「あ~……まだ頭がガンガンするぜ。阿求大丈夫か?」
「もう、いや……」
「これは、ダメそうですね」
青ざめた顔で縁側に横になる阿求は、小鈴が持ってきた水を一息に飲み干す。
辺りは物が散乱する惨状だが、いつもの調子で紅茶を嗜むレミリアが言う。
「全く、これしきで慌てるなんて余裕のない奴らばっかりね」
「そんなこと言うなら、お前も呑気にしてないで手伝えよ」
「私は紅魔館の主よ?そういうことはあなたみたいなのがすることじゃなくって」
「そうよ。お姉様は胃の中身でこれ以上咲夜の仕事増やさないようにしてるのよ。ほんと、尊敬するわ」
フランの一言にレミリアは釘を差す。吸血鬼とはいえど、あんな歯軋り聞かされて無事ではいられないだろう。確実に。事実、隠しているつもりだろうが、レミリアの顔は青ざめている。後ろで散乱した物を片付ける咲夜も、いつもよりペースが落ちているように見える。
「そういやフランはなんで無事だったんだ?」
「決まってるじゃない。私の耳に入る雑音を全て破壊しただけよ。
そう言ってフランはそばにあった焼酎を飲み干す。確かそれは萃香の奴だった気がするが、まあ言わなくてもいいだろう。あいつは無限に酒の出る瓢箪を持ってるんだし。
「全く、それにしてもなんだってあんな歯軋り鳴らしたんだよ。なあ」
そういって私はあいつの翼爪をつつく。鋼に纏った鋭い冷気が、火照った体にまで浸透してくる。当の本龍は反応を見せるが、動きがぎこちない。
私と阿求、紅魔館の連中と妖精どもに囲まれたクシャルダオラは、
このような状況になった理由は、少し時を遡る。
一年以上自由な外出を許されなかったクシャルダオラは、摩多羅隠岐奈のモンスター侵攻阻止作戦で実質的に幻想郷内の移動を許可された。それを妖精が拡大解釈してこいつに伝えてしまったのだろう。
よほどこの地が気に入っていたクシャルダオラはかなり興奮してしまったのだ。外の世界の絵文字という奴で表すと、〝(∩´∀`)∩ワーイ〟という奴だろうが、古龍のそれは桁が違った。突風による物の散乱や、大音量の歯軋りで宴会は一時中断せざるを得なかった程だから。
そこで隠岐奈が後戸を開いて鋼龍を小型化。歯軋りを小さくさせ、ルナチャイルドの能力で完全消音。言葉の通じる妖精たちが落ち着かせ、宴会再開に至ったというわけだ。
ただクシャルダオラからすれば、いきなり私たちが巨大化したように見えるわけで、しきりに辺りを見渡して警戒している。一応サニーたちが近くにいるから、目立った行動は起こしていないが。
「前に大妖精から聞いたんだけど、クシャは機嫌が良くなると歯軋りを起こすのよ。痒い所を掻かれたりとかで今まで起こしてたらしいわ」
「それで今回のはよっぽど嬉しくてこの被害、か。洒落にならんぜ」
そうぼやきながら私はお猪口の中身を飲み干し、妖精に囲まれている鋼龍を見た。
サイズとしては兎か柴犬くらいだが、巨大な翼のせいで印象は大きく異なる。精巧に作られた彫像、本当に意思を持っているかのような。…実際生きているのだが。
思えば、これほど間近でこの龍を観察したことはなかった。後ろで咲夜が吸血鬼姉妹にワインを注ぎ、起きた阿求が紙と筆で何かを書きなぐっていたが、鋼龍の体に釘付けになっている私の眼には残らなかった。
彫像のように見えるといったが、注視してみるとガラリとその印象が変わる。
無駄なく研ぎ澄まされた外殻は、一流の細工師がノミで慎重に削っていった、という跡ではない。激しく打ちつけられ、砕かれ、裂かれていった末にたどり着いたような、暴力的な爪痕が確かに残っているのだ。
