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鬱蒼と木々が生い茂る森の中、歩みを進める一団がいた。
なめした毛皮を羽織り、自然の中に紛れる格好をした漁師たちだ。彼らは猟銃を手に握りしめ、額から流れる脂汗を拭いもせずに木々を進む。
そんな時間が続いて小一時間。
猟師たちの長が停止の合図をし、地面に転がる何かを調べる。
それはまだ新しい人の死体だった。
遺体は大勢に食い散らかされたように肉片が散乱しており、露出した骨は折れていた。余りの惨状にある者は吐き、亡くなった者と親しかった者は怒りをあらわにする。
混乱し始めた状況を、長は響き渡らないようで芯の硬い声で一喝し、緊迫した静寂が再び訪れる。
長の隣から出てきたのは、いかにも魔女といった風貌をした少女だ。彼女は遺体に対して不思議な道具を使用したかと思えば、神妙な面持ちに変わる。
どうだ。長の質問に少女は答えた。
「この遺体からは妖気を感じない。おそらく獣の仕業だな」
金髪をかき上げたその顔には、漁師たちとは違う冷や汗がこぼれていた。
瞳に映るのは、もはや生気のない暗く濁った紅だった。
幻想郷の東端、博麗神社。
霊夢は境内に散り始めた落ち葉を掃いていた。最も掃除は既に終わり、今は取り残した落ち葉を外に掃いている。
これから秋が深まっていけば落ち葉はどんどん落ちてくる。おまけに秋だからなんだのと呼んでもいない客が大勢来るのだから、たまったものではない。まあ、お土産代わりに食べ物が来るのは嬉しいが。その調子で賽銭も入れてはくれないだろうか。
「さーて、と。掃除も終わり!」
箒を立てかけて、縁側に置いてあった煎餅を手に一休み。重労働の後はやはりこれである。
近頃は妖怪退治の依頼もなく、平和な日常が続いている。変化としては、時折鈴仙が経過観察と言ってよく神社に来るようになったくらいだ。
これ以上ないほどに退屈で平和な時間を過ごしていると、鳥居を潜る誰かの影が見えた。期待半分で見てみれば、それは良く見知った顔だった。
「霊夢さーん、いますか?」
障子を開けてやれば、私と似た巫女服の早苗がいた。そしてもはやいつものこと、早苗もちゃぶ台に座る。
「あ、いたいた」
「いたいたって何よ。私の神社なんだから、普通いるに決まってるでしょ」
「いやー、最近留守が多かったじゃないですか。なんか新鮮だな、って」
「……私がいない間になんかしてないわよね?」
「し、してませんよ?」
「あんたんところの分社が妙に綺麗になってるんだけど。建て替えた?」
沈黙の時間、早苗は目を逸らし続け、流し目で兜みたいなデザインが加わった守矢神社の分社を見た。
私が入院してる時に、家主の許可も得ずに改修したのだろう。それに気づかないほど馬鹿だと思われてるのだろうか。いや気づいたのは今日掃除している時にだけれど。本当に商売上手というか、商魂たくましい。神社だけど。
そういえば退院祝いに高級なお酒と茶葉を神奈子から貰ったっけ。思い出すと同時に鬱憤はため息となって流れていった。
「まあいいわ。で、なんか用があってきたんでしょ?」
「流石霊夢さん!話が早くて助かります!」
ほら来た。ずいずいと顔を近づけてくる早苗をあしらい、ちゃぶ台に座る。早苗の前にはちゃっかりお茶が用意されていた。自分でよそったな、こいつ。
「実は、ここ最近参拝客の方々が少なくなっているんですよ」
「……それを曲がりなりにも私に言う訳?」
頭痛がしてきた。そっちの参拝客が減るなら私の所に流れてくるわけで、いいこと尽くしではないか。表面上は守矢神社と博麗神社はライバル関係にあるはずだが。
「言いたくなりますよ。せっかく作ったロープウェイが、あの天狗みたいなお猿さんにイタズラされまくってるんですよ!護衛の天狗さんが返り討ちにされちゃいましたし、しかも本格的に追おうとしたら逃げちゃいますし、何か煽ってきますし、煽ってきますし!
