『そろそろだ』 『ときはきた』 『みえるか』 『あつい』
『ねをあげるな』 『むろん』 『おちてこないほし』 『あれがおまえのねがい』
『きたいしている。くろきやよ』
収束の地と名付けられたその龍の産屋に、一条の星が舞い降りた。欠けた龍結晶の粉塵が彼女らの視界を蒼い霧で覆い尽くす。
ただ一人その襲撃を勘で察知した霊夢は、親友を庇って倒れ伏していた。その親友の魔理沙も、眉一つ動かさなかった。
「ケホッ、何が起きた!?」
「霧でよく分かりません……おーい、お前ら!生きてるなら返事しろ!」
屠自古の大声に、二人は沈黙を保ったまま。嫌な予感がした屠自古は、二人のそばへと近寄った。だが、離れて霧を注視していた神子の眼が、中に何かの巨影を捉えた。
「屠自古!」
そう叫んだ直後、屠自古の霊体が巨大な槍に薙ぎ払われた。
「ガッ」
払われた勢いで結晶の壁へと激突し、屠自古もまた倒れ伏した。
「く……おのれ!!」
神子は腰の剣を抜きはらい、十七条の光線を霧へと放った。当てる気はない、ただ相手への威嚇に過ぎない弾幕。それに応えるように、巨影は中空へと静止して聖徳王を睨みつけた。
黒銀の甲殻に覆われた流線的な体躯。ただただ空気抵抗を減らすことに特化した矢のような頭部。矢羽のような、または彗星の尾のような尻尾。しかし一際眼を引くのは、三つの爪のようなものを集めた様な翼。その先端から赫い炎を噴き出してホバリングするという、異様すぎる姿。
天彗龍 バルファルク
絶望と災厄の化身、銀翼の凶星と恐れられる古龍はこちらへ敵意を向ける小さな生物を叩き潰さんと突進した。
異常なのはその速度。瞬時に音速に到達できる暴力的な加速力が神子の体を弾き飛ばした。直撃はしていない。突進の余波のみだ。
「……!」
十メートルもの距離を毬のように転がりながらも何とか着地できた神子は、即座に反撃としてレーザーを放つ。それに対し天彗龍は翼を盾のように展開した。音速に達する程の速さを生む槍翼の硬度は、彼女の手加減なしの弾幕を容易く受け止めた。
次にバルファルクは噴気孔を神子へと向け、赫いエネルギー弾を六発まとめて神子へと発射した。彼女は弾の軌道を予測して天彗龍の懐へと距離を詰める。走りながら自身の霊力を高め、佩いた剣を刹那の内に引き抜いた!
バルファルクは自身の眼前に迫る一閃を、その前足で迎え撃った。人間離れした抜刀術と、無数の平穏を切り裂いた災厄の爪の一撃が拮抗する。だがその鍔迫り合いは呆気なく終わり、神子の体が大きく吹き飛ばされる結果となった。
神子は頭から地面へと激突し、先ほどのような着地は出来なかった。頭から流れる血が視界を真っ赤に塗り、立つことは出来たがそれもおぼつかなかった。
絶対的不利な状況の中、それでも聖徳王はかの龍から視線だけは外さなかった。視線を切れば、バルファルクはこちらに突撃してくるだろう。脳震盪を起こしたこの体では、今度は避けきれない。
今はただ、出来る限り時間を稼ぐことに専念する。もう少しでゼノ・ジーヴァの完全終息が出来るはず。そうなれば後は奴のスキマで撤退すればよい。
ドクン!
