逆行した天使は人間寸前   作:那由多 ユラ

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いきすぎた少女は人類最賢

 

001

 

 

 

 時を遡り、カイン達が六万の魔物を殺戮している真っ最中のこと。

 正面で見守っている彩織の前に、三人の仲間が駆けつけた。……いや、歩いてきていたのだけれど。

「うむ、絶景であるな。さすが異世界、常軌を逸っしておる」

「七七七お姉ちゃん、それ本気で言ってる?」

「……どーでもいいけど疲れた」

 気配なく、前触れなく現れた三人に、彩織と共にいたユエと愛子はギョッと目を見開きながら振り向いた。

「七七七、この世界は世間一般のハイファンタジー小説と似た世界観です。夕空、もう一仕事お願いすることになります。りんごちゃん、久しぶりですね」

 彩織は振り向くことなく言う。

「うむ、なるほど理解した。してリーダーよ、妾に仕事はないのか?」

「現状ありません。何かあるまでここで待機していてください。りんごちゃんもですよ。あなたを戦場に立たせるわけにはいきませんから」

 彩織の言葉に、少女と幼女は落ち込んだように項垂れる。

 三人目の女性が、いかにも気怠げに彩織に尋ねた。

「でぇ、彩織ちゃん。私に仕事って何さ? もうかなり疲れてるんだけど?」

「この戦争を引き起こしたアホが、戦場のど真ん中にいます」

「アホじゃねぇの?」

「アホなんでしょうね。そのアホを、ここに連れてきてください」

「髪か耳だけでいいか?」

「あなたいつの時代の武士ですか。普通に連行してきてください」

「ん、まぁおっけ。報酬は?」

「カインがご飯を作ってくれます」

「そりゃ最高だな。行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 流れるような自然さで、武器を持たないどころか普段着の女性を殺戮現場に送りつけた彩織に、愛子は尋ねる。

「あの、三人は彩織さんとどういう関係なんでしょう?」

 彩織は愛子に振り向き、答える。

「頼れる仲間です」

 とだけ答え、彩織はカインと刹那の殺戮を見守る。

 

 

 

002

 

 

 

 彩織さんは、もう清水君は元に戻らないと言います。

 曰く、罪を犯し過ぎたから。殺意を抱くという、禁忌を犯したから。

 七つの大罪だとか、禁忌だとか、もっともらしい言葉を並べられても、私には理解が及びません。

 きっと、嘘はないのだと思います。

 清水君が私に殺意を向けたというのも、本当だと思います。疑いようがありません。彼は私を、本当に殺す気だった。

 私が分からないのは、元に戻らないという点。何故戻らないのか、取り返しがつかないことを、彼は本当にしてしまったのか。殺意を抱くというのは、それほどまでに悪いことなのか。

 だって、彼はそれほどまでに被害を出していないのですから。

 死人は出ていません。どころか、怪我人すら出ていません。町にも大した被害は無いそうです。

 無罪とは、いえないでしょう。だけど、どうしても私には、重罪だとは思えない。

 救えないとは、思えない。

「ならば、専門家にでも相談してみたらどうかの?」

「……あなたは、確か……」

 宴会騒ぎになっている町中央から離れた所で一人悩んでいた愛子の隣に、体格の近い少女が腰を下ろした。

「うむ、一度名乗ったような気もするが、まぁよかろう。――妾の名は高天原七七七。九つの因果を理解して、妾の使命を執行しよう――よろしくの、先生殿」

「確か、テレビに出ていました、よね?」

「うむ。そのような時期も確かにあったの。別に、芸能人というわけでも子役というわけでもないのだがな。《人類最賢》、文字通り人類で最も賢い者という意味だが、そうもてはやされた時期もあったというだけのことだ」

「人類最賢……」

「妾はそう大層なものでもない。賢いだけの人間でしかないのだ。……してうぬ、何を悩んでおるのか、妾に聞かせてみるがよい。うぬが何故に悩んでおるのか、妾には我ごとの様に理解しておるが、しかし人の話というのはなかなかどうして面白い。教師ともなれば尚更な」

 愉快そうに笑う七七七に、愛子は眉を潜めた。

「……悪趣味ですね」

「妾は性格が悪いのだ。断じて悪趣味ではない。ほれ、聞かせてみよ。妾は特別何かの専門家というわけではないが、りんごへ掛け合うくらいはしてやるぞ?」

「りんご、さんですか? 確か、あなたと一緒に来ていた……」

「うむ、《禁忌》と、妾らの界隈では名を轟かせたり、そうでもなかったりする、禁忌の専門家だ。うぬ程度の悩み、あやつなら程よい妥協点に導くであろうよ」

 《禁忌》、先の彩織との会話でも散々出てきた言葉だ。

 殺意を抱くという、清水の犯した禁忌。

「……気がついたら、生徒達がどんどん私の手から離れて行ってしまうんです。天之川君を筆頭に、大人に守られるべき子供達が、どんどんと」

「大人に守られるべき子供達、か。傲慢だの」

「……彩織さんにも、そう言われました」

「そうであろうよ。妾達《チーム》は、ある種大人の手を拒みがちでな。親に守られるという経験が極めて少ないものが多いせいか、己の身を己で守ってきたが故か。……だが、子供は大人が守るべきだとは、妾も思う」

