枯れた花々の中をなんの迷いもなく進み続ける風見幽香。そしてその後を追うクシャルダオラとエタニティラルバ。
傍から見ればどういう状況かわけを聞かれるだろうが、生憎枯れかけの花畑には人っ子一人としていない。仮にいたとしても、あえて幽香に話しかけようとする者は幻想郷広しといえどごくわずかだろう。
辺りの景色を気にしながら歩くクシャルダオラに、隣を歩くラルバが話しかけた。
「ねぇ、なんでこの時期に花畑に来たの?」
『いま来てはいけなかったのか?』
「別にそういうわけじゃないけど……この時期になると、夏の花はもう枯れてるし。秋の花だってまだ咲いてないよ?」
『そういうのを見に来たのではない。ただ、あれほど多くの花が濃い土色になって死んでいく様子を、じっくりと見たかっただけだ。故郷では、草木は腐りかけたころにはすぐに燃え尽きてしまうからな』
……随分と変な理由だな、ラルバは心中でそう思ったが先ほどのように翻訳はしなかった。
風見幽香は花を愛する妖怪。花に対して誠実な対応を取るものには、殺気立って襲ってきたりはしない。現に妖精たちが花畑で暮らせているのがその証。自然の生命力の権化である妖精の存在は、美しく元気な花を咲かせるのに必要不可欠だから。
しかしだからこそ、幽香の前で花を話題に出すのはタブーとされている。彼女の前で花について語らうのならば、花に対する深い教養が必須なのだ。取ってつけた知恵で花を語れば、その後殺されはせずとも確実に痛い目に合うのは妖精にだって分かる。
事実、花を愛していると嘘をつき、幽香を討とうとした哀れな奴がいた。完璧な不意打ちだったと、幽香は記憶している。
だが、花は邪悪な心に敏感だ。花に対する敬意の無い輩に、風見幽香が遅れを取るなどあり得ないこと。殺気を隠すことには長けていたようだが、それだけだった。間抜け面に妖力弾をぶち込んで、それで消し炭にしておしまい、だ。
そんな花への扱いに敏感な風見幽香の前で、枯れ行く花に関して言及するのは、あまりにもハードルが高すぎる。
花が落ちる様子を、よく人は美しいというが、彼女とそれに関して語らうのは、歌聖の領域に至って初めて可能なことであろう。
傍目には綺麗かもしれないが、現実にはただ花の死体がバラバラに砕けるさまなのだから。
確実に厄介なことになると思ったエタニティラルバは、それを言うことはなかった。
ただただ歩き続けること30分。
最初の場所と比べて視界を占有する茶色が多くなってきた。砂漠を練り歩いているような変わり映えのない景色に、ラルバは既に飽きていた。だが飽きた、なんてこの妖怪の前で言えるものか。真意は不明だが、花畑の案内を自ら買ってくれたのだから、無礼を働けば即ピチューンである。陽気な被弾音が鳴る弾幕なら、の話だが。
知らぬ間にさっと離れることも考えたが、相手が幽香と考えるとなかなか勇気が出なかった。
心の中でため息をついたその時、彼女の前を歩いていたクシャルダオラが歩みを止めた。右手の枯れた向日葵林を見つめ、そのまま中へ入っていった。
「え!?ちょっと!」
慌ててクシャルダオラの後を追うが、疾走速度があまりに速く追いつけない。
鋼龍の通った跡には根元から綺麗にへし折られた向日葵が累々と積み重なっており、幸いにも彼女を見失うことは無かった。
ある程度奥まった場所に来たところでクシャルダオラは足を止めた。
「ちょっとクシャー、急にどうしたのさ?」
ラルバが彼女と同じ視線を見ると、そこには一輪の花が咲いていた。
こうべを垂れるように積み重なった、枯れた向日葵のドーム。程よい暗さは残暑を凌ぐのにちょうどいい涼しさだ。
そしてその向日葵たちに守られるようにして咲く、暗い桃色の花。沈みかけた太陽のような形の花弁が五枚に重なり、その花を支える茎と葉っぱは夜空のような紫色。
花弁が放つ香りは眠たくなるような心地の良い匂いを放っており、一本取って冬眠場所に持っていきたいくらいだった。
「気づいたのね」
一人と一匹が後ろを振り返ると、そこには風見幽香がいた。いつのまにか鋼龍が踏み倒した向日葵たちはきれいさっぱりいなくなっていた。
「え?気づいたって、どういうこと?」
