001
ハジメとの再会、清水の反乱、メイドの失踪から一週間がたった。
ウルの町での愛子の仕事は終わり、一度王都へと戻ることになった。
キリが良いというのがあるが、新たに四人が異世界から来訪したこと、清水のことを報告しなければならないからだ。
メイドは清水との一件の時以来、姿を見せず、生徒達や愛子も心配していたのだが、それは七七七が言葉巧みに誤魔化した。
「あやつは平和主義者の妹、
とか、なんとか。ほとんど真実だが、同じ人間と半日以上続けて一緒に居られないという体質を語らなかったのは、七七七なりの優しさである。
七七七とりんご、夕空の三人は先に王都へ向かっており、今頃到着していることだろう。
002
場所はオルクス大迷宮の八十九層。前衛を務める光輝、龍太郎、雫、永山、檜山、近藤に、後衛からタイミングを合わせた魔法による総攻撃の発動カウントが告げられる。何とか後衛に襲いかかろうとする魔物達を、光輝達は鍛え上げた武技をもって打倒し、弾き返していく。
厄介な飛行型の魔物であるコウモリ型の魔物が、前衛組の隙を突いて後衛に突進するが、頼りになる結界師が城壁となってそれを阻む。
「狂える狂槍、見えざる暴風、乱れろ刻め、荒れて穿て――《乱槍壁》!」
鈴の攻勢防御魔法が発動する。呪文を詠唱する後衛達の一歩前に出て、突き出した両手の先にそよ風が生じた。見た目の変化はない。
コウモリ型の魔物達も鈴の存在など気にせず、警鐘を鳴らす本能のままに大規模な攻撃魔法を仕掛けようとしている後衛組に向かって襲いかかった。
しかし、その手前で、魔物の突進に合わせて空気の槍と呼ぶべきものが現れる。何十匹というコウモリモドキが次々と串刺しになり、分厚い魔物の壁が出来上がるだけでただの一匹も彼等を通しはしない。
「ふふん! そう簡単には通さないんだからね!」
クラスのムードメイカー的存在である鈴の得意気な声が、激しい戦闘音の狭間に響く。
と、同時に、前衛組が一斉に大技を繰り出した。敵を倒すことよりも、衝撃を与えて足止めし、自分達が距離を取ることを重視した攻撃だ。
「後退!」
光輝の号令と共に、前衛組が一気に魔物達から距離を取る。
次の瞬間、鈴の親友たる死霊術師の攻撃魔法が発動する。
「ご利用ありがとうございます、登録完了いたしましたので、即刻お支払いください――《架空生吸》」
魔物から、デフォルメされた可愛らしい魂のようなものが抜け出し、次々と倒れていく。
ほんの数秒の攻撃。されど、その短い時間で魔物達の九割以上が絶命した。
「よし! いいぞ! 残りを一気に片付ける!」
光輝の掛け声で、前衛組が再び前に飛び出していき、魔法による総攻撃の衝撃から立ち直りきれていない魔物達を一匹一匹確実に各個撃破していった。全ての魔物が殲滅されるのに五分もかからなかった。
戦闘の終了と共に、光輝達は油断なく周囲を索敵しつつ互いの健闘をたたえ合った。
「ふぅ、次で九十層か……この階層の魔物も難なく倒せるようになったし……迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」
「だからって、気を抜いちゃダメよ。この先にどんな魔物やトラップがあるかわかったものじゃないんだから」
「雫は心配しすぎってぇもんだろ? 俺等ぁ、今まで誰も到達したことのない階層で余裕持って戦えてんだぜ? 何が来たって蹴散らしてやんよ! それこそ魔人族が来てもな!」
感慨深そうに呟く光輝に雫が注意をすると、脳筋の龍太郎が豪快に笑いながらそんな事を言う。
溜息を吐きながら、雫は眉間の皺を揉みほぐした。
まさか、皺が出来たりしてないわよね? と最近鏡を見る機会が微妙に増えてしまった雫。それでも、結局、光輝達に限らず周囲のフォローに動いてしまう辺り、真性のお人好しである。
「……ところで恵里、あのえっぐい魔法、なに」
鈴をからかい終えた恵里に、雫は尋ねる。
「なにって、性欲のある日本人なら誰しも一度はかかったことがあるあれだよ?」
