逆行した天使は人間寸前   作:那由多 ユラ

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病める美少女は人間失格

001

 

 

 

 場所は八十九層の最奥付近の部屋。

 入口は、上手くカモフラージュされて閉じられており、十畳ほどの大きさ。

 そこでは、光輝達が思い思いに身を投げ出し休息をとっていた。だが、その表情は一様に暗い。深く沈んだ表情で顔を俯かせる者ばかり。

 満身創痍であるが故に苦痛に表情を歪めている者も多い。

 いつもなら、そのカリスマを以て皆を鼓舞する光輝も、限界突破の副作用により全身をひどい倦怠感に襲われており壁に背を預けたまま口を真一文字に結んで黙り込んでいる。

 こういう時いい意味で空気を読まず場を盛り上げてくれるクラス一のムードメイカーは、怪我はさほど無いものの、魔力体力共に使い果たして仮眠をとっている。

 恵里も同様だ。

 雫も肉体的、精神的に限界が近い事も有り、だんだん頭を捻るのも面倒になってきて、もういっそのこと空気を読まずに玉砕覚悟の一発ギャグでもかましてやろうかと、ちょっと壊れ気味なことを考えていると、即席通路の奥から野村と辻綾子が話をしながら現れた。

「ふぅ、何とか上手くカモフラージュ出来たと思う。流石に、あんな繊細な魔法行使なんてしたことないから疲れたよ……もう限界」

「壁を違和感なく変形させるなんて領分違いだものね……一から魔法陣を構築してやったんだから無理もないよ。お疲れ様」

 二人の会話からわかるように、この空間を作成し、入口を周囲の壁と比べて違和感がないようにカモフラージュしたのは《土術師》の野村健太郎だ。

 なお、辻綾子が野村について行ったのは治療のためだ。

「お疲れ様、野村君。これで少しは時間が稼げそうね」

「……だといいんだけど。もう、ここまで来たら回復するまで見つからない事を祈るしかないな。浩介の方は……あっちも祈るしかないか」

「……浩介なら大丈夫だ。影の薄さでは誰にも負けない」

「いや、重吾。それ、聞いてるだけで悲しくなるから口にしてやるなよ……」

 隠れ家の安全性が増したという話に、僅かに沈んだ空気が和らいだ気がして、とんだ黒歴史を作りそうになった雫は頬を綻ばせて野村を労った。

 それに対して、野村は苦笑いしながら、今はここにいないもう一人の親友の健闘を祈って遠い目をする。

 そう、今この場所には、仲間が一人いないのである。

 遠藤浩介。《暗殺者》の天職を持つ、永山重吾と野村健太郎の親友である。特に、暗いわけでも口下手なわけでもなく、また存在を忘れられるわけでもない。誰とでも気さくに話せるごく普通の男子高校生なのだが、何故か影が薄いのである。

 本人は、極めて不本意らしいのだが、今は、それが何よりも役に立つ。遠藤は、たった一人、パーティーを離れてメルド達に事の次第を伝えに行ったのだ。

 別れるとき、遠藤は少し涙目だったが、……きっと、仲間を置いて一人撤退することに感じるものがあったに違いない。例え説得として「お前の影の薄さなら鋭敏な感覚をもつ魔物だって気づかない! 影の薄さでは誰にも負けないお前だけが、魔物にすら気づかれずに突破できるんだ!」と皆から口々に言われたからではないはずだ。……はずだ。

 本当なら、光輝達も直ぐにもっと浅い階層まで撤退したかったのだが、如何せん、それをなすだけの余力がなかった。

 ともかく、数十時間。光輝達は、交代で仮眠を取りながら少しずつ体と心を癒していった。

 

 

 

002

 

 

 

「ホルアド……。オルクスダイメーキュー。オルクスは、人の名前ね。ホルアドは、なんだろ?」

 ホルアドの町は、直ぐ傍にレベル上げにも魔石回収による金稼ぎにも安全マージンを取りながら行えるオルクス大迷宮があるため、冒険者や傭兵、国の兵士がこぞって集まり、そして彼等を相手に商売するため多くの商人も集まっていることから、常時、大変な賑わいを見せている。当然、町のメインストリートといったら、その賑わいもひとしおだ。

