逆行した天使は人間寸前   作:那由多 ユラ

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地獄に近い地の底と地上の地獄

 

 

001

 

 

 

 恵里達が魔人族の女を倒した層の、幾らか上の層、鈴たちが眠る部屋に戻ってきた。

 既に全員目を覚ましているようで、しかし地面に座ったままで、あるいは寝そべったままで、疲労を隠し切れずにいた。

「一体何が起きたの……?」

 壁に背を預けながら周囲を見渡す雫は、すぐに自分たちの状況に困惑した。口の周りが血で濡れている者や、無意識に折れた剣を握りしめる者、手足に血肉がこびりついた者。誰も彼も、そこらの魔物より悍ましい。そんな自分も、何気なく口元を拭うと、袖に血が染み付いた。

「え……えっ?」

 そして、異変に気が付く。見えすぎていることに。感じすぎていることに。強すぎていることに。

 袖から目を上げ、もう一度周囲を見渡す。

 ――白い。

 髪が白い。体毛が白い。肌が白い。みんなの日本人らしい黒髪が、誰も彼も白髪になっている。

 壁が白い。床が白い。天井が白い。――否、明るいと言うべきだ。目の光を取り入れる量が増しているのだと、妙に冷静な脳が正当を下す。

 誰でもいいから、何が起こったのかわかるものはいないのか? 魔物がいるわけでもない。魔人族がいるわけでもない。それでも、これは明らかに異常事態だ。

 雫は気が付く。一人だけ、白く無い者がいる。

「鈴!」

「……おはよ、シズシズ」

 おかしい。まるで別人なんじゃ無いかと思うほどに、いつものテンションと落差のある鈴は首を捻るように振り向きながら言った。

「何が起きたのか、知っているのね?」

「……鈴は何も知らないよ。鈴は何も見てないよ。鈴は何も聞いてないよ」

「見てたのね」

「見てないよう。みんながモンスターにファイト一発してたなんて知らないもん」

「何を見てたの!?」

 妙に軽く感じる重い身体に鞭を打ち、鈴の身体を強引に起こす雫。

「……知らない」

「鈴!」

 口を割らない鈴の肩を、雫は揺さぶる。

「知らない! 知らないったら知らないもん!」

「鈴……」

 必死に口を閉ざす鈴に、雫も思わず手を離した。

「……言いたく無いことが起きた、ってことなのね」

「知らないもん」

 

 

 

002

 

 

 

 リーダーである光輝に「ひとまず外に出ましょう」と、伝えようと立ち上がると、そのとき誰かが言った。

「おい、中村がいないぞ」

「マジかよ! まさかあいつ! 俺達を売ったのか!?」

「はあ!? 裏切ったのか!? クソ!」

 さっきまで寝そべっていた者達が、立ち上がり口々にそんなことを騒ぎ出す。

 もともと良くない噂が流されやすいタイプの人間ではあったのだ。光輝も疑うことなく、悔しげに拳を握り締めている。色の落ちた髪が、返って神々しくすらある。恵里の裏切りと言う言葉に疑問を持っていた者も、光輝の様子を見て目の色を変えた。ちょうどそのとき――

「え、なに? ボクがどうかした?」

 いっそ狙いすましたようなタイミングだった。

 怪我も汚れもなく、黒髪美少女のままで登場した恵里に向けられる視線は怒りに満ちた物ばかり。

「恵里。俺達を裏切ったというのは本当なのか」

「んー、なんの話? それよりみんなしてその髪どうしたの? イメチェン? 異世界レビュー?」

 折れた剣を片手に問い詰める光輝に、恵里は首を傾げた。

「君は優しい子の筈だ。俺達は一人だって死んでいないんだから。だから正直に言ってくれ。そうすればみんな分かってくれるはずだ」

「だからなんの話? 心あたりが全くもって無いんだけど」

「隠す必要は無い。君の、自分の命が大切だという気持ちも分かる。だから正直に言ってくれ! 俺達をあの魔人族に売ったんだろう!」

「は? 売ったって二束三も……、やだな〜、大切な仲間を敵に売ったりするわけないよ〜」

 恵里は光輝の言葉に一瞬顔を歪めたものの、すぐに笑みを浮かべながら、歯の浮くようなことを言った。

「嘘はやめてくれ。でなければ俺は、君を切らなければならない!」

「アハッ! ボクを斬る? 君が?」

 光輝は半ばから折れた剣で、恵里に切り掛かった。

「そいつぁ無理な相談だな!!」

「それはダメだね〜。エリたんが死んじゃうじゃないか」

 どこからともなく飛び出てきた大学生とメイドの二人組。大学生が光輝の手を蹴り上げ、メイドは恵里を庇うように前に立った。

「なっ、誰だ君たちは!」

「ボクの家族。それ以上の紹介は蛇足だね。さ、帰ろ?」

「なにを言っているんだ!」

「真実を言っているんだよ。って言っても、君は信じないでしょ? どっちでもいいよ。ボクがみんなを裏切った腹黒美少女だろうと、ボクがみんなに嘘を付けない真っ白透明ぽんぽんな美少女だろうとね」

