001
戦争に参加せざるを得なくなった以上、戦いの術を学ばなければならない。いくら規格外の力を潜在的に持っていると言っても、元は平和主義にどっぷり浸かりきった日本の高校生だ。いきなり魔物や魔人と戦うなど不可能である。
その辺の事情は予想していたらしく、聖教教会本山がある《神山》の麓の《ハイリヒ王国》にて受け入れ態勢が整っているらしい。
王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神――創世神エヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。
聖教教会の正面門にやって来た。下山しハイリヒ王国に行くためだ。
生徒達は、太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と透き通るような青空という雄大な景色に呆然と見蕩れた。
どこか自慢気な信徒に促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。
台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡していると、信徒が何やら唱えだした。
「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん――《天道》」
途端、足元の魔法陣が燦然と輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。
この台座は正しくロープウェイなのだろう。ある意味、初めて見る《魔法》に生徒達がキャッキャッと騒ぎ出す。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。
やがて、雲海を抜け地上が見えてきた。眼下には大きな町、否、国が見える。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。ハイリヒ王国の王都だ。台座は、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いているようだ。
カインが皮肉げに素晴らしい演出だと嘲笑った。雲海を抜け天より降りたる《神の使徒》という構図そのままである。聖教信者が教会関係者を神聖視するのも無理はない。
彩織は愛子から習った戦前の日本を思い出した。
政治と宗教が密接に結びついていた時代のことである。それは後に様々な悲劇をもたらしたが、生前も振り返ってみるとこの世界はもっと歪だ。異世界に干渉できるほどの力をもった超常の存在が実在しており、文字通り《神の意思》を中心に世界は回っているのだから。
002
王宮に着くと、真っ直ぐに玉座の間に案内された。
教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。
美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人が、勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。
光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。
扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢な椅子――玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。
その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと三十人以上並んで佇んでいる。
玉座の手前に着くと、信徒は生徒達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。
信徒の行動に訝しんだ国王だが、何かを耳打ちされ、一瞬怒りの表情を浮かべるも、すぐにその怒りは潜められた。
そこからはただの自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。
後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。ちなみに、途中、美少年の目が香織に吸い寄せられるようにチラチラ見ていたことから香織の魅力は異世界でも通用するようである。
その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。
たまに出てくるピンク色のソースや虹色に輝く飲み物をカインが味覚と嗅覚で分析している様子を、皆あり得ないものを見るような目で見ていた。カインが料理をするというのは、それほどに不思議なことなのだろうか……?
王宮では衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。
晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。
すぐに私はカインの部屋に向かい、共にベッドで意識を落とした。
003
翌日から早速訓練と座学が始まった。
まず、集まった生徒達に銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。
「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」
非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいで、カインとも状況さえ悪くなければ相性は悪くないだろう。
「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 《ステータスオープン》と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」
「アーティファクト?」
アーティファクトという単語に聞き慣れていなかったのだろう。光輝が質問をする。
「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」
なるほど、と頷き生徒達は、顔を顰めながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。彩織も同じように血を擦りつけ表を見る。
すると――
白崎彩織 16歳 女 レベル:1
天職:頭領
筋力:over
体力:over
耐性:over
敏捷:over
魔力:over
魔耐:over
技能:暴力の使徒・銀翼・言語理解
と、表示された。
生前の私ではなく、正真正銘、私の名前で表示されていることに、私は安堵した。
メルド団長からステータスの説明がなされる。
「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に《レベル》があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」
どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないらしい。
(なぜ生前の私はこんなことすら知らないのだろうか……)
生前の私の無知さに辟易している間にも、メルドの説明は続く。
「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」
随分と豪勢なことだ。カインの行動が響いたのだろうか。
「次に《天職》ってのがあるだろう? それは言うなれば《才能》だ。末尾にある《技能》と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」
私の転職は、頭領。確か、集団のリーダー、長のようなものでしたか。
「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」
数値化されていないのですが、これは不良品なのだろうか?
メルド団長の呼び掛けに、早速、光輝がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスは――
天之河光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者
筋力:100
体力:100
耐性:100
敏捷:100
魔力:100
魔耐:100
技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
まさにチートの権化だった。
平均値の十倍というのも凄まじいが、技能数も多いだろう。
「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」
「いや~、あはは……」
メルドの称賛に照れたように頭を掻く光輝。かくいうメルドのレベルは62。ステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さだそうだ。
ただしかし、光輝だけが特別というわけでもなく、他の皆々も及ばないながら十分チートだった。
その中である種異彩を放っていたのが、ハジメだ。
南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1
天職:錬成師
筋力:10
体力:10
耐性:10
敏捷:10
魔力:10
魔耐:10
技能:錬成・言語理解
数々の戦闘職が出てくる中、初の生産職である。ステータスも一般の平均値であり、メルドはプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返した。
「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」
歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。
まあ当然だろう。
戦争の戦力ということでここにいるのに、一人だけ戦力外がいたら見間違いと勘違うのも仕方ない。
メルドの様子に、ハジメを目の敵にしている男子達が食いつかないはずがない。
筆頭である檜山大介が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる。
「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」
「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」
「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」
檜山が、実にウザイ感じでハジメと肩を組む。見渡せば、周りの生徒達――特に男子はニヤニヤと嗤っている。
見かねた愛子が突撃しそうになるが、彼女より先に動き出す者がいた。
「非戦闘職をなめんじゃねーよ、クソ野郎」
カインが、昨日のイシュタルと同じように檜山を蹴り飛ばした。
恋人である私にも女子から非難の目が向けられるが、将来の義兄を痛ぶる輩を庇うつもりは毛頭ない。
そんな様子をポカンと見ていたメルドに、カインがステータスプレートを渡した。
祈和歌夢 17歳 レベル:1
天職:使用人
女子力:5000
主婦力:5000
家事力:5000
乳母力:2000
戦闘力:80000
殺戮力:40000
技能:料理・洗濯・掃除・育児・食材鑑定・槍操術・武器術・威風堂々・一騎当億・絨毯暴力・言語理解
格が違った。何もかもがおかしい。こればっかりは、認めざるを得ない。
カインの家事能力は、常軌を逸脱している。
ただ茫然と読み上げたメルドは、何も言わずカインに返した。
意図せずして、カインは眼中になかった女子達に多大なダメージを与えた。
カインに続いて私も渡したが、もう何も言われなかった。