遮るものがなくなった彼女の耳は、大気が大きくうねるほどの鼓動を嫌でも鮮明にふらつく脳へと送った。睨み合うバルファルクの視線が、仄紅く脈動する冥灯龍へと向いた。
神子が行動するよりも速く、天彗龍の翼から赫い龍気が噴き出した。その反動と走り出した勢いとが相乗された突進が紫と幽々子へと迫る。
「あと三十秒稼いで!」
一瞬だけ視線をバルファルクへと向けた紫が、片手をかざして龍の進行方向へスキマを作った。ただの突進であればこれほど有用な手段もない。術の行使で相当な疲労がかかっていてもなお、有効打を見つけ出すのはさすが妖怪の賢者だ。
だが、天彗龍も馬鹿ではなかった。無数の目が蠢くおどろおどろしい空間に、誰が好き好んで入るだろうか。バルファルクは翼を下方向へと向けて上へと逃がれる。残存した龍気が、空しく残されたスキマを歪めた。
上から俯瞰しようする天彗龍へ、なんと皿が突っ込んできた。殆どはその甲殻を前に割れるが、一皿が頭へと勢いよく直撃した。翼の構造上精密なホバリングが得意でない天彗龍は、一度地面へ降り立った。
「太子様!ご無事ですか!?」
「ああ……大丈夫だ」
「頭の怪我が…浅くはありませんぞ」
「構わん。今は目の前の古龍に集中しろ」
バルファルクは甲高い咆哮を轟かせ、外敵を殲滅せんとする。
「我々だけで出来るでしょうか……」
「二人があの龍を殺してくれれば、ここに留まる理由はない。奴の注意を引くことに専念しろ」
「御意!」
構える二人の仙人に、バルファルクは右翼を引いて勢いよく突き出した。射出された槍翼が、彼女らのすぐ横を掠める。間髪入れずにもう一方の翼での攻撃も躱す。
天彗龍は翼の噴射口を前へと向けつつ、前足で神子を引っ掻く。遠のいた彼女へ翼を叩きつけるが、即座に横へと飛ばれ避けられる。
そこへ布都の術が炸裂する。火を乗せた皿が次々とバルファルクへ着弾する。ステップで距離を取り、尚も迫る火皿を龍気弾で叩き落とす。
バルファルクは後ろ足で立ち上がり、翼を下に向けて龍気を溜め、直下の地面を爆破する。接近を試みていた神子が吹き飛ばされたのを見て、もう一度、今度は神子へ向ける。
「太子様!」
布都が叫ぶが、もう間に合わない。天彗龍の槍翼が赫く染まり、彼女の体がその光に包まれる
その直前、突如としてバルファルクの胸部が爆発した。
「なぬ!?」
天彗龍自身も、突然の龍気の暴発に困惑しているようにもがく。
「いったーい!もう何なのよこれぇ……」
声の主は紅魔館の主の妹、フランだった。館の主もメイドも、二人の元に降り立った。
「あら、厩戸王ともあろう方が随分なやられようね」
「全く、君も変わらないね。まさか援護に?」
「まあ、そんな感じね。感謝しなさいよ」
そんなやりとりをしているレミリアの元に、フランが自身の手を見せる。見るも無残に紅く腫れあがった右手は、なぜか天彗龍の龍気の色と酷似していた。
「咲夜ー。あいつの眼を壊したら、こんな火傷しちゃったんだけど」
「あら、これはひどいお怪我ですね。すぐに包帯を」
そんなやり取りの中で、レミリアはバルファルクを睨んでいた。当の古龍はピクリとも動かない。フランによって急所を破壊された物を警戒する必要は本来ないのだが、彼女の脳裏には千本の目を持ったあの半妖の姿がちらついていたのだ。
咲夜がフランの包帯を巻き終わると、辺りに満ちていた光が帳を下ろされたように暗くなっていった。ものの数秒で辺りは三日月の夜のような暗さになった。
見れば冥灯龍の体は色が抜けた様に青白く変色しており、物言わぬ死体と化したのは一目瞭然であった。張られていた陣が跡形もなく霧散し、幽々子が地面へと手をついた。やりきった言葉も言えぬほどに疲労した幽々子の腕を、紫が手に取った。
「冥灯龍、沈黙したわ!急いで戻るわよ」
「あら、もう?」
「えー、もっと遊びたいのに」
「少し出るのが遅かったかしら。まあ、フランも怪我してるから上手くは遊べないでしょ。今日は我慢しなさい」
不満をこぼしながらも、フランは紫のスキマへと向かっていく。布都は屠自古を抱え、咲夜は霊夢と魔理沙を立たせる。
「……うぅ」
「あら魔理沙。気が付いたのね」
「……れいむは……」
「まだ意識は戻ってないけど、息はしてるわ」
そうか……と再び魔理沙は目を閉じた。それを見て神子は、霊夢はどうやって天彗龍の奇襲を回避したのか甚だ疑問に思った。もし天彗龍が神子達を狙っていれば、彼女らは五体満足で済まなかっただろう。
ともあれ、早く怪我人の治療をしなければならない。紫のスキマへと急ぐ。
