逆行した天使は人間寸前   作:那由多 ユラ

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ありふれた死闘と方向音痴

001

 

 

 あの日、迷宮で死闘と喪失を味わった日から五日が過ぎた。

 ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、無能扱いだったとは言え勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だった。

 それに、厳しくはあるが、こんな所で折れてしまっては困るのだ。致命的な障害が発生する前に、勇者一行のケアが必要だという判断もあった。

 恵里は、王国に帰ってきてからの、彩織と香織の荒れようを思い出し、(いっそ落ちたのが彩織ちゃんだったらなぁ……)とすら思っていた。

 帰還を果たしハジメの死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが《無能》のハジメと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。

 国王やイシュタルですら同じだった。

 強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。

 迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。

 神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。

 しかし、国王やイシュタルはまだマシなレベルであった。中には悪し様にハジメを罵る者、嘲笑う者までいたのだ。

 もちろん、公の場で発言したのではなく、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるが。やれ死んだのが無能でよかっただの、神の使徒でありながら役立たずなど死んで当然だの、それはもう好き放題に貶していた。まさに、死人に鞭打つ行為に、彩織と香織は憤激に駆られて――

「今、ハジメの死を笑いましたね? 主は彼の者の死を酷く悲しんでおられます。主の意思と反するあなたは反逆の兆しが見られましょう。悪に染まらぬうちに、我々神の使徒が洗浄致します」

「どうしてみんな、南雲君のことそんなに嫌いなのかな。ちょっと痛い目見たら、考え改めてくれないかなぁ」

 街の各所で血と肉の雨が降り、南雲ハジメの話題そのものがタブーとなりつつあった。

「……ねえカイン、香織ちゃんってあんな強かったっけ」

「普段あんなでも彩織の血縁だぞ」

 血を浴びる姉妹を陰ながら見守る恵里とカイン。

 彩織だけでなく香織まで四肢を真っ赤に染める光景に、恵里は顔を青ざめさせる。

 血肉は見慣れているはずのカインですら、両手に持つフライドポテトの量を減らせずにいた。

 

 

 

002

 

 

 

 数日が経ち、ハジメを笑ったり罵ったりした者達が正式に処分を受けるようになった頃。

 農地開拓に力を入れさせられ、遠征に参加しなかった愛子は、ハジメの悲報を聞き、王宮へと舞い戻ってきた。

 戦えないと言う生徒達をこれ以上戦場へ送らないために。

 自分が安全圏でのんびりしている間に、生徒が死んでしまったという事実に、全員を日本に連れ帰ることができなくなったということに、愛子は強迫的なまでの責任感に駆られたのだ。

 だからこそ、戦えないという生徒をこれ以上戦場に送り出すことなど断じて許せなかった。

 当然、聖教教会関係者はいい顔をしないだろう。

(知ったことか。知ったことか、知ったことか、知ったことか知ったことか知ったことか!! この世界の人達が飢えようと関係ない! 私の生徒一人の命は全人類の命よりも重いんだ!!!)

 愛子は教会へ抗議しに向かう。

 王宮から教会までの道中――

「い〜っるぁっシャイませぇっ! お客様ぁ!!」

 愛子はメイドと出逢った。

 この世界に来た日に見飽きるほどに見たものとは違う、ただ綺麗というわけではない、ただ可愛いというものでもない。

 萌えという、歪んだレンズを通して設計された、造形された、デザインされた、完成された――実用性を捨て、華やかさと可愛らしさと肌の露出に重点を置かれた紛い物のメイド。

 そんな異物が、天高くから降ってきたのだ。

 位置エネルギーも運動エネルギーも無視したような動きで、砂一粒も浮かさず、そのメイドは愛子の前に立ち塞がった。

「えっと、あなたは……?」

「ど〜も、私は神刺刹那(かんざしせつな)! ピッチピチのメイドさんだよん!!」

 優雅に、ではなく可愛らしく、生徒達の誰よりも背の高いであろう彼女はスカートの裾を掴んで一礼した。

 しかし、愛子には彼女の容姿にも格好にも仕草にも注目する余裕はない。

「かんざし、せつな? もっ、もしかしてっ! 日本の方ですか!!」

 彼女の名乗った名前は、この世界に似つかわしくない、日本人らしい名前なのだから。

「ピンポーン! せいかーい。そういうお嬢さんもジャパニーズだね?」

 そう言って、メイドは微笑んだ。

「でも残念だ。残念ながら私じゃお嬢さんの救いになることはないだろう。だって私はメイドだから」

 メイドは空を見上げた。

「店が違えどジャンルが違えど時代が違えど世界が違えど、私はただもてなしただ付き従うメイドさん。私はね、お嬢さん。私はね、友達を、家族を、主君を、従僕を、みんなを探しに来たんだ」

