日暮れ。古くは逢魔が時、この世の者ならざる魔の存在に遭遇しやすい時の意味だ。
太陽が沈み、夜が降りてくる境界の時間帯。人間は月と星が玲瓏に照らしてくれる夜よりも、どっちつかずで捉えようのない夕暮れを、全てを照らす希望の太陽が消え落ちるその瞬間の絶望を、なによりも恐れたのだろう。
そんな恐れられるはずの黄昏の夕空の中、賑やかな喧騒がこだまする。
「うえーい!飲め飲めーー!」
明らかにサイズ感がおかしい一升瓶を、一気に飲み干した萃香がそう叫ぶ。「おおー!」とひしめく妖怪たちが応える。
「ほんっと、参っちゃうわ」
空になった大樽の上で、日焼けしたチルノが三馬鹿トリオ相手に異変の武勇伝を聞かせている。
私が寝過ごした四季異変は、チルノによって解決された。蝶みたいな妖精からその話を聞いた時はウソだと思ったが、そいつ曰くチルノもまた異変によって暴走していて、日焼けはその影響だという。一度は元凶に嵌められて追い出されたが、蝶の妖精がチルノをサポートして元凶と真正面から戦えるようにしたらしい。
妖精にしては妙に賢い……まあ、どうでもいいか。今はそんな深く考えているのも気怠い。
体の奥底に残る微かな疲労の残滓と共に、私は大きくため息を吐いた。
「いつものお前らしくないな。私たちの快気祝いも兼ねてるんだから、復活した証見せないと本格的にこの神社乗っ取られるぜ?」
隣でほんの少し顔を赤らめている魔理沙が、そう言って私を小突いた。お猪口に残った酒を呷り、ふぅと一息。
冥灯龍の魂を消滅させようとしていた私たちを襲ったのは、古龍種のバルファルクというモンスターだったらしい。彼もまた、リオレウスと同じく冥灯龍の灯に惑わされたらしい。
その時は私は嫌な勘に従って魔理沙に抱き着き、間に合わないとは思いつつも夢想天生を発動させようとした所で、記憶は永遠亭の病室で目覚めるところに繋がっている。
私たちが離脱した後の状況は、神子たちがバルファルクを抑え、レミリア達が応援に来た所で冥灯龍の完全死が終了。倒したはずのバルファルクが奇しき赫耀となって復活したけど、暴走する龍結晶の地のモンスターを抑えてくれていたクシャルダオラと天狗たちの援護もあって、五体満足で幻想郷に帰還出来た次第だ。
そうして幻想郷に帰還。天狗たちはすぐに妖怪の山へ戻り、私と魔理沙は永遠亭へ入院。一向に回復はしなかったけれど、三日目に突然快復して、こうして宴会を催せるようになった。
ちなみに私たちより先にやられた妖夢は無事だったとのこと。援護に来た他の連中も決して軽くはない怪我だったが、命に大事はなかったようで、境内で酒を片手にはしゃいでいる。
「…それもそうね。じゃ」
「乾杯、っと」
盃を互いにぶつけ、カチンと小気味のいい音が喧騒の中に静かに響いた。
「あ、レイムっち。お久ー!」
妙な言葉遣いの声によって、乾杯の余韻はかき消される。「レイムっち」なんて珍妙な呼び方で私を呼ぶのは一人しかいない。
「お、董子じゃないか。久しぶりだな」
「マリサっちも久しぶりー!そうなのよー、期末試験に外部のやつもあってさ。教師とか親の目もあるから迂闊に寝れなくて……」
外の世界の制服を着た私たちと同じくらいの女の子が、風呂敷に座っていた。片手には小さいが並々注がれたお猪口を持っていて、彼女もずいぶんこっちに慣れたものだと感嘆する。
宇佐見董子
前に博麗大結界をオカルトボールという道具で壊そうとした、結構なお騒がせ者の超能力者である。今は寝ている間だけ幻想郷に来れるということで、時折宴会にも顔を出すようにはなっている。
「ねえ、なんか異変あったんでしょ?」
「唐突ねえ」
「春でもないのにこんな大宴会してるなんて、十中八九なんかあったからに決まってるでしょ」
「はぁー。変なところで鋭くなってきたわね」
枯れそびれた桜の花びらが一つ、縁側から風に乗って再び空へ舞い上がった。
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「え、それホント?」
「あんたから聞いてきたんでしょ。事実よ、事実。どっかのガセネタ新聞と同じにしないでよね」
董子があまりにもしつこく聞いてくるので、酔いもあってか私は先の二つの異変の大まかな概要を語った。魔理沙はどこからか取ってきた枝豆をつまみに私の話に相槌を打ったり、なかなか減らない董子のお猪口を本人に減らさせたり、だ。外の世界では〝あるはら〟というらしいが、ここは幻想郷である。
「異世界の生き物が侵入してきて、続いて四季がおかしくなる異変かー……あー、私も見たかったなー」
「暢気なもんね。四季異変はともかく、モンスターの騒動は結構大変だったわ。お祓いも弾幕も、これまでの常識が、まるで通用しなかった」