そう確信できるのは、鋼の体を支えているであろう筋肉にあった。直視することは叶わないが、鋼鉄の鎧を着ながら蝶のように軽やかに空を飛ぶことを可能にしているのは、流麗な見た目に隠された、鬼とはまた違うベクトルで強靭な筋肉であろう。力としてはただの人間の私からすれば、決して到達しえない次元だ。
三妖精とチルノにピースがクシャの体を持ち上げようとするが、彼女の体は毛ほども動かなかった。見た目はああなっても、重量は変わってないらしい。
四肢に生える剛爪と姿勢を司る尾は、鱗や甲殻とは違う鍛錬を重ねられていた。
爪は砥石ではなく、裂いてきた獲物の肉や骨で研がれていったのか鉄のにおいが強く、犠牲者の血で淡く染まった色合いが生気を放つ。対して尾の形状は筒のように整っているが、全力で振るわれれば如何なる物体も粉砕するような破壊力が浮き出ていて、編纂書にあった記述を想起させた。
最も視界を占める巨大な翼はとても薄く、どんな鍛冶職人でもこれほどの薄さに鉄を延ばすことは不可能に見える。それでいてこの巨体を宙へ持ち上げる強度も兼ね備えるとなれば、もはや素材を見つけることさえ無理だろう。
ぜぇぜぇと息を吐く妖精に囲まれるクシャルダオラが、こちらに向き直った。視線に気づいたのだろう。
真っ先に、未だ健在の左の角に視線を向けた。
嵐を呼び、暴風を身に纏い、何者も近寄らせぬ孤高の力を生み出す器官。目の前の龍が竜巻を起こした所は見たことないが、その力を感じた本能に従えば、確実にそれを起こすことは出来よう。“その力”の本質は、魔法的でないのは確かだ。パチュリーは古龍の能力を、自然現象の力を龍属性で抑え込み、必要に応じて放出するのだという仮説を立てていた。
私はどうも違うと思う。確証は無いし、パチュリーの説への対案も出ていないが、それは今から出すつもりだ。こいつをもっと研究すれば、何かが明らかになるはずだ。
ふと、こいつの右角に目が吸い寄せられた。爆発によって粉砕され、掘り出されたばかりの鉱石のような形状に変じてしまっている。
ただ、何故だろう。なにか残念なこの角に、なにか大きな力が眠っているような気がする。それとも角を再生するために、ただエネルギーを集めているだけなのか。
ツン
「冷てっ」
まじまじと見ているのが気になったのか、クシャルダオラがお猪口を持つ手を鼻でつついた。先ほどの仕返しだろうか。
その碧い視線はすでに私の目から外れ、月を写す酒の水面に吸い寄せられているようだった。
……そういえば、あっちの狩猟世界には竜も酔わせる酒があると書いてあったが、古龍に酒を飲ませたらどうなるのだろうか。
「あれ大丈夫なの?」
「お前は心配性だな。案ずるな、大きさを変えた以外は何一つ変わっとらん」
魔理沙と絡んでいる小型化したクシャルダオラ。まさか隠岐奈が大きさまで操作できるとは思わなかった。生命力の操作だけなら、まだ良かったのに。
「魔理沙さんとあの古龍、仲が良さそうですね」
「そう?魔理沙の方が一方的にじゃれてるだけじゃない」
「首元やのどを触れているじゃないですか。妖精でも初めての個体にはあそこまで触らせませんし、クシャルダオラの方からも鼻先を付けたりしてるじゃないですか。妖精以外であそこまで触れ合えているのは、山の仙人様を除けば初めて見ましたよ」
「あんた、ずいぶんあいつのこと見てたのね」
隣でお酒を飲んでいる緑髪の神獣。高麗野あうんというらしく、四季異変の際に隠岐奈の力で肉体を得た、石像の心霊らしい。神社を留守にしている間いろいろやってくれていたっぽく、なかなか都合のいい…もといまともな奴だ。
そういえば華扇は宴には来ていない。飲み食いするのは結構好きだったと思うが、モンスターへの対処法も決まったのに何をしているんだろう?