「架空請求ってこと?」
「そ。魂が抜かれたと勘違いさせて、生命活動を終了させる魔法」
「それラスボスが使う魔法じゃないの!?」
「なに言ってんの? 僧侶だってザキとか使うじゃん」
「あなた死霊術師じゃない! ……いえ、むしろ使いそうね」
この場にいるのは光輝、龍太郎、雫、香織、鈴、恵里の他、永山重吾を含める五人及び檜山達四人の十五人であり、メルド団長達は七十層で待機している。実は、七十層からのみ起動できる、三十層と七十層をつなぐ転移魔法陣が発見され、深層への行き来が楽になったのであるが、流石にメルド団長達でも七十層より下の階層は能力的に限界だった。
「そろそろ、出発したいんだけど……いいか?」
光輝が、未だに漫才する恵里と雫におずおずと声をかける。
以前、恵里を部屋に呼び出して一悶着あって以来ずっと、光輝の恵里への態度はこんな感じだ。
雫はその内心を正確に読み取っているのでジト目を送る。
視線に気づかないふりをしながら、光輝はメンバーに号令をかける。既に、八十九層のフロアは九割方探索を終えており、後は現在通っているルートが最後の探索場所だった。今までのフロアの広さから考えて、そろそろ階下への階段が見えてくるはずである。
その予想は当たっており、出発してから十分程で一行は階段を発見した。トラップの有無を確かめながら慎重に薄暗い螺旋階段を降りていく。体感で十メートルほど降りた頃、遂に光輝達は九十層に到着した。
一応、節目ではあるので何か起こるのではと警戒していた光輝達。しかし、見た目、今まで探索してきた八十層台と何ら変わらない作りのようだった。
警戒しながら、変わらない構造の通路や部屋を探索してく光輝達。探索は順調だった。だったのだが、やがて、一人また一人と怪訝そうな表情になっていった。
「なーんか、嫌な予感がする」
一行がかなり奥まで探索し大きな広間に出た頃、遂に不可解さが頂点に達し、表情を困惑に歪めて恵里が疑問の声を漏らした。
「エリリン、なんかわかるの?」
「んー? 明確な根拠はないし、予感程度だけどねぇ」
既に探索は、細かい分かれ道を除けば半分近く済んでしまっている。
今までなら散々強力な魔物に襲われてそう簡単には前に進めなかった。ワンフロアを半分ほど探索するのに平均二日はかかるのが常であったのだ。にもかかわらず、光輝達がこの九十層に降りて探索を開始してから、まだ三時間ほどしか経っていないのに、この進み具合。
最初は、魔物達が光輝達の様子を物陰から観察でもしているのかと疑ったが、どんな感知系スキルや魔法を用いても一切索敵にかからないのだ。
魔物の気配すらないというのは、いくら何でもおかしい。明らかな異常事態である。
不意に、辺りを観察していたメンバーの何人かが何かを見つけたようで声を上げた。
「これ……血……だよな?」
「薄暗いし壁の色と同化してるから分かりづらいけど……あちこち付いているよ」
「おいおい……これ……結構な量なんじゃ……」
表情を青ざめさせるメンバーの中から永山が進み出て、血と思しき液体に指を這わせる。そして、指に付着した血をすり合わせたり、臭いを嗅いだりして詳しく確認した。
「天之川、戻った方がいい。……これは魔物の血だ。それも新しい」
「そりゃあ、魔物の血があるってことは、この辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、それだけ強力な魔物がいるって事だろうけど……いずれにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」
光輝の反論に、永山は首を振る。永山は、龍太郎と並ぶクラスの二大巨漢ではあるが、龍太郎と違って非常に思慮深い性格をしている。その永山が、臨戦態勢になりながら立ち上がると周囲を最大限に警戒しながら、光輝に自分の考えを告げた。
「天之河、……魔物は、何もこの部屋だけに出るわけではないだろう。今まで通って来た通路や部屋にも出現したはずだ。にもかかわらず、俺達が発見した痕跡はこの部屋が初めて。それはつまり……」
