人の手の入らぬ未開の土地の、更に深部。
柱の如き奇形の岩が林立し、もはやどこに足場があるのかさえ分からない程、僅かな隙間に押し込まれた熱水と溶岩。活発な火山性地震により幾度となく津波が岩を削り取り、空を灰に埋めるほどの火が噴けば、地形は一瞬にして原型をとどめぬほどに変わり果てる。
人はとても生き物の住めぬ地である、と言葉にするであろう大地には、だが確かに命が果敢に生きていた。
龍結晶の地。遥か先の未来で人がそう呼ぶであろう大地には、光沢の薄い大きめの結晶が天へと伸びているばかり。
今はまだ、龍にとってさえ過酷な土地でしかない。
絶壁の中腹に、まるで何者かの悪戯のように小さな穴が開いていた。足を滑らせれば溶岩の海に沈むここは、空を飛べる飛竜にとっては渡りに船のような営巣地である。そうであった。
既に内部は血の海であった。
世界を代表する飛竜の番は、物言わぬ死体となって転がっていた。鋭い爪牙は見る影もなく粉々にされ、象徴たる翼は根元から無く、代わりにとめどなく血を吹き出していた。雌は卵巣ごと腹を食いちぎられ、雄はあらぬ方向に首がズレていた。
無残な死体の傍で、ガリッガリッという無機質な異音が洞窟にこだましていた。
火竜の親たちが文字通り命をかけて守った卵が、グラスを落としたような音を立てて割れた。
内部から漏れ出す黄金の液体に包まれて、まだ色もついていない小さな竜が出てきた。もうすぐ生まれる頃合いだったのだろう。容赦なく目を灼く光が何なのか、出来上がっていない瞼を開こうとして、
すぐに暗闇に包まれた。
冷たく硬い、およそ生物の体温を持っていない何かが、幼体に凄まじい圧力を加え、その体はそうなった。
己を守っていた殻と共に、暗闇の更に奥深くに赤ん坊の意識は消えた。
その子の弟妹も同じ末路を辿ったのち、火竜の死体にそれは食らいついた。
それは熱を失った飛竜たちと比べても、余りに生き物らしさが見当たらなかった。
洞窟の入り口から吹き込んでくる熱風が、それの体を容赦なくぶつかってくる。それに応じてその色はみるみる赤みを帯び、地にこびりついた血が肉が焼ける音を立てて蒸発した。
それからも、至る所から血を吹き出していた。赤みを帯びた殻に血が伝い、その金属質な匂いをより一層強めていく。雌火竜の毒棘が刺さった箇所からはより多く、それの鼻先へと染み込んでいったが、まるで意に介していないように夫の首を弄ぶ。
完全に喉を焼き尽くしたであろう焦げ跡に鉄の牙を入れ、ねじり切った。断面から焦げ臭い血を全身に浴びたそれの眼は、血の色に染まることなく開かれていた。
既にほぼ血を流していたのだろう。焼けた鉄の匂いを放つ濁流は数秒で止まり、一本の白い管が現れた。引っこ抜くように食らいつくと、伴って内臓も飛び出てきた。
もはや甲殻に肉がこびりついただけの二頭の骸は、無造作に眼科の溶岩に落とされた。火耐性の高い鱗たちはなおも誇りを失わないように浮かんでいたが、それも程なくして火の海に吞み込まれた。
その光景を洞窟から、鉄の彫像が見下ろしていた。
およそ生命とは思えぬ体、体温、そしてその威容。瞳もまた、生き物にあるべき瞳孔は存在せず、灼熱の光を受けてなお無機質な薄い青色の光だけを反射している。
元から自然のものとしては異質なのだ。それはあるべき養いを奪われ、殊更に異物感を増していた。
鋼龍 クシャルダオラ
かの
しばらくして、食べ損ねた幼体の首が投げ込まれた。
陽が沈んで、また昇ってきた頃。鉄臭い龍は歩みを進めていた。
火竜たちにやられた傷は全て癒えている。まだ亜成体の段階であるというのに、再生力は既に並みの飛竜を超えている。だがその周囲には、生臭さを孕んだ冷たい金属臭が漂っている。
昨夜の惨状を、この龍は何度も起こしてきた。この異臭はその証であろう。