 メイドの眼中に愛子はいない。

「そうですか。……私はこの世界の人たちなんてどうでもいいんです。私はこの世界の戦争なんてどうでもいいんです。私は生徒を助けるためにいます。生徒を救うためにここにいます」

 愛子の眼中にメイドはいない。

「じゃあね、お嬢さん。もし次、縁が合ったらイチャイチャしよう」

 メイドは愛子の横を通り過ぎた。

「さようなら、メイドさん。私の生徒と会ったら、仲良くしてあげてください」

 愛子はメイドの横を通り過ぎた。

 ふと、メイドは立ち止まる。

「私の名前は神刺刹那! 九つの因果に付き従い、私の使命を執行するっ!」

 名乗る声が聞こえ、振り返ると、もうそこにメイドの姿は無かった。

 

 

《チーム》を家族とするならば、彼女は長女に位置する。

 メイド喫茶でアルバイトをしている大学生であり、裏側では《メイド喫茶のメイド長》と恐れられている。

 しかし、彼女は表でも有名人だ。

 単独徒歩で月面一周という偉業を果たした最新の偉人として、理科や歴史の教科書に載っている。

 当然のように、日本人の手によって美少女化も果たしている。

 愛子が気がつかなかったのは、彼女の宇宙飛行士時代は別の名を名乗っており、服装も宇宙服だったからだろう。

 彼女に特技は数えきれぬほどに多いが、カインほど人間離れした技能は持たない。

 当然、異世界に転移する技能なんて持っているはずがない。

 ただ単に、彼女は極度の方向音痴なのだ。

 北に向かえば南にいて、未来に向かえば過去にいて、家に向かえば空にいた。

 故に神より神出鬼没。存在そのものが曖昧で、行動そのものが不可思議で、どこにでもいるし、どこへだって行く。

 

 

 

003

 

 

 

 愛子が教会に抗議し、光輝達が迷宮を攻略している頃、恵里はカフェでパフェを攻略していた。

 いわゆるサボりである。

 別に大した理由はない。

 単に光輝のことが面倒臭くなったのだ。

 彩織とカインもサボりである。

 光輝が面倒くさいから。

 香織と雫もサボりである。

 めんどくさいから。

 それはともかく、カウンター席で恵里が三つ目のパフェに取り掛かった頃、隣の席に座った女性が「おじさん、この子とおんなじやつちょーだい」と、注文した。

 おじさんは「え……」と数秒フリーズしたのち、パフェを三つ出した。

「……なんでここにいるの、刹那さん」

 パフェをスプーンで崩すメイドは恵里のよく知るメイドであった。

「やあやあエリたん、久しぶり」

「……いやまぁ、今更刹那さんがナメック星にいようとホグワーツにいようと新世界にいようとどうでもいいんだけど、ボクになんか用事?」

 恵里のスプーンが、底をついた。おじさんが四つ目のパフェを出した。

「いやねぇ、イオリンに用事があって来たんだけどさぁ、血柱肉柱の一本も建ってないじゃないのよ。分かりにくいったらないわ」

「普通建ってないから。グーグルマップじゃあるまいし」

 メイドは二つ目のパフェに取りかかる。

「んでさぁエリたん、イオリンどこいるか知らない?」

「知らなーい。今頃、血の海か死体の山でデートでもしてるんじゃない?」

「そっかー。おねーさんは二人が仲良しみたいで嬉しいよ」

「で、なんの用なの?」

 恵里はふと気が付く。自分のパフェに、プチトマトが入っていることに。

「ナナミンとりんごたんが動き出したって、イオリンに伝えとこうと思ってね」

 ナナミン。本名、高天原七七七。中学生。

 りんごたん。本名、樹生りんご。小学生。

 共に、チームの年少メンバーである。

「そっかー。トマト絶滅計画とかならボクも協力したんだけどなー」

 恵里はプチトマトをメイドのパフェに投げ入れた。メイドは顔色変えずにトマトを頬張る。

「なーんでうちの女子達はみんなトマトが嫌いかなぁ」

「だって美味しくないもん。トマトの絶滅は人類共通の義務だね」

「ケチャップが無くなるからやめてね。私の職業的に致命傷だから」

「今でもやるの? 萌え萌え〜ってやつ」

「場所によるよ、お客様が求めてない時もあるしね? でもオムライスは絶対必須の定番メニューだからね。コーヒーが無いメイド喫茶でバイトしたことあるけど、オムライスが無いメイド喫茶は見たこともないね」