「ちょー強い先客が痕跡を隠蔽してたってことだね」
繋ぐように言った恵里の言葉に永山が頷く。光輝もその言葉にハッとした表情になると、永山と同じように険しい表情で警戒レベルを最大に引き上げた。
「それだけ知恵の回る魔物がいるという可能性もあるけど……人であると考えたほうが自然ってことか……そして、この部屋だけ痕跡があったのは、隠蔽が間に合わなかったか、あるいは……」
「ここが終着点という事さ」
突如、聞いたことのない女の声が響き渡った。男口調のハスキーな声音。
「本作品には残虐非道なシーンが含まれます――《
恵里の召喚した動く魔物の死体を蹴散らしながら、広い空間の奥の闇からゆらりと現れたのは燃えるような赤い髪をした妙齢の女。その女の耳は僅かに尖っており、肌は浅黒かった。
「……魔人族」
誰かの発した呟きに、魔人族の女は薄らと冷たい笑みを浮かべた。
003
赤い髪の女魔人族は、冷ややかな笑みを口元に浮かべながら、驚きに目を見開く光輝達を観察するように見返した。
瞳の色は髪と同じ燃えるような赤色で、服装は艶のない黒一色のライダースーツのようなものを纏っている。体にピッタリと吸い付くようなデザインなので彼女の見事なボディラインが薄暗い迷宮の中でも丸分かりだった。胸元は大きく開いており、見事な双丘がこぼれ落ちそうになっている。また、前に垂れていた髪を、その特徴的な僅かに尖った耳にかける仕草が実に艶かしく、そんな場合ではないと分かっていながら幾人かの男子生徒の頬が赤く染まる。
「勇者はあんたでいいんだよね? そこのアホみたいにキラキラした鎧着ているあんたで」
「そうだよー。鎧だけじゃなくて歯とか目とかもピカピカしてる愚者と書いて勇者と読む道化師こそ我らが勇者様なんだ〜」
「……う、煩い! なぜ魔人族がこんな所にいる!」
恵理のあまりと言えばあまりな物言いに軽くキレた光輝が、その勢いで驚愕から立ち直って魔人族の女に目的を問いただした。
しかし、魔人族の女は、煩そうに光輝の質問を無視すると心底面倒そうに言葉を続ける。
「はぁ~、こんなの絶対いらないだろうに……」
「あははっ、そう言わずもらって行ってよ。彼さえもらってくれればボクらも戦争に参加しなくて済むしさ」
恵里が笑いながら言うと、魔人族の女はため息を吐いた。
「……まぁ、命令だし仕方ないか……。あんた、そう無闇にキラキラしたあんただ。一応聞いておく。あたしらの側に来ないかい?」
「な、なに? 来ないかって……どう言う意味だ!」
「呑み込みが悪いね。そのまんまの意味だよ。勇者君を勧誘してんの。あたしら魔人族側に来ないかって」
光輝としては完全に予想外の言葉だったために、その意味を理解するのに少し時間がかかった。そして、その意味を呑み込むと、自然と光輝に注目しており、光輝は呆けた表情をキッと引き締め直すと魔人族の女を睨みつけた。
「断る! 人間族を……仲間達を……王国の人達を……裏切れなんて、よくもそんなことが言えたな! やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ! わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、一人でやって来るなんて愚かだったな! 多勢に無勢だ。投降しろ!」
光輝の言葉に、安心した表情をするクラスメイト達。
一方の、魔人族の女は、即行で断られたにもかかわらず「あっそ」と呟くのみで大して気にしていないようだ。むしろ、怒鳴り返す光輝の声を煩わしそうにしている。
あわよくば光輝を魔人族に送りつけたい恵里だけが、退屈そうに小指を耳につっこんでいた。
「一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど? それでも?」
「答えは同じだ! 何度言われても、裏切るつもりなんて一切ない!」
