Vtuberフランドール・スカーレット 作:ピュレルーズンガル
私の通う私立月面学園の敷地は広い。
中高一貫かつ生徒人数と教師の数を考えれば当然と言えば当然なのだが、しかし意外にも中高の生徒同士の交流はそこそこある。
理由の一つとしては理科室や音楽室などがある技術棟や体育館にグラウンドにプールなどいった施設は中高どちらも共通だからだろう。体育館やグラウンドやプールは一応どれもニ箇所づつ設置してあるのだが、それでも十分かと言われると微妙なところで有効活用するに越したことはない。
そのため技術棟の部屋の多くは通常の教室のニ倍の広さを有しており、中央の部屋を分割できる仕切りから見て鏡合わせのように機材が並べられている。体育館も中央を区切るネットの向こうで高等部の生徒が授業してることも珍しくないし、水泳だと水道代を節約するためなのか中高合同で授業をよく行ったりする。
そしてもう一つの理由が部活動だ。
既に察していると思うが運動部以外の多く―――文化系の部活は中高共通が多いのだ。
「あ、来たわね」
私が遊戯部の部室として指定されている空き教室の扉をガラガラと横にスライドさせると入室に気が付いた姉が大きく手を振ってくる。
他の部員であろう生徒たちの目もあって恥ずかしいので正直止めてほしいが、気にするのも子供っぽい気がするので素早く姉のところへ向かうことにした。
どうやら姉はチェスの対局の途中らしく、姉の対戦相手の生徒が苦しそうな顔で盤面を見つめていた。私も盤面を覗いてみると盤面の形勢は対戦相手の表情と一致していて非常に厳しい。そこそこ姉に付き合わされてチェスをしていた私の読みだと、一回は対戦相手が神の一手を打つか姉が盛大な悪手を打つ奇跡が起こらないと逆転しようがない。
リボンや室内靴の色から高等部の二年生だと分かる対戦相手は確か去年一年生でチェスの全国大会まで行った人で確実に私より実力は高い人だ。姉が自慢気に見せてきた記事に姉と一緒に紹介されていたから間違いない筈だ。そんな強い人でも私と同じ結論に辿り着いたのか、姉の対戦相手は目線をチェスの盤面から自分の膝へと落として投了した。
「お疲れ」
私は感想戦を終えて姉の対戦相手が俯いてるのを横目に姉へと言葉を投げかける。
姉は私に顔を向けて「ええ、ありがとう」とお礼を返すと、椅子を引いて立ち上がり私の手を引いて別の机と椅子に案内する。
困惑と呆然が入り混じった表情を私が浮かべていると姉は将棋盤を机の上に置き私の対面に座った。
「やるの?」
「ただ話すだけじゃ退屈でしょ?」
遊戯部はチェスと将棋と囲碁が合併した部なので将棋盤があるのは不思議ではない。
今いる空き教室を見渡せば囲碁をやっている横で将棋やチェスの対局が至るところで行われており、中等部や高等部の生徒同士が学年の差を気にせず対局していた。
「お姉ちゃんより弱いんだけど、わたし」
「あら、お姉様とは呼んでくれないの?」
「今の私はフレンドルよ」
からかってくる姉にうんざりしたような顔で私は答えるが、姉は怯むどころかクスッと笑みを先ほどよりも少し深める。ますます私の中の苛立ちが込み上げてくるが、周りには大勢の部員が今も静かに対局しているためグッと抑えることにする。
声を荒らげても恥を晒すだけだ。
「先手はどうぞ」
そう言われて私は盤面に視線を落とす。
初期配置の盤面から急かすような圧力を感じた私は、飛車の前の歩を少し焦り気味に動かし―――そして、すぐに己の失敗―――上手く姉に乗せられたことを私は悟った。からかうことで将棋の対局に乗り気ではない私の意識を逸らし、冷静になる前に先手を譲る発言をすることで無意識に指さなければという焦りを生み出されたのだ。
乗せられたとはいえ対局が始まった―――戦う舞台に上がった以上は最後まで付き合う。しかし納得したわけではないので私は姉を恨めしそうジト目で睨むが、姉は私が拗ねていることが面白いのか愉快そうに笑った。
「それで呼び出した理由はなに?」
いかにも不機嫌という声音で呼び出した要件を姉に尋ねるが、先程から姉の表情は軽い微笑みから変化していない。
「遊戯部の勧誘よ。まだ所属する部活は決まってないでしょ?」
「確かにそうだけど・・・」
この学校の校訓は文武両道なので必ず何かしらの部活動に入ることを義務付けられている。
ものぐさな姉が部活動に所属している理由もこれだ。こんなものがなければ姉は部活に所属せず偶に遊びで遊戯部の部員に賭けを持ちかけてボコりにいく程度だったに違いない。
と言っても、学校側はそこまで文武の違いに厳しくこだわっているわけではなく、この学校の文武両道とは勉強だけでなく部活動を通して人との付き合い方を学びなさいという意味合いのようで、文化系の部活であっても所属していると認められる。
「残念だけど、友だちから別の部活に誘われてるの」