 そんな町に一人、可憐なメイドが注目を集めていた。

 キョロキョロとお登りさん状態でフラフラ歩く様子は、メイドというよりも箱入りのお嬢様で、主に男達の視線が釘付けになっている。

 そんな居心地悪そうな状況にいる彼女は、構う事なくメインストリートのど真ん中で立ち止まった。

 周囲のことなど知ったことかと、一人言を呟くメイド。

 だんだんと気味悪がって人が離れていくなか、年齢バラバラの三人の女が寄ってくる。

「刹那お姉ちゃん! 久しぶりー!」

「おぉー! りんごたんおっひさぁ! ナナミンと夕空ちゃんも!」

 飛びついてきた幼女を思いっきり抱きしめ、遅れて歩いてきた少女と女性にも渾身の笑みを見せた。

「少し前に会ったばっかだろうに……」

「ったく、私ら置いてどっか行きやがって! お前は報連相の報くらいはできねぇのか!」

「無理だね! それは猿に日本語で《ABCのうた》を歌えってくらい無理だね!」

「それ、人間だって無理だと思うのだが」

「無理っていうか、無駄でしか無いよね。……つまり、報告も無駄ってこと?」

「りんごたーん、それはどういうことかな〜?」

 ギュー、と、抱きしめられていたりんごが、血の気が引くくらいに締めるメイド。

「うぬら、遊んでる暇はそう無いぞ? リーダーのためにも、とっとと冒険者ギルドに向かうぞ」

 七七七が先行し、りんごを抱きしめたまま刹那もついて行く。夕空は後から、少し離れたところを歩く。

 七七七達がギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉に七七七達を捉えた。

 眼光のあまりの鋭さに、りんごがクスリと笑い、冒険者達はついに殺気を叩きつけ始める。

 血気盛んな、あるいは酔った勢いで席を立ち始める一部の冒険者達。彼等の視線は、「ふざけたガキをぶちのめす」と何より雄弁に物語っており、このギルドを包む異様な雰囲気からくる鬱憤を晴らす八つ当たりと、単純なやっかみ混じりの嫌がらせであることは明らか。

 遅れて入ってきた夕空が異変に気がつき、冒険者達の殺気が霞むほどの怒気を叩きつける。

「お前ら、なにやってんの」

「「「「「「「!」」」」」」」

 夕空の声にビクッと体を震わせる冒険者達。おそるおそるといった感じで夕空の方を見るその眼には、化け物を見たような恐怖が張り付いていた。

「まぁまぁ夕空ちゃん、よくあることなんだから気にしなーい気にしなーい」

「……あーったよ、ったく」

 刹那の言葉に毒気を抜かれる夕空。溜息まじりの言葉に、冒険者達もほっと一息ついた。

「悪いが至急、ギルド支部長を連れてきてもらえるかの? 話がある」

 七七七がカウンターに向かい、受付嬢に要件を伝える。

「は、はい? ギルド支部長、ですか?」

 受付嬢は訝しげに七七七を見る。

「妾の言う事を聞け。それが今、うぬのできる善行というものだ」

「……は、はい! 少々お待ちください!」

 受付嬢はペコペコと何度も頭を下げながら、ギルド支部長を呼びに行った。

 やがて、と言っても五分も経たないうちに、ギルドの奥からズダダダッ! と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。何事だと、七七七達が音の方を注目していると、カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 夕空もりんごも何事かと目を丸くしているが、七七七だけはわずかに表情が違った。

「うぬは、確かリーダーのクラスメイト、遠藤とか言ったかのぅ?」

 

 

 

003

 

 

 

「遠藤?」

「エンドウ、って、だれ? ナナミンの友達?」

「いや、アンタらこそ誰だよ?」

 彩織やカインのクラスメイト、黒装束の少年、遠藤浩介。

 七七七が彼のことを知っていたのは、単に彩織のクラスメイトだからだ。どれだけ影が薄かろうと、七七七には通じなかった。

「って、イヤイヤイヤイヤ、そうじゃないそうじゃない!」

 首を振りながら叫ぶ遠藤。

「頼む! 誰か一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 一人でも多くの戦力が必要なんだ!」

 必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。

 しかし、我こそはと名乗り出る冒険者はいない。影の薄い遠藤といえど、迷宮深層を攻略する勇者一行のピンチを救えると言えるほど自惚れた者はいないのだ。

 しかし冒険者じゃなければ、その例ではない。

「その話、もうちょっと聞かせてもらってもいいかなぁ?」

 方向音痴のメイド長、刹那である。

「は、はぁ? あんたなに言ってんだ?」

 いかにも戦えなさそうなメイドが出てきたことに、遠藤は訝しげに言う。文句の一つも言おうとするが、そこでしわがれた声による制止がかかった。

「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」

 声の主は、六十歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男だった。

 受付嬢が側にいることから、ギルド支部長と思しき男は、遠藤の腕を掴んでギルドの奥へと連れて行った。

 刹那や七七七達も後について行った。

 