歩みを進める先は、彼女が手ずから掘り当てた鉱脈だ。マカライト鉱石はもちろん、より硬いドラグライト鉱石にカブレライト鉱石、ライトクリスタルまでもが存在する夢のような場所。もちろん目を付けた鉱石食らいどもは既にミンチになっている。
かの龍を相手取るにはまだまだ硬くはないが、それでも貴重な鉱石であるのは間違いない。根こそぎ己の鱗としてやる。
再び尽くを滅ぼす龍への復讐を昂らせたところで、水晶の如き瞳に何かが写った。
ボロボロの状態で硬い地面に横たわるそれは、鉄臭い龍にとって、見たこともない生物だった。
全体的に黒で覆われた薄い皮を羽織った、脆弱な存在。破れた被りものの皮から覗く本当の皮は、これまた薄く、鱗すら生えていなかった。
後ろ足には硬めの爪のようなものを履き、前足は指がとても長く、それでいて細かった。これでは竜の皮を剥ぐどころか、こいつ自身の指がちぎれるだろう。全体的に見ると、最近見かけるようになった赤肌の奇面を縦に大きくしたような体つきだった。
頭の近くに丸いものが転がっているものを無視して、それはまじまじと覗く。
角が生えているわけでもないが、頭部だけが妙に毛が多い。埃をかぶったわけでもない、生来からその色であっただろう茶色と、自分の鱗と同じ色を持つ黒。それが合わさったような、龍からすれば中途半端な色合いだった。
鼻は低く、耳も小さい。口はブレスを履けるような硬い皮膚にも包まれておらず、顎も小さかった。匂いを嗅いでも、毒の匂いすらしなかった。
どう見ても戦えもしないような奴が、なぜこんな場所に倒れているんだ?彼女は生まれて初めて〝疑問〟を覚えた。
だが龍にとって、そんな疑問は今はどうでもよかった。もうお気に入りの餌場は見えているし、背後を襲ってきたとしてもなんら問題は無い。
弱肉強食の世界で、あんな奴が生き延びれるのだな。その時点で彼女が抱いたのは、その程度の感想だけだった。
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腹が満たされるまで鉱石を食らい巣へ戻ろうとしたとき、そいつは既に起き上がっていた。
近くに転がっていた丸い何かを頭に被り、足首をしきりに撫でている。ここの崖上から落ちたのか?よく生きていたものである。呻きながらも複雑な音を使い分けながら鳴くそいつは、およそ助けを求める呼び声には聞こえなかった。
一歩進むと、そいつは私に気付いたのだろう。目を開き警戒しながらも、立ち上がれないのかそれだけの動きに留まった。
考える。一番安全なのはこいつを殺すことだが、こんな貧弱な奴を殺しても大した旨みはない。あの程度の高さで骨が折れているのを見ると、本当に脆弱だ。食らって逆に脆くなるかもしれん。
…放っておくか。どのみち腐肉漁り鳥か翼竜に襲われて食われているだろう。私の上に飛んでいる腐肉漁りはこいつに群がりつつある。抵抗できる力は、こいつにはない。
日が陰ってきた頃。胃の中身が空になって新しく食えるようになり、私は奴を警戒しながら餌場に戻ってきた。ああ、本当に煩わしい。もっと食いまくれば、こんな行動もせずに済むだろう。我慢の時だ。
気付くと、餌場の近くにあの脆い白肌が寄りかかっていた。不思議なことに、腐肉漁りは奴の上の岩場に陣取ってはいるが、襲いかかる様子はない。
妙だとは思いつつも、それ以上はない。いつも通り鉱石を食べまくる。ここを餌場にしてからずいぶん経つが、まだまだ良質な鉱石は底を尽きそうにはない。
視線を感じ、振り返ってみると、白肌は私の食べる様子をじっと見ていた。睨みを利かせればすぐに視線を外すが、夢中になっているといつの間にか凝視している。鉱石を食う奴は多くは無いが、そんなに見るほどのものか?
