001
夕空と七七七が恵里の救出のため迷宮に潜っている頃、王宮に向かう道中で彩織は、クラスメイト達の疑問に答えていた。
「神刺刹那、高天原七七七、水上夕空、樹生りんご。そして私、白崎彩織、カイン、中村恵里、もう二人入れて九人、私たちはチームであり、家族です。家族といっても、マフィアのファミリー的な意味合いが強いですが、血より濃く、肉より甘く、骨より硬い絆で縛られた、要するに家族なんです」
彩織とチームの面々との関係を問われ答えると、また新たな問いが投げられる。
「神刺刹那は、母親に現人神、父に神殺し、妹に神の合わせ鏡、神託専門の巫女を持つ、至って普通の人間ですよ。ただ次元規模の方向音痴で、理論上彼女に踏めない地はないと言われています。今回三人がここに来られたのも、彼女が歩いたルートを辿っただけです。次元を超えるような歩き方をしているので何もかもが困難ですし、逆走して帰るというのは現実的ではありませんね」
生徒達が気難しい表情をしているのを見て、彩織は話を続ける。
「月の兎、最新の偉人、兎算、メイド喫茶のメイド長。これら全て彼女の異名ですが、偉業を数えたらこれでも全然足りません。放浪者、旅人、宇宙飛行士、宇宙人、大泥棒、名探偵、トレジャーハンター、海賊、詐欺師、魔法使い、博士、そしてメイド長。人生においても老いろうが負おうが、どうしようもなく方向音痴な彼女は、何も出来なかったからなんでもやり、なんでもやったらなんでも頼まれるようになり、なんでも頼まれているうちになんでもできるようになった。彼女、根本的に天才なんですよ。あらゆる才能を、やっぱり方向音痴が阻害しているだけで」
「高天原七七七は、知っているでしょうが人類最賢と呼ばれた人間です。両親は至って普通。普通に普通なただの両親で、通っていた学校も普通の公立小学校、中学校で、特別な学歴は持っていません。いえ、中学校をほとんど中退状態なので、最終学歴小卒は普通ではありませんか。……彼女は今、裏影高校という学校の理事長をしています。強制入寮性、退学・停学・卒業制度の廃止、遊んで暮らせるほどの資金援助。彼女の今の趣味はつまるところ子育てで、中学三年生百人の人生を買い捕っています。立ち位置としては私たち学生よりは、愛子の方が幾らか近いですね」
「樹生りんごは、お嬢様であり、樹生であり、禁忌であり、リンゴです。樹生――樹生機関。近い言葉でタイムカプセル。身近なものでSDカード。まぁ、つまるところ記録媒体であり、樹生は世界のありとあらゆる情報を蒐集、保存し、次代へと受け継ぐ家系です。りんごちゃんは、樹生家長女、樹生桜と樹生家三男、樹生金木犀の近親相姦という禁忌で生まれ、親殺しという禁忌で生き延び、人食いという禁忌を食らった禁忌そのもの。禁断の果実、リンゴ。……まぁ、あなた達が戦うことはないでしょうから、可愛い女の子くらいの認識でいいですよ」
「水上夕空は大学生で芸術家です。彼女は私からしても謎だらけの人間でよくわからないのですが、まあ後輩を性的に犯して恋人にするような人です」
彩織の表情にだんだんと疲れが見え始め、最後にはかなり適当なものになっていた。カインから水の入った瓶を渡されると、一気に飲み干した。
002
(一体なんなんだい!? まさか正気を失った!? いやまさか追い詰められたからってここまで……)
魔人族の女の目には、配下の魔物達が、魔物よりも悍ましい戦い方をする勇者達を蹂躙したり、されたりしている光景。
悲鳴のような詠唱を叫ぶ者、杖で殴る者、剣を捨て噛み付く者、結界に引きこもる者、様々いて、その光景はいっそ恐怖であった。
(思ってた以上にハズレじゃないかい!)
