妖怪の山の麓にて、白狼天狗たちは熱戦を繰り広げていた。
「回転攻撃だ、注意しろ!」
隊長の犬走椛が叫ぶと、巨大なハンマーのようなものが立ち木を次々と薙ぎ払っていく。白狼天狗たちはそれを安全圏まで退いて躱し、回転を終えたモンスターと睨み合う。
苔の生い茂った甲殻に、大きな黄色い角。小山にも例えられる巨体を屈強な後ろ足で支え、背中のコブからは怒りを露わにするように蒸気を立ち昇らせている。
尾槌竜 ドボルベルク
森の生態系の中では頂点に位置するモンスターであるが、その体には何条もの傷が走っており、荒い鼻息からは怒りの中に消耗も見える。
それでも瀕死の獣竜は暴れ、目の前の天狗たちを吹っ飛ばしてきた。だが彼女らが遠距離戦へ切り替えると、戦況はドボルベルクの不利に傾いた。直接的な遠距離攻撃手段を持たないため、疾風の斬撃などの弾幕は彼の体力を大きく削いだ。
加えて、この場には対モンスター相手の専門家がいる。外から来たモンスターを捕獲して送り返すという役割に奔走する、山の仙人。
「今よ、務光!」
茨木華扇の指示に従って、イタチのような生き物が雷光を纏ってドボルベルクへと駆けていく。
苛立つドボルベルクは角を地面に突き立て押しつぶそうとするが、務光の小さな体は攻撃をすり抜け、あっという間にドボルベルクの背中へと登りきる。
務光は大きく体を震わせると、その小さな体からは想像しがたい電気が溢れ、ドボルベルクの体を流れる。既に破壊された無防備なコブの傷に響き渡り、尾槌竜の動きが一瞬だけ止まった。
「麻酔玉!」
間髪入れずに白狼天狗たちが赤い玉をドボルベルクへ投げつける。大気中へ放たれた麻酔成分は尾槌竜の傷から、あるいは酸素に飢えている肺へと侵入する。
ドボルベルクの巨体を支える後ろ脚から全身へと力が抜け、巨大な獣竜は横たわる。やがて麻酔は脳まで届き、尾槌竜は沈黙した。
完全に眠った尾槌竜を見て、華扇は懐からいくつかの札を取り出し、それをドボルベルクの体に張り付けていく。
「……帰りなさい。あなたのいるべき場所に」
しばらくすると眠るドボルベルクの地面にスキマが出現し、ドボルベルクを呑みこんでいった。
「送還完了だ。全員よくやった!」
厳しい戦いの終わりに、白狼天狗たちは歓喜の声を上げた。務光も華扇の体へとよじ登り、顔をすり寄せる。
「貴方もお疲れ様」
華扇は雷獣のあごをかいてやり、務光はくすぐったそうに尻尾を振る。そこに椛が近寄り、歌扇に話しかける。
「ありがとうございます。あなたの判断のお陰で、大した負傷者も出ませんでした」
「いいのよ。仕事柄、私はあいつからモンスターの情報を少し多く仕入れているだけよだから」
「そういうことですか。あの賢者殿も、少しは我々に情報を多く提供してくれればいいのに」
「元凶探しに多忙だったからね。でも、これからは貴方たちにも情報が行き届くようになると思うけど。最低限のね」
椛は華扇を気持ちにらみながら、「だといいですね」と答えた。他の白狼天狗たちが先に帰るなか、椛は華扇と話を続ける。
「ここのところ、モンスターの数は着々と減ってきている。もうひと踏ん張りすれば、以前と同じように戻れると思うわ。山の近況はどうなの?」
「こちらはまあ、捕獲したモンスターを賢者の式に送りつづけて、結構な種類を駆除できました。……ただ唯一、あの天狗獣だけは苦戦して。あくどい悪戯でこちらをおちょくってきて、用が済んだらとっとと逃げる。全くどっかの烏天狗の記者みたいですよ」
「それはまあ、災難ね」
「本当に。少し前に烏たちと組んで戦ったんですが、一丁前に実力も高かったんですよ。今も捕獲は出来てませんね」