「……美少女は譲らないのね。まぁいいわ。光輝、今は一人でも多く戦力が多い方がいい。その体力は道中の魔物に使いなさい」

 雫はため息まじりに光輝の隣に立ち、キッと恵里を睨みつけた。

「いや、しかし雫!」

「光輝、今大事なことを考えなさい。不用意に戦力を削り恵里を倒して、ここで野垂れ死ぬのが私たちの目的じゃないはずよ」

 雫の言葉に「グッ」と声を詰まらせる光輝。恵里達に背を向け、外に向かおうと言おうとしたそのとき――

「なぁにちんたらやってるのさ、あんた達。私たちが滅ぼさなくても、ほっときゃ滅ぶんじゃないかとすら思えてきたよ」

「「「!!!!」」」

 恵里や刹那達が出てきたのと同じ方向から、魔人族に女が出てきて声をかけた。

「お前の目的は先に進むことだと思って放っといたんだけどな?」

「受けた恩情を返さないほど、魔人族は腐っちゃいないよ」

 夕空の言葉に、魔人族の女は呆れたように返した。

「なんで、……なんで生きているんだ!」

「死んでないから生きているのさ。本当に人間族は甘ったるくて愚かだ――

 肉を突き破り、骨を貫き、水を叩いたような生々しい音が部屋に響き渡った。――武器を手放した光輝の拳が、魔人族の頭部を貫いたのだ。

「あ」

 誰かが、気の抜けた言葉を発する。

「え、は、いや、そんな、そんなつもりじゃ俺は!!」

「なに殺してんだよ、もったいねぇ」

 夕空は貫いたまま呆然としている光輝の拳を強引に引き抜き、魔人族の身体を寝かせる。

「せめて、安らかに眠ってね――《燃える鎮魂歌(フレイムレクイエム)》」

 恵里が放った蒼白い炎が死体を焼き尽くし、魂諸共焼き尽くした。

「どうして、どうして……」

「ほらいくよー。……死んだらちゃんと供養してあげるから、安心してね」

 微かに残った灰を尻目に、地上へと続く道を先導する恵里。隣を夕空と刹那が歩く。

 恵里が首を背に捻りながら言った言葉に、生徒達は死神に背を撫でられるような錯覚を感じた。

「待ってよエリリーン!」

 唯一黒髪のままな鈴が後を追い、それを後追いするように渋々、生徒達も続いた。

 

 

 

003

 

 

 

 地上へと向かう道中、なんてことないように魔物の尽くを蹴り散らす刹那に、雫が即座に諦めるほどの強さを実感する生徒達。

 光輝は拳から血を滴せながら恵里達を睨んでいる。他の者達もそれぞれ差異あれど敵意の視線を向けているが、一切無視して和やかに道を進む恵里たち。

 途中、刹那の背を複雑な表情で見つめる雫に鈴が尋ねたり、女子達が光輝に怯えて距離を取ったり、一部男子達が下心満載で夕空に声をかけようとして無視されたり、刹那に触れようとして返り血を浴びせられたり――なんやかんやありつつ、一行は地上へとたどり着いた。

 オルクス大迷宮の入場ゲートを出た瞬間に、その場の全員が異変に気がついた。

 

「あ、おかえりーみんなー」

 

 

 

004

 

 

 

 血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。 

 肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。肉。

 骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。骨。

 死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。死体。

 遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。遺体。

 

――地獄。

 

 人という人全てが殺戮されていて、建物という建物全てが殺戮されていて、土地という土地全てが殺戮されていて、町そのものが殺戮されていて。あの注目が集まりすぎて居心地の悪い町の面影もない、赤くて白くて黒い地獄がそこにあった。

