逆行した天使は人間寸前   作:那由多 ユラ

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血の雨と骨肉の弾丸

001

 

 

 

「三、四万の魔物の群れに竜人族、黒幕が清水だぁ? ……誰だよそいつ。急に帰って来たと思ったら何言ってんだテメェは」

 ハジメ達が北の山脈地帯に行って、帰って来たかと思ったら男一人と女一人、数を増やして戻って来た。

 騎士達は町の役場へお偉い方に報告に向かい、ハジメは彩織達に見たものを報告していた。

 ハジメが新たに連れて来た、竜人族だという黒髪彼女は何処か物欲しそうな目でハジメを見つめている。

「……彩織さん、あなたでしたら、あなた達でしたら、……魔物の大群をどうにか、出来ますか?」

 愛子が、躊躇いながら言った。

「はっ、私たちが暴力を振るうのに良い顔をしなかったあなたが、私達の暴力に頼ろうというのですか?」

 彩織は愛子を威圧するように、見下す。

「……はい」

 愛子も負けじと、彩織を睨みながら見上げる。

 カインやハジメ、他女子達が、所在無下げに見守る。

「――ウフフ――――ウフフフフフフ――フフッ――ハッハハハ――ハッハハハハハハハッ――ハハハハハハハハハハッ!!」

 彩織は空を見上げながら、クルクルと回りながら笑った。

「だったら命じてみなさい! なぎ払えと! 切り捨てろと! 殲滅し虐殺し絶滅しろと! 潰して均し地を血で固めろと! 斬って刻み血と肉の雨を降らせろと! 骨と臓物の国を築き上げろと! 我々に命じてみなさい!」

 狂気の滲んだ笑みを浮かべながら、鼻と鼻が触れ合うほどに顔を近づける彩織。

 愛子を歯を数秒食いしばり、口を開いた。

「…………私たちを害するもの達を全て駆除し、私の生徒をここに連れて来てください」

「ええ、ええ、わかりました。わかりましたとも。愛しの愛子の命令とあらば仕方ありません。四万だろうと四億だろうと四兆だろうと、区別なく殺しましょう――私の名は白崎彩織。九つの因果を身に宿し、九の使命を執行します――貸し一つ、ですよ」

「お願いします」

 彩織は愛子の言葉に微笑みでかえす。

「行きますよ、カイン。戦争の準備です」

「オーキードーキー。持てる全てで殺してやるよ」

 愛子やクラスメイト達に背を向け、町へ歩き出す彩織達。

 二人の背に、天使の翼と、死神の鎌を幻視した。

 

 

 

002

 

 

 

 ウルの町は現在、昨夜までは存在しなかった外壁に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。

 この外壁はハジメが即行で作ったものだ。高さは、ハジメの錬成範囲が半径四メートル位で限界なので、それほど高くはない。大型の魔物なら、よじ登ることは容易だろう。

 町の住人達には、既に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられている。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと。

 当然、住人はパニックになった。町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。

 明日には、故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられるものなどそうはいない。彼等の行動も仕方のないことだ。

 だが、そんな彼等に心を取り戻させた者がいた――愛子だ。

 天使と死神とメイドを従えて、高台から声を張り上げる《豊穣の女神》。恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。

 冷静さを取り戻した人々は、二つに分かれた。すなわち、故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組だ。居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。

 避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。

 現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。

 居残り組の多くは、豊穣の女神一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも、自分達の町は自分達で守るのだ! 出来ることをするのだ! という気概に満ちていた。

 すっかり人が減り、それでも余りある活気を見せる町を背後に、彩織は目を閉じ思考を巡らせていた。

 傍らにはカインとメイドがいて、ただ静かに彩織を見守る。

 否。彼らに静かに過ごすという発想はなかった。

「やぁやぁ、改めて久しぶり、二人とも」

「何処ほっつき歩いてやがったんだテメェ。恵里と愛子には結構前に逢ってたらしいじゃねぇか」

「およ? もしかして寂しかった?」

「んなわけあるか。殴るぞ」

「そしたら蹴るよ」

「アァン? やっぱ魔物より先にテメェから殺すか」

「はっはー、やってみなよ、ぼ・う・や?」

 バチバチと拳と脚を構える二人。

 そんな二人に、彩織はため息を吐く。

「やめなさい。久しぶりに遭ったのだから、もっと仲良くしなさい」

「オッケー。じゃあカインくん、お姉さんとホテルに行こっかー」

「テメェ一人で行ってろアホメイド!」

「カイン、ちょっと静かに」

「……おう」

 静まると、彩織は閉じていた目を開き立ち上がる。

 そこへ愛子と生徒達、ティオ、ウィル、デビッド達数人の護衛騎士がやって来た。

「彩織さん、準備はどうですか? 何か、必要なものはありますか?」

「…………」

 振り返らず、何も言わない彩織。

 その態度に我慢しきれなかったようでデビッドが食ってかかる。

「おい、貴様。愛子が…自分の恩師が声をかけているというのに何だその態度は。貴様の持つ特殊な技能や、そこのメイド、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは……」