……それで、そうなると運行をやめるしかないじゃないですか」
「…そうね」
「守矢神社って妖怪の山の奥地にあるわけじゃないですか」
「はぁ」
「結果、神社から参拝客が誰一人としていなくなっちゃったんですよ!」
「それは良かったわね」
「うそぉ!?そこは形だけでも哀れみを覚えるところじゃないんですか!?」
少なくとも私の知ったことではない。ぬるくなってきたお茶を一思いに喉に流し込み、早苗の話が再び始まる。
「……こほん。で、霊夢さんに協力をお願いしたいわけなんですよ。」
「なんでうちがあんたの所の手伝いに――」
「手伝いなんかじゃありません!守矢神社は博麗神社と同盟を結びたいんですよ!」
ちゃぶ台を叩き顔を近づける早苗のあまりの勢いに、私は押されるほかない。
「ビシュテンゴの討伐とロープウェイの修理を待っている間、神奈子様と諏訪子様の分霊を博麗神社に移していただきます。布教活動も今まで通りやらせていただきます。そうすれば、博麗神社にも参拝客が多く来てくれます。いい案だとおもいません?」
「うーん……だとしてもねぇ」
「プライバシーの問題なら大丈夫です。私たちはロープウェイが無くても神社に行けますので」
「いや、私が聞きたいのはそうじゃなくて――」
「ではお賽銭などの収入を折半する案ではどうでしょう」
「分かったわ。協力してあげる」
がっちりと握手を行い、ここに守矢神社の引っ越し計画は決定した。お賽銭につられた?これは即断即決というのだ。
「……はぁ、それにしても最近物騒だと思いません?」
「あー、確かに里の外に出た人がよく怪我をして帰ってくることが多くなったってよく聞くわね」
「私たちの神社にも、そういった願い事が多くなったって神奈子様がぼやいてました。やっぱりモンスターの仕業なんですかね」
「十中八九そうでしょうね。代わりに妖怪の被害が少なくなって、こっちとしちゃ大損よ」
交渉まがいの取引が終われば、こうして互いの近況を話し出す。まあ肩肘張って話し合うのはあまり好きじゃないし、柄でもないのだけれど。ほぼ同い年のはずの早苗の方が交渉事が上手いのは……多分神奈子の入れ知恵だろう。子煩悩なことで。
「それは嬉しがるべきじゃ……それに、里だけじゃなくて山にも結構被害が出てるんですよ」
「へえ、そうなの?天狗や河童が上手くやっていると思ってたけど、意外とあいつらもポンコツなのね」
「山の妖怪さんたちはうまくやっている方ですよ。むしろモンスター側の順応がすごすぎるんです。こないだもプケプケっていう花畑にいたモンスターが山の麓まで来てたって聞きましたし」
「それ、確かクシャルダオラがぶっ飛ばした奴じゃない?翼が折れてなかった?」
「よ、よく知ってますね」
「魔理沙に聞いたのよ。聞いてもないのにクシャルダオラか、たまにババコンガの話ばっかよ」
注いだお茶を飲み、足を崩す。最近の魔理沙は随分とモンスター、ことに古龍のことに熱を注いでる。今じゃ華扇よりもクシャルダオラに会っているそうな。もともと魔理沙は妖精と良好な関係で、よく会えるのもそれが功を奏しているんでしょう。まさかそんなところで妖精に好かれる体質がそんなところで役に立っているとは、本人も思っていなかっただろう。
「……山の方にもあの古龍が来てくれたら、少しは良くなるんでしょうか」
「どうでしょうねぇ。そんなこと天狗がまず認めないし、神奈子も嫌がるんじゃない?諏訪子はどうか知らないけど」
早苗は湯気の出なくなったお茶を飲み切り、顔が曇る。
「神奈子様から言われたんです。『早苗の風祝としての力が強くなれば、鋼龍の存在はむしろ歓迎するんだけどね』」
「それ、どういう意味?」
「よく分かりません。でも、私はまだまだ力不足ってことですよ。何物も近寄らせない暴風の鎧を、要は私が治められればいいってことですよ」
まあ、全然届きそうにありませんけど。自嘲する早苗の話を聞き、勝手に思考が動き出す。
クシャルダオラは龍結晶の地で強豪のモンスター達相手に戦いを繰り広げた後、右の角を折られて風の能力は万全には使えなくなっている。加えてあいつは嵐に舞う黒い影と呼ばれる古龍種の癖に、風の扱いが下手だと華扇から聞いたことがあるような気がする。
そんな奴の風の鎧なんてたかが知れてるだろうし、何なら今の早苗でも鎮めることは十分に可能じゃなかろうか。
まあ、よその事情にあまり深く食い込むのもあれだ。幻想郷に喧嘩を売るつもりなら話は別だが、今は要注意といったところだろう。
「早苗はクシャルダオラをどう思ってるの?」
「うーん、どうでしょう。私はあのドラゴンにあまり会ってませんから。あ、でも嫌いというわけじゃありませんよ?なんか、絵にかいたクールな性格って感じです」
「なるほどね……」
早苗の感想を聞き、お茶を啜る。確かに早苗の目を見るに、あれに対して悪印象は抱いていないようだ。
抱いてる感情としては、私も早苗に近い。地脈の収束地へ向かった時の防衛で大助かりした事実もあるが、なにより彼女の接し方が大きい。他とは隔絶していながらも、来るものを拒まないあの姿勢には畏敬を覚えさえすれ、恐れは生まれない。