椛が悔しそうに愚痴を漏らすのを、務光は背中をかきながら華扇の腕に収まる。
「山のビシュテンゴに、魔法の森のババコンガ。無名の丘のプケプケと、霧の湖のドスマッカォ及びその群れ。そしてその他諸々……
まだ残ってるモンスターの中で特に警戒すべきなのは、未だに居場所の分からないリオレウスに、竹林のマガイマガドね」
「火竜はともかく、竹林の怨虎竜はどうするんです?あそこは病気やケガをした人間も通るでしょう」
「そうなのよねぇ。あそこの医者たちも患者が来れないのは看過しないでしょうし、何かマガイマガドが人間を襲えない様な仕掛けでもあるんじゃない?」
「……流石は元月の民ですか」
これから夏を告げるにしては妙にぬるい風が辺りに吹き、眠りかけていた務光は辺りを見回した。
「あ。そういえばあなたに聞きたいことがあったんでした」
「何?貴方たちが必要な情報なら、既に全部伝えてあると思うけど」
「いいえ。これは私の個人的な質問です。無論、他言無用にします。答えてくれますか」
「……いいわ。それで、あなたの聞きたいことって?」
椛がいつになく神妙な面持ちになり、華扇の背筋が少し伸びる。青々とした森の緑が、乾いた葉擦れの音を出した。
「あの……怪物は、ネルギガンテは今どこに」
椛の脳裏に、二つの巨角を携えた黒い龍の姿が揺れる。
ネルギガンテの存在は、一応椛もあの事件を経験してはいる。当時はまだまだ下っ端だったため彼女は駆り出されなかったが、先に直接相対した時のあの威迫は、当時を生き残った上席たちが皆そろって口を噤んだ意味を椛の本能に植え付けた。
あの時賢者が介入していなければ、椛は五百年前の犠牲者たちのように棘だらけの死体となっていたかもしれない。それを考えると、眠ろうにも眠れなくなるのだ。
人が妖怪を恐れるような椛の恐怖する様子に、華扇は内心驚いていた。しばし彼女は思案に耽りつつ、椛の質問に答えた。
「今は、何も。五百年間どこで潜伏していたのか。今、幻想郷にいるのかどうかすらも分からないの。」
「そう、ですか。なら、いいです」
椛は背を向けて、帰還しようと足に力を入れかけた、その瞬間。
目の前の空間が、くれないの紅葉で埋まり切った。
「なっ……なんだ?何が起きている!?」
「これは……」
森の装いだけでなく、二人の肌をなでる山風は秋風へと変わり果て、地面を見ればコスモスが見事な花弁を広げている。
「異常事態発生!動ける者は直ちに集まれ!」
忙しく動き回る椛に対し、茨木華扇はその場から動かず、ただ思考を巡らせていた。周囲の環境のあまりにも突然すぎる変貌に、務光は不安そうに華扇の体へと身を寄せた。
「やっぱり……そういうことなのね」
今までの予感が的中してしまったことに、歌扇は顔を僅かに暗くした。
「……んぅ…」
「あ!藍さまー、妖夢が起きました!」
「橙ちゃん……?」
ボーっとする頭に、数人の足音が聞こえる。
「妖夢!?大丈夫?痛いところはない?」
目を見合わせるや否や、彼女の主人である幽々子は急いで妖夢に近寄り病状を聞いた。いつも飄々とした様子を崩さない幽々子の姿を見てきた妖夢にとって、今の彼女はとても見慣れなかった。それでもすぐに返事をして
「幽々子様……はい、今は何とも…」
そこまで来てようやく、妖夢はなぜ自分が布団に横たわっているのかを知った。
冥い命の灯を放つ龍を消すべく、自身の主とその友人、そして異変解決者が赴いたのだ。妖夢は彼女らを援護しているとき、乱入してきたリオレウスを相手取った。霊夢と魔理沙の二人の支援もあって何とか……というところで火竜の炎が眼前に迫り、それを紫様から賜った鉄刀を使って防御しようとしたところで、妖夢の記憶は途切れている。