「デビッドさん。少し静かにしていてもらえますか?」

「うっ……承知した……」

 愛子に黙れと言われると、シュンとした様子で口を閉じる。まるで忠犬だ。

 彩織は今気が付いたかのような動きで振り返り、口を開く。

「優花、香織、ハジメ、その他戦力達。あなた達はこの町の最終防衛ラインです。町に残り、私たちの殺り残しを対処してください」

 言外に戦力外だと言う彩織の言葉に、それぞれ思いを表情に出すが、一人が食ってかかった。

「ちょっと待ってよ彩織さん! 私も戦うわよ!」

 優花である。ミシン糸ではなく、この世界の弦楽器用の糸をブンブンと鳴らして彩織に詰め寄る。

「知っていますよ。だからこそ、あなたには防衛戦をお願いしているのです。あなたの弦操術は本来、罠を張り、待ち構えることこそを得意としているはず。この戦争において戦力の無駄遣いをしている余裕はありません。ここは迷宮じゃ無いんですよ」

「……わかり、ました」

 優花は彩織の横を通り、外壁を出て行った。周辺に糸を張るのだろう。

「他に何もありませんね? 魔物の群勢はカインと刹那が請け負います。問題ありませんね?」

「おう。問題ねぇ」

「承りました、ご主人様」

 ヘラヘラ、ニヤニヤと笑いながら二人とも頷く。

「愛子と私はここで、タイミングも手段もわかりませんが確実にくる仲間を待ちます。ユエ、念のため護衛をお願いします」

「…………」

「ユエ、一応、この人にはそれなりに恩があるんだ。……聞いてやってくれ」

「……ん、わかった」

 ユエは渋々頷く。

 愛子が、前に出て言う。

「彩織さん、清水君のことなんですが……」

「わかっています。無傷とはいかないかもしれませんが、コミュニケーションが可能な程度には生かしてあなたの前に連れて来ます」

「……できれば穏便に、お願いします」

「ええ」

 愛子の話が終わったのを見計らって、今度は、ティオが前に進み出て声をかけた。

「ふむ、よいかな。妾も話があるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

「……あなたは、ああ、竜人族の。何か?」

「先の、優花殿との話に似たものなのじゃが、妾には防衛戦より殲滅戦の方が向いておる。というか防衛戦が向いておらん。町が焼けかねん。そっちで戦わせてもらいたいのじゃが……だめかの?」

 ハジメと話していた時のような恍惚の表情とは違い、格上の機嫌を伺うというよりは、我儘な子供に尋ねるような表情で竜人族、ティオは尋ねる。

 ハジメ達が、誰だこいつ、という目で見ている。

「構いませんが、カインと刹那の前には出ないことを勧めます。というか近寄らないことを勧めます。毒にも薬にもならない屑肉にはなりたく無いでしょう?」

「そ、そんな楽しみすぎっ……コホンッ! わ、わかった。そうさせてもらおう。……でも、さ、先っちょだけなら」

「好きにしてください。でも、あなたも戦力として数えているのですから、自ら怪我するような真似するなら、許しませんよ」

「あぅ、ご主人様の残虐非道な言葉も良いが、この娘の人を人と思わぬ、しかし優しさが滲み出る甘美な言葉、有り体に言って、悪く無い!」

「ねぇカインくん、やっぱこの人殺そうよ。彩織の教育に悪い」

「姉御、その意見には概ね同意だが、終わってからにしようぜ。これが原因で負けるとか、笑えねぇ」

 香織の言葉に、カインは苦笑いしながら返す。

「話は以上です。各自、万が一にも全て備えて、壁際に待機していてください。出番が無いことを祈りましょう」

 色々と濃い者達をまとめ上げて見せた彩織に、愛子は少し眩しいものを見るように目を細めた。

 いつの間にか傍らからいなくなっていた騎士達が、町を駆けているのを見つける。我の強い彼らすら、彼女の前では駒の一つに過ぎないというのだろうか。

 遂に、肉眼でも魔物の大群を捉えることができるようになった。大地が地響きを伝え始め、遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始める。

 彩織は愛子とユエを傍らに、ハジメに即席で作らせた玉座に座って、離れた位置にいるカイン達にも届くように声を張り上げた。

「さぁ、各々使命を執行してください!」

 

 

 

003

 

 

 

「どぉうらぁぁあああ!!!」

 ウルの町を襲う数万規模の魔物の大群に、異様に細い棒のような槍を二槍流で駆け抜ける顔面刺青の青年が単身突っ込む。勢いはそのままに、赤い線があちこち走り回る。

(あれを人間に分類して良いのじゃろうか……)

 遥か上空から機会を伺うティオは、地上を見下ろし唖然とする。

 別の方に向けば――

「あっはっはっはっは!!」

 カインとは離れた位置で、妙に露出の多いメイドが、文字通り魔物を蹴散らしている。

 脚に触れた魔物が弾け、弾け飛んだ血肉に触れた魔物がさらに弾ける。

 連鎖的虐殺により、赤い染みが広がっていく。

(……あれは確かに、妾でも死ぬな、うむ)