「本気で死んじゃうかもしれなかったのに、全然平気なんだね……」
「これくらいでへばってちゃ、異変解決なんて出来ないわよ。あんたが異変解決出来るのは随分先になりそうね」
むぐぐ……と悔しそうに歯ぎしりする董子を見て、魔理沙がお酒をぐいっと飲む。火照った頬に篝火の光が差し、生き生きとした生命力を感じる。
魔理沙は私とは正反対に、目覚めて以降いっそうやる気が溢れている。まんまとバルファルクの襲撃を受けてしまったことが悔しいのかと聞くと、「それもあるが、モンスターの力に興味が沸いてきたんだ!」と病室で言っていた。次元にすら干渉するほどの古龍のエネルギーだけでなく、そんな存在がいる中で生きている普通のモンスターたちにも、魔理沙は関心を寄せているらしい。
あんな目にあっても、よくそこまで熱意を高められるものだ。私は正直もうこりごりだというのに。
そう思いながら魔理沙を見ていると、その陰に見覚えのある二人が私の視界に入った。
「あら、小鈴に阿求?」
「お元気そうで何よりです。霊夢さん、魔理沙さん」
「これ、快気祝いのお酒です。阿求の家の秘蔵品なんですって!」
「そうなの。じゃ、もらっておくわ」
小鈴から受け渡された酒瓶の栓を開けると、濃縮された酒のにおいが鼻をつく。隣にいた董子が「うわ……度数やばそう」と鼻をつまむ。病み上がりの体にはこれくらいがいいと思うのだが、やはり彼女もまだまだ〝げんだいじん〟か。
「せっかくだし、飲んでいったらどう?」
「いいんですか?ではお言葉に甘えて」
小鈴は懐からお猪口とつまみを取り出す。この娘、最初からここで飲むつもりだったらしい。
前に彼女が妖魔化して以降、こちら側に引きこんでからはここでの宴会に顔を見せることはそう珍しくなくなった。狸の頭領や天狗と会話しているのは見たことあるが、今回はどちらも欠席している。
「あんたも飲む?」
「遠慮しておきます。ところで霊夢さん、さっきの話、もう少し聞かせていただけませんか?」
ジト目で阿求がこちらを覗きこんでくる。あ……そういえば阿求には詳細はおろかうわべの事も教えていなかった、と思い出す。
「この際四季異変は構いません。ですが、モンスターの流入に関しては詳しく聞かせていただきますよ。飛竜などの強大なモンスターに、人里を襲った巨大蟹。時空の境界を歪めるほどのエネルギーを持った龍」
「べ、別にいいじゃないの。もう終わったんだし」
「終わってしまったからですよ!慧音先生も聖白蓮も『詳しいことは異変を解決した人に聞いてください』の一点張り。聞こうと思ったら、肝心の霊夢さんが神社にいない。里の皆さんから色々聞かれても、何も答えられないこの歯がゆさ。分かりますか!?」
阿求は声を張り上げて私に詰め寄ってくる。「なんかテンション高くない?」「いろいろ溜まってるんですよ。仕事疲れとか……」と後ろでひそひそと董子と阿求が言葉を交わす。確かに詰め寄ってくる阿求の目元にはくまが出ていて、疲れていたのは見て取れる。
「まあまあ、阿求もその辺にしてやれよ。澄まし顔だが、こいつだって疲れてるんだ。私に聞けよ、色々英雄譚も追加でつけとくぜ」
返答に困る私に、魔理沙が助け船を出してくれた。持つべきものは友人と誰かが言ってたが、本当だった。
「……少し信憑性が欠けるところですね」
「おいおい、信頼されてないな」
「霊夢さんの方がまだいいんですよ。ウソをついたときにすぐ分かりますし」「ああ?」
私の様子を見てケラケラと笑う魔理沙。前言撤回、顔も知らない先人の言葉はほいほいと信じてはいけない。
そんな賑やかな騒ぎの中に、風が飛び込んできた。
秋一番にしては妙に冷たい風が頬を撫で、火照った体を冷ましていく。
私は魔理沙と視線を合わせた。私も彼女も、この風を以前感じたことがあるから。誰が呼んだか知らないが、
「あ、主役の登場よ!」
おつまみに手を出していたスターサファイアが空に羽ばたく鋼を指さした。
鋼は重力に従って、落ちてくる。だが自由落下ではなく、明確に神社へと向かって来ている。宴会の面々からどよめきが起きた。
「ちょ!突っ込んでくる!」
「大丈夫だって。小鈴もそんな逃げなくていいぜ」
お酒を持ったまま逃げようとする小鈴の首根っこを、魔理沙が掴んで引き留める。
地面に接触するその寸前、鋼はその翼を力強くはためかせ静止する。滑空が急停止されたことによって行き場をなくした力は突風となって辺りに吹き、若葉の茂る桜の木々を激しく揺さぶった。風呂敷に広げていた料理のいくつかが倒れ、地面にバラまかれた。
「これが、古龍……」
鋼の古龍、クシャルダオラは数度羽ばたいた後、飲んでいる妖怪たちから少し離れた場所に座る。
