですよ。カインも読みますか?」
「んにゃ、オレは全巻買って読んだから。今度語らおうぜ」
「「ええっ!?」」
「カイン、あなたどんだけハマってるんですか。……私も人のこと言えませんが」
「あれ、じゃあカインくんが彩織さんに貸せばいいんじゃ無いの?」
「確かに!」
ハジメのふとした言葉に香織も同意したが、それに彩織は苦い顔をし、カインは苦笑いした。
「や、こいつオレが貸したもん基本新品でしか返さねーんだよ。服とかならともかく、本とか文房具は怖くて貸せねぇ」
彩織がカインに謝罪し、ハジメが「血って……」と柄にもなく妄想を膨らませ、香織が自分よりハジメと仲良さげな妹に頬を膨らませ、カインが苦笑いし、男子達は舌打ちを、女子達は軽蔑の視線を向けるのだった。
そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。教室の空気のおかしさには慣れてしまったのか何事もないように朝の連絡事項を伝える。そして、彩織とカインが甘ったるい空気を垂れ流し、当然のように授業が開始された。
004
ノイントが死亡してすぐのこと。
死後の世界にでも行くのか、それともこんな意識諸共消滅するのか。
――それとも、何か別のものへと生まれ変わるのか。
ノイントは生まれ変わった。
それも、もといた魔法と人外の世界ではなく、科学文明と道徳と社会に支配された、全く異なる世界に。
生誕当初こそジェネレーションギャップならぬカルチャーギャップに悩まされたものの、十六年もの時を日本で暮らせば、ノイントは十全に順応して見せた。
名を白崎彩織。
双子の姉、白崎香織の妹であり、町内屈指の不良児だ。
顔面刺青の恋人との二人組で数ある不良グループを破壊し尽くす彼女ら『チーム』にそれ以外呼び名はなく、『
005
教室のざわめきに、ハジメは意識が覚醒していくのを感じた。居眠り常習犯なので起きるべきタイミングは体が覚えている。その感覚から言えば、どうやら昼休憩に入ったようだ。
ハジメは、突っ伏していた体を起こし、十秒でチャージできる定番のお昼をゴソゴソと取り出す。
なんとなしに教室を見渡すと購買組は既に飛び出していったのか人数が減っている。それでもハジメの所属するクラスは弁当組が多いので三分の二くらいの生徒が残っており、それに加えて四時間目の社会科教師である畑山愛子先生(二十五歳)が教壇で数人の生徒と談笑していた。
早速、午後のエネルギーを十秒でチャージしたハジメはもう一眠りするかと机に突っ伏そうとした。だが、前の席の二人が騒ぎ出し、ハジメの安眠は彼方へと去っていった。
「カイン! なぜトマトが二つも入っているのですか!?」
「トマトじゃねぇプチトマトだ! ハンバーグ入れてやったんだから我慢して食いやがれ!」
「無茶言わないでください! トマトを食習慣に取り入れたのは間違いなく核兵器、生物兵器に並ぶ人類の過ちです!」
言うまでもなく、彩織とカインだった。
本校ベストカップルである彼らの弁当は、毎日カインが作っているのだ。
女子である彩織もかなり出来るらしいが、量が多すぎるのだと姉である香織がいつかぼやいていた。
仕方ない読書でもしようと、彩織が返してきたライトノベルを取り出し開くと、我等の女神が、ハジメにとってはある意味悪魔が、ニコニコとハジメの席に寄ってきた。
ハジメは内心(しまった)と呻いた。いつもなら香織達と関わる前に教室を出て目立たない場所で昼寝というのが定番なのだ。
「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」
再び不穏な空気が教室を満たし始める中、ハジメは心の裡で悲鳴を上げる。
尚、彩織とカインは香織に見向きもせず、口論から腕相撲に発展していた。右手で腕相撲をしながら、左手は彩織がカッターナイフ、カインが弁当を包んでいた風呂敷で鍔ぜりあっていた。
――いや、どうなってんだアレ?
この時だけは教室内の全員の心情が一致した。
「あ~、誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、もう食べ終わったから天之河君達と食べたらどうかな?」
そう言って、ミイラのように中身を吸い取られたお昼のパッケージをヒラヒラと見せる。断るのも「何様だ!」と思われそうだが、お昼休憩の間ずっと針のむしろよりは幾分マシだ。
天之川。天之川光輝。一応白崎達の幼馴染で(彩織にその自覚は皆無)、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人(カインと比べたらただの一般人)である。
ハジメ程度の抵抗など彩織に恋愛相談している香織には意味を成さず、追撃をかける。
「えっ! お昼それだけなの? ダメだよ、ちゃんと食べないと! 私のお弁当、分けてあげるね!」
(もう勘弁して下さい! 気づいて! 周りの空気に気づいて!)
刻一刻と増していく圧力に、ハジメが冷や汗を流していると救世主が現れた。光輝だ。
「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」
爽やかに笑いながら気障なセリフを吐く光輝にキョトンとする香織。
「え? なんで光輝くんの許しがいるの?」
素で聞き返す香織に誰かが「ブフッ」と吹き出した。光輝は困ったように笑いながらあれこれ話しているが――
「るっせーよクソが。姉御困らせてんじゃねーよクソ野郎」
「カイン、食事中の方もいるのですから、クソ野郎になりたくなければ口を謹みなさい」
そんな言葉と共に、カッターナイフと風呂敷が光輝の両頬を掠めて壁に突き刺さった。
凍りつく教室。凍てつかせる彩織とカインの光輝を見る目。相変わらずキョトンとしている香織。
深い溜息を吐きながらハジメは内心で愚痴った。
(もういっそ、この人たち異世界召喚とかされないかな? この人たちそういう何かに巻き込まれそうな雰囲気ありありだろうに。……どこかの世界の神か姫か巫女か誰でもいいので召喚してくれませんか~~)
現実逃避のため異世界に電波を飛ばすハジメ。いつも通り苦笑いでお茶を濁して退散するかと腰を上げかけたところで――
ハジメまでもが、凍りついた。
ハジメの目の前、光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様――俗に言う魔法陣らしきものを注視する。
その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。
自分の足元まで異常が迫って来たことで、ようやく硬直が解け悲鳴を上げる生徒達。未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。
数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。蹴倒された椅子に、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。
この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、『チーム』のメンバーが失踪したとして、大いに世間を騒がせた。