「ボクは寝返ってもいいと思うよ。勝てる気がしないし、いっそ向こうに行ってから内側から滅ぼすのもいいんじゃない?」
「「…………」」
恵里の言葉に、思わず黙ってしまう光輝と魔人族の女。
聞かなかったことにして、光輝は聖剣を起動させ光を纏わせた。これ以上の問答は無用。投降しないなら力づくでも! という意志を示す。
後ろで、永山や雫が内心で舌打ちしつつ、魔人族の女より周囲に最大限の警戒を行う。二人は、場合によっては一度、嘘をついて魔人族の女に迎合してでも場所を変えるべきだと考えていたのだが、その考えを光輝に伝える前に彼が怒り任せに答えを示してしまったので、仕方なく不測の事態に備えているのだ。
普通に考えて、いくら魔法に優れた魔人族とはいえ、こんな場所に一人で来るなんて考えられない。
それに、この階層に到達できるほどの人間族十五人を前にしても魔人族の女は全く焦っていない。戦闘の痕跡を隠蔽したことも考えれば最初に危惧した通り、ここで待ち伏せしていたのだと推測すべきで、だとしたら地の利は彼女の側にあると考えるのが妥当だ。何が起きても不思議ではない。
そんな二人の危機感は、直ぐに正しかったと証明された。
「あ、そう。なら、もう用はないよ。あと、一応、言っておくけど……あんたの勧誘は最優先事項ってわけじゃないから、殺されないなんて甘いことは考えないことだね。ルトス、ハベル、エンキ。餌の時間だよ!」
魔人族の女が三つの名を呼ぶのと、バリンッ! という破砕音と共に、雫と永山が苦悶の声を上げて吹き飛ぶのは同時だった。
「ぐっ!?」
「がっ!?」
二人を吹き飛ばしたものの正体は不明。魔人族の女の号令と共に、突如、光輝達の左右の空間が揺らいだかと思うと、目に映らぬ速度で何かが接近し、何の備えもせず光輝と魔人族の女のやり取りを見ていたクラスメイト達に襲いかかったのだ。
最初から最大限の警戒網を敷いていた雫と永山はその奇襲に辛うじて気がつき、咄嗟に、狙われている生徒をかばって見えない敵に防御態勢を取ったのである。
ガラスが割れるような破砕音は、鈴が雫の臨戦態勢に合わせて予め唱えておいた障壁魔法を、本能的な危機感に従って咄嗟に張ったものだ。場所はパーティーの後方。そこに何かあると感じたわけではなく、何となく、雫と永山の位置からして自分は後方に障壁を展開するべきだと、これまた本能的、あるいは経験的に悟ったからだ。その行動は極めて正しかった。鈴の障壁がなければ、三つ目の空間の揺らめきは、容赦なく永山のパーティーメンバーを切り裂いていただろう。
だが、味方を見事に守った代償に、障壁破砕の衝撃をモロに浴びて鈴もまた後方へ吹き飛ばされた。
「鈴!!」
今まで隠していたのか、光輝にも負けず劣らずの身体能力で恵里が駆け寄る。
「鈴、大丈夫!? おっぱい揉む!?」
「揉むー!」
思いっきり吹き飛ばされた割りには、意外と余裕そうである。
雫と永山、鈴を吹き飛ばしたのは、三体の魔物。キメラと呼称すべきその魔物は、やや苛立ったように再度攻撃に移ろうとした。
三人で稼げた時間なんてほとんど一瞬。とはいえ、一瞬たりとて貴重な時間。それを逃す手はなかった。
「雫から離れろぉおお!!」
永山はいいのか? とツッコミを入れてはいけない。光輝は、怒りを多分に含ませた雄叫び上げながら《縮地》で一気に雫の近くにいたキメラに踏み込んだ。
光輝の移動速度が焦点速度を超えて背後に残像を生み出す。振りかぶった聖剣が一刀のもとにキメラの首を跳ねんと輝きを増す。
同時に、龍太郎も永山を襲おうとしていたキメラへと空手の正拳突きの構えを取った。直接踏み込んで攻撃するより、篭手型アーティファクトの能力である衝撃波を飛ばしたほうが早いと判断したからだ。
さらに、吹き飛ばされた鈴に胸を揉ませている恵里が片手を突き出し、詠唱を完成させ、強力な炎系魔法を発動させた。
光輝の聖剣が壮絶な威力と早さをもって大上段から振り下ろされる。龍太郎の正拳突きが、これ以上ないほど美しいフォームから繰り出され、それにより凄絶な衝撃波が砲弾のごとく突き進む。恵里の死を運ぶ紅蓮の津波が目標を呑み込み灰塵にせんと迸った。