鎮座する姿から発せられる威容は、一年前と変わっていない。脱皮したらしいその外殻は酸化した鉄の黒さではなく、まるでかの地の龍結晶を思わせるようなまばゆい白銀の光沢を帯びている。かなりの手負いと聞いていたが、そう思わせる傷は、右の角がコブ状になっている以外、ほとんど見られない。
「よお!」
『……』
酔った勢いで魔理沙がクシャルダオラに話しかけるが、魔理沙の方を見ただけで特に反応は無い。チルノたちが場所を変え、いつものあいつの巣と同じようにクシャルダオラを取り囲むように配置しなおす。それを見て、妖怪たちも酒盛りを再開する。
「おお、クシャもあたいのぶゆうでんを聞きに来たのか!?」
『……』
「そうか、やっぱりそうだよな!」
「なわけないだろ。あたいが呼びにいったじゃないか」
どうやら彼女を呼んだのはクラウンピースだったようだ。あんなでかい奴を呼ぶなら一言くらい入れてほしい。後でそこらへんの文句は言わせてもらうことにしよう。
「霊夢さん、あのモンスターって妖精と喋れるんですか?」
妖精たちと戯れるクシャルダオラを見て、阿求が質問してきた。
「いや、多分あいつが酔った勢いで一方的に話してるだけでしょ。喋れるのは、華扇あたりくらいだったと思うけど」
小鈴と董子はクシャルダオラに近づき、さらっと妖精たちの輪に入ろうとしている。
「あら、そこの人間さん。よかったら触ってみる?」
「え?か、噛みついたりしない?」
「撫でるくらいなら平気よ。でも、角に触るのはよしておいた方がいいわ」
「サニーは前に調子に乗って吹き飛ばされたからね」
言うなし!とルナチャイルドに怒声が飛ぶ。小鈴と董子は顔を見合わせ、恐る恐るといった感じで触る。
「冷たっ!?氷点下いくつなのよこれぇ」
「ふわぁぁ、夏なのに霜焼けしそう……」
「そう?確かにひんやりとはするけど、夏場とか意外と心地いいわよ」
「妖精たちの新しい避暑地候補よ。ね?」
スターサファイアがクシャルダオラにそう言うと、当の古龍は複雑な顔になる。まるで会話が成立しているみたい。
「霊夢さん、あれ絶対喋ってますって!会話していますよ!」
「だーかーらー、そう見えるだけでしょ。一年くらい前からずっと監視してきたけど、こっちの龍と違うから、動物と話せるような奴じゃないと話はできないわよ」
「……一年?では、一年間ずーーーっと私に黙っていたわけですか?」
しまった、うっかり口を滑らせてしまった。阿求はすごい恨めしそうな視線で私を見てるし、魔理沙は笑って酒を飲んでるし、どうしよう。
「楽しそうね。私も混ぜてもらえるかしら」
聞き覚えのない声に振り向くと、一人の女性がいた。橙色の道士のような格好に、北斗七星を書いた前掛けを着ている。ただの参加者、というわけではなさそうだ。
「誰よあんた」
「ああ、直接会ったのはこれが初めてかしら。博麗の巫女に、御阿礼の子」
あまりにも自然体で、当たり前かのように私たちが誰かを言い当ててくる。阿求は少し身じろぎする。
「名前を聞いたつもりだったけど、耳がつまってるのかしら?」
「聴覚には自信がある方よ。こっちの耳と、あと帽子のこれ」
「下らない洒落はやめなさい。どっかの胡散臭い妖怪から耳にカビが生えるほど聞いてんのよ」
「あら、それは大変。耳鼻科の予約を二名入れておかないと」
人を煽るようなこの話し方。こういうやつは大体ろくでもない、古い妖怪の特徴。または神か。
「……あの、あなたは何者ですか?」
「神。もしくは四季異変の首謀者。あるいは幻想郷を創った賢者か。…他にも多くの名を持っているけどね」
そいつは私たちから視線を外し、妖精たちの方を見た。鋼の王は、確かめるような視線をその神に向けた。
「私は摩多羅隠岐奈。後戸に住まう秘神であるぞ」
……ちょっと長くしすぎたかな。
お久しぶりです。まずは二か月も空けてしまい、本小説を待ってくださっていた皆さまに謝罪を。これからは以前のペースでのんびりと投稿していく予定です。
3G楽しい
作者の執筆意欲が消えて投稿を再開できるかもかなり怪しいので、今後のプランをどうすべきか、読者の方々の意見を聞きたいです。
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このまま続ける(頻度は相当落ちる
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モンハン東方で新しく書き直す
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モンハン東方はもう出さなくていい