「コーヒーの無い喫茶店があるの!? メイド喫茶とはいえ喫茶店だよね?」

「メイド喫茶だからね。メイドを愛でる場所であって、コーヒーを優雅に啜る魔境じゃ無いんだ」

「ボクにしてみたら、メイド喫茶も猫カフェも魔境みたいなものだけどね。客に愛でられるとか、それこそ死体の山脈ができるよ」

「いいね、死体の山脈。次はそこに行ってみようかな」

「……モンハン、かな? 気をつけてね。リオレウスと喧嘩して上手に焼けましたーなんて、笑えないから」

「だーいじょうぶ。エリたんが笑っている限り、私は死なないっ!」

「魔境行ってる時点で笑えないっての」

 恵里とメイド、二人同時に底をつくと、メイドは席を立った。

「ま、それじゃあそういうことだからそんな感じで、私そろそろ行くね」

「待ってどういう感じでどこ行く気なの」

「んん〜? なんか、プラ〜っとその辺をね〜」

「……あぁ、そう」

「あ、私この世界のお金持ってないから、エリたんお願いね」

「……まぁ、いいけど。日本帰ったらなんか奢ってよね」

「オッケー!」

 呆れる恵里を尻目に、メイドはフラフラと店を出て行った。

 もう、追いかけたところで追いつかないだろう。

「おじさん、パンケーキ頂戴」

 

 

 

004

 

 

 

 翌日。迷宮攻略六日目のことである。

 愛子の抗議により大幅に数を減らした一行は、しかしてオルクス大迷宮に来ていた。

 光輝達勇者パーティと、小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティ、そして離れて最後尾に彩織、カインの二人組である。

 現在の階層は六十層だ。確認されている最高到達階数まで後五層である。

 しかし、光輝達は現在、立ち往生していた。

 何時かの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまったのだ。

 そう、彼等の目の前には何時かのものとは異なるが同じような断崖絶壁が広がっていたのである。次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。それ自体は問題ないが、やはり思い出してしまうのだろう。

「香織……」

 雫の心配そうな呼び掛けに、強い眼差しで眼下を眺めていた香織はゆっくりと頭を振ると、雫に微笑んだ。

「大丈夫だよ、雫ちゃん」

「そう……無理しないでね? 私に遠慮することなんてないんだから」

「えへへ、ありがと、雫ちゃん」

 雫もまた親友に微笑んだ。香織の瞳は強い輝きを放っている。そこに現実逃避や絶望は見て取れない。洞察力に優れ、人の機微に敏感な雫には、香織が本心で大丈夫だと言っているのだと分かった。

「おや、立ち止まって何をしているのです?」

 少し遅れて、彩織とカインが追いついてきた。

 この二人はその階層の魔物を絶滅させてから進むという方針らしく、迷宮を真っ赤に染めながら来たらしい。手足が血で汚れている。

 カインは吊り橋を見て気がついたようで、不敵に笑った。

「彩織、次がベヒモスだ」

「へえ、そうですか。リベンジのチャンスですね」

 彩織も笑い、新調してから一切の血を浴びていない大剣二本を抜いた。

「天之川光輝、ベヒモスは私たちがもらいますが、かまいませんね?」

「待ってくれ。君は何を言っているんだ」

 カインを率い、前へ出ようとする彩織を、光輝は止めた。

「俺達は仲間だろう。力を合わせなければ勝てない相手なんだ。クラスメイトの死にいつまでも囚われちゃいけない! 前に、一緒に進むんだ! きっと南雲もそれを望んでいる!」

 彩織は光輝の言葉を、冷めた目で聞き流す。

「ちょっと、光輝……」

「雫は黙っていてくれ! 例え厳しくても、幼馴染である俺が言わないといけないんだ。……彩織、生き急いではいけない。俺が傍にいる。俺は死んだりしない。もう誰も死なせはしない。彩織も、香織も、雫も、悲しませたりしないと約束すブベラッ――

