鋼鉄は泡沫の幻想に坐す   作:柴猫

32 / 62
まさか開会式で英雄の証流すとは思いもしなかった…




晴れ渡っていた空が暗闇へと塗りつぶされ、地上を暴風と豪雨が嬲る。地に足をつける生き物は吹き飛ばされぬよう踏ん張り、黒き滅尽はその威風に恐れおののき姿を消した。

 

上空から地上を睨むクシャルダオラ。その姿はこの幻想郷へ現れた時を想起させるが、しかしその体に纏うのは、あらゆるものを近づけさせない暴風の鎧。瞳も新天地へ胸を高鳴らしていたあの目ではなく、ただ外敵を排除せんという鋼のように無慈悲な殺意に満ちていた。

 

 

やはり、そうだったか。

華扇からの情報では、あれは幼いころに親を亡くした独り子。そこから死に物狂いの努力を重ね、妖怪や神も迂闊に近づけぬ王となってこの幻想郷へ舞い降りた。

彼女自身理解などしていないが、異世界へ来てもあの龍は動こうとしなかった。普通、自分の常識がことごとく通用しない異郷に来れば誰だって困惑するものだが、あの古龍は驚きこそすれ攻撃を仕掛けては来なかった。むしろこの幻想郷の美しさを楽しんですらいた。

 

その不動の自信はどこから来るのか。

単に温厚な性格であったなんて思慮の浅い思考をしていたのは、人か、もしくは自身の領域を侵されることを恐れている天狗くらいだろう。あれらが少々調子に乗ってき始めているのは分かっている。だからあえてあの神助の風翔を()()()のだ。まさかあそこまで何もしないとは思わなかったが。本来自分が持つべき領域よりも遥かに狭い場所でずっと暮らしているなんて、秘めたるプライドは高い鋼龍が、そんな暮らしをするなんて予想外だった。

 

 

だが、そういった誤算から得たものはある。

一つに、あの龍は常に自身の力に比肩する、もしくはそれをも超えかねない強者と戦い続けた。だから必要以上に縄張りを広げるのはむしろ悪手であったし、風を操る能力も今のように規模こそ桁違いだが、精密さはない。それでは他の古龍と争うのは不利であるし、勝ったとしてもケガの回復に長い時間をかけねばならない。常に支配者が入れ替わり立ち代わりの龍結晶の地では、そうした時間の間にすぐに他種の生き物が縄張りを奪ってしまい、まさしく鋼折り損のくたびれ儲けである。

 

 

そして、王と君臨したあの古龍は普段は全く動かないようになった。ただ、一つ例外がある。

 

 

 

自身が気に入ったテリトリーを荒らされること。かの龍が治める領域は決して広くはないが、逆に己が手中にある地で狼藉を働かされれば、その賊にかける情けは塵ほどもない。

 

 

 

 

 

たとえそれが老山龍に匹敵する砦蟹であろうと、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として現れた古龍に、威嚇を行う砦蟹。

鋼龍はそれをしばし見やり、そして勢いよく突っ込む。

 

高空からの超速度の突進は、大きく体格の離れているシェンガオレンを後退させた。かなりの体格差があるうえで、超大型モンスターを怯ませた光景に、周囲に衝撃が走る。

クシャルダオラは鋏に噛みつき、飛行しながら引っ張り続ける。自身の体長より大きな鋏を、噛みちぎろうとしているのだ。シェンガオレンももう一方の鋏でクシャルダオラを引きはがそうとするが、暴風の鎧がそれを妨げる。

鋼龍は鋏の先端をもごうとする。砦蟹が痛みに悶え、関節からは血が勢いよく吹き出る。

 

するとクシャルダオラは突然牙を放し、飛んだ。そのままの勢いで、再び鋏へ突っ込む。猛然と突っ込む鋼の龍に、シェンガオレンは再び鋏で防御する。クシャルダオラはそれを見て、肉が露出している右の鋏へと方向を変えた。周囲に鈍い金属音が響き渡り、巨大な鋏が地面に落ちた。

 

 

「嘘でしょ……」

 

 

となりで嵐に耐える霊夢が、驚きと呆れが混じったような呟きを漏らす。きっと砦のような巨大蟹を、三倍くらいの体格差があるクシャルダオラが圧倒するという信じがたい光景を、彼女は心のどこかで想像していたのだろう。そう霊夢に思わせるほどの貫録を、彼女は持っている。

いや、彼女だけではない。魔理沙も妖夢も紅魔館のメイドも、寺の妖怪たちや山の妖怪、特に天狗はこれを見てはっきりと分かっただろう。

 

 

 

このモンスターは、ただ文献に語られているような古龍とは違う。

 

 

 

 

鋼鉄の冠を戴く、鋼龍クシャルダオラという種の王である、ということを

 

 

 

 

 

 

 

自身の武器でもある鋏を千切られたシェンガオレンは、本格的に命の危機を感じ、クシャルダオラから距離を取り始める。それをあの王が見過ごすはずもなく、三度目の滑空突進を仕掛ける。

