001
中村恵里は『チーム』の一因である。一員にして、一因である。
――チームとは白崎彩織を中心に結成された、九人の学生集団。
警察・PTAに並んで、町の治安維持に貢献している集団で、それぞれが各々使命を持って活動している。
誰も彼もが一般人とはいえない技能を持つ集団に属する恵里だが、他のチームは恵里を一般人だと断言する。
特異な特技を持つわけでもなく、特別な血筋の人間というわけでもない彼女をカインや彩織と同列に語るには、何もかもが弱すぎるのだ。
元御近所さんであるが故に幼い頃の恵里を知るカインは、恵里が一般人であることこそが異常だと語るが、それでも恵里のカタログスペックは逸脱しない。
中村恵里は、チームを組めるからこそチームでいられるのだと、彩織は語る。
常に化けの皮を被り、猫を被り、作り物の属性を被り、敵も味方も無差別に騙す。
敵を騙すなら味方から。
――味方を騙すなら自分から。
恵里は誰とでもチームプレイができる。
これは『チーム』では異常なのだ。
異常者集団である『チーム』をして、異常。
戦歴をあげるならば、かつて恵里は自身を犯そうとした父親と、自身に虐待をしようとした母親とで三人チームを組み、当時四人であった『チーム』と抗戦して見せた。
結果としては両親は不慮の事故で死亡、恵里はその後の流れでチームに加入した。
そんな恵里はいま、自身に騙された自分の親友、谷口鈴とペアを組み魔法戦闘の訓練をしていた。
炎の弾丸が四方八方飛び交い、厚い結界がそれぞれを守る。
「アハッ、なかなかやるじゃん鈴ゥ!」
「エリリンなんかキャラ違くない!?!? そんなキャノンくんみたいな口調してなかったよね!?」
「気のせいだと思うな♪」
段々と放たれる炎の弾丸の方向が一方的になり、方や結界の数が倍以上に増している。
鈴の言った『キャノンくん』とは、カインのことだ。一度だけ、カインのことを
いつの間にか鈴の防戦一方になっていき、結界が役割を果たしきれなくなった頃になって教官役の騎士が二人の間に巨大な結界を張り、戦闘を終了させた。
魔力を使い果たし倒れそうになる鈴を恵里が支える。
「むぅ〜」と頬を膨らませる鈴。「エリリン強すぎるよ〜。本当に天職降霊師なの?」
鈴の言葉に、恵里は苦笑いしながら言う。
「天職のことは言うだけ無駄じゃないかな。ほら、あれ」
そう言って恵里が見据える方向では、背から翼を顕現し、大剣二刀流で戦う彩織を相手に、大根とねぎの二刀流で互角以上に舞うカインの姿があった。
「転職がお母さん、じゃなくて、使用人なはずのカインくんが彩織さんとあれだけ戦えてるわけだし」
うっかりお母さんと呼び間違えたが、誰もそれを訂正したりはしない。既に愛子や生徒達はこの世界に来てから《お袋の味》《故郷の味》をカインに上書き保存されてしまっているのだ。
「鈴、キャノンくんがサイヤ人だって言われたら信じる自信があるよ」
「そういえば、『彩織と一緒にいると週三でスーパーサイヤ人になる』って惚気られたことがあるよ」
「エリリン、それ多分ただの愚痴だと思う」
「マジ? 私、いまならスーパーサイヤ人になれる気がする」
「怒りっぽいにも程が有りまくり過ぎるよエリリン!! 落ち着いて!! 鈴もう限界だからぁ!」
鈴が暴走し恵里が諌める。それが日本ではデフォだったのに、いつの間にか逆転していた。しかしそのことに誰も気がつかない。
全員既に、恵里に騙されているのだ。
002
生徒達の一人、園部優花は弟子である。
洋食店《ウィステリア》が実家である彼女は、弟子入りしてからというもの、才能を開花する術を身に付けた。
顔面に《神の落書き》と刻み込まれた師をして神懸かっていると言わしめるほどに、彼女は才能を伸ばすことに関してずば抜けている。
料理の腕は疾うの昔に両親を超えており、武器術の中でも投擲術は師を超えた。