日が落ち気温が下がったからか、七七七は寒そうに手を合わせている。

「私が知らないところで生徒が一人奈落に落ちていて、もう一人、私の手から離れていた生徒が非行に走ってしまいました」

「……教師に助けられた経験のない妾には、うぬが何故そこまで悩まねばならぬのかよく分からぬな。何故そこまで悩まねばならん。恋情か? それとも親心か? 教師と生徒の関係なんて、ほとんど他人みたいなものだろうに」

 愛子は嘲笑する様に微笑んで言う。

「……私の我儘です。家族以外で子供達が頼ることの出来る大人でありたいっていう、傲慢な、驕り高ぶった私の我儘です」

 七七七は苦笑いを浮かべた。傲慢な言葉遣いのわりに似合うと、愛子は思ってしまう。

「なんとも生きづらい生き方をしておるな。いや、妾も人のことを言えるほど真っ当な生き方しとらんが。……しかし、悪くない」

「……人に向き不向きがあるのは分かっています。私はか弱く、守られる側の人間というのも。でも、でもだからって、我儘の一つくらい、……いいじゃないですか」

「なら貫けばよかろう? 何をそう悩んでおるのだ」

「……分からないんです。どうすれば清水君を助けられるのか、見当もつかないんです」

 月が昇り始め、本格的に冷えてきた。七七七は愛子に身を寄せる。子供の様に暖かい体温が伝わってくる。

「ふむ、……愛子よ、うぬはテストで解答が解らぬとき、空欄で終わらせるのか?」

「え?」

「うむ、それもよいだろう。解らぬから何もしない、それも間違いでもないだろう。しかしな愛子よ。よいか愛子よ。こころせよ愛子よ。答えがわからぬときこそ、人は何をしてもよいのだ。何を答えてもよいのだ。どうせ不正解なら、部分点だけでも掠め取ろうとするのは決して間違いではない」

 ニヤリと笑う七七七に、愛子も釣られて笑う。

「ふふっ、賢い人の言葉じゃ、ありませんね」

「妾とて、最初から最賢というわけではないのだぞ? 妾にものを教えた者は決して少なくない。……中には正解を教える者もいた。過ちを正しいと偽り教える者もいた。正解を間違いだと語り教える者もいた。……しかし彼らの教え全てが、今の妾を構成しておる。人類最賢という傑作を、彼らは間違いを教えることで作り上げたのだ」

 七七七の人形の様に穢れのない指先が、愛子の頬を撫でる。

「うぬとて大差はなかろうよ。そして清水とかいうのにせよ、リーダーにせよ、カインにせよ変わらぬ。間違いを教えることはあれど、教えるということに間違いはあり得ぬよ」

 愛子の乱れた髪を、七七七の指が梳かす。

「己が教師であるというのなら、子供を守るというのなら、愛子、うぬはただ教えてやればいい。生徒というのはうぬが思っている以上に愚かで、しかし思考し取捨選択するものだ。それに最悪、反面教師になるのも、それはそれで悪くなかろう?」

 立ち上がった七七七は愛子の手を取り、立たせ、身なりを軽く整えてやる。

「反面教師は、できればイヤですね、なんて、あはは……」

「ふん。答えのわからぬ回答欄を埋めるのだ。まずは正答率をあげるとしよう」

 愛子と七七七は手を繋ぎ、町外れへと歩く。

 

 

 

003

 

 

 

