001
先手は恵里だった。
「本作品には残額非道なシーンが含まれます――《
かつてカインと優花が殲滅したトラウムソルジャーの魂魄と肉体を蘇らせ、ベヒモスに突撃させる。
トラウムソルジャーは文字通り粉骨砕身しながら、ベヒモスに微弱なダメージを与えて朽ちていく。
続いて、彩織。
「速やかに死になさい」
大剣が、ベヒモスの胸に一筋の線を描いた。続けて二撃、三撃と走る。
「グルゥアアア!!」
ベヒモスは四肢を地につけ、ダメージを物ともせず突進を始める。
「させるかっ!」
「行かせん!」
クラスの二大巨漢、坂上龍太郎と永山重吾がスクラムを組むようにベヒモスに組み付いた。
「「猛り地を割る力をここに!《剛力》!」」
身体能力、特に膂力を強化する魔法を使い、地を滑りながらベヒモスの突進を受け止める。
「ガァアア!!」
「らぁあああ!!」
「おぉおおお!!」
三者三様に雄叫びをあげ力を振り絞る。ベヒモスは矮小な人間ごときに完全には止められないまでも勢いを殺され苛立つように地を踏み鳴らした。
その隙を見逃すはずもなく――
「本作品は創作です、現実とは一切関係ありません――《
恵里の魔法がベヒモスに幻覚を見せる。
動きを止め、鳴りを潜めた。
「全てを切り裂く至上の一閃《絶断》!」
雫の抜刀術がベヒモスの角に直撃する。魔法によって切れ味を増したアーティファクトの剣が半ばまで食い込むが切断するには至らない。
「屠り捻り歪めて千切る!! はぁああああ!!」
剣の食い込んだ角に香織の蹴りが命中、粉砕する。カインお手製の安全靴に仕込まれた鉄板により、魔法に負けず劣らずの威力を発揮する。
「ガァアアアア!?」
角を砕かれた衝撃にベヒモスは大暴れした。
「すっこんでろ!!」
カインの糸に引かれ、香織、雫、坂上、永山の三人が橋の手前まで戻された。
「万翔羽ばたき、天へと至れ《天翔閃》!」
替わるように飛び出た、光輝の放った曲線状の光の斬撃が、ベヒモスに轟音を響かせながら直撃する。
「悪鬼妖怪魑魅魍魎、修羅神仏老若男女区別無く、私は使命のために殺します!」
「グゥルガァアア!?」
二本の大剣を重ねて、時計回りに一回転するように斬る。頭部を三枚に裂かれたベヒモスが悲鳴を上げる。
なりふり構わず、彩織や光輝を無視するように、恵里率いる魔法部隊に突進する。
「なに!?」
「そういえば、脳掻き回しても死にませんでしたね、あれ」
ベヒモスは頭部の断面を焼き付かせながら、跳躍した。前衛組を置き去りにし、その頭上を軽々と超えて後衛組にまで跳んだ。
一人の少女が一歩、前に出た。鈴だ。
「ここは聖域なり! 魔を拒み、邪を弾き、悪を通さぬ清らかな拒絶!!――《破邪悪絶》!!」
ベヒモスが着弾するのと、太陽の如く光を放つ結界が張られるのは同時だった。凄まじい衝撃音、衝撃波が辺りに撒き散らされ、光がベヒモスと鈴の目を焼く。
しかし鈴はベヒモスの必殺を完璧に受け止めた。
結界にヒビは一切ない。人が直視していいレベルでない光を、鈴は目を逸らすことなく直視し続ける。
「ぅううう! 負けるもんかぁー!」
掲げた両手が震える。弱気を払って必死に叫ぶが限界はもうそこだ。すぐにでも目を閉じたい。逸らしたい。拭いたい。
ベヒモスの攻撃は未だ続いており、もう十秒も持たない。
(破られる!)鈴がそう心の内で叫んだ瞬間、
「よくやった!!」
「あとは任せなさい!!」
鈴の背後と、結界の向こう側から声が聞こえた。
鈴は思わず、口角を上げ笑みを浮かべる。
「カイン合わせなさい!!」
「オーキードーキー!!」
翼を携えた彩織が飛びかかり、槍を構えたカインが鈴を飛び越え――
「「ダァアアア!!!」」
血に濡れた大剣が結界を突き破り剣先を覗かせ、結界を貫いた錐のような槍から血が垂れる。
「グゥルァガァアアアア!!!!」
ベヒモスの断末魔が広間に響き渡る。鼓膜が破れそうなほどのその叫びは少しずつ細くなり、ザシュっという音と共に消えていった。
結界が消えた後には、首が切り落とされた残骸が残っていた。
皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように「か、勝ったのか?」「勝ったんだろ……」「マジか?」「マジで?」と、呟く。同じく、呆然としていた光輝が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。
「そうだ! 俺達の勝ちだ!」
キラリと輝く聖剣を掲げながら勝鬨を上げる光輝。その声にようやく勝利を実感したのか、一斉に歓声が沸きあがった。
ただ一人、今回のMVPであろう少女だけが――
「目がっ、目が〜」
と、誰かに突っ込まれるのを待ちながら目を抑えていた。
「なにやってんだバカ。大人しくしろ」
そんな鈴は強引に腕を退かされ、目隠しするように布を巻かれた。
「わっ、なにするの!? キャノンくん鈴に乱暴する気でしょっ! エロ同人みたいに! みんなで鈴をグッチョングッチョンのドロドロビショビショにするんだ!!」
「しねーよ。背負ってやっからテメェは目ぇ休めろ。つーか寝てろ」
若干、微妙な空気が漂う中、カインは目隠しのついでにおさげを整えてから鈴をおんぶした。
「えへへ、キャノンくん超愛してるよ~! もう二秒遅かったら鈴がグッチョンのドロドロになってるところだよ〜」
「変なこと言うな思春期娘。ハジメんとこに落とすぞ」
「わーいさっきの光と奈落の底の暗闇でプラマイゼロだー! ってなるわけないよね鈴死んじゃうよねそれ!!」
体力は有り余っているのかノリツッコミをして見せる鈴。
「パパ、浮気?」
「その場合こいつが母親になるぞ? いいのか?」
「……ママもパパでしょ? なに言ってんの?」
恵里の言葉に、周囲の生徒達は首を傾げる。
「カイン。女子と仲良くするのは一向に構いませんが、浮気不倫まで許した覚えはありませんよ」
「浮気も不倫もしてねーよ!! 俺は彩織一筋だ!!」
「そうですか。それは安心です」
002
鈴を筆頭に漫才に走る中、未だにボーとベヒモスのいた場所を眺めている香織に雫が声を掛けた。
「香織? どうしたの?」
「えっ、ああ、雫ちゃん。……ううん、何でもないの。ただ、ここまで来たんだなってちょっと思っただけ」
苦笑いしながら雫に答える香織。
かつての悪夢を打倒できるほどに強くなったことに対し感慨に浸っていたらしい。
「……そうね。私達は確実に強くなってるわ」
「うん……雫ちゃん、もっと先へ行けば南雲くんも……」
「それを確かめに行くんでしょ?そのために頑張っているんじゃない」
「えへへ、そうだね」
――先へ進める。
それは、ハジメの安否を確かめる具体的な可能性があることを示している。答えが出てしまう恐怖に、つい弱気がでたのだろう。それを察して、雫がグッと力を込めて香織の手を握った。
その力強さに香織も弱気を払ったのか、笑みを見せる。
そんな二人の所へ光輝も集まってきた。
「二人共、無事か?」
爽やかな笑みを浮かべながら香織と雫を労う光輝。
「ええ、大丈夫よ。光輝は……まぁ、大丈夫よね」
「うん、平気だよ、光輝くん。皆の役に立ててよかったよ」
同じく微笑をもって返す二人。しかし、次ぐ光輝の言葉に少し心に影が差した。
「これで、南雲も浮かばれるな。自分を突き落とした魔物を自分が守ったクラスメイトが討伐したんだから」
「「……」」
光輝は感慨にふけった表情で雫と香織の表情には気がついていない。
どうやら光輝の中では、ハジメを落とした原因はベヒモスということになっているらしい。
なるほど間違いではないだろう。確かに要因の一端ではある。
しかし本来原因はハジメに撃ち込まれた魔法だ。魔法を当てた檜山だ。
今では国全体でこの話題はタブーになっているが、現実は変わらない。
光輝はまるで、ベヒモスさえ倒せばハジメは浮かばれると思っているようだ。
言っても無駄なんだろう。言っても聞こえないのだろう。聞こえても、私の正気を疑うだけだろう。
――でも、言わないわけにはいかなかった。
「光輝くん。南雲くんを落としたのは、ベヒモスじゃないよ」