そんな彼女はいま、戦闘訓練には参加せずに、王宮の厨房でその腕を大いに奮っていた。
クラス全員分の食事を作るためには手が足りないと、師から習った武器術で糸を手足のように操り、ハジメに作らせた大量のフライパンや調味料が入った瓶を揺らす有様は王宮に仕える料理長を気絶に追い込んだ。
腕や指の関節だけでは飽き足らず、歯や髪でも糸を操る彼女はさながら舞うようにして料理する。
「悪りぃ遅れた!!」
「師匠遅い! 手も足も足りないからさっさと初めてよね!!」
幾つか料理が完成し、大皿に盛り付けながら彼女は、ねぎと大根を携えて駆けつけた師に叫ぶ。
「いいかげんオレがいなくても作れるだろうが!!」
「師匠が作った方が美味しいんだから仕方ないじゃん!!」
「甘ったれんじゃねぇアホ弟子ぃ!!」
「もっと私を甘やかせクソ師匠ォ!!」
厨房で罵り合いながら舞い踊る二人組と、さらに数を増して飛び交うフライパンと大皿小皿。
慌ただしい作り方ながら、料理には埃や髪の毛は一切入っていないのは師の徹底した指導の賜物であった。
「おい優花テメェ料理向こう持ってけ!!」
「はぁ!? 無理に決まってんじゃん何言ってんの!? いま糸動かしてて下手に動けないんだけど!?」
「んだとオイ!! もう皿置く場所ねぇぞふざけんな!!」
「あんたがでしょうが後先考えて盛りなさいよ!!」
盛り付けられた料理達が所狭しと作業台に敷き詰められ、隙間がなくなって尚次々と料理が盛り付けられていく。
「「アアアアアアアア!!!!」」
騒ぎを聞きつけたメイド達が駆けつけ、料理を抱えたメイドの行列を為すことで窮地を脱したのだった。
003
ハジメが自分の最弱ぶりと役立たず具合を突きつけられた日から二週間が経った。
現在、ハジメは訓練の休憩時間を利用して王立図書館にて調べ物をしている。その手には《北大陸魔物大図鑑》というなんの捻りもないタイトル通りの巨大な図鑑があった。
なぜ、そんな本を読んでいるのか。それは、この二週間の訓練で、成長するどころか役立たずぶりがより明らかになっただけだったからだ。力がない分、知識と知恵でカバーできないかと訓練の合間に勉強しているのである。
そんなわけで、ハジメは、しばらく図鑑を眺めていたのだが……突如、「はぁ~」と溜息を吐いて机の上に図鑑を放り投げた。ドスンッという重い音が響き、偶然通りかかった司書が物凄い形相でハジメを睨む。
ビクッとなりつつ、ハジメは急いで謝罪した。「次はねぇぞ、コラッ!」という無言の睨みを頂いてなんとか見逃してもらう。自分で自分に「何やってんだ」とツッコミ、再び溜息を吐いた。
「勉強は順調ですか? ハジメ」
突如背後から声を掛けられ、心臓を握られるような感覚を味わいながら振り返ると、そこには幾つもの分厚い本を抱えた銀髪の美少女、彩織がそこにいた。
「……や、やあ、彩織さん。そろそろ訓練の時間だけど、どうしたの?」
彩織はハジメの言葉を聞いているのかいないのか、向かい側に座って本を開いた。どうやら積み重なっている本達を見るに、歴史書を読みにきたらしい。
何を言われるのかとハジメは彩織が口を開くのを待っていると、彩織は「どうかしましたか?」と言った。
「こっちのセリフだよ!」と言いたいのを堪え、ハジメは「もうすぐに訓練の時間だけど、行かないのかなって」と言った。
「ああ、面倒なのでサボります。別に皆勤賞に興味はありませんし、問題ありませんよ」
「そ、そう……」
「……」
「……」
「……」
彩織の言葉を聞き、その場から動くに動けないハジメは沈黙に耐えられなかった。
「その、カインくんは一緒じゃないのかな、なんて……」
「カインはお弟子さんと一緒にお買い物ですから。師弟仲がどれだけ良かろうと、それを浮気と疑うほど私は器が小さくないのですよ」
「それは、疑ってもいいんじゃないかな?」
ギロリと、普段から悪い目つきがより悪くなってハジメの眼孔を射抜く。
(まずった!)