 

 

004

 

 

 

「魔族……、じゃなくて魔人族、ね。ふぅん」

 冒険者ギルドホルアド支部の応接室に刹那の呟きが響く。両隣に夕空と七七七が座っており、膝の上にはりんごが座っている。

 対面のソファーにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと遠藤浩介が座っている。

 遠藤から事の次第を聞き終わった刹那の第一声が先の呟きだった。魔人族の襲撃に遭い、勇者パーティーが窮地にあるというその話に遠藤もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。

 ……しかし、りんごは膝の上でポッキーを二本ずつ頬張っており、夕空と七七七もじゃがりこを貪っている為、どうにも深刻な雰囲気になり切れていなかった。

「あーもぅ! 何もかもがなんなんだよ! 誰なんだよアンタら! なんで菓子食ってんの!? 状況理解してんのかよ! みんな死んじまうんだぞ!」

 場の空気を乱れたまま揺るがさない彼女らに、ついに耐え切れなくなった遠藤がビシッと指を差しながら怒声を上げる。

「エリたんがいればなんとかなると思うけどなぁ」

 あくまでマイペースを貫く刹那の態度に、遠藤はガクブルと震える。

 ロアが呆れたような表情をしつつ、埒があかないと話に割り込んだ。

「さて、七七七殿、りんご殿、夕空殿。それから刹那殿。チーム頭領、彩織様からの手紙で大体分かっている。随分なことをしているようだな」

「そりゃイオリンの為だからね」

「うぬはただ迷子なだけだろうに」

「方向音痴が誰かのためとか、ありえねぇ」

「刹那お姉ちゃんは刹那お姉ちゃんだからね」

「え、えぇ? 私ってそんな駄メイド?」

 刹那の散々な言われように、ロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。

「手紙にはお前達の冒険者登録、及び、金ランクへの昇格命令。それと、できる限り協力してやってくれということだ。……無茶を言うなと言いたいところだが、まぁ仕方ないか」

 ロアの言葉に、遠藤が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。彩織という聞き覚えのありすぎる名前に、その仲間らしきこの四人は金ランク相当に強いという事実に。

「さっすがイオリーン。話が早すぎて、思わず私も急ぎたくなるね。というわけでいこっか、夕空ちゃん」

「ん、モゴうぇ?」

 突然席を立ち、じゃがりこを口に詰め込んでいる夕空を強引に立たせる刹那に、支部長も遠藤も目を丸くする。

「妾は行かんぞ。りんごも行かせるわけには行かんしな」

「え〜。りんごも行きたーい!」

「駄目に決まっておろうが。うぬが行ったらまとめて殺すだろうに」

 ポッキーが含まれた口にじゃがりこを詰め込む七七七。

 そんな二人に、遠藤は叫ぶ。

「なに言ってんだよ! 全員で行くべきだろう!?」

「やめいやめい。妾に戦闘なんて無理に決まっておろうが。中学生になにを期待しておるのだ。それにりんごを戦場に連れ込むってのは、ギャルゲーのヒロインにサキュバスを一人混ぜるようなもの。つまり愚行よ」

「別に私と刹那だけで問題ねぇよ。要はモンスターぶっ飛ばしてガキ連れて来りゃいいんだろ?」

「そーそー。あーでも道案内は欲しいかな。……よろしくお願いしますね、お客様♥」

 刹那の接客スタイルに、思わず顔を赤らめる遠藤。

「え。あ、あのはい」

 

「なにがどうなってんだ? もうよくわかんねぇんだけど……」

 迷宮深層に向かって疾走しながら、ブツブツと納得いかなさそうに呟く遠藤。強力な助っ人がいるという状況に、少し心の余裕を取り戻したようだ。しゃべる暇があるならもっと速く走れと刹那につつかれ、敏捷値の高さに関して持っていた自信を粉微塵に砕かれつつ、遠藤は親友達の無事を祈った。

 

 

 

005

 

 

 

「うっ……」

「鈴?」

 うめき声を上げて身じろぎしながらゆっくり目を開けた鈴に、ずっと傍で寝ていた恵里が鈴の名を呼んだ。鈴は、しばらくボーとした様子で目だけをキョロキョロと動かしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「し、知らない天井だぁ~」

