学園黙示録 DEAD or ALIVE   作:もちごめ

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Act,3『Affection』

 一真が剣道場に赴き、島村の介錯を行ったちょうどその頃。冴子は屍人が徘徊する校舎の中を、早足でがむしゃらに進んでいた。

 数十分前、あの放送が流れて学園中が大パニックとなった。冴子も自主練習を行っていた剣道場であの放送を聴き、ただならない危険を感じてすぐに制服に着替え、いざという時のために木刀を持って剣道場を出た。

 そこで彼女が見たのは、文字通りの地獄絵図だった。

 

 人が、人を喰っている。

 

 ありえない。これは夢だ。そう思いたかったが、不幸なことにこれは現実だった。

 

「……………っ、」

 

 男子生徒を喰っていた女子生徒が、冴子を見つけるなり襲いかかって来た。まるで万力のような、女子と思えないほどの力で腕を掴まれ、ギシリと骨が軋むと同時に腕に痛みが走る。何とかその女子生徒の腹を蹴って掴む手を払い、冴子は体勢を立て直して彼女の脳天に木刀を振り下ろした。グシャッ、という柔らかいものが潰れた音と、血と一緒に飛び散った脳髄が冴子の表情を不快に歪める。しかし、不思議なことに嫌悪感はなかった。その理由を、冴子は既に知っていた。

 

 それが、毒島冴子の“本質”だった。

 

 他者を物理的に傷つけることに悦びを覚える『加虐主義者』。それが毒島冴子の正体。気づいたのは中学生の頃、部活からの帰宅途中に暴漢に襲われた時のことだった。彼女はその時、明確な“敵”を得、それを打ち倒した時に全身に稲妻が落ちたような快感を覚えた。興奮すら感じた。

 しかし彼女は同時に、それがどんなに異常であるかも理解した。故に冴子はこの日からしばらく、自分に関わる全ての者から距離を取った。友でさえも、家族でさえも、そして、一真でさえも。

 しかしそれでも一真は冴子のそばから離れようとはせず、全てを受け入れてくれた。思えば、一真に対する想いに気付いたのはその時からだった。

 

「一真……」

 

 一真のことを考えると、無性に彼に会いたくなってしまった。早く合流しなくては。しかし、どこを探しても彼はいない。まさか、と最悪の想像が一瞬頭をよぎるが、すぐにその考えを振り払う。彼は自分よりも強い。そう簡単に死ぬような男ではない。

 

「…ん?」

 

 と、そんな思考の海に身を投じていた冴子の耳にどこからか物音が聞こえてきた。音のした方に足を早めると、保健室に辿り着いた。中からは激しく争う音と一緒に小さく女性の悲鳴も聞こえてきている。冴子はすぐに保健室の扉を開け、中にいた〈奴ら〉を制圧した。生き残っていたのは校医である鞠川静香と、2年生の男子。しかし、彼はすでに〈奴ら〉に噛まれた後だった。

 〈奴ら〉に噛まれた者は〈奴ら〉になる。ここに来るまでの道中で知り得たことの一つだ。冴子は力なく床に座り込んでいる男子生徒に歩み寄り、膝をついた。

 

「私は剣道部主将・毒島冴子だ。2年生、君の名前は?」

 

「い、石井……かず……」

 

 男子生徒──石井はゴボッと口から大量の血を吐き出しながら、息絶え絶えに答えた。

 

「石井君、よく鞠川校医を守った。君の勇気は私が認めてやる……だが、噛まれた者がどうなるか知っているな? 親や友達にそんな姿を見せたいか? 嫌ならば、これまで生者を殺めたことはないが……()()()()()()

 

 冴子の言葉に、石井は目に見えて恐怖を示した。当たり前だ。もはや彼に『生きる』という選択肢はなく、残っているのは『〈奴ら〉になるか』か『死ぬ』かの二択のみ。そこに、希望などない。

 

「お……お願い、します」

 

 しかし、全てを理解した石井は、それでも笑顔で冴子にそう言った。親や友を襲うくらいなら、死んだ方がマシだと。

 

「え、ちょっ、何を……!?」

 

 静香も二人のやり取りを理解し、医者として冴子を止めた。しかし、冴子はそんな彼女を手で制した。

 

「校医といえど邪魔しないでもらいたい。男の誇り(プライド)を守ってやることこそが、女たるの矜恃(スタイル)なのだ」

 