「ダウト、まだ友だちは作れてないでしょ。昨日の配信でボヤいてたじゃない」
「今日できたのよ」
「じゃあ、友だちの名前と所属している部活動は?」
「・・・・・・お姉ちゃんも友だち全然いないじゃん」
「私は唯一無二の親友がいるからいいのよ。広く交流を持つ必要はないけど、信頼できる友だちの一人や二人は作っておきなさい」
「はーい」
しょうがないような目で姉が見てくるが、無視して将棋の駒を一つ動かす。まだまだ将棋は序盤、定跡の範囲内だ。それほど時間を使う必要はない。
別に対局時計を使っているわけではないので時間切れによる負けはないが、ダラダラと指してこの対局を家に帰ってまで続けるつもりはなかった。
(この学校だと赤目はともかく、別に金髪は浮くほど特徴的じゃないんだけどなぁ)
姉に手番が移ると、なんとなく私は将棋の展開を読むのではなく未だに友だちが作れない原因を考えていた。
パッと思いついたたのは外見の差異だが、正直この学校で金髪は別に特筆すべき要素ではない。
この学校は費用を用意できれば別に一般家庭でも問題なく入学できるが、お嬢様学校の側面があることも間違いない。そういう上流階級の人間は交流が広く、海外の人間とも交流を持っていることは別に上流階級の人間たちの間では珍しくない。
海外の人間との交流が多いということは、当然ながら国際結婚する確率や割合も一般家庭よりも高くなりがちで、しかも上流階級の家同士の人間との結婚になりやすかったりする。更には海外の上流階級の人間が日本の上流階級の人間と交流を持ちたいがために子供を送り出すこともあるため、この学校ではハーフや海外出身の子供は珍しいわけではなく、日本語が話せない子供たち専用のクラスが存在したりするほどだ。
なのに私はクラスで浮いている。
不思議だ・・・・・・。
「げっ・・・」
そう口から漏れたのは私だ。
原因は姉の指した手が序盤の定跡から外れていたから。
姉の将棋は純粋な実力を競いたいためか、将棋に限らずチェスでも自分から序盤の定跡を外したり攻撃的かつ乱戦になりやすい苛烈な戦法を多用したりする。
自分の読みに自信のある指し方だ。
そして私みたいな定跡で脳死して指すのが大好きな人間には辛い指し方でもある。
(まぁ脳死で指しすぎるから今より強くなれないんでしょうけど)
それを改善する気はなかった。
私は姉と違ってボードゲームにそれほど熱を上げているわけではない。ほどほどに強いまま、ほどほどに勝てればいいと思っている。そんな意識の差が実力差を生むのは当然で、敵陣への攻め筋を一つ一つ丁寧に潰されていく様は完全になぶり殺しだった。
「フレン、私が貴女を遊戯部に勧誘したけど別にボードゲームをやらせるつもりはないの」
「え?じゃあ、どんな活動するつもりなのよ」
「ゲーム作りよ!貴女の世界観を共有するなら一番じゃないの!」
「そういうのって普通プログラミング部の活動じゃないの?そもそも世界観を共有するなら小説や漫画でもよくない?」
私が無意識に避けていた選択を姉は提示してきたが、あまりに恐れ多い気がして私はなんとか断れないかと口を開く。
「プログラミング部はロボットとかラジコンを動かす感じで毛色が違うのよ。小説は私が全く関われないし、漫画は悪くないけど音楽が付けられないじゃない」
「関われないって・・・・・・しかも音楽って何よ?」
「たまに貴女がピアノでオリジナルの曲を弾いてるでしょ?そういう才能は使わないと!」
私は顔を顰めた。
曲を聞かれていたのは構わないが、あれは私が作った曲じゃないので才能があると褒められても全く嬉しくない。
「そもそも遊戯部ってそういう部活なの?」
「私が将棋とチェスと囲碁の顧問に認めさせたわ」
「どうやってよ」
「実力」
既に将棋の対局は終盤に入っており、お互いの陣地はボロボロな状態だ。しかし、どう考えても姉の攻めよりも私の攻めの方が二手遅い。自分でも己の玉の詰みが読める以上、姉がこちらの詰みを読めない筈もない。
私は「負けました」と言って投了する。
「ありがとうございました。それで、遊戯部に入る?」
そう姉に言われて教室の天井を見上げて考える。
私は別に私の世界観を共有したいわけではなく、神主が作った世界観を共有したいのだ。余り私の世界観を東方という世界に入れたくはない
しかし、よく考えてみたら今更なのかもしれない。
私の演じているフランドールも、結局は私の世界観のフランドールでしかない。私が神主本人でない以上、どうしても世界観が混じってしまう。
(ようは開き直るか、そうじゃないか)
私が私の世界観が混入してでも神主の作った世界を伝えたいか否か。
・・・・・・非常に悩ましかったが、しばらくして私は結論を出した。
「やる。入部する。ゲームを作るよ、私」
もっと重厚感のある文章を書きたいと思ってしまう今日この頃