「……もうちょっと寝てなよ鈴。ボクもまだ眠いから……」

 しわがれ声で、それでも必死にネタに走る鈴を抱き枕にしながら恵里はまた目を閉じた。

「あれ、エリリン? エリリン……、もしかしてデレ期? それとも鈴のモテ期?」

「……鈴、静かに。抱き枕でももうちょっと安眠に貢献してくれるよ」

「まさかの抱き枕扱い!? 抱き枕以下!?」

 恵里と鈴が絡み合い、恵里の嘘に鈴が引っかかる。

 全くもっていつも通りだった。もう二度と、生きて地上に戻れないんじゃないかとそんなことまで考え出していたクラスメイト達も、敗戦なんて気にしないとでも言うような鈴達のやり取りに、次第に心の余裕を取り戻し始めた。

 が、そんな明るさを取り戻し始めた空気に、水を差す輩はいつでもどこにでもいるものだ。

「……なに、ヘラヘラ笑ってんの? 俺等死にかけたんだぜ? しかも、状況はなんも変わってない! ふざけてる暇があったら、どうしたらいいか考えろよ!」

 鈴を睨みながら怒鳴り声を上げたのは近藤礼一だ。声は出していないが、隣の斎藤良樹も非難するような眼を向けている。

「おい、近藤。そんな言い方ないだろ? 鈴は、雰囲気を明るくしようと……」

「うっせぇよ! お前が俺に何か言えんのかよ! お前が、お前が負けるから! 俺は死にかけたんだぞ! クソが! 何が勇者だ!」

 近藤の発言を諌めようと光輝が口を出すが、火に油を注いだように近藤は突然激高し、今度は光輝を責め立て始めた。

「てめぇ……誰のおかげで逃げられたと思ってんだ? 光輝が道を切り開いたからだろうが!」

「足止めしたのは中村だろ!? つーかそもそも勝っていれば、逃げる必要もなかっただろうが! 大体、明らかにヤバそうだったんだ。魔人族の提案呑むフリして、後で倒せば良かったんだ! 勝手に戦い始めやがって! 全部、お前のせいだろうが! 責任取れよ!」

 今度は、そんな近藤に龍太郎が切れ始める。近藤が立ち上がり、龍太郎が相対してにらみ合う。近藤に共感しているのか斎藤と中野も立ち上がって龍太郎と対峙した。

「龍太郎、俺はいいから。……近藤、責任は取る。今度こそ負けはしない! もう、魔物の特性は把握しているし、不意打ちは通用しない。今度は絶対に勝てる!」

 握りこぶしを握ってそう力説する光輝だったが、斎藤が暗い眼差しでポツリとこぼした。

「……でも、限界突破を使っても勝てなかったじゃないか」

「そ、それは……こ、今度は大丈夫だ!」

「なんでそう言えんの?」

「今度は最初から《神威》を女魔人族に撃ち込む。みんなは、それを援護してくれれば……」

「でも、長い詠唱をすれば厄介な攻撃が来るなんてわかりきったことだろ? 向こうだって対策してんじゃねぇの? それに、魔物だってあれで全部とは限らないじゃん」

 光輝が大丈夫だと言っても、近藤達には、光輝の実力に対する不信感が芽生えているらしく疑わしい眼差しを向けたまま口々に文句を言う。

 ギャアギャアと叫ぶ彼らに、恵里が呟く。

「うっさい――《沈騒》……騒ぐ暇があったら、ボクの魔力回復にちょっとでも貢献して」

 恵里の魔法により、強制的に黙らされる。しかし、場が静まりかえったからこそ、それは聞こえた。

「グゥルルルルル……」

 唸り声である。聞き覚えのある低く腹の底に響く唸り声。

 全員の脳裏にキメラや赤い四つ目狼の姿が過ぎり、今までの険悪なムードは一瞬で吹き飛んで全員が硬直した。

 壁越しに、何かをひっかく音と荒い鼻息が聞こえる。

 誰かがゴクリと喉を鳴らした。臭いなどの痕跡は遠藤が消してくれたはずで、例え強力な魔物でも壁の奥の光輝達を感知出来るはずはない。

 そうは思っていても、緊張に体は強張り嫌な汗が吹き出る。

 しばらく、外を彷徨いていた魔物だが、やがて徐々に気配が遠ざかっていった。そして、再び静寂が戻った。それでも、しばらくの間、誰も微動だにしなかったが、完全に立ち去ったとわかると盛大に息を吐き、何人かはその場に崩れ落ちた。極度の緊張に、滝のような汗が流れる。