 そうして振り下ろされた一閃は石井の頭を打ち割り、一撃で彼の命を終わらせた。

 ズルリと崩れる石井の遺体を見下ろす。この時は嫌悪感が襲ってきた。石井は“敵”ではなかった。“敵”ではない者を殺してしまった。他の──既に〈奴ら〉と化していた者を殺した時は何も感じなかったのに、彼を殺した感覚は嫌に手に残った。

 

「あ、危ない!!」

 

 静香が叫んだ。彼女の視線の先──冴子の後方に〈奴ら〉が近付いて来ていた。

 

「──ッ!?」

 

 それは、ほんの一瞬の油断だった。石井を殺害し、その嫌悪感に襲われて注意が散漫としていた一瞬の隙。音もなく廊下から入ってきた〈奴ら〉と化した男子生徒が、冴子を既に目と鼻の先ほどの距離まで近づいていた。反撃は間に合わず、彼の腕が冴子の肩を掴んだ。万力のような力で締め付けられ、振りほどくことができない。必死の抵抗虚しく、男子生徒が大口を開けて他者の血や肉がこびり付いた歯を見せた。それが何よりも禍々しい凶刃に見えて、冴子はきつく目を閉じた。

 

「一真……!!」

 

 小さく叫んだ彼の名前。

 

「──冴子ッ!!!」

 

 それに答えるように聞こえてきた彼の声。そして、ズカッという何かを叩く打撃音。目を開くと、そこに冴子を喰らわんとする〈奴ら〉の姿は既になく、その代わり、彼女がもっとも会いたかった男が目の前に立っていた。

 

「冴子、無事か!?」

 

 自分を見つけるために校舎中を走り回っていたのだろう。一真は大量の汗を流し、肩を大きく上下させて荒々しい呼吸を繰り返していた。黒の学ランのため分かり辛いが、全身に返り血がかかって制服が変色している。流れる汗が顔にかかった血を洗い流し、彼の頬に赤い線を引いていく。しかし、そんな不快感と疲労感に襲われながらも、一真の瞳は心配そうに冴子を射抜き、彼女の身体に傷が無いことを確認すると大きく息を吐いて脱力し、床に座り込んだ。

 

「よかった、冴子が無事で……」

 

 そう呟いた一真の表情は本当に嬉しそうで、それを見た冴子はとうとう耐えきれなくなって、

 

「──っ、」

 

 座り込んでいる一真に、冴子は思い切り抱き着いた。

 

「冴子……?」

 

「……怖かった。すごく……」

 

 小さく聞こえた彼女の声と身体はカタカタと震えていて、耳を澄ますと微かに嗚咽が聞こえてきた。一真は震える彼女の身体を、強く抱き締め返した。

 

「約束しただろ? 『何があっても、命を懸けてお前を守る』って」

 

 返事はない。しかし、代わりとばかりに背中に回された腕の力が強くなる。

 

「ああ、分かっている。だから信じていたよ、一真のことを」

 

「冴子……」

 

 一真の胸に顔を埋めていた冴子が顔を上げ、どちらからともなくお互いの顔を見つ合う。冴子の顔が徐々に近付き、やがて目が閉じられる。彼女の想いに応えるべく、一真も顔を近づけて──

 

「あらあら、うふふ」

 

「「──ッ!!?」」

 

 一転、耳朶を打ったその声に二人はすぐに離れた。離れてから、壊れたブリキ人形のように角ばった動きで声のした方を見やれば、そこには満面の笑みを浮かべている静香の姿が。

 

「あ、私のことは気にしないでいいから、続けて続けて♪」

 

 いや、無理だから。一真と冴子はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静香が逃げるためにいろいろ準備をしている間、一真と冴子は廊下の警戒に当たった。時折近付いてくる〈奴ら〉を軽くいなして倒しながら、二人はこれまでの情報交換を行う。

 

「……そうか、お前も生きてる人を……」

 

「……ああ」

 

 冴子は暗い顔で俯き気味に頷いた。保健室内のとある場所に目を向ければ、そこにはシーツを被せられた男子生徒の遺体があった。石井という名の2年生で、静香を守るために犠牲になったそうだ。

 

「彼には、感謝だな」

 

 校医の鞠川静香は一真の姉──といっても義姉だが──の親友で、そのツテで一真とも良好な付き合いがある。結果的に石井は、静香の命の恩人だった。

 

「そう言う一真も、同じように?」

 

