ほとんど次話の繋ぎのようなものなので、短いです。
「だからよォッ! このまま進んでも危険なだけだってば!」
それは、蔓延る〈奴ら〉と、〈奴ら〉から逃げ惑う人々が次々と視界に映っては消えていく街中を走っていた時の出来事だった。安堵と疲労に包まれた車内で、後からバスに逃げ込んで来たいかにも柄のワルそうな男子生徒が荒声を上げた。
「大体よォ、なんでオレらまで小室達に付き合わなきゃならねえんだ!? お前ら、勝手に街に戻るって決めただけだろ! 寮とか学校の中で、安全な場所を探せばよかったんじゃないのか!?」
〈奴ら〉の血がこびり付いた木刀を持ってきた手拭いで拭きながら、一真はその男子生徒の言葉に耳を傾ける。どうやら小室のことを知っているようだが、言っていることは正論に見せかけたただの暴論で、一真にはそれがただの“子供のわがまま”のようにしか聞こえなかった。
「そ、そうだよ……このまま進んでも危ないだけだし、どこかに立て籠もった方が──」
と、根暗そうな男子生徒が彼の言葉に賛同した所で、静香が急ブレーキを掛けた。立ち上がっていた不良の男子生徒は、慣性の法則に従って前のめりに倒れ込む。
「いい加減にしてよ! こんなんじゃ運転なんか出来ない!」
普段怒らない人ほど怒ると怖いとはよく言ったものだ。いつも温厚で穏やかな物腰だった静香の怒声に、不良の男子生徒も言葉を詰まらせてしまった。
「……ならば聞くが、君はどうしたいのだ?」
一真の隣に座っていた冴子が鋭く指摘する。このバスが校外に脱出するために使われるということは考えなくとも分かっていたはずだ。それを承知の上で街に行くことを拒否しているのならば、そうせざるを得ない確かな理由があるのか、または大した理由など最初からなく、ただ単にこちらの言うことに従うのが気に入らないだけのどちらかだろう。
「くっ………こ、こいつが気に入らねえんだよ!!」
そしてどうやら、この不良は後者であるようだった。小室を指差し、子供のわがままのように彼を敵視する。もはや論外だ、と一真は溜息を吐きながら目頭を押さえた。
「何がだよ……? 俺がいつお前に何か言ったよ?」
「ンだとてめえっ!!」
小室の態度に業を煮やした不良が彼に殴り掛かった。しかしその瞬間、宮本が不良の腹にモップの柄を思い切り打ち込んだ。槍術部で優秀な成績を納めている彼女の一撃は不良を黙らせるには十分で、不良は胃液を撒き散らしながら通路に倒れる。
「………最低」
冷たい目で不良を見下し、小さく呟いた宮本。彼女の表情は、突然車内に鳴り響いた拍手によって更に険しく歪められた。
「実にお見事! 素晴らしいチームワークですね、小室君、宮本さん!」
今まで後部座席で一人静観に徹していた紫藤は、拍手をしながら悶える不良を跨ぎ、芝居がかった口調で二人に賞賛の言葉を送る。
「……しかし、こうして争いが起こるのは私の意見の証明にもなっていますねぇ。やはりリーダーが必要なのですよ、我々には」
結局のところ、紫藤はそれが目的だった。この争いを利用して、コミュニティーを纏める者──リーダーの必要性を証明することが。
「……で、候補者は一人きりってワケ?」
「私は教師ですよ、高城さん。そして皆さんは学生です。それだけでも資格の有無はハッキリしています」
単純に『大人』と『子供』というジャンルで分けられるのであれば、静香という選択肢もあった。しかし、『教師』と『学生』というジャンルで分けられると、該当者は必然的に一人に絞られる。何故なら静香は『教師』ではなく、大学病院から臨時に派遣された『医者』だからだ。