 ただ一人、包丁のように大きなナイフを持った幼女が微笑んでいる。

「なんだ、存外、遅かったではないか」

 その小さな背から飛び出るように、黒いゴスロリ姿の少女が飛び出た。

 言わずもがな、チームのりんごと七七七だ。

「あっちゃー。流石にななみんだけじゃ止められなかった?」

「妾に止められるわけがなかろう。それは魔王に世界を無に返せというようなものだ」

「出来そうじゃねぇかよ」

「出来そうで出来なかったのだ。見ればわかるだろうに」

 刹那と夕空が白いハンカチでりんごについた返り血を拭う。

 

「まさか、君たちが殺したのか」

 拳を乾いた血で黒く染めた光輝が、憎悪のこもった目でりんごたちチームを睨み付ける。

「まあ、止められなかった妾も共犯と言って言えないこともないかの」

「どうして……。どうして、どうしてこんなことが出来るんだ」

 光輝は拳から目を逸らすかのようにりんご達を睨み叫ぶ。

「どうしてって、どうしてだろうね? 生きるためじゃないかな」

「彼らだって生きていた!」

「あたしだって生きてるよ。お兄さんが殺した人だって生きていた」

「話を逸らすな!」

「ミミズだってオケラだってアメンボだって、トンボだってカエルだってミツバチだって、スズメだってイナゴだってカゲロウだって、みんなみんな生きている。日本人なら知ってて当然の常識でしょ?」

「話を逸らすなと言ったんだ!」

「あたしは殺人鬼にして食人鬼。食ったように殺し、殺すように食らう、人ならざる鬼。だからこそわかるよ、妖怪サトリのように。あるいは占い師のように。お兄さんは人を殺したことがある人でしょ?」

 りんごはナイフで、そこらに転がっている、かろうじて人型だった肉を削いで口に運んだ。

 生徒達は初めて魔物を殺した時のように顔を青くさせて目を逸らしていて、血に慣れてはいる恵里や夕空も思わず目を細める。多くの光景を見てきた刹那と、人類最賢である七七七だけが、平常心のまま見守る。

「…………ダメだ」

「光輝……?」

 両拳を血が滲むほどに握り締めた光輝を、雫は心配そうに見る。

「君は生きていてはダメだ」

「お兄さんは、我慢が美徳だと思ってる人?」

「君は死ななきゃダメだ」

「生きていていい人間なんていないよ。それが樹生の結論」

「君は俺が殺す」

「樹生は死なないよ。王が死んでも国がなくならないように」

 りんごは微笑む。

 光輝の顔が怒りに染まる。

「俺と決闘しろ! 武器を捨てて素手で勝負だ! 俺が勝ったら罪を償ってもらう! そして二度と人間に近寄らないでもらう!」

「ふ〜ん、殺さないんだ?」

 聖剣を地面に捨て置き素手の勝負にしたのは、本気で殺そうとしている己に、怒りに染まった頭が気がついたからだろう。「殺したらお前も同類だ」とでも、無意識に思っているのだろう。

「みんな下がっていてくれ。俺が終わらせるから」

「光輝、あなた今何を考えているの……?」

 雫が手を伸ばし止めようとするが、恵里に阻まれる。

「下がってなよ。りんごちゃんの殺欲は十分満たされてるはずだから、運が良ければ殺されないから」

「恵里……」

 雫が疲れたように腕を下ろし、数歩下がると、つられるようにクラスメイト達も下がった。

「お姉ちゃん達も下がっててよ。……大丈夫。分かってる。この人を殺すと、彩織お姉ちゃんが怒るんでしょ?」

 りんごは二本のナイフをそこらの死体をさながらペン立てのように突き刺し、七七七や刹那達を下がらせた。

 

 二人を囲うように距離をとると、光輝は猛然と駆け出す。りんごは微笑みを浮かべたまま、素人の真似事のように両手を構える。光輝はそれをみて、やはり子供か。みんなは彼女は子供だからと油断して殺されたに違いない。と思い、より一層、強く踏み込んだ。あと数歩で拳が届くという段階で、りんごはゆっくりと半歩右足を踏み込んだ。その動きは光輝の目には異様なほど遅く移り、勝利を確信した。

 

 瞬間。

 

「ッ!?」

 りんごの姿が消えた。

「あたしの名前は樹生りんご。九つの因果を禁忌して、あたしの使命を執行するね」

 突如光輝の背後に現れたりんごは、名乗りをあげる。光輝は振るった拳を慌てて引き戻し振り返る。

「殺戮演技、零の型。非殺劇」

 振り返った顔に吸い込まれるように、りんごの平手打ちが両手で、顔面を挟むように放たれた。

 さながら銃声のような、空気が爆ぜる音が鳴り響く。

 