 彩織の言葉を理解したティオは、内心冷や汗を流しながら体ごと顔を背けた。

 メイドが散らす血肉を逃れ空を飛んでいる魔物を、ティオは炎を吐き殲滅する。

 

 一方その頃、彩織と共に見守っているユエと愛子は、何が起きているのか理解できていなかった。

「カインの唯一の技にして武器、舞突錐(ぶつぎり)の前には、生物なんて空気抵抗よりも無抵抗。躱す以外に対処法は無く、あの魔物達のように群れているとどうしようもありません。人呼んで、絨毯暴力」

「……人間?」

「人間ですよ。神の落書きという曰く付きですが」

「彩織さん、刹那さんは……」

 散らされた血肉が壁に突き刺さるのを見ながら、愛子は尋ねる。

「彼女は多芸ですから。《月の兎》、《最新の偉人》、《兎算》、《メイド喫茶のメイド長》。月面一周という異形を成し遂げて地球に帰還した彼女は、マスコミの「月を走る秘訣やコツはあるんですか?」という質問に、「重力が六分の一なら、六倍重く走ればいい」と答えたそうです。彼女の十八番、始まりの武器術、重力を武器とする《重操術》です。それとあれは、生物を武器にする《肉操術》ですね。流石のカインも十全には使えません」

「……もしかして、神代魔法の重力操作?」

 ユエがキョトンと首を傾げながら尋ねる。

「それがどんな魔法か私は知りませんが、彼女なら使えてもおかしくありませんね」

「刹那さんは何者なんですか!?」

 会話以外することのない愛子が叫ぶ。

「メイドですよ。メイド喫茶に行けば会える、何処にでもいるメイドです」

「……ハジメの故郷、魔境?」

「文字通り血が沸き、肉が踊る世界を魔境と呼称するのなら、魔境ですね」

「地球はそんな場所じゃありませんよ!? そうですよね!?」

 

 

 

004

 

 

 

(何だよ、これは……何なんだよ、これは!!)

 魔物の大群の遥か後方で、即席の塹壕を堀り、出来る限りの結界を張って必死に身を縮めている少年、清水幸利は、目の前の惨状に体を震わせながら言葉を失った様に口をパクパクさせていた。ありえない光景、信じたくない現実に、内心で言葉にもなっていない悪態を繰り返す。

 そう、魔物の大群をけし掛けたのは紛れもなく、行方不明になっていた愛子の生徒、清水幸利だった。とある男との偶然の末に交わした契約により、ウルの町を愛子達ごと壊滅させようと企んだのだ。しかし、容易に捻り潰せると思っていた町や人は、全く予想しなかった凄絶な迎撃により未だ無傷であり、それどころか現在進行形で清水にとっての地獄絵図が生み出されていた。

 魔物を群れごと貫く男に、蹴り散らすメイド。

 ドッシャドッシャ、ッパーン、ッパーン、と、独特な音を戦場に響かせながら、死体の海が出来、血の雨が降る。

 空に逃げようものなら、骨肉の弾幕が襲い、それを躱しても黒竜の炎に焼き払われる。

(なんだあいつなんだあいつなんだあいつ――)

 清水は頭を抱えながら混乱する。

 既に半数以上が跡形もなくなっているだろう。

(勝ち目はない! 想定外だ!)

 清水は逃走を図り、魔物の一種である四つ目の狼に跨った。

 狼が駆け出そうとすると、一歩目で転倒し、清水も落馬……落狼した。

 役に立たない狼を睨みつけて気が付く。

 狼の動体に、ビッシリと基板のようなものが貼り付いている。

「ひっ!?」

 石をひっくり返したら虫がビッシリくっついていた、みたいな悍ましい光景に、思わず尻餅をついた。

 すると、背後から襟を掴まれ、持ち上げられた。

「なっ、何するんだ!!」

「テメェが、彩織ちゃんの言ってたこの戦争の黒幕だな?」

 首を捻るように振り返ると、彩織以上に目つきの悪い女が、清水を睨み付けていた。

「何だよ! 何なんだよ! ありえないだろ! 本当なら、俺が勇者グペッ!?」

 悪態を付きながら必死に手足を動かすと、鼻っ面に頭突きされ気絶した。

「あ〜、やっぱ来なきゃ良かったな」

 女はカインとメイド、ドラゴンが広げた、生臭く赤いカーペットを見て辟易していた。

 お気に入りの運動靴が汚れないように慎重に、町へと向かう。

「……そういや、名乗り忘れてた。――私の名前は水上夕空(みずかみ くれあ)。九つの因果と照らし焼き、私の使命を執行しよう」

 目つきの悪い女――夕空は、そんな事を独りごちながら、靴が血で汚れていく様にうんざりしていた。

 

 

 

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