……というか、こう言っては静香に失礼だが、仮に『大人』と『子供』で分類されたとしても、静香をリーダーにするのは流石に躊躇われる。何というか、オーラがリーダーに向いていない。もしかしたら、紫藤はそこまで考えていたかもしれない。
閑話休題。
紫藤は、芝居がかった口調でスラスラと言葉を紡いでいく。彼の父は、紫藤一郎という床主市の有力な代議士だ。口先と狡猾さにおいては、父親譲りの才能を持っていた。
「どうですか、皆さん? 私なら問題が起きないように手を打てますよ?」
紫藤の“演説”が終わり、一瞬の静寂の後に車内から拍手が湧き起こる。拍手をしているのは紫藤について逃げてきた生徒と、一真達が救出した生徒達。このバスにいる者の過半数が、紫藤に賛同した。
「と、いう訳で。多数決で私がリーダーということになりました」
紫藤は執事のように恭しくお辞儀をした後、唐突に小室達に振り返る。その顔はやはり、邪悪に歪められていて。
もはや、宮本には耐えることが出来なかった。
「………ッ!!」
通常の出入り口は静香が操作しないと開閉が出来ないので、宮本は助手席から外に飛び出した。
「麗!?」
「イヤよ! そんな奴と絶対一緒にいたくなんかない!! 」
「……行動を共に出来ないというのであれば、仕方ありませんね」
「何言ってんだ、あんた……!」
わざとらしく嘆くように天を仰ぐ仕草をした紫藤を睨み付けて、小室も宮本の後を追って外に飛び出した。去って行こうとする宮本の肩を掴んで引き止め、そのまま口論に発展していく。幸い近くに〈奴ら〉の影は無いが、危険はどこに潜んでいてもおかしくはない。
危険なのは、何も〈奴ら〉だけとは限らないのだ。
「ッ!? 小室、宮本、今すぐそこから離れろ!!」
いち早く“それ”に気付いたのは一真だった。すぐに助手席に駆け寄り、外の二人に伝える。そして二人が一真の方に目を向けると同時、けたたましいクラクションの音が二人の耳を劈いた。
大型バスが、二人目掛けて猛スピードで突進してきていたのだ。車内はすでに〈奴ら〉の地獄と化しており、停まる気配を見せることはあり得ない。バスに気付いた小室と宮本は、すぐに近くのトンネルに避難した。制御を失った大型バスは、乗り捨てられていた軽トラックと激突し、踏み越え、その車体を大きく空中に投げ出した。そして着地に失敗し、盛大に横転したバスはその衝撃で大爆発を起こし、一真達のいる場所と小室達のいるトンネルを塞いでしまった。
「小室! 宮本! 無事か!? 無事なら返事をしてくれ!!」
一真はすぐにバスを飛び出し、燃え盛る轟炎に近付いた。炎の勢いが強過ぎて向こう側が見えない。
「──警察で! 東署で落ち合いましょう!」
と、火の手が弱い場所の辛うじて向こう側が見える隙間から、小室が顔を覗かせた。どうやら無事らしい。
「時間は!?」
「午後5時に! 今日が無理なら、明日のその時間で!」
その言葉を最後にバスの残骸が音を立てて崩れ落ち、唯一の隙間を埋め尽くした。火の手は依然強いままその範囲を拡大している。そして、その火の海から身を起こす〈奴ら〉。このままここに留まっているのは危険だろう。一真はすぐさまバスに戻った。
「一真! 小室君たちは!?」
バスに戻り、小室達の安否を訊いてきた冴子達に二人の無事と、やむなく別行動になってしまったことを伝える。
「静香さん、ここはもう進めない! 戻って他の道を進もう!」
運転席の静香にそう告げて、来た道をUターンして急いでこの場から離れた。目指すは床主市警察・東署。紫藤と彼に取り入れられた生徒達が文句を言うことは無かったが、怪しく吊り上げられた紫藤の口元を見て、一真は一抹の不安を覚えるのだった。