「こいつが本当に花を思いやれるのかどうか、ね。ただの散歩なら、この子に気づくはずがない」
この子、とは向日葵のドームに咲くこのいい匂いのする花だろうか。ラルバも集中力が切れていたのはあるが、道から逸れたこんな場所に咲く小さな花など、全く分からなかった。
幽香の耳にも、古龍種という強大な力を持つ存在のことは耳に入っているだろう。こんな意地の悪いいたずらを仕掛けたのは、古龍の力を見極める為でもあったのかもしれない。
真意は本人に聞かないかぎり分からないだろうが、ラルバもクシャも疑問には思わなかった。
「この花はなんて名前なの?」
「落陽草の花。陽の光に弱くてね、暗がりでしか花を開けないの」
「へー、こんな狭い場所じゃ種が出来なさそうだけど」
「そうね、恥ずかしがりなのかもしれないわ」
ラルバと幽香の会話が耳に入っていないように、クシャルダオラは花に見入っていた。
「あなた、この花気に入ったの?」
『…………』
「…クシャ?」
『この匂い……どこかで嗅いだことがある』
向日葵のドーム内に体を押し込み、花の雄しべとおぼしき部分に鼻をつける。
『いつだったか……奴と取っ組み合って傷だらけのときに、これのような匂いがした』
「?」
『……だが、故郷にこんな花は咲いていなかった。……それに、なんだか……〝薄い〟」
ラルバも入りきらないようなドームに、鋼龍は小さくなった体を更に押し込む。だが、茶色にもろくなった茎が耐えきれるはずもなく、ドームが崩れ始める。
隙間から陽光が差し込み、桃色の花が眩く照らされた。「あ」とようやく声が出たのはようやくそうなってからだ。
その時、落陽草の花は即座につぼみを閉じ、陽の光を避けた。枯れ切った向日葵たちが一瞬で粉となって消え、大地に落ちる。
「お疲れ様。また、来年会いましょう」
一連の現象を起こしていたのは、先ほどまで後ろで様子を見ていた幽香だった。ラルバの頭に、クシャの行動に風見幽香が怒っているのではないかという嫌な予測が立ってしまい、固まったままゴクリと唾を飲んだ。
「お前……」
幽香が座り込み、鋼龍と目を合わせる。幽香よりも小さくなっているクシャルダオラからすればかなりの重圧感を感じるはず。しかし底の見えない深紅色の瞳に見つめられながら、彼女は少しも動かなかった。
「……儚いものにとっては、本物の光は眩しすぎる。
それに対して、あなたはずかずかと躊躇なく踏み入った。ただ、美しいものを愛でる為だけに」
フフフ。風見幽香の妖艶な笑い声が耳に入る。
「なるほど。どうりでこんな辺境に足を踏み入れるわけね」
そう言うと幽香はふわりと飛び上がり、どこかへと飛んで行ってしまった。
「た、助かった……?」
連帯責任だの言いがかりをつけられて自分も処されるのではと案じていたエタニティラルバは、ホッと胸を撫でおろした。
鋼の古龍はただ、赤と緑の花が散っていった方向をじっと見ていた。
「あー、しんどかった」
頭の上で仰向けになりながら、初対面の蝶の妖精-エタニティラルバ-は大きく息をついた。
「おかげでようやく羽が伸ばせるよー」
『そんなに縮こまるほどか?』
「縮こまるよそりゃ。秋を通り過ぎて冬眠するところだったわ」
『一回休みとかいうやつか』
妖精は死んでも蘇る。
……本当によくわからないが、死んでも帰ってくるのだ。古龍でさえ、完全に死ねば生き返れないというのに。
もしくはそれも、力が弱い代わりに生存力に振った、妖精たちなりの生存戦略なのかもしれない。
「かもしれないねー、あの花妖怪には賢者も迂闊に近寄らないもの」
ケンジャが何ものかは知らないが、そこら辺の妖怪のことだろう。一理ある。
『悪かったな。話せるやつを連れてくるつもりだったが、誰も来ようとしなかったのだ』
「……そりゃ誰も来ないでしょ。今日はたまたま機嫌が良かったみたいだけど、幽香はこの時期誰とも話そうとしないんだから」
小鳥がラルバの頭の上を飛んで行く。膨れた腹は黄色い燐光を放っていて、前に垣間見たヒマワリのようだった。
「それよりさ、せっかくここに来たくれたんでしょ?一緒に遊ぼうよ」
『いいぞ。何をする?』
