「……ようやく動き出したか」
微かに焼ける空を翔ける鋼。そしてそれを導く人のようなもの。
私は座禅を組んで瞼を閉じ、両手を握りしめ、周囲に流れる幻想郷の〝気〟を
暴れる幽霊に逃げる民草、それらの対処に追われる実力者たち。聞いただけでは分からないが、確実にあの尼僧もいるだろう。舎弟が傷を負ったばかりだと言うのに、結構なことだ。しかしそんな雑念は切り捨てる。
更に遠く、中有の道を越えて冥界。現世よりも更に激しく音を立てながら、全ての霊魂が列を成して移動する。
ドクン、ドクン
定期的な波、いや振動が聴こえてくる。まるで心臓が拍動するように、幽かな、だがしっかりとした力強さを持つ音。
ドクン、ドクン
それは龍脈を伝わって、幻想郷を揺らしている。先の巨大蟹異変のような荒々しさはなく、しかしそれがまた一層の恐ろしさを響かせてくる。
ドクン、ドクン
ドクン!!
「…っはぁ!」
肺に詰まっていた息が突如として逃げていく悪寒に、少し近くで聴きすぎたことを痛感した。危なかった。あと少しでも近づきすぎていたら、心を持っていかれるところだった。
両手に収まる、小さな青白い結晶。青蛾から拝借してきた石桜……いや
布都と屠自古にかなり反対を受けたが、やはり私の予測は合っていたようだ。
これまでの竜の侵攻。存在が自然そのものである古龍でもない奴らが、一体どうやって結界を超えてきたのか。そしてなぜ、元凶の姿すら分からなかったのか。
なるほど……確かにそれなら、結界を薄くすることも、モンスター共をこの地に引き寄せることも可能だ。隠れていた理由は未だ分からないが、巫女が出ればそれも直に分かること。
「ふむ……ならばこちらも出れるように準備しておくか」
私は空を飛び、神霊廟へと急いだ。
古龍の石桜を通した元凶への干渉と、湧き出る思考の整理に、私は気をすり減らしていたのだろう。
飛行する私を影から睨む黒い影がいたことに、私はついぞ気づかなかった。
妖怪―――八雲紫というらしい―――に連れられ、上空へと高度を上げた私が見たのは、宙に浮かぶ巨大な石のような壁。周りには石の棒が土台もないのに突き出ていて、まるでこの先に何かが居るということを示しているようだ。
『驚いた?』
紫の何かを含んだ質問に、そこに含まれた意図は分からないものの、私は答えた。
『もう慣れてしまった。幻想郷では、これが普通なのだろう』
『そう。…すっかりここの住民ね』
紫が壁の前に立ち、何かを呟く。その声は私には聞き取れず、ただその言葉が綴られるにつれてが壁が中央から切られたように開いていくのを、ただ私は好奇心に従って見ていた。
壁の中から見えた光景は、背の低い草が生い茂る、何もない平原。夫から聞いた話にも、こんな光景があったような気がする。
そして遥か遠くに、青い夕焼けが見えた。夕焼け自体は故郷でも幻想郷でも見たことは数えきれない程にある。しかし、この青い夕焼けは、その二つとも大きく異なっていた。日が沈んで空が闇に塗りつぶされる兆しではなく、何かの到来を知らせるようなどうしようもない予感を感じさせた。
私たちはそこへと踏み入り、光源へと向かっていく。光が強くなっていくにつれて、ある匂いが私の鼻をついた。
忘れる訳もない。私の故郷、龍結晶の匂いだ。遥か遠くにあるはずの故郷の匂いが、どうしてこんなに近くで感じるのだろうか。そんなことを知っていたように、紫が話し始めた。
『二年前、私は
独り言なのかどうか、紫は上の空な様子で上を見ていた。
『それから一年経って、あなたがやってきた。正確には呼び寄せた、とも言えるけど。でも自然と、あなたはこの地に順応していった』
星々のない暗闇を焼き尽くすように、夕日は、いや、いにしへの竜の命の欠片は輝いていた。私の目にもそれが眩しいほどに近づいている。
『そして、原因不明のモンスターの流入。思えば、あの時からこの大異変は始まっていたのね』
紫が飛ぶのを止めて、眼前に広がる景色をただ、見つめていた。
どこまでも暗い草原に、夕日のように輝き聳え建つ、巨大な龍結晶。
噴き出す溶岩と噴煙、丸い棒のような形状をした奇岩の大地が、一歩進めばすぐに入れるほど近くにあった。
目を凝らしてみれば、蒼い飛竜と紅蓮に滾る危険な竜が落ち着きなく空を飛び回り、地上では鉄拳と大剣の尾を持つ竜たちが、縄張りを放り捨てて逃げているところだった。他にも多くの竜は狂乱したように荒れ狂い、あの金と銀の番は、逃げ道に蔓延る竜たちに片っ端からブレスを乱射していた。