再び日が上がってきた時、奴はまだいた。小さな四角形の、薄い白の何かに黒をなぞっている。見た目も貧弱なら、訳の分からない習性まで持っているのか。白肌の視線の先には腐肉漁り鳥ではなく、薄くなった宙に浮く岩がある。夜が来るたび欠けたり戻ったりする不思議な岩だ。飛んで行って食ってみようとしたことがあるが、予想以上に距離があって諦めたのだ。
そいつは私を見ると、何か鳴いた。意味も分からず、私は食事を始める。
またこいつか。
餌場への道が妙にへこんでいると思えば、あの回転する鉱石食らいがいた。雌へのアピールだのなんだのは知らん。私の餌場を奪おうとした時点で殺す。それだけだ。
一つ見せしめに餌場の前に置いておくか。こうすれば、同族の奴らも怯えて近づくまい。白肌の視線がいつもと違うように見えたが、どうでもいい。ついでに随分と痩せているように見えた。腹でも減っているのか。
空の向こうが溶岩よりも淡い色に染まる。私は再び餌場に現れたが、すでに回転する竜はほとんど肉が無かった。奴らが食い尽くしたのだろう。現に鬱陶しいほど飛んでいた群れは、満足したのか一匹もいなくなっている。
そのそばで奴が何かの肉を置いていた。置かれた肉のそばには熱を放つ鉱石がある。あれはマグマの近くにしかない珍しいものだが、熱を放ち続けるあれは私の甲殻には合わない。おそらく鉱石食らいが身に着けていたものだろう。しかし、なぜそれをわざわざ焼くのか。そのままかぶりつけばいいものを。…私も肉そのものを食うことはないから、一概には言えない、のか?
汁を垂らす焦げたとも言えない肉を持ちながら、そいつは私に鳴いた。この肉は渡さないとでも言いたいのか。
私は骨と甲殻しか残していない回転竜に食らいつく。中々に濃い味だ。歯応えもかなり硬い。とても良い味だ。少し前に食らった飛竜の番も中々だったが、良質な鉱石を食っているこれは私好みの味だ。
ふと、あいつも肉にかじりついていた。苦労してようやく食いちぎると、明らかに満足そうな顔と鳴き声をする。
脆弱な癖に危機感の足りない奴だな。
油断した。
鉱脈を食い尽くし、再び奴に挑んだ。前までとは違う、そう思っていた。それなのにまた負けた。努力して得た甲殻も、見るも無残な姿だった。
奴の動きは変わっていない。白い棘をへし折れば隙をさらすことも分かっていた。どんな攻撃にも耐えられるように硬く重くなってきたのに、奴が翼を持ち上げたのを境にして私の牙は砕かれた。
勝てないか。奴にはもう勝てないのか。いや、思えば分かることだった。奴は私の親を二匹相手にして勝ったのだ。未だ親の面影しか見えない私の体では、勝利など無理に決まっている。
初めから、叶うわけがない。精通した狩り方と、強靭な肉体。いずれも私は持っていないが、あいつは持っている。
逃げればいい。そうだ逃げてしまえばいいんだ。構ってやる義理なんてない。どこか別の所に引っ越してしまおう。飛行もまだまだ下手だが、ぶつけながらでも遠くに行ければそれでいい。
外敵から逃げるべく飛び立ち、熱風にバランスを崩しながらも、遠くに見える岩の壁を目指して高く舞い上がる。
ふと、視界に白くて黒い影が見えた。
既に食い尽くした餌場の近くで、あいつが三匹の翼竜に襲われていた。翼竜は奴の周りを旋回しながら一匹ずつ攻撃を仕掛けている。私からすればなまくらな爪牙も、奴の柔い皮を裂くには十分だろう。対して奴は周りの小石を投げて奴らに当てようとするが、翼竜どもも馬鹿ではない。石が当たらない高度にまで上がり、一匹があいつの後ろに回ってついばもうとする。
だがあいつはそこで淡く光る苔を翼竜の顔面に投げつける。視界を潰された一匹が制御不能で岩壁に激突し、奴に覆いかぶさる。奴の体を覆い隠す翼竜を払いのけ、二本の足で立ちながら奴は逃げていく。
残り二匹が逃げる奴を追いかける。翼竜は飛行の速さはそこそこだが、それ以上に奴が遅い。足の運び方がまるで赤子のようだが、あの怪我が治りきっていなかったのだろう。すぐに距離は詰められる。
飛んでいる一匹がそのまま奴に押しかかる。倒れた奴の体に噛み付くと、か弱い悲鳴が私の耳に届いた。