 ――『殺戮演技』、とある魔王の異名を持つ女子高生が憎悪と探究心と暇潰しで生み出した、人を人と思わぬ究極の殺人術。物理的殺害に限らず、尊厳的殺害、社会的殺害、精神的殺害、知識的殺害など、その殺し方と死なせ方は多岐にわたる。

 

 鼓膜が破れたのだろう。耳から血を流しながら、光輝は倒れた。

「まったくまったく、あたしを理由があれば殺すような人と一緒にしないでよね」

 りんごはそうぼやきながら側のナイフを引き抜き、刃についた血を払う。

「どうする? 敵討ちでもしてみる? 今なら命見知らずのサービスつきだよん」

 挑発的な笑みを浮かべナイフの一本を生徒達に向けるりんご。仇を討たんと憤る者、死にたくないと顔を青ざめさせる者、疲れ果て今にも倒れそうな者様々だが、代表して雫がりんごの前に出て、両手を挙げた。

「勘弁して頂戴。あなた彩織ちゃんの家族の子でしょう? 勝てる気がしないし、勝てたとして彩織ちゃんの恨みを買う気はないわ」

「そ? ならいいけど。じゃあ王様のところに連れて行ってくれる? 本当は普通にお願いするつもりだったけど、まぁ決闘に勝ったんだから、それくらい、いいでしょ?」

「それで戦わずに済むのなら」

「むぅ、確かにあたしは無差別殺戮狂かもしれないけど、戦闘狂じゃあないんだよ」

「にわかには信じがたいわね。字面からもう怖いし違いがわからないし」

「なんでも食べるけど、目の前にご飯があるからって何時でも幾らでも食べるってわけじゃあない。じゃないと、お姉ちゃん達まで殺さないといけなくなるじゃない? 家族を殺すなんて楽しくないもの」

「なら無差別じゃないじゃない」

「区別はするもの。選り好みもするし殺したくない人もいる。例えば、()()()()()、とかね」

「…………」

 死んだ無能の名が出て、生徒達から表情が消えた。内に秘める思いは単なる驚きか、あるいは死者を想う幼子への哀れみか。それとも女児に想われていることへの嫉妬だろうか。

 

 

 

005

 

 

 

「オイオイ、この町に何があったんだ?」

 りんご達が王宮に向かった数刻後。日が落ち始めた頃に、地獄と化したホルアドの街に四輪車が訪れた。

 車輪が赤黒く、粘っこい水溜まりを跳ねながら乗り込み、乾いた地面で乗員は降りた。

 周囲のどこを見渡しても人影は見られず、あるのは何かの肉や骨の残骸と建物の残骸。大型の建物はかろうじて躯体を残している物もあるが、それらも人の暮らせる状況ではない。

「……惨い」

「ひどいですぅ」

「これはまた、悲惨というか凄惨というか……」

 一行の内の三人、人外じみた貌の美少女達が、血肉の腐った強烈な悪臭に鼻を摘みながら呟く。

 すぐにでもここを去ろうと、運転手の男と、三人が四輪車に戻ろうとするが、一人の人らしい人間じみた美少女……、もういいだろう。香織が、狼狽ながら駆け出した。

「雫ちゃん! 雫ちゃんは!?」

 親友の名を叫びながら走り向かうのは、オルクス大迷宮の方向。

 ハジメがすぐに追いかけると、すぐに入場ゲートがある広場が見えた。やはりかつての面影は無く、何もかもが血塗れ肉塗れ、嗅覚が麻痺するほどの悪臭ばかりが脳を刺激する。

「どうしようハジメくん!! 雫ちゃんが! 雫ちゃんが!!」

「落ち着け香織! ……止むを得ない、王都に向かおう。王都もここと同じなら、それから迷宮を探すぞ」

「でも! それで迷宮に雫ちゃんがいたら!」

「八重樫の以外にも天之川とかがいるんだ。そう簡単に殺されるとも思えないし、あいつらがいない隙にやられたと考えた方が自然だ」

 ハジメは冷静を装って、香織を落ち着かせようとしているが、当のハジメも視線が泳いでいて、足も地を踏み切れていない。冷静になりきれていないのは一目瞭然だ。遅れて駆けつけてきた三人も、差異あれど平常ではない。

「……そう、だよね」

「別行動するってのもアリかもしれないが、正直、俺はあいつらよりお前達を優先したい。……何が起きたのかわからない、どんな危険があるかわからない場所で、目を離したくない」

「大丈夫、だよね。きっと、大丈夫なんだよね?」

 縋るような目で見つめる香織に、ハジメは静かに頷く他なかった。

 

 

 

 

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