そして龍結晶の輝きに隠れつつも、青と赤の炎が轟々と燃え盛っていた。かの龍がこれほどの炎を放つのも、そう記憶に多いことではない。
私は目の前で起きていることに、驚くほかなかった。あれほど飛んで離れてきたはずの故郷が、今眼前に広がり、しかもその龍結晶が尋常ではないほどの光を放っているのだ。
『これは、いったい……』
『龍結晶の地。それが冥界、並びに幻想郷へと入り込んで来ている。それに、ほら』
紫が棒で龍結晶の根本を指す。
同じ白で見えにくいが、白いうねうねした何かが蠢いているのが分かった。それらも竜と同じように激しく動いているが、どうも動き方がそれらとは違うような気がする。
『あれは何だ?』
『幽霊。本来なら冥界に居るはずなのに。薄くなった境界を通って、誘き寄せられたのね』
『あ、ああ。紫よ、何が起きているのだ?なぜ故郷がこんなに近くにある?龍結晶があれほどにまで輝いているのは、生まれてから一度と見たことない。どういうことなのだ?』
奴の目には余りにも多くのものがぐるぐると渦巻いていて、何を考えているのかは分からなかったが、答えないという意志は無かったらしい。
『分かりやすく言うならば、地震のメカニズムと同じ。断層に溜まる大地のエネルギーのように、墓には幽霊のエネルギーが、市場には財産のエネルギーが、忌み地には多くの厄が。集まりすぎればそれは狂気となって発散され、周辺に大きな影響を及ぼす。でもそこには必ずそのエネルギーを発散させる逃げ道がある。要石に、死神や貧乏神、厄神のような、ね』
『でも、ここは違った。エネルギーの逃げ場がほとんどない場所を創り出し、それを貪り続けた
最悪なことにそんな不安定な土地と、幻想郷と繋がってしまった。まるで半ばこうなるよう仕組まれていたように、運命的に』
あの地から竜たちの悲鳴がこちらにも届いてくる。炎国の王たちも、錯乱したように暴れくるっている。痛いくらいの光に当てられ、自分が何をしているのかすら分かっていないのだろう。もし私があの地にとどまり続けていれば、ああなっていたのだろうか。
『彼らも被害者よ。徐々に、しかし着実に強くなる狂気に、気づかぬうちに蝕まれた結果があの惨状。
そして今、幻想郷にもあの狂気が押し寄せてきているのよ。古から生きる者たちの純粋な生命力が作り出す狂気と、それに当てられた屈強なモンスターたちが押し寄せれば、どうなってしまうか』
昔は見とれることもあった龍結晶に、今の私はただただうっとうしいとしか感じなかった。あの荘厳とした静けさはどこに行ったのだろうか。少し悲しかった。
「だから『私は何をすればいい』……っ?」
紫の渦巻く瞳に、一筋に輝く瞳が写った。
『この狂った最悪な生態系を幻想郷に持ち込ませぬために、
私は何をしたらいい』
紫は少し唖然としていたが、私の顔を見てクスッと笑った。何か私の顔に付いていたか?
『あなたを説得させる言い訳も考えておいたのに。本当、古龍というのは、私の予想を超えてくるわね』
首を下げた私の顎に、紫の細い手が当てられる。私の腕と比べれば枯れ木のように細く、しかし確かな熱と決意を持った力が伝わってくる。
『今夜、私たちの切り札で異変の元凶を叩く。あなたには、あそこで暴れている彼らを鎮めてほしい。いい?これはあなたにしか出来ないことよ』
私の鼻先に紫の額が当たった。
私は大きく天へ吠え、翼を広げる。
裂け目へと消えた紫がいた地面に、突風の如き羽ばたきが生じた。
もはや地獄と化した故郷に飛び込んだ私の鼻に、懐かしい濃い命の匂いが満たされた。
作者の執筆意欲が消えて投稿を再開できるかもかなり怪しいので、今後のプランをどうすべきか、読者の方々の意見を聞きたいです。
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このまま続ける(頻度は相当落ちる
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モンハン東方で新しく書き直す
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モンハン東方はもう出さなくていい