「……カインは何があろうと私のものです。ハジメ、あなただから許しますが、次はありませんよ」
「は、はい……。(許された! でもなんで僕だから??」
「将来の義兄を殺そうものなら、姉に嫌われてしまいますから」
「……もしかして、声に出てた?」
「ええ、バッチリと」
ほんのり顔を赤くするハジメ。
照れた理由が『将来の義兄』というワードからか、それとも心の内を聞かれてしまったからかは、言わぬが花だろう。
「……そんなにお姉さんに嫌われたくないの? 彩織さんが?」
「お姉ちゃんが大好きだというのは、妹なら当然の感情でしょう?」
(なにこの人怖いのに可愛い)
ハジメはギャップ萌えが三次元にも存在したことに歓喜したりは、しなかった。ただただ、目の前の可愛い生き物に萌えたのだ。
その日は結局、ハジメまでもが訓練をサボり、勉強に励むのだった。
004
翌日。
朝食の後、ハジメは彩織と共に訓練施設へと来ていた。
彩織は今日もサボるつもりだったのだが、ハジメは訓練に参加することを聞くと、今日は同行すると言った。
昨日の勉強で学んだことを語り合いながらゆっくりと向かい到着すると、既に何人もの生徒達がやって来て談笑したり自主練したりしていた。
隅で壁に背を預けて寛ぐ彩織を尻目に、ハジメは自主練でもして待つかと、支給された西洋風の細身の剣を取り出した。
と、その時、唐突に後ろから衝撃を受けてハジメはたたらを踏んだ。なんとか転倒は免れたものの抜き身の剣を目の前にして冷や汗が噴き出る。顔をしかめながら背後を振り返ったハジメは予想通りの面子に心底うんざりした表情をした。
そこにいたのは、檜山大介率いる小悪党四人組(ハジメ命名)である。訓練が始まってからというもの、ことあるごとにハジメにちょっかいをかけてくるのだ。ハジメが訓練を憂鬱に感じる半分の理由だ。
「よぉ、南雲。なにしてんの? サボり魔のお前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」
「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」
「どうせサボるクセになんで訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」
「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」
一体なにがそんなに面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラと卑しく笑う檜山達。
「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」
「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」
そんなことを言いながら馴れ馴れしく肩を組み人目につかない方へ連行していく檜山達。それにクラスメイト達は気がついたようだが見て見ぬふりをする。彩織は片目をそちらに向け、ため息をつきながらじっと見つめる。
「いや、一人でするから大丈夫だって。僕のことは放っておいてくれていいからさ」
一応、無駄だと思いながらもやんわりと断ってみるハジメ。
「はぁ? 俺らがわざわざ無能でクズのお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」
そう言って、脇腹を殴る檜山。ハジメは「ぐっ」と痛みに顔をしかめながら呻く。
檜山達も段々暴力にためらいを覚えなくなってきているようだ。思春期男子がいきなり大きな力を得れば溺れるのは仕方ないこととはいえ、その矛先を向けられては堪ったものではない。いつかのイシュタルのようになるのは絶対御免なのだ。かと言って反抗できるほどの力もない。ハジメは歯を食いしばるしかなかった。
やがて、大多数から死角になっている人気のない場所に来ると、檜山はハジメを突き飛ばした。
「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」
檜山、中野、斎藤、近藤の四人がハジメを取り囲む。ハジメは悔しさに唇を噛み締めながら立ち上がった。
「ぐぁ!?」
その瞬間、背後から背中を強打された。近藤が剣の鞘で殴ったのだ。悲鳴を上げ前のめりに倒れるハジメに、更に追撃が加わる。