耐えられなかった。落とした彼を許したことも、どころか罪を全てベヒモスとハジメに押し付けていることも、香織は不愉快極まりなかった。
雫が溜息を吐く。自分も思わず文句を言いたくなったが、光輝に悪気がないのはいつものことだ。むしろハジメのことも香織のことも思っての発言である。それに、周りには喜びに沸くクラスメイトがいる。このタイミングであの時の話をするほどに、空気を無視できるほどに、雫は強くなかった。
「香織、君の優しさはとても尊いものだ。でも、それを向ける対象を間違っちゃいけない。南雲が落ちたのは、自業自得でもあるんだ。檜山にも一定の非はあるが、彼を困らせていた南雲も悪い。どうか優しさを向ける相手を間違えないでくれ」
「――っ」
絶句した。
正気じゃない。頭がおかしい。狂ってる。悍ましい。恐ろしい。気持ち悪い。気色悪い。生きる世界が違う。生きる次元が違う。
鳥肌が立ち、雫は思わず両腕をさする。
そんな雫をちらりと見てから、香織は言う。
「別に、私は光輝くんの言うような優しい女の子じゃないよ。私だって怒るし、嫌いな人は嫌いだし、殺したいと思うことだって普通にある。ぜんぶぜーんぶ彩織が肩代わりして怒ってくれるだけで、私は普通の女の子だよ」
怒っている。顔を見なくてもわかる。
光輝やメルドのように怒鳴るわけでも、彩織やカインのように暴れているわけでもないが、間違いなく今、香織は怒っている。
「彩織は私の分も怒ってくれる。だから私は彩織の分も優しくする。でもね光輝くん。彩織が誰かに優しくするみたいに、私だって誰かに怒るんだよ。学園のマドンナでも物語のヒロインでも恋愛ゲームの攻略対象でもなく、私はただの恋する女の子だよ。……光輝くん。私、怒ってるんだ」
香織が一歩進む。
光輝は一歩後ずさる。
「ま、待ってくれ香織。俺は優しい香織が好きだ。怒っているなんてらしくないじゃないか。正気に戻ってくれ。優しい香織に戻ってくれ!」
「んー、初めてだから緊張するけど、頑張っちゃおうかな、私」
香織は拳を握り、聖女のように微笑み掛けた。
「光輝くん。私と、絶交してください♪」
『怒っている時こそ全力の笑顔で微笑みかけよう』と、そう教えてくれたのは誰だっただろうか。
きっと、彩織の友達の誰かだ。
お茶菓子を持ってきた私に「ずっと笑ってて気持ち悪い。誰にでも優しいなんて気持ち悪い」って、そう言ってあの人は私に笑顔で怒り方を教えてくれた。
笑顔の綺麗な人だった。微笑みながら笑って、怒りながら笑って、泣きながら笑って、悲しみながら笑っている人だった。
そんな可愛いあの人が教えてくれた。
『拳を思いっきり握って。怒りを込めて握り潰すように』
「大丈夫だよ、光輝くん――
『全身の筋肉に力を込めて。怒りの震えを沈めるように』
「私はちゃんと――
『何に怒っているのか、ちゃんと思い出して』
「光輝くんのこと――
『一切の心配もなく、後先考えないでぶん殴るために』
「大っ嫌いになれたから!!」
香織の拳が、光輝の顔面にめり込み、遅れて弾き飛ばした。
彩織みたく、何かにぶつかるまで飛ばすなんてこと出来ないから、もう一回。
もう一回。
もう一回。
もう一回。
もう一回。もう一回。もう一回。
もっと。もっともっと。
もっともっともっともっと。
パシっと、光輝をタコ殴りにする香織の拳を、彩織が捕らえた。
「そこまでですよ香織。そこから先は、あなたの怒りではありません」
「……ごめんね、彩織。今までこんなこと、ずっとさせてきたんだね」
香織の頬に、一筋の跡ができる。
「気にしないでください。適材適所ですよ。私は怒るのが得意で、あなたは優しくするのが得意。今までもこれからも、私は私の分の優しさを香織にあげますから、香織は香織の分の怒りも私にください」
彩織は自分の服の袖で、香織の目元を拭った。
「さあ帰りますよ。今日は絶交記念日です。香織の絶交パーティーをしないといけません」
「……彩織ちゃん、あなた鬼ね」
ペシッと、雫の手刀が彩織の頭頂を叩いた。
彩織は雫の手を払い、瞳をじっと見つめて、
「何を言っているんですか? 私の名前は白崎彩織ですよ」
と言った。