砦蟹が選んだのは防御ではなく、地中に潜ることによる回避。片方が折れた鋏で懸命に地面を掘り進め、自身の体を入り込ませる。滑空は砦蟹が背負う老山龍のヤドに当たった。超大型古龍の頭骨は一回の突進では動ぜず、そのまま地面へと沈んでいく。

 

クシャルダオラは辺りを見回し、砦蟹の姿を捉えようとする。一瞬目が合ったが、すぐに視線を外す。今のところ敵とは見なされてはいないらしい。一部の者たちは目が合って驚いていたようだけど、あの子たちは()()気づいていないのかしら。

 

巨大龍の頭が、一里ほど離れた場所に出現した。口内からは酸性の液体があふれ出ており、触れた物体を瞬く間に溶かしていく。

シェンガオレンの大技である、酸性ブレス。森の一角を消し飛ばすほどの威力を持った恐ろしいものだ。霊夢たちはその威力を目の当たりにしているからか、阻止しようとシェンガオレンへ飛行する。

それらを私はスキマを使って襟を掴み、こちらへ引き寄せる。突然のことに二人は抗議するけれど、それは聞いていない。

 

「いいから、黙って見ておきなさい。あの王の戦いに横やりを入れるほうが、むしろ愚かよ」

 

彼女達の襟をそっと放し、飛翔するクシャルダオラを見る。

 

 

「せっかくだから見ておくといいわ。こんなことそう起きるものではないから」

 

「……紫、あんたこれも頭にあったの?」

 

霊夢からの質問。たしかに古龍ならまだしも、砦蟹が来るの予想外ね。でも()()()()()()()()()()()()を予期していないわけではなかった。まあ、今言うべきことでもないわ。

 

 

「ふふ、王っていうのはね、普段いかに冷静沈着に見えても、自分の気に入ることを妨害されるのは嫌なものよ」

 

 

老山龍の頭蓋の虚ろな眼窩が、クシャルダオラへと視線を合わせる。口を大きく開き、ついにそのブレスを撃ち放った。クシャルダオラはそれを見ても回避しようとはせず、息を大きく吸い込んだ。

 

 

 

そして、吐く。

 

そうと意識するだけでも岩を木っ端みじんに砕くブレスが、それとは比べ物にならないほどの空気を取り込まれて発せられればどうなるか。

 

 

鋼龍の放った本気のブレスと砦蟹の放った酸性ブレスは、しばし拮抗し、辺りに酸液がまき散らされる結果となった。暴風の塊はそれでも消えず、老山龍のヤドに激突する。ブレスを撃つために維持していた体勢を崩され、シェンガオレンは前のめりに転けてしまう。

 

 

 

 

 

それを見たクシャルダオラは、突如天に向かって高らかに吠えた。その次にはどんどん上空へと高度を上げていく。あっという間にその姿が点へと小さくなってしまった。

 

「奴め、逃げる気か!?」

 

そんなわけないでしょう。

 

 

 

王は上空から踏みつぶすべき敵へ狙いを定め、そして一気に直滑降する!

鋼の重量と、能力によって空気抵抗を極限まで小さくしたプレス攻撃。

攻撃方法自体は以前月の探査船を襲撃した時と同じだが、威力が違いすぎるのは見なくても分かる。私たちのように技巧的とは言い難いけれど、だからといって劣るかと言われれば決してそうではない。

 

ようやく起き上がったシェンガオレンは辺りの状況がどうなったか確認しているところだ。しかし気づいた時には、もう遅い。

 

 

 

 

 

砦蟹の頭頂部へ王の後ろ脚が激突する。

刹那、衝撃で辺りに一層強い突風が吹き、周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばした。あまりの衝撃に大地すら耐えられず、土煙がもうもうと吹き荒れる。大きくまき散らされた突風に、分厚い暗雲すら吹き飛ばされた。この場に居合わせたものも例外ではなく、仲間同士で掴み合い吹き飛ばされないよう踏ん張っている。

 

 

 

 

 

土煙が晴れたころには、辺りに肉片が飛び散る惨状。既に霊夢たちが傷つけた関節の接合部も外れ、唯一原型を留めているのは老山龍の頭骨だけであった。

 

その中央にいるクシャルダオラは勝利を歓ぶように、それまでの悪天候が嘘のように消え去った青空へと吠えた。

 

 

 

彼女は私たちを一瞥し、そして滑らかに翼を羽ばたかせ飛び去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後ろ姿に傲りは一切なく、ただ悠然と飛翔するばかりだった。

作者の執筆意欲が消えて投稿を再開できるかもかなり怪しいので、今後のプランをどうすべきか、読者の方々の意見を聞きたいです。

  • このまま続ける(頻度は相当落ちる
  • モンハン東方で新しく書き直す
  • モンハン東方はもう出さなくていい

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。