執拗に噛み続ける翼竜に奴は成すすべなく食われる。そんな私の予測を、白肌は骨と思しきものを翼に突き刺して裏切った。突然の痛みに驚いた翼竜は馬鹿なことに牙を離し、その隙を突いて蹴りで翼竜を跳ねのける。仰向けになった翼竜は骨の突き刺さった翼が仇になり起き上がれそうにない。
その様子を見ていた最後の一匹が、白肌に襲い掛かる。翼竜は奴の真上に陣取って爪で攻撃する。白肌も前足を用いて振りほどこうとするが、下手に上を向けば顔面に傷を負うからか、狙いは定まっていない。むしろ爪の軌道に入って前足を傷つける羽目になる。
傷が入ったと見た翼竜は再び旋回し、奴を上空から監視する。死に、もんどりうっている二匹とは違う、中々のやり手だ。未知の獲物である白肌をどうすれば二匹のようにならずに狩れるかを考えている。何故だか私はそれが妙に悔しかった。
旋回する翼竜から目を離さないように近場の石を持ち、いつでも投げられるようにする。翼竜が上からそれを見ながら、しばしその状態が続いた。
だが旋回していた翼竜が、奴の顔に向かって何かを吐き出した。
予想しない攻撃に白肌は顔にそれを食らい、高い悲鳴が耳にこだました。硬い甲殻を持つ獲物も食えるように、あの翼竜どもは胃液の量が多い。時にはそれを攻撃に転用するのだ。そこらへんの石なら音を立てて溶けるほどだ。薄い皮一枚の白肌の顔など簡単に溶ける。
顔を抑えて呻く白肌に、翼竜は爪で押さえつける。食い込む爪に白肌はさらに大きな悲鳴をあげ、何も持っていない手で払いのけようとするが、喉をついばまれ悶絶する。
確実なその隙をついて翼竜が首元に食らいつく。白肌は必死に払いぬけようとするが、固く嚙みついた翼竜を払いのけられない。
もはや死ぬしかない。圧倒的な力の差があるのに、白肌の眼は諦めていない。捕食者と被食者、その関係にさえなまくらな牙を剥くような、強い目。それが私を射抜いたような気がして、何かが震えたような気がした。
白肌は翼竜の嘴から手を外す。そして纏った布の中から薄い何かを取り出し、それを翼竜の目に向けるとそれは光を発し、目を眩ませる。
何が起こったのか分からず悶える翼竜の首筋に、白肌は噛みついた。貧弱な顎とはいえ、柔らかい皮膚を狙ったからか血が噴き出す。これまでにないほどに暴れまくる翼竜を奴は、決して離さない。翼で引っかかれようが腹を蹴られようとも、奴の眼は微塵も曇らない。
やがて大量の血を流しながら、翼竜は動かなくなった。
どちらの血だったのか分からない程に赤く染まった白肌は、こちらを呆然と見上げていた。
白肌が殺した翼竜の死体を見る。
あんな小さな奴が、自分よりも強いであろう翼竜を狩った。油断できない強者と認めなければならないのに、白肌の目は水のように澄んでいた。
私は奴の目の前に降り立ち、顔を近づけた。既に満身創痍の白肌を嚙み殺すことは簡単だ。
だがあの奴も、絶好の餌であった私を見逃した。
ならば私もそれに倣おう。私は被食者ではなく、奴と同じ土俵に立つものなのだ。
翼を広げ、私は溶岩近くの鉱脈へ降りる。好き嫌いなどしている場合ではない。奴を食らうために、もっと重く、硬く、そして強くなってやる。
風の音に混じって、高い声が私にかけられたような気がした。
ロードランからロスリック、時々エルガドにとんぼ返りしながら、現在は狭間の地にいる作者です。
いずれタンジアに出張予定。長くはならない……と信じたい。
作者の執筆意欲が消えて投稿を再開できるかもかなり怪しいので、今後のプランをどうすべきか、読者の方々の意見を聞きたいです。
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このまま続ける(頻度は相当落ちる
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モンハン東方で新しく書き直す
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モンハン東方はもう出さなくていい