逆行した天使は人間寸前   作:那由多 ユラ

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外れた愚者は怒りに舞う

001

 

 

 まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

(えっと、誰でしたっけ、あれ。見覚えがあるような……)

 背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。美しい壁画だ。素晴らしい壁画だ。

 そう思わされるのがどこか気色悪くて、彩織は思わず目を逸らした。

 よくよく周囲を見てみると、どうやら自分達は巨大な広間にいるらしいということが分かった。

 美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。

 彩織達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。周りには呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。どうやら、あの時教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったようである。

 彩織はふと背後に振り返ると、そこには最近好んで振るうボールペンを抜いたカインがいた。油断は無いようで、彩織はフッと笑う。

 

 この広間にいるのは彩織達だけではない。少なくとも三十人近い人々が、台座の前にいたのだ。まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。

 その内の一人、烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で話しかけた。

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。

(アレは、確か……)

 ノイントは生前最後の死闘を想起しながら、恋人の手を取った。

 

 

002

 

 

 場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 おそらく、晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に畑山愛子先生と光輝他四人が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。

 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。カインが「おおー」と声を漏らすが、クラス男子の大半がメイドさん達を凝視しているところを見るにまだマシな反応だろう。

 全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 そう言ってイシュタルは話し始めた。

 途中、話に飽きたカインが私の髪を弄り始め、揃って聴けていなかったため、後に姉から聞いた話に、私の前知識を合わせて要約するとこうだ。

 この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族だ。

 人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きている。

 人間族と魔人族が、ここ数百年戦争を続けている。原因はいろいろあるのだろうが、主たるものはこの世界の主神の暗躍によるものだ。

「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という()()を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 幾らかイシュタルの話を聞いて、私に救いたいという気持ちは微塵も沸いていない。当然、神エヒトの元に帰りたいという気持ちも、無い。

 彩織が、生前居た世界に帰還して尚、心情の変化の無さに僅かながらの困惑を抱いていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

 ――畑山愛子だ。

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で、非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。

 かく言う私とカインも、彼女のファンのようなものなのだ。

 今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次の瞬間凍りついた。

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

「それで納得するわけ無いだろうがふざけんな死ね」

 場に陶器の割れる音が響く。

 メイドに出された飲み物を、カインが投げつけたのだ。

 イシュタルに命中する寸前でテーブルに当たり、中身や破片が掛かった。

 追い討ちをかけるようにカインはテーブルの上を駆け、イシュタルを蹴り、蹴り蹴り、蹴り蹴り蹴り蹴り、蹴り飛ばした。

「おー、こら、これがテメェらの言うところの()()だってんならオレがやってやっから今すぐ彩織たちを帰しやがれ」

 げしげしと、地面に倒れたイシュタルの顔面をカインが何度も踏みつける。

 イシュタルを人質に取られているからか、メイドや他の信徒達は動くに動けずにいる。

 さっきまで怒っていた愛子も、カインの行いにはドン引きであった。

 カインがイシュタルの胸ぐらを掴むと、顔を凸凹にさせたイシュタルは言った。

「……あなた方を召喚したのは、エヒト様です。……我々人間に異世界に干渉するような魔法は、使えませんので、あなた方が帰還できるかどうかも、エヒト様の御意思次第ということ、ですな」

「ふざけんな。できないからやらないで許されると思ってんじゃねーぞクソ野郎」

 ベコッと、イシュタルの顔面をテーブルに叩きつけた。

「うぐっ」とイシュタルは苦痛の声を漏らした。

「やっ、やめるんだ祈和!!」

 見かねた光輝が立ち上がり、やめるように言うが、カインが聞くわけもなく――

「出来ねえじゃねえ、やるんだよ。犠牲生贄代償供物、なんでも捧げてオレ達を帰す努力を今すぐ尽力してやるんだよ」

 髪を掴み無理やり立たせ、鳩尾に足裏をめり込ませて、壁に叩きつけた。

「全力をもう尽くしたのか? オレ達をさらった罪悪感はねぇのか? ガキを兵器にする神を疑いはもうしたよな? なんでそんな神様大好きな格好してんだ? なにメイドなんて用意してオレらを懐柔しようとしてんだ?」

 壁に。床に。天井に。何度も飛び衝突する。

「意外としぶといじゃねーか。テメェが戦争すれば魔族くらい滅せるんじゃねーの?」

 手足をゴチャゴチャに曲げ、血を吐き息を乱すイシュタル。

「やめろ祈和!!!」

 光輝の堪忍袋の尾が切れ、カインの肩に手をかけた。

「あん? んだよ、テメェは帰りたくねぇってのか?」

 カインはイシュタルの背に足を載せながら言うと、光輝はさらに激昂する。

「当たり前だ!!! 君はイシュタルさんの話を聞いて力になりたいと思わなかったのか!!!」

 光輝を汚物を見るかのような目で見ながらカインは返す。

「困ってれば誘拐は許されるのか?」

「召喚したのはイシュタルさんじゃない!!」

「だからなんだよ。実行犯じゃないってだけで、こいつも共犯だろーが。戦争したいならテメェ一人でやれよ非国民。殺しと戦いが好きなら非国民くれぇ言われ慣れてんだろ?」

「そんな話はしていない! まずイシュタルさんから離れろ!!」

「嫌に決まってんだろなに言ってんだ。ここは魔法があるんだろ? 洗脳の魔法があるかもしれないだろうが」

「イシュタルさんがそんなことするはずない!」

「テメェがコイツの何を知ってるってんだよ。オレは知ってるぜ、コイツは異世界のガキを戦力にしようとするクソ野郎だ。……嗚呼、テメェもクソ野郎だったな」

 なにを言っても無駄だと思ったのか、光輝はカインから目を離し、私たちクラスメイト達に向き、歯を光らせた。

「皆、ここで文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない」

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。

 同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 いつものメンバーが光輝に賛同する。当然の流れというようにクラスメイト達が賛同する。愛子が「ダメですよ〜」と」涙目で訴えているが、カインが賛同者たちを睨むが、光輝が作った流れには全くもって無意味だった。

 結局、全員で戦争に参加することになってしまった。

 カインは私や他の一部以外から罪人を見るような目で睨まれているが、本人はどこ吹く風であった。

 

 

 

 

 

 

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