しかし……。
「「ルゥガァアアア!!」」
「グゥルゥオオオ!!」
一体どこに潜んでいたのか。光輝達の攻撃がまさに直撃しようかというその瞬間、三つの影が咆哮を上げながら光輝達へと襲いかかった。
「「ッ!?」」
突然の事態に光輝と龍太郎の背筋を悪寒が襲う。二体の影は、それぞれ光輝と龍太郎に猛烈な勢いで突進すると、手に持った金属のメイスを豪速をもって振り抜いた。
咄嗟に、光輝は剣の遠心力を利用して身を捻り、龍太郎は突き出した右手の代わりに引き絞った左腕をカチ上げて眼前まで迫っていたメイスを弾く。光輝はバランスを崩し地面をゴロゴロと転がり、龍太郎は、メイスを弾いた後の敵の拳撃による二撃目を受けて吹き飛ばされた。
光輝と龍太郎に不意を打ったのは、体長二メートル半程の見た目はブルタールに近い魔物だった。
一方、恵里の方は直接攻撃を受けたわけではなかったが、受けた心理的衝撃の度合いはむしろ光輝達よりも強い。
炎の津波を、突如割り込んだ影が大口を開けたかと思うと一気に吸い込み始めたからだ。
みるみると広範囲に展開していた炎が一点へと収束し消えていく。その影が全ての炎を吸い込むのに十秒程度しか掛からなかった。
炎と熱気が消えた空間からは、体から六本の足を生やした亀のような魔物が姿を現した。
次の瞬間、多足亀が炎を吸収しきって一度は閉じていた口を再びガパッと大きく開いた。同時に背中の甲羅が激しく輝き、開いた口の奥に赤い輝きが生まれる。まるで、エネルギーを集めて発射寸前のレーザー砲のようだ。
恵里が珍しく、表情に焦りを浮かべた。魔法を放ったばかりで対応する余裕がない。しかしその焦りは、親友がいつも通りの元気な声で吹き飛ばした。
「にゃめんなぁ! 守護の光は重なりて、意志ある限り蘇る! 《天絶》!」
刹那、鈴達の前に十枚の光のシールドが重なるように出現した。
シールドは全て、四十五度傾いて設置されており、シールドの出現と同時に、多足亀から放たれた超高熱の砲撃はシールドを粉砕しながらも上方へと逸らされていった。
逸らされた砲撃は、激震と共に迷宮の天井に直撃し周囲を粉砕しながら赤熱化した鉱物を雨の如く撒き散らした。
「ちくしょう! 何だってんだ!」
「なんなんだよ、この魔物は!」
「くそ、とにかくやるぞ!」
そこまでの事態になってようやく檜山達や永山のパーティーが悪態を付きながらも混乱から抜け出し完全な戦闘態勢を整える。
(敵の数が多すぎるなぁ。これじゃ動かしにくいし……)
いつかのベヒモス戦とは違い、倒すべき相手が多すぎる。
そもそも恵里の得意な戦況は多対一。いわゆる集団リンチだ。相手の数が多すぎると、恵里一人じゃ口と目と脳が足りないのだ。
「だいぶ厳しいみたいだね。どうする? やっぱり、あたしらの側についとく? 今なら未だ考えてもいいけど?」
腕を組んで余裕の態度で見物していた魔人族の女が再び勧誘の言葉を光輝達にかけた。
「あっはは〜。しょーじき、ボクはお願いしたいところなんだけど、ねぇ」
「ねぇって、鈴に同意を求められても困るよ!?」
恵里は壁に寄り掛かり、笑いながら言うが、誰も本気なのか冗談なのか分からない。
「ふざけるな! 俺達は脅しには屈しない! 俺達は絶対に負けはしない! それを証明してやる! 行くぞ《限界突破》!」
憤怒の表情を浮かべた光輝は、再びメイスを振り下ろしてきたブルタールモドキの一撃を聖剣で弾き返すと、一瞬の隙をついて《限界突破》を使用した。
神々しい光を纏った光輝は、これで終わらせると気合を入れ直し、魔人族の女に向かって突進した。
《限界突破》は、一時的に魔力を消費しながら基礎ステータスの三倍の力を得る技能である。しかし文字通り限界を突破しているので、負担は大きく、使用時間に比例して弱体化してしまうのだ。
光輝の《限界突破》の宣言と共に、その体を純白の光が包み込む。同時に、メイスの一撃を弾かれたブルタールモドキが光輝の変化など知ったことではないと、再び襲いかかった。