「血の海から昇る金色の月、死臭漂う宴の夜。素敵な夜だと思わない? 七七七お姉ちゃん」

 返り血を浴びた外壁の上に腰掛け、愛子と七七七を見下ろす幼女がいた。

「はっ、先の仕返しか? りんごよ。それより、「言われなくてもいいよ。だいたいわかる」……そうか」

りんごは七七七の言葉を遮りながら、外壁から軽快に飛び降りる。

「こんばんは、愛子ちゃん。りんごに聞きたいことがあるんでしょう?」

 ニッと笑うりんごに、しかし愛子は底知れぬ恐怖を覚えた。

 外見が恐ろしいわけではない。むしろ抱きしめたいほどに可愛らしい。

 声が怖いわけでもない。声変わり前の子供そのままの声は、朝に聞けば活力に、夜に聞けば癒されることだろう。

 何が怖いのか、わからない。わからないことが怖くて、恐怖を感じる自分すら怖くて――

「愛子ちゃん、大丈夫? お腹すいた? それとも具合悪い?」

「っ! ……いえ、大丈夫です。それで、その……」

「愛子は禁忌に足を踏み入れた生徒を救いたいそうなのだ。りんご、うぬならどうする」

 りんごは不思議そうに首を傾げて、考える様にしてから答える。

「どうにか、って言われてもね。別に殺したわけでもないんでしょ? 殺したっていうのは実行に移したって意味じゃなくて、成功した、成し遂げたって意味で」

「はい。だから、それなら、まだ間に合うんじゃないかと、思うんです。……でも、私には方法がわかりません」

「あはっ! あたしもわかんない!」

「「……」」

 笑いながら言ったりんごに、愛子も七七七も呆然とした。

 しかし続けてりんごは語る。

「あたしは残念ながら殺人鬼だけど、でもだからって救われたいとか思ったことはないよ。お母さんを殺してよかった。お父さんを殺してよかった。きょうだいを殺してよかった。家族も親戚もみんな殺してよかったって、今でも思ってるよ。救われる様な状況だと思ったことなんてない。むしろ殺す前こそ、誰でもいいから救って欲しかった」

 懐かしむように、空を見上げるりんご。釣られて、愛子も見上げた。日本ほど外灯のないこの世界の夜空は、星が夜空を照らしている。

「きっと彼、清水くんだったかな、その人もそうだったんじゃない? 復讐は何も生まないって言葉がただの綺麗事であるように、殺しはいけないことだっていうのも、また綺麗事だよ。殺すことで救われる人もいる。誰かが死ななきゃ幸せを掴めない人もいる」

「そんなこと……」

「恵里お姉ちゃんは分かりやすくそうだったよ。両親が死んだからこそ、恵里お姉ちゃんは今の幸せを手にした。あたしも、まぁきっと同じ。禁忌を犯したからこそ、人を殺したからこそ、今のあたしがここにいる。……だからまぁ、諦めた方がいいんじゃない? 愛子ちゃんだって死にたくないでしょ?」

 一人の生徒のために、死ぬ。

 正気の沙汰じゃないだろう。教師なんて、ただの職だ。別に清水君の身内というわけでも、家族から命を託されたわけでもないのだ。有り体に言って、割りに合わない。

 死んだとして、殺されたとして、その後どうなるというのだ。魔人族につけばどうなるかだって、結局はわからないままだ。

「どうしたら……、一体私はどうしたら……」

「そもそもさぁ、そのための退学制度じゃないの? あたしはあんまり詳しくないけど、更生できないほどに堕ちた生徒を諦める制度じゃないの?」

「それは……」

「それに、殺人未遂は罪だよ。それを忘れちゃダメ。取り返しがつくなんてことはないよ。取り返しのつく罪なんてない。罪を犯したなら、それ相応の罰を受けなきゃね」

「罰、ですか?」

「そう、罰だよ! 愛子ちゃんが罰を与えればいいんだよ!」

 嬉々としながらそういう七七七に、愛子は顔を引きつらせた。

「罰って、一体どういう……」

「そのうち元の世界に帰るんだよね? それならそれまでの間、どっかの牢獄にでも閉じ込めておけばいいんだよ。そうすれば愛子ちゃんは安全だし、ついでに清水くんも安全。ちょうどいいんじゃない?」

「ダメです! そんな酷いことできません!」

 愛子の言葉に、りんごは本気で何を言っているのかわからない、と、言いたげな表情をした。

「愛子ちゃん、自分が殺されそうになったって、分かってるの?」

「それはっ……」

「もしかして、抱きしめたりでもしたらなんとかなると思ってた? キスで救えるとでも思ってた? だったら厳しいことを言わなきゃいけないかな。彩織お姉ちゃんの先生なわけだし。異世界ファンタジーで小説チックなここでこんなこと言いたくないけどさ、年下の、小学生にこんなこと言われたくないと思うけどさ、……現実は所詮現実だよ。他人に人の心は動かせない。他人は他人を救えない。人に人は救えない」

 言いたいことは全部言えたと言わんばかりに、りんごは満足げに笑う。

「あたしに言えることはこれくらいかな。ごめんね、期待に添えなくて」

 あはは、と、小学生とは思えない苦笑いを浮かべるりんご。

 最後にと、愛子は尋ねる。

「……りんごさん、ご家族を殺して、今は幸せですか?」

 りんごは答える。

「もちろん! 殺してよかった! って胸を張って言えるよ!」

 楽しげに笑うりんごを見て、愛子は気が付く。

 いつの間にか、りんごへの恐怖心が消えている。ただただ、笑っているりんごが微笑ましい。

「私も、地球に帰ってから、これでよかったと言えるでしょうか」

 愛子の頭を、見守っていた七七七が撫でた。

「言いたくなくとも言わせるとも。うぬはリーダーの先生なのだろう? 幸せになっていてもらわねば困るというものよ」

 愛子は恥ずかしそうにしながら、七七七の言葉を胸に刻んだ。

 

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