「ほら、なに寝てんだよ? 焦げるぞ~。ここに焼撃を望む――《火球》」
中野が火属性魔法《火球》を放つ。倒れた直後であることと背中の痛みで直ぐに起き上がることができないハジメは、ゴロゴロと必死に転がりなんとか避ける。だがそれを見計らったように、今度は斎藤が魔法を放った。
「ここに風撃を望む――《風球》」
「ただのリンチなら、ハジメの優しさに免じて見逃しても良かったのですが――
ハジメの腹部目掛けて風の塊が放たれるが、命中する寸前で、背から銀色の翼を顕現している彩織が踏みにじる。
――魔法を使ってまで痛ぶるのはいただけませんね。傷が残ったらどうするんですか」
ギロリと、昨日ハジメに向けられたものとは比べ物にならない冷たく恐ろしい目つきに、斎藤は思わず後ずさった。
「オイオイ、空気読めねぇのかよ、彩織ちゃ〜ん」
彩織に気安く触れようとした檜山。姉の香織に惚れてるからか、チャラくてかっこいい男になりたい檜山はよくこんな行動をとるのだと、いつかカインは彩織と香織に語った。
しかし触れる前に、彩織の拳が吸い込まれるように檜山の顔面に命中した。「がっ!」と、鼻を抑えている。
「ま、待って彩織さんっ。僕は、大丈夫だから、だから……」
「いいえ、待ちません。我慢の限界です。止めないでください。止められても聞かずに殴ります」
銀翼を収めた彩織は、今にも逃げ出しそうな小悪党達に飛びかかり、「何より――
――私は我慢や、ましては話し合いよりも、暴力が大好きですから」彩織はいつかのカインがイシュタルにしたように、四人を蹴り飛ばし、天井に叩きつけた。
受け身をとることができずに落下した四人は、それぞれどこか骨折したのか蹲りながら苦悶の声を漏らす。
彩織は彼らを見下しながら、
「いえ、誤解なんですよお姉ちゃん。これは決して八つ当たりとかカツアゲとかじゃなくてですね、ええそうハジメの為なんですよこれは。ハジメがこのクソの掃き溜めどもに虐められていたものですから、私が愛するお姉ちゃんの愛するハジメが虐められているのを見て見ぬ振りなんてできるわけが無く、私はハジメのために暴力という長所を全力の善意の元に振るったのですよ。だからええ、これは決して愛子が叱るような野蛮で悪質なだけの所謂いけないことではなくてですね、勇者が魔王を殺すように、ママがゴキブリを殺戮するように、お姉ちゃんが悪の組織を消滅させたように、私はハジメに集るゴキブリを殺戮しようとしているだけなんですよ」
若干聞き取りにくい程度に早口で言い訳を始めた。
「ふーん、そう。で?」
言い訳の相手の言葉は、彩織の暴力の被害者であるはずの檜山達ですら全身に鳥肌を立たせた。
「本当はムカついただけですごめんなさいハジメを免罪符にしてごめんなさい言い訳の余地なく蹴り飛ばしてごめんなさいお得意の魔法の舞台に上がらず物理攻撃で抗戦してごめんなさい」
明らかに顔を青ざめさせている彩織。元の色白な肌が相待って、真っ青だ。
「彩織は私が怒るようなことをしたの?」
「……え?」
彩織は顔を青くさせたまま首を傾げた。
「ありがとう、彩織。私の代わりに南雲くんを助けてくれて」
香織はそう言いながら、厚底の靴を履いている分自分より高い頭を撫でながら微笑んだ。
「ごめんね。私は彩織みたく喧嘩できないから、いつも彩織に暴力を振るわせて」
「いえ、その……」
「だから本当に、ありがとうね。いつも私ができないことを、時々やりすぎちゃうけど、やってくれて嬉しいよ」
「あの、香織?」
「すごいね。あんなに飛ばせちゃうなんて。一緒に生まれたのに、私には真似できないや」
「お姉ちゃん? 香織お姉さま? 実はやっぱり怒ってませんか?」
「でも彩織、殺したりしちゃだめだよ。だめ。彩織は人を殺しちゃ、だめ」
「……ご主人様と呼ばせていただきます」
彩織は香織の、ちょっとした優しさといたずら心による褒め殺しとお説教に耐えきれず、膝から崩れ落ちた。
「……ごめん。私も言いすぎたからそれはやめて。雫ちゃんにすごい目で見られてるから」
幼なじみにして親友である侍少女、八重樫雫が、檜山達に目もくれず、彩織と香織を死んだような目で見ていた。
「明日から、実戦訓練の一環として《オルクス大迷宮》へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」
メルドのそんな声が響いたが、それを聞いていられた者は少ない。