しかしスキマに一番に着いたのは、この中の誰でもなかった。背後から突撃してきた銀翼の彗星が、スキマごと大気を切り裂いたのだ。
風圧にさらわれそうになりながら彼女らが見たのは、胸部から鮮血と龍気を排出しながらこちらを睨みつけるバルファルクの異様な姿だった。
全身のほとんどが赫い龍気に染まり、その色は目が全く見えなくなるほどにまで濃い。
「うっそ……心臓の目を握りつぶしたはずなのに」
「厄介ね……仕方ない。飛んで冥界へ戻るわよ。対策はそれから!」
レミリアがその手に槍を生成し、フランも左手に剣を掲げる。
「フラン、あなたは下がってなさい。咲夜」
「はっ」
「えー。分かったわよ」
フランのレーヴァテインが消滅し、レミリアが神速の如き速度で迫る。バルファルクもそれを翼で突き刺さんと構える。
だが何の予兆もなく咲夜がその眼へと銀のナイフを投げた。片目の視力を失い怯む天彗龍の胸部にレミリアのグングニルが突き刺さる。
「姑息な手段で悪いわね。発酵させてる紅茶の味が落ちないうちにお暇させていただくわ」
レミリアはそう置き文句を残し、全員と共に幻想郷へと飛んだ。
冥灯龍と火竜の死体と共に残されたバルファルクに、彼女の残した言葉の意味は分からなかった。ただそこに秘められた嘲りの感情だけは分かった。
それと同時に彼の胸の中で怒りが湧きあがり、それは胸から溢れ出る龍気と鋭い咆哮となって外界へと放出された。噴出する龍気はグングニルを歪な形で押し出し、天彗龍の爪に中ほどから折られた。
翼を先ほどの比ではないほど赫赫と染め上げ、逃げる幻の存在たち一行へと迫る。と災厄の象徴は、まさしく〝奇しき赫耀〟であった。
「!まずい!」
奇しき赫耀はまず自身の視界を奪った犯人である咲夜へ突進を仕掛ける。霊夢と魔理沙を背負っていた咲夜は避けきれずに墜ちてしまう。
「咲夜!」
おぶっていた霊夢や魔理沙も宙に放り出され、眼下の龍結晶へと落ちて行く。奇しき赫耀は次にレミリアと近くの紫と幽々子へと身体を真っ赤に染め上げて襲撃する。
幽々子をおぶっていた紫は疲労から反応が遅れ、スキマは期待できそうにない。魔法陣を展開するレミリアの元へと、暴走した天彗龍が迫りくる。
しかし、奇しき赫耀が彼女を光に包むことは無かった。
その脳天を鋼鉄の脚が蹴り落としたからである。
衝撃に昏倒するバルファルクは制御を失った飛行機のように、イバラ龍結晶群へと墜落していった。
『危ないところだったな、紫』
全身が打ち損じた鉄のような傷を負った歴戦王クシャルダオラが、驚く二人に向かってそう言った。
「あややや、霊夢さん方がこんなひどいケガを」
「私たちもどっこいどっこいでしょ……」
落ちて行った霊夢たちを文、はたて、そして彼女ら全員には面識のない青い装束の天狗が腕で抱えていた。
「……ひとまず、まずは帰ってから状況を整理しようか」
屠自古と妖夢を乗せた布都の船の上で、神子がそう言った。
おのれ、あの羽人間め……よくも私をここまで傷つけたな……絶対にバラバラに引き裂いてやる……
だが、なぜあの風の龍が奴らを庇ったのだ?人間など取るに足らん脆い種族なのに、そこらの飛竜よりも弱い奴らなのに、いにしえの竜ともあろう奴がかばう価値などないはず。
だが私の復讐の邪魔をしたからにはただでは生かさん。絶対に奴も殺して、
その瞬間、立ち上がろうとした私の頭を何かが押さえつけた。
『いたイ!ハなせ!』
私は吠え、その正体を睨みつける。
前に見たことある奴だった。古き存在でありながら、同じいにしえの竜を好んで食らう、全てを滅する古龍。
『……オマエはなんダ?』
普通のそれより小さい体なのに、感じたことのない異様な力を持つそれの言葉が、はっきりと聞こえたのは幻聴だったのだろう。
『オレは、ようかいだ』
それが私の耳に届いた最期の音だった。
……よし、大分急ぎ足ですがこれで冥灯龍異変は終了です!
あともう少し続きます。ではまたいつか
作者の執筆意欲が消えて投稿を再開できるかもかなり怪しいので、今後のプランをどうすべきか、読者の方々の意見を聞きたいです。
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このまま続ける(頻度は相当落ちる
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モンハン東方で新しく書き直す
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モンハン東方はもう出さなくていい