「ああ、島村をな……」

 

「島村……確か、生徒会の副会長だった……」

 

「ああ、冴子も何回か会ってるはずだ」

 

「そうだな………()男子(おのこ)だった。少なくとも、こんなところで死ぬべきではない存在だ」

 

 冴子はそこで言葉を切って、

 

「石井君も島村君も……何故、生きるべき者が死に、私のような者が生き残っているのだろうな?」

 

 悲しそうに呟いた。手にはまだ、石井を殺害した時の感覚が残っている。頭蓋を叩き割る音、飛び散る鮮血。それらは不快感と罪悪感に変わり、冴子の心を押し潰さんする。

 

「自分を責めるな、冴子。お前は悪くない」

 

「……一真はいつもそうやって、私の味方でいてくれるのだな」

 

 あの事件の時もそうだった。かと言ってそれが嫌ではなく、むしろその逆でこれ以上ない位に嬉しかった。一真がこうして味方でいてくれることで、どれだけ心が救われたことだろう。

 

「当たり前だろ」

 

 一真は呟く。その顔に柔らかな笑みを浮かべて、

 

「俺はお前のことが──好きなんだから」

 

 再び、冴子の心を暗い闇の淵から救ってくれるのだった。

 

「お待たせ〜」

 

 状況にそぐわない呑気な間延びした声が届く。必要最低限の薬や応急道具が入った白い小さなショルダーバッグを肩にかけた静香が、笑顔と共にやって来た。

 

「さて、これで逃げる準備は整ったわけだが……これからどうする?」

 

「一先ずは、この学園から脱出することが最優先だろう」

 

 冴子の言葉に頷いて、一真は静香に目線を送る。

 

「静香さん。確か静香さんは車通勤だったよな? それを使って逃げよう」

 

「あ、そうね! それがいいわ!」

 

 静香はポンと胸の前で手を打ち付ける。しかし、すぐに「でも……」と肩を落とした。

 

「車のキーは、職員室にあるのよね……」

 

「職員室か……」

 

 一真は小さく舌打ちをした。ここは一階で駐車場が目と鼻の先の正面玄関とはかなり近い場所だが、職員室は二階にある。普段ならば大した距離ではないのだが、歩く屍共が蔓延る今では、この短い距離が命取りになる場合もある。しかし、かと言って学園から安全にかつ迅速で脱出するには、足の速い車が理想的だ。

 

 ともすれば──

 

「……仕方ない。面倒だが、職員室までキーを取りに行こう。俺が前を歩くから冴子は後ろを頼む」

 

「承知した」

 

 一真達は職員室を目指して保健室を後にした。最前を一真、最後を冴子、二人の中間に静香が立って、彼女を守るように進んでいく。真正面に立ち塞がる〈奴ら〉だけをいなしながら、もうすぐ職員室に辿り着くというところで、一真達は異変に気付いた。

 

「この音は……?」

 

 パンッ、パンッ、という乾いた破裂音が三人の耳に届く。銃声のようにも聞こえるが、火薬による爆発音というよりはガスによる破裂音に近かった。

 そして、その音が伝えるメッセージは『生きている誰かが〈奴ら〉と戦っている』ということ。

 

「行くぞ冴子!」

 

「ああ!」

 

 次いで聞こえてきた少女の悲鳴に、一真と冴子は即座に音のした場所──目的地でもある職員室に向かった。後ろから置いてけぼりにされた静香が「待ってー!」と慌てて追いかけて来るが、事態は一刻を争うので悪いが構っている余裕は無かった。多少の心配はあるが、職員室はもうすぐそこだし、この辺りに〈奴ら〉の気配は無いので大丈夫だろうと判断した。

 

 職員室の前に辿り着くと、そこには四人の生徒がいた。職員室前には小太りのメガネの男子と、桃色の髪をツインテールに纏めている女子。そして一真達と反対側の廊下にいるのは、一真達とほぼ同時に現場に到着したもう一グループ。金属バッドを持った男子と、モップか何かの柄の部分を持った栗色の髪の少女。

 小太りの男子の手には自作と思しき釘打ち銃が持たれていた。相当腕がいいようで、彼の周りには額に釘を撃ち込まれ再び元の死体に戻った〈奴ら〉が転がっていた。

 しかし、ツインテールの少女は違った。彼女はこの場にいる人間の中では最も危機的な状況にあった。彼女の目と鼻の先に〈奴ら〉と化した男性教師が迫っており、彼女は工具室から持ち出した電動ドリルで抵抗している。