「イエーイ!……うぅ、腕が痛い」
「大丈夫?まだ完治してないんじゃない?」
「いや、布都っていう仙人さんがいろいろやってくれたから大丈夫だと思うよ?医者にも見せてないし」
「意外とあいつ器用なのね……」
お爺さんみたいな変な口調で少し抜けてるだけの奴だと思っていたが、幻想郷一の風水師と名乗るだけはあるらしい。あいつ以外の風水師に会ったことないけど。
ちなみに布都は緑の怨霊と料理を取り合っている。あ、横から幽々子が掠め取った。
「んふ~、ガーグァの卵焼きおいしいー」
「あああ!!それは我が狙っておったものだぞ!」
「私の皿から横取りしようとした奴が何言ってんだ!一発でかいのいっとくかぁ、ええ!?」
もうすっかり元通りだ。屠自古なんて天彗龍に腹を抉られたとか言われてたのに、全身に稲妻を滾らせる様からは、怪我人とは思えない。
「まったく、騒がしい限りだ」
そんな自分の部下二人を見ながら、神子は高そうな酒器に注がれたお酒を口へ含んだ。
「そういえば、屠自古って怨霊なのにどうして天彗龍の攻撃を受けたの?」
「んん、それか。青蛾が言うところに、属性との反発作用というらしいが、どうも腑に落ちなくてな。そもそも龍属性が何なのかすらはっきりと分かっていないのもなぁ」
華扇が教えてくれた、書くだけで属性攻撃を使用できるという呪法。その中には龍属性の印の書き方もあったが、めちゃくちゃ難しかった。他の属性印は若干勢いだけで書けたのに、龍属性だけやたらと書きにくくて断念した気がする。今思えば練習しといた方が良かったかも。
「龍を蝕む毒。
昔から狩猟世界ではそうして、古代の龍たちへ対抗する手段の一つとして使われてきていたらしい。古い地質からとれる鉱石や、龍の遺物から抽出できるようだが、なぜそれらから抽出できるのかや、正体が何なのかはあちらでも分かっていないようだね」
「詳しいようですね、摩多羅神」
「当然だよ。私は幻想郷の生命力などを管理しているのだからね。得体の知れない世界から、得体の知れない属性が流れてくれば調べるべきだろう」
「なるほど……もう少し詳細を聞いてもいいだろうか」
隠岐奈は快諾し、神子と二人で何やら小難しい話し合いの世界に入ってしまった。未知の属性の概要を説明する隠岐奈と、それを真剣に聞き、時折考えを巡らせている神子。会ったばかりの二人だというのに、その関係は昔からの知人のようだ。
空になったお猪口に酒を注ごうと一升瓶を手に取ろうとした私の視界に、誰かがいた。
白い。何の刺繡も色も汚れもない、純白の服装。ワンピースという外の世界の服だったか、それ一枚のみを身に着けた少女だった。
見たことない、いや、以前見かけたことを思い出した。確か去年、春の宴にいた白い女の子。恐らく同じ子のはず。
「ねぇ、あんた」
何をすることもなくただ立っているだけのその子に、私は声をかけた。妖怪っぽくはない。多分、迷い込んで右往左往しているのだろう。そう思っての行動だった。
声に気づいたのか、少女がゆっくりと振り向く。無垢な黒髪が少しだけ揺れた。
その子の瞳が、私の視線と交錯する。
直前、
眼前に突風が吹いた。
「きゃっ!?」
その子は風に消えていった。暴風が吹いてきた先に目をやると、風のブレスを吐いたクシャルダオラがいた。
「おいおい、よせってあぶねえだろ!!」
「どうしたのだ?」
「いや。こいつ酒に興味があったから飲ませたら、くしゃみが止まらなくなって」
「……全く、魔法使いの好奇心とは怖いものだな!」
隠岐奈が駆け寄り、クシャを取り押さえる。鋼龍のブレスの威力を知っている皆は、彼女の鼻を押さえようとする。
「霊夢さん、大丈夫ですか!?」
「わ、私は平気。けど」
「よかったぁ~、霊夢さんまた永遠亭で治療するはめになるところでしたよ?
「……誰にも?」
地面に刻まれたブレスの軌道上には、何もなかった。文字通り、削られた石畳には血も布もなかった。
「……じゃあ、あの子は……」
私の疑いはかすかな呟きとして、宴の喧騒に掻き消えた。
お酒は飲んでも飲まれるな
ではまた
作者の執筆意欲が消えて投稿を再開できるかもかなり怪しいので、今後のプランをどうすべきか、読者の方々の意見を聞きたいです。
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このまま続ける(頻度は相当落ちる
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モンハン東方で新しく書き直す
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モンハン東方はもう出さなくていい