魔人族の女は迷宮の奥へ奥へと逃げ隠れ、勇者達を相手どったことを全力で後悔していた。
002
結界の中という唯一の安全地帯でツッコミに励む鈴は、しかし徐々に魔力を消耗しており、楽しげな雰囲気とは裏腹に、実は限界であった。
「え、エリリン、鈴もうやばいんだけど……」
「マジで? 今解けるとあれだよ? みんなボク達にも襲いかかって来るよ?」
「ええ!? エリリンどうにかしてよぉ!」
「あっはっはっは! ムリムリ! あのままじゃ聞く耳持たないからね!」
「なんでこんなことしたのさー!」
「だってだって! みんなもっと強いと思ったんだもん! 狂化すれば魔物くらい余裕でぶっ飛ばせると思ったんだもん!」
「うわっ、キモい! エリリンの『だもん』すっごいキモい! なんで!? それでも美少女!?」
「残念だったねこれでも美少女だよ!」
「自分で言うの!?」
「ボク唯一の異名だからね! 《人類最賢》とか《メイド喫茶のメイド長》とか《銀翼》とかみんなかっこいいのあるのに! ボクだけ《美少女》!? 正気!? 鈴でさえ《鈴の音》だよ!? なんで!?」
「待って鈴そんな異名ついてたの!? 誰!? 誰が言い始めたの!?」
「さあね! きっと神様とか仏様とかそういう人じゃないかな!」
「ごまかされないよ!? もしかしてエリリン!?」
「ボクしーらない! あ、鈴! あっち結界薄くなってる!!」
「だからもう限界なんだってばー!」
「あーあ、わーれーるー」
恵里の気の抜ける声と共に、結界にヒビが入り、クラスメイト達の武器や魔物の爪、牙が貫通してくる。
「やばいやばいやばいよ! 鈴もう戦えないよ!?」
「もう成るように成ればいいんじゃないかな」
「エーリーリーンー!!」
鈴の肩を、鈴が涙目になりながら揺さぶると――
「タァいへんお待たせいたしましタァ!! サービスのトマトジュースでございマァすっ!」
「……テンション高いなおい」
天井から瓦礫が降り注ぎ、遅れて二人の女性が飛び込んできた。結界も瓦礫も、まとめて吹き飛ぶ。
バーサーカー状態のクラスメイト達を素手で対処している二人に、鈴は唖然としている。
「夕空さん、来てたんだね。てか刹那さんもまだいたんだ」
冷静を装った風だが、安堵を隠しきれない恵里に、刹那も夕空も笑って見せた。
「そこまで薄情じゃないっ、からねっ!」
と、生徒達に当てないように魔物を蹴散らす刹那。
「ま、家族って言ってくれるやつ助けねぇわけねぇだろうよ」
と、生徒達を拳で気絶させる夕空。
「え、エリリン、知り合い?」
「ボクの自慢の家族!」
困惑している鈴に、死霊術師らしからぬ明るい笑みで答える恵里。
「あっはははは! ――私の名前は神刺刹那! 九つの因果に付き従い、私の使命を執行する!」
「私の名前はっ、水上夕空! 九つの因果と照らし焼きっ、私の使命を執行する! ――私の視界に入ったからには全員幸せにしてやんよ!!」
水上夕空――精神科医の実の母親曰く、《暴走列車》。中退した高校では《太陽》の異名で畏れられていた、現役大学生。太陽のように明るく照らし、太陽のように焼き焦がす、陽の女である。
003
ものの数分で、生徒達を全員眠らせ(強制的に)、魔物を一片残さず散らし(文字通り)、鈴と恵里は保護された。
生徒数名、原因不明だが苦しむ様子を見せたが、すぐに刹那が吐き出させると、吐瀉物には魔物の肉が混じっていた。
「まったくまったく、エリリン? ちょっと鈍ってるんじゃない?」
足についた血を払いながら、刹那はニタァと笑う。それに恵里も、苦笑いで返す。
「あはは……、いや、本当油断した。まさかみんながあんな弱いなんて思わなかったよ」
「ったく、無駄に面倒な曲解させやがって。何やったら学生がバーサーカーになるんだよ」
「残ってた魔力の有効活用だよ。魂魄をちょっと引っ張って、生存本能を極限まで活発化させてみた」
「エリリンそんなエグいことしてたの!?」
「まぁまぁ。そんなことはわりかしどうでもいいんだよ。ねぇ、魔族、じゃなくて魔人族はさっきのモンスターとは違うんだよね?」
返り血塗れだったはずのメイド服が、元どおりになっている刹那が鈴と恵里に尋ねる。
鈴は地べたに寝そべってしまっていて、それを見た恵里が答える。
「多分、少し先の方に隠れてるんじゃないかな。そこのピカピカ正義マンが起きるより先に殺すなりボコるなりした方がいいと思うよ」
恵里の言葉に、夕空が眉を潜める。
「彩織ちゃんから少しは聞いてるがよう、そこまでなのか?」
「夕空さんが太陽だとしたら、正義マンくんはLEDだね。多面的にものを見ることができず、直下以外には暗く、明るさは十二部なのに温かみにかける」
「つまりクズか。死んでもよくね?」
「ボクも概ね同意だけど、彩織ちゃん、というか愛子先生が誰一人死んで欲しくないらしくってね。殺すならボクが殺すよ」