「……あのまま騒いでいたら見つかっていたわよ。お願いだから、今は、大人しく回復に努めてちょうだい」

「あ、ああ……」

「そ、そうだな……」

 雫が頬を伝う汗をワイルドにピッ! と弾き飛ばしながら拭う。近藤達も、どもりながら返事をして矛を収めた。まさに、冷や水を浴びせかけられたという感じだろう。

「……鈴、起きて。もう寝てる暇じゃない」

「うぅん、もう?」

危機を脱したと全員が肩から力を抜いた……その瞬間、

「ルゥガァアアアアア!!!」

 凄まじい咆哮と共に隠し部屋と外を隔てる壁が粉微塵に粉砕された。

「うわっ!?」

「きゃぁああ!!」

 衝撃によって吹き飛んできた壁の残骸が弾丸となって隠し部屋へと飛来し、直線上にいた近藤と吉野に直撃した。悲鳴を上げて思わず尻餅をつく二人。

 次の瞬間、唖然とする光輝達の眼前に、まだ相対したくはなかった空間の揺らめきが飛び込んできた。

「戦闘態勢!」

「ちくしょう! なんで見つかったんだ!」

 光輝が、号令をかけながら直ぐさま聖剣を抜いてキメラに斬りかかる。動きを止められては姿を見失ってしまうので距離を取られるわけには行かないからだ。

「んーんっ、んぅ……。まぁ、ちょっとは回復したかな」

 伸びをしながら、鈴を庇うように陣取りながらたった恵里は詠唱のようなものを唱える。

「詠唱めんどいし。……鈴、結界よろしく。まとめて一掃するから」

「え、ええ!? えっと、――大地を握る巨人よ! 鈴の音に応じ我らを守れ! ――《バーリア》!!」

 両手をクロスさせた、間抜けな格好で、しかし分厚い壁のような結界を貼った。

「さ、やろっか。――ボクの名前は中村恵里。九の因果と笑いあい、ボクの使命を執行する――《奴隷軍勢(チームプレイ)》」

 その場の鈴と恵里を除く全員が、人とは思えぬ、化け物らしい戦い方で魔物に向かっていく。剣を持っているにも関わらず噛み付いたり、杖で殴ったり。

 対して魔物はバーサーカーな生徒達に困惑したように相手しているが、どう見ても認識されていない。

「なにあれなにあれエリリンなにあれ! なんかキモいんだけど!!」

「なにって、自己暗示的な? アホになるけどアホみたいに強いよ」

「何その鬼畜な魔法!? 魔物って食べちゃ駄目なんだよね!? 光輝くん思いっきり噛みちぎってるけど大丈夫!?」

「あー、まぁ、ちょっとくらい平気でしょ。……多分」

恵里と鈴、二人だけ結界の向こう側という安全地帯で観戦しながら漫才に走る。

「わー! シズシズが剣捨てちゃったよ!? いいのあれ!?」

「ほ、ほらあれだよ。某三刀流剣士も素手で戦ったりするじゃん? あれだよあれ」

「あー! 駄目だよ刃の方持っちゃ! 痛いよ! 剣は正しく装備しないと! 毎ターン5ずつの継続ダメージがぁ!」

「鈴、あれ魔物だよ?」

「うっ、ツッコミとして突っ込まざるを得なかったというか、ってうわー! 鈴はツッコミじゃなくてボケだよ!? なに言ってんのエリリン!」

「ボクまだ何も、あ、檜山が殴り飛ばされて結界にベッタリと」

「うわっ、ばっちぃ! エリリン水の魔法使って―!」

「火の方がよくない? 汚物は消毒しなきゃ」

「駄目だよ! なんで鈴が庇わなきゃいけないのか分かんないけどそれは駄目だよ!」

「魔人族がやったってことで、よくない? あ、もしかして死体渡して魔人族に取り入るつもりだった? それなら確かに水の方が綺麗か」

「血も涙もない!? 鈴そんな檜山みたいなキャラしてないよ!!」

「鈴のセリフに血も涙もないよ」

「そんなことないもん!」

「あ、檜山が水で流された」

「許されたの!?」

「いや、許されないでしょ」

「だよねー。よかったー。っあー! 駄目だよシズシズ! お肉食べちゃ駄目ー!」

 仲間(チーム)が駆けつけてくれるまで、もうちょっと。

 

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