 

「右は任せろ!」

 

「麗!」

 

「左を押さえるわ!」

 

 その後の行動は自分でも驚くほどに早かった。反対側のもう一グループに即座に合図を送り、群がる〈奴ら〉の中に飛び込んだ。一真は冴子と共に右側にいる〈奴ら〉の制圧を開始する。数は四体。

 

「二体ずつだ!」

 

 一真の言葉に冴子が頷き、少し離れた位置にいる二体との距離を詰めた。その勢いのまま一体の脳天に木刀を打ち込んだのを見届けてから、一真も戦闘を開始する。目にも留まらぬ速さで一体の頭蓋を叩き割り、迫るもう一体に対して木刀を横に一閃する。一閃された木刀は首を捉え、骨を砕き肉を裂いた。首の皮一枚繋がり、取れかけの首をぶらぶらと揺らしながらそれでもその状態で立ち尽くす〈奴ら〉の胸部に、一真は木刀を突き立てる。

 

「さっさと倒れろ」

 

 言葉と同時、トンと弱く木刀を前に突いて身体を押す。首を斬られ、もはや抵抗力の無くした〈奴ら〉はそのまま床に崩れ落ちた。

 

「排除した」

 

 べったりと付着した〈奴ら〉の血を横薙ぎに払いながら辺りを見渡す。他の〈奴ら〉も全て倒されていた。

 

「高城さん、大丈夫!?」

 

 栗色の髪の少女と静香が、襲われていたツインテールの少女──高城に駆け寄った。彼女は全身に返り血を浴びていたが幸い怪我は無かったようだで、それを見届けてから冴子は順繰りに全員を見渡した。

 

「鞠川校医は知っているな? 私は毒島冴子。3年A組だ」

 

「同じく、3年A組の片桐一真」

 

「……小室孝。2年B組」

 

「去年、全国大会で優勝された毒島先輩ですよね? わたし、槍術部の宮本麗です」

 

「あ、えっと……び、B組の平野コータ、ですっ」

 

「よろしく」

 

 冴子がそう言って微笑むと、平野と小室は頬を赤くした。『美女』や『大和撫子』などと呼ばれて校内での人気が非常に高い冴子の笑顔は、彼らにとって相当輝いて見えたようだった。

 と、苦笑いしている一真の元に、宮本が近付いた。

 

「片桐先輩、お久しぶりです」

 

 宮本はそう言って、深々と頭を下げる。一真は、はあ、とため息。

 

「やめてくれ宮本。確かに今は学年は違うけど、“元クラスメイト”なんだから、去年と同じ言葉遣いでいいよ」

 

 宮本は、本来なら一真と冴子と同じ3年生である。しかし、“とある事情”で宮本は留年してしまったのだ。彼女の名誉のために言わせてもらえば、彼女が留年したのは決して成績が芳しくなかったとか素行が悪かったとか、そういう理由ではない。もっと複雑で深刻な事情によるものだ。

 

「そ、そう? なら、そうさせてもらうわ。──久しぶり、片桐君」

 

「ああ、久しぶり。無事で何よりだ」

 

 笑顔の宮本に、一真もまた笑顔で返した。

 

「何さ、みんなデレデレして……」

 

 と、そんな二人と小室達を見ていた高城が小さく吐き捨てた。「はあ?」と小室が返す。

 

「何言ってんだよ、高城」

 

「バカにしないでよ! アタシは天才なんだから、その気になれば誰にも負けないのよ!」

 

 気が動転しているようで、癇癪を起こした子供のように怒鳴り声をあげる高城。「アタシは、アタシは……」と段々と声が尻すぼみになてっていき、目尻にはジワリと涙が滲む。

 

「もういい……充分だ」

 

 そんな彼女の肩に手を置いて、冴子は語り掛けた。子をあやす母のように優しく、安心する声音を聞いた高城はとうとう耐えきれなくなって。

 

「う、ううっ……」

 

 堤を切ったように溢れ出る涙を止めることはできず、高城は子供のように──子供らしく大声で泣きじゃくった。

 『〈奴ら〉は音に反応する』

 それは彼女自信が証明した事実で、いけないと分かっていても涙と声が止まらない。

 

 屍人達の呻きが木霊する地獄と化した校舎の中を、少女の泣き声がしばらくの間駆け巡った。

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