「へぇ、そりゃどっちをだ?」
「さぁね。彩織ちゃんが怒らない方かな」
夕空が拳を構え、恵里が喉を鳴らす。
しかし、どっちが振るうでもなく脳天に拳骨が落ちた。
「あっはは〜。喧嘩するほど仲がいいのはまぁいいけど、ルールを破るのはよくないね。うん、実によくない。イオリンより先に私が怒るよ?」
「はーい、ごめんなさい。そういえば、一人地上に送ったはずなんだけど、どうしたの?」
恵里は寝そべる鈴を抱き起こしながら、片手間に尋ねる。
「いてもいなくても変わらなさそうだったから、入り口まで案内させて置いてきた」
「まぁ、影薄いからね」
恵里も夕空もひどいことを言っているが、それを咎めるものはいなかった。
「んじゃあ、まぁ、ここに魔物が生まれる前にさっさと元凶を捕まえに行こっかぁ」
「鈴、すぐ戻るから少し休んでて」
「う〜ん、よろしく〜」
――三分後。
「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」
愛しそうな表情で、手に持つロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らす魔人族の女。
生徒達が眠っている部屋から奥に進んだところでメイドに襲われ、地に伏していた。
「や、殺さないけどな?」
スマホのカメラで魔人族の様子を撮影する夕空。顔には同情の色が滲み出ていた。
「……あっそ。誰だか知らないけど、何が目的だい?」
「…………あれ、なんでボク迷宮にいるんだっけ。夕空さん知らない?」
コテンと首を傾げながら恵里は尋ねる。しかしその返答は冷たかった。
「知るわけねぇだろアホ。……つーか、私らが目的ありきで動くほうがレアだろ」
ため息まじりに夕空が答えると、刹那も同意するようにうなづく。
「今日みたいにね。さ、帰ろっか。あなたも帰って良いよ。私たちじゃ面倒見きれないしね」
しっしっと、刹那が虫を払うような仕草をすると、魔人族は顔を歪ませる。
「……呆れたね。まさか、今になってようやく気がついたのかい? 人を殺そうとしていることに」
恵里達に向けられるのは、侮辱の眼差しである。それに夕空は、似た眼差しで返す。
「んなわけねぇだろ。私の前に立ったやつは押し並べて幸せになるって決めてんだ。ならなきゃ殺して殺して殺して殺して殺すぞ」
「……ならさっさと殺すんだね」
「私を殺したところで、お前の幸せには全く繋がらねえがな」
――敵わない。魔人族の女の心中はそんな思いに侵略された。
諦めたように脱力し、目を閉じ――
「ねぇねぇ知ってる? 餓死って死ぬほど辛くて苦しくてなかなか死ねないらしいよ?」
閉じかけた目が、刹那の言葉によって飛び出るほどに開かれた。
「なんでそんな怖いこというんだい!? 殺せない甘ちゃんかと思ったら殺人鬼よりタチが悪いじゃないか!!」
「死ぬ寸前かと思ったらまだ元気じゃねぇか。もう二、三回掘っても問題ねぇか」
「掘る!? 今あんた掘るって言ったね!? 蹴るとか切るじゃなくて掘るって言ったね!?」
「なぁに、顔面が芸術品になるだけだ気にすんな」
夕空はポケットから工作用のナイフを取り出し、刃先を舐る。
「怖い怖い怖いよあんた! どうなるか知らないけど餓死の方がマシなのはわかるよ!?」
恵里が怒鳴る魔人族の顔をムニムニと弄って、一言。
「夕空さん、こんなの掘ってもせいぜい田舎のオブジェにしかならないと思うよ」
触れた指をハンカチで拭いながらの一言に、夕空も「そうか」と呟く。
「化粧なら化粧って言えよ、木材が」
「木材!?」
「どちらかというと石材じゃない?」
「誰が厚顔無恥だい!!」
「ボク、そこまで言ってないよ」
「私を置いて先へ行きな!!」
「帰るっつってんだろ。お前もさっさと帰れよ。掘らねぇから」
「というかそのセリフ、使い方間違えてない?」
夕空と恵里が魔人族の女で遊ぶ光景を、刹那は微笑ましく見守りつつ、呟く。
「チームの新メンバー、メスシリンダー枠としてありかも」
「おいそこのメイド今恐ろしいこと言わなかったかい!?」
「何言ってんの? 実験器具だけど」
「実験台として連れ帰るってことかい!?」
「え、ボクいらないんだけど」
「私も。つーかメスシリンダー枠ってなんだ。私と恵里は何枠なんだ」
「何言ってんの? エリたんは《美少女》で刹那ちゃんは《太陽》でしょ? そして私は《メイドさ〜ん》」
「だからメスシリンダーってなんだい!? 名前からして卑猥な何かなのはわかるよ!?」
004
「カイン、メスシリンダーって名前、実験器具の分際でとてもエロいと思いませんか?」
「……彩織、疲れてんならさっさと言え。……言われりゃ俺もそう思うけど。オスプレイ以来の衝撃」
「……お二人ともお疲れなんですね。休んでください」