それどころか、妙に親しい気がするのだ。私の奥深く……ずっとずっとその先で――
「おい!霊夢いるか!」
沈んでいく私の思考を揺さぶったのは、襖がピシャリと開けられる音と同時に聞こえた魔理沙の声だった。
「あ、魔理沙さんお邪魔してます。そんなに血相変えてどうしたんです?」
「......早苗もいたのか。ついでだ、お前もよく聞いとけ」
座布団に座ることもなく、息を整える時間もなしに魔理沙は口を開いた。
「―――里の人間がモンスターに殺された」
魔理沙の言葉が一言一句、自分と早苗が息を吞む音が、妙にはっきりと聞こえた。さっきまでの空気が一瞬で消え、私は魔理沙に問いかける。
「……殺された人は?」
「山菜取りの人だ。死体は囲まれて殴打されたみたいな潰れ方をしてた」
「モンスターに殺されたって言ってたけど、証拠はあるの?」
「死体が中途半端に残されてた。人食いの妖怪なら骨も残さず食うはず。その証拠に妖気も確認できなかった」
二人の会話に取り残された早苗はただ呆然と、霊夢が特注のお札や針を用意しているのを見ていた。
「私の予測になるが……やったのはマッカォの群れだ。湖からやってきたんだろう。てっきり華扇あたりが戻しているのかと思ってたが……」
「今ぼやいてもどうにもならないわ。とにかく行きましょう」
「わ、私は神奈子様たちに報告してきます!」
我を取り戻した早苗が彗星のごとき猛スピードで自分の神社へ飛んでいく。
「で、どうするんだ?いつもの妖怪退治とは勝手が違うぞ」
「どうもこうもないわ。片っ端から片付けて、リーダーのドスマッカォを誘き出して仕留める」
炎のような赤文字が書かれたお札を手に、霊夢は出立する。
「……ったく、あいつはいつもああだな」
未知の獣もどきが相手でも変わらない霊夢の姿に、魔理沙は苦笑するしかない。
「さて、私は私で確実な方法を取りに行くか」
軽い口調でうそぶきつつも、魔理沙の瞳からは遊びのそれは排されていた。先行する紅白色を追い抜かすような加速で旅立っていった。
「霊夢さーん!いませんかー?」
神社が無人になって数刻の後、サニーたち光の三妖精と地獄の妖精が家主の名を呼んでいた。
『あの紅白はよく出かけるのか?』
「ううん。いつもはお茶を飲んでるかおせんべい食べてるか、たまに掃除しているくらいで、たいていいるはずなんだけどな」
『ずいぶん陽気なのだな。あの蟹を仕留めた時は私をしっかり見ていたのだが』
「霊夢さんはね、普段と妖怪退治の時で全然違うんだ。クシャもここの軒下に住んでみろ。あの怠けっぷりは仕事押し付けられたご主人様よりひどいぞ」
そして彼女らに連れられて、巨大な龍が境内に飛来する。威風堂々とした覇気を感じざるを得ない、歴戦王たる鋼龍だ。彼女はその優れた目で辺りを見回し、何かを探している。
スターはクシャルダオラの頭に乗り、耳を澄ませるように意識を尖らせる。
『スター、見つけたか?』
「いや、この辺りにはいないわね。どうやらお出かけしてるみたい」
そうか。そう鳴いてクシャルダオラは瞼を少し狭める。余人には分かりにくいが、これで落ち込んでいるのだ。
「仕方ないわ、ここで待ってましょう。流石にクシャは里には入れないでしょうし」
『小さくなれば行けるのではないか?』
「ばれたらどんな事されるかわからないわよ……ここで待つのが良いと思うわ」
「早く帰ってくれよ、霊夢さん。あたいは待つのが嫌いなんだ」
飲みかけのお茶のある客間に入る三人。
だがクシャルダオラは体を小さくさせず、空の一点を見つめている。
「クシャ?早く入りましょうよ」
『……スター。あれが見えるか』
クシャルダオラの言うとおりに視線を合わせると、雲間から何かが見え隠れしているのが見えたが、あまりにも遠すぎてスターの目では捉えられなかった。
『やはり、帰ってくるか。華扇たちは上手く出来なかったようだな』
クシャルダオラの独り言は、家主のいない神社に響いた。
今章は人里メインのお話。王クシャもだいぶ幻想郷には慣れてきたので、人間(妖怪)視点から見たモンスターについて書いてきます。
そしてモンスターの脅威を分かりやすく語ってくれるお方が帰還したようです。まあ空中戦出来るなら大丈夫でしょう!()
作者の執筆意欲が消えて投稿を再開できるかもかなり怪しいので、今後のプランをどうすべきか、読者の方々の意見を聞きたいです。
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このまま続ける(頻度は相当落ちる
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モンハン東方で新しく書き直す
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モンハン東方はもう出さなくていい