「人の女口説いてんじゃねーよクソ野郎」

 光輝の何もかもが間違いな言葉に、カインは殴るしかなかった。

 その場の誰にも彼を咎めるような気はなく、苦笑いするしかない。

 めんどくさいから。

 ちなみに、完全に口説いているようにしか思えないセリフだが、本人は至って真面目に下心なく語っている。

 普通、イケメンで性格もよく文武両道とくれば、その幼馴染の女の子は惚れていそうなものだが、雫は小さい頃から実家の道場で大人の門下生と接していたこと、厳格な父親の影響、そして天性の洞察力で光輝の欠点とも言うべき正義感に気がついていたことから、それに振り回される事も多く幼馴染として以上の感情は抱いていなかった。

 香織は生来の恋愛鈍感スキルと雫から色々聞かされているので、光輝の言動にときめく事ができない。

 彩織はまだ前世とのギャップに悩まされている頃に出会っているが、生前見ていた光輝のキャラに早くも本能が拒否反応を示していた。いわゆる、生理的に無理、というやつである。

「香織ちゃん、私、応援しているから、出来ることがあったら言ってね」

「そうだよ~、鈴は何時でもカオリンの味方だからね!」

 光輝との会話を傍で聞いていて、会話に参加したのは恵里と鈴。

 二人共、高校に入ってからではあるが香織達の親友と言っていい程仲の良い関係で、光輝率いる勇者パーティーにも加わっている実力者。

 学校での中村恵里はメガネを掛け、ナチュラルボブにした黒髪の美人である。

 性格は温和で大人しく基本的に一歩引いて全体を見ているポジション。

 そんなキャラを演じているが、トータスに来てからは時折猫の皮も化けの皮も脱いでいる。

 谷口鈴は、身長百四十二センチのちみっ子である。

 もっとも、その小さな体には、何処に隠しているのかと思うほど無尽蔵の元気が詰まっており、常に楽しげでチョロリンと垂れたおさげと共にぴょんぴょんと跳ねている。

 その姿は微笑ましく、カインの可愛がりも相待ってクラスのマスコット的な存在だ。

 二人は意外と数少ない、カインといちゃついても彩織が一切嫉妬しない人間でもある。

「うん、恵里ちゃん、鈴ちゃん、ありがとう」

 高校で出来た親友二人に、嬉しげに微笑む香織。

「恵里、降霊術の準備はできていますか」

 香織より数年ばかり付き合いの長い彩織が、首を傾げながら言った。

「待ってイオリン! エリリン、降霊術は苦手で……」

「そんなわけないでしょう。あなた一時期廃病院に住み着いてたじゃないですか」

「ああ、うん。引っ越しが済むまでのことだね。……彩織ちゃん、化けの皮剥ぎに来るのやめてくれる?」

「ええ!? エリリン! 嘘だったの!?」

 芸人のようなリアクションをとる鈴。しかし表情に偽りはない。

「そうだよ? ボク、嘘つきだから」

「しかもボクっ娘!? なんでそんな萌え要素隠してたの!?」

「嘘つきだからね! ……マジな話はマジでエグいから、鈴、聞かないことを勧めるよ」

「エリリンのボクっ娘にどんな闇が!?」

 雑談に花が咲いていく気配を察知した雫が、ポカリと鈴の頭を叩いた。

「ほらほら、行くわよ。彩織ちゃんが待ちくたびれて干からびるから」

 彩織とカインを先頭に、一行は前へと進む。

 遂に魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が再び光輝達の前に現れた。

「グゥガァアアア!!!」

 咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスが光輝達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。

 全員に緊張が走る中、そんなものとは無縁の決然とした表情で真っ直ぐ睨み返す者が四人。

「もう誰も奪わせない。あなたを踏み越えて、私は彼のもとへ行く」

 と、香織。

「私の名前は白崎彩織。九つの因果を身に宿し、九の使命を執行する」

「オレの名は祈和歌夢。九つの因果と生き歩み、オレの使命を執行する」

「ボクの名前は中村恵里。九つの因果と笑いあい。ボクの使命を執行する」

 と、チームの三人。

「それ、なんなの?」と雫は冷静に突っ込むが、チームからの返答はない。

 今、過去を乗り越える戦いが始まった。

 あるいは、ただ一方的な虐殺か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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