「うーん、そうだなぁ……花探しなんてどう?私の言う色と同じ花を早く見つけたほうが勝ちってルール」
『それはさっきの妖怪に咎められるのではなかろうか』
ラルバは少し考え、轟竜に睨まれた腐肉漁り鳥のごとき顔つきになった。
『私は構わんぞ。先の花のようないいものが見つかるかもしれん』
「いや、やっぱり気が変わったからいい」
『本当か?だが』
「いいの」
怯えているのに妙にしっかりと反応を返してきた。妖精というか、虫のように愚直だなと感じる。
とはいえラルバは別の遊びを考えていたようではないらしく、顎に手を当てて唸り始める。人型の奴の習性なのだろうか、ほかの妖精たちも華扇も紅白や緑白も、紫のような頭の良い奴まで、深く考えるときはいつもこの姿勢を取っている。
賢い者もそうでない奴も、変なところで似ているものである。
そんな風に考えながら頭に乗るラルバ、の上を通っていく丸い小鳥たちを見ていく。
今度は緑。故郷では僅かにしか無く、この幻想郷では陸を覆いつくすほどに生えている色。ラルバと似たような色の小鳥は、同色の蝶の妖精には目もくれずどこかへ去っていった。
それと同時に、遠くから風切り音が耳に入ってきた。
ただまっすぐにこちらへと突っ込んでくるこの音は、飛竜のそれと比べてとても小さい虫のようなものだった。
花畑に入ってきたのは、見覚えのある白黒。私がここに来たばかりの時もあれと華扇は私の巣によく来ていたが、最近はあの色を見ることが多くなった。
擬態としては失敗しているような黄色の毛を靡かせながら、白黒は折れた枝に乗って私の前で止まった。
「おお、こんなところにいたのか。探したぜ、クシャルダオラ」
「あ、いつぞやの魔法使いだ」
「なんだ?妖精の次は頭にちょうちょを乗せはじめたのか」
「私蝶じゃなくて妖精よ。いや、蝶でもあるけど」
白黒は私と同じ目線まで高度を下げ、私の目を見入る。
「よう、元気にしてるか?」
『ああ。普通さ』
「…やっぱ慣れないな、この喋り方。直接私らと話せた方がよくないか?」
『今のままでいい。お前たちの言葉は面倒くさいのだ』
同じ音で全く違う意味になったり、音を意味する記号がやたら複雑だったり。妖精の書く字でさえまるで意味を解せないのだ、私にとっては。
「振動で会話するお前も相変わらずだと思うけどな……唸り声にしか聞こえないんだけどなぁ」
「……多分、私たちはクシャと種族的に近いんだと思うよ」
「種族的に?お前らと古龍がか?」
「妖精は自然に宿る生命力の具現。自然のものにしか宿らないけど、性質としては神様とかと似てるしね。だけど古龍は自然現象そのもの。私たちが宿るべきもので、クシャもある意味では妖精のようなもの。それにこの子自体が巨大な生命力を持っているから、妖精との相性はこれ以上ないくらい良いのよ。だから他の種族には雑音にしか聞こえなくても、妖精にとっては川のせせらぎ、葉の擦れる音、虫の鳴き声と同じ。
私たちにとっては心地よい〝歌〟の一つなのよ」
私のものではないそよ風が花畑に吹いて、枯れかけた花々を倒していった。白黒はラルバに何やら話しかけているが、何を言っているのかは分からない。ラルバの言葉から察するに、おおかた私のことだろう。
そよ風の吹いてくる方向に私は少しづつ歩いていく。私の歩きに合わせて、白黒は枯れ枝を生やした茶色の棒に乗って、少々無理な姿勢で私の隣について来た。
古龍の頭に乗る蝶は、傍らの星と語らっていた。
疾替え全然使えなーい!
この過去作勢に早くフルバレットファイアを撃たせておくれ……
作者の執筆意欲が消えて投稿を再開できるかもかなり怪しいので、今後のプランをどうすべきか、読者の方々の意見を聞きたいです。
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このまま続ける(頻度は相当落ちる
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モンハン東方で新しく書き直す
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モンハン東方はもう出さなくていい