「刃の如き意志よ、光に宿りて敵を切り裂け《光刃》!」
光輝は、ブルタールモドキにより振るわれたメイスを屈んで躱すと、聖剣に光の刃を付加させて下段より一気に切り上げた。
まるでバターを切り取るようにブルタールモドキの胴体を斜めに両断した。
一拍遅れて、ブルタールモドキの胴体が斜めにずれ、生々しい音と共に崩れ落ちる。
光輝は、踏み込んだ足をそのままに、一気に加速すると猛然と魔人族の女のもとへ突進した。
光輝と魔人族の女を隔てるものは何もない。いくら魔人族が魔法に優れた種族といえど、今更何をしようとも遅い。このまま、白鴉ともども切り裂いて終わりだ。誰もがそう思った。
その瞬間――
「「「「「グゥルァアアア!!!」」」」」
「なっ!?」
空間の揺らめきが五つ。咆哮を上げながら光輝に襲いかかった。
四方を囲むように同時攻撃を仕掛けてきたキメラに、光輝は思わず驚愕の声を上げ眼を大きく見開いた。
咄嗟に、急ブレーキをかけつつ身をかがめ正面からの一撃を避けつつ右から襲い来るキメラを聖剣の一撃で切り伏せる。
だが、出来たのはそこまでだった。左から迫っていたキメラの爪に肩口を抉られ、その衝撃に吹き飛ばされているところへ包囲の外にいた最後の一体が飛びかかり両足の爪を光輝の肩に食い込ませて押し倒した。
「ぐぅう!!」
食いしばる歯の隙間から苦悶の声を漏らしながら、止めとばかりに首筋へ牙を突き立てようとするキメラの顎門を聖剣で辛うじて防ぐ。両肩に食い込む爪が、顎門を支える力を奪っていき、限界突破中であるにもかかわらず上手く力を乗せられず、徐々に押されていく。
「地味に消耗激しいから控えたいんだけど……、本作品は創作です、現実とは一切関係ありません――《
多量の魔力を消費し、床一面が魔法陣で埋め尽くされる。怪しく光り、魔物達の動きを止めた。
「鈴、ボクしばらく役立たずになるから、護衛よろしくー」
「ちょっ、エリリン!?」
恵里は地べたに寝そべり、鈴に笑って見せた。
鈴はすぐに結界を張り、他の生徒達は恵里の作った大きな隙を突き攻撃する。
しかしその隙は決して永遠じゃない。すぐに動き出し、再び生徒達に襲いかかった。
「あーもぅ!! 鈴は皆みたいなバトルキャラじゃないんだからね! ギャグメインの面白可愛い女の子なんだからぁ!!」
「大丈夫だよ鈴! 鈴は戦ってても面白可愛いよー! だから頑張ってー」
「鈴だって魔力ギリギリなんだよー!」
薄くしなやかな結界を何重にも丸めて作った棒で、魔物の攻撃を弾く鈴。
その隙に、恵里は思考を巡らせる。
(魔物の数はかなり減った。これならみんなを一致団結させられる。……でも目的はどうしよう。魔人族を倒す? ムリムリ。倒せたところで帰りの魔物を倒して帰る余裕が無くなる。それにまた、誰かしら反抗しかねない。今度はボクあたりが殺されそうだ。いや、その程度で死なないけど。魔人族につくのも悪くない。でも、一時的にでもチームと敵対するのは悪い。最悪だ。なら、魔人族をこっちに引き込む? イヤイヤ、流石に無理がある。誤解へ誘導することはできても洗脳なんてボクにはできない。よしんばできたとして、この世界の人種差は大きすぎる。多分、使い物にならない。撤退が定石かなぁ、やっぱり)
一度深呼吸してから体を起こし、周囲を見渡す。
数を減らした魔物と、なんとか拮抗しているけれど、光輝の限界突破が切れればそれは終わる。速攻で事を進めなければならない。
恵里はもう一度深呼吸して、喉の調子を整え、思いっきり空気を吸い込んだ。
「ボクがもう一回隙を作るから、全力で撤退!! このままじゃ死ぬよ!!」
全員の意識が、恵里に向いた。
「本作品は創作ですっ、現実とは一切関係ありません!――《
さっきよりも情報量が多く、光の強い魔法陣が広がる。魔物も魔人族も動きが止まった。
全員が持ちうる力の限りを尽くし、一切動く様子を見せない魔物と魔人族を尻目に、全力で逃げた。