そこまで考えが至ったところに、幽々子が心から安堵した表情で言った。
「大丈夫よ。あなたのお陰で、あの龍はもう息絶えたから」
「そう……でしたか」
「妖夢がリオレウスのブレスに撃墜されたところを、霊廟の仙人が救助に来てくれてな。吸血鬼たちに、天狗やあの鋼の龍も駆けつけてきて、異変の収束に至ったというところだ」
詳細を詳しく教えてくれた藍に感謝し、妖夢は幽々子に向き直ろうとしたところで、庭の外の風景が目に留まった。
「え?あ、あれ?雪…?」
彼女が丹精込めて作った庭の枯山水は雪化粧に染まっており、桜も今は純白の花を咲かせている。
まさか夏初めの異変から冬真っただ中まで昏睡していたのか。
そんな妖夢の考えを払拭したのは、先ほどからずっとしんしんと降り積もる雪を見ていた紫だった。
「これはね、私の知り合いが起こしてる異変よ。もちろん、一応正式な、ね」
「い、異変?幽々子様、私が寝ていたのは幾日でしたか?」
「えーと、三日だったかしら」
妖夢が目の前の現象に唖然としていると、再び紫が口を開く。
「はぁ……少しは頻度を考えたらいいのに、あいつってばせっかちねぇ」
「仕方ないでしょう、今回ばかりは。流れ込んだ地脈エネルギーを吐き出させることが出来るのはあの方しかおりませんし、あの御方であれば、たとえ解決者がいなかったとしても引き際をわきまえてくれますでしょう」
「そういう問題じゃないのよね~」
藍と紫の会話に、妖夢は違和感を覚え、新しい包帯を持って来た橙にその事を質問した。
「ねぇ、橙ちゃん。解決者がいなかったとしても、ってどういう意味?」
「あー……それはね、普段異変解決してるあの二人が、今動けない状態なんだ」
「え?」
「妖夢が力尽きた後にね、天彗龍っていう古龍まで来ちゃったんだよ。霊夢と魔理沙はその奇襲を受けて、意識不明の重体なんだ。今は永遠亭で安静にしてるけど、目を覚ますかどうかは……その……」
妖夢が絶句していると、その後ろに藍が寄ってきた。
「妖夢のほうは風水師の応急手当もあったから、火球を浴びても命の危機には至らなかったんだ。ただ、あの二人は古龍の超速度の突撃を食らってしまっている。五体満足だっただけで奇跡の領域だ。回復の見込みは……残念ながらかなり薄いと言わざるをえない」
「そんな……あの二人が……信じられない」
冬が続いた異変の真っただ中だろうか、妖夢は霊夢や魔理沙と手を合わせている。当時でもかなりの強さを誇っていたあの二人が、こんな死に方を迎えるかもしれないなどとは夢にも思っていなかった。
「紫様、二人を治すことは出来るのでしょうか?」
「可能ではあるけれど、妖怪である私たちが彼女らの治療をするわけにもいかない。そうでもしてしまったら、彼女らはこちら側に付かざるを得なくなってしまうもの」
長いため息を吐くように言葉を紡ぎながら、紫は庭の銀世界へと足を踏み入れた。
「どうにかして
その呟きを拾った者は、この場にはいなかった。
ドボル「俺の出番あれだけ?」
百々世に食べられなかっただけマシ。
作者の執筆意欲が消えて投稿を再開できるかもかなり怪しいので、今後のプランをどうすべきか、読者の方々の意見を聞きたいです。
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このまま続ける(頻度は相当落ちる
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モンハン東方で新しく書き直す
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モンハン東方はもう出さなくていい