「ふぅ、危ない危ない。里の外に出てて正解だった」
偵察用に出した首を回収しながら、赤蛮奇は屋根上から里の様子を見た。
大通りで煙が上がっているが、家が燃えている様子は無し。古い倉庫が壊れているだけだ。死人が出た騒ぎもない。かなりヤバめの襲撃だったが、結果は拍子抜けするほど平和だった。
「にしても、あれが……」
思い返しただけでも全身が鉛になったように動かなくなる、あの姿。
百年前、博麗大結界が出来てすぐに現れた全てに畏怖される幻想郷の最高神、龍神さま。それを想起させた。
今分かった。なぜ賢者たちはモンスターを、あの龍を力づくにでも押さえなかったのか。
簡単な話だ。古龍は神や大妖とは違う。その一挙一動でさえ大きな影響を及ぼす。誇張抜きに、でだ。そんなのを自由に歩かせれば、何が起きるかなんて分かったもんじゃない。
さっきのように救ってくれもするだろう。だが、同じくらい里を滅ぼすのも容易だという事だ。襲ってきたのが火竜ではなくあの龍だったら里は一瞬で壊滅していた。そう言い切れる確信がある。
通りの方で人の喧騒が聞こえてきたのにハッと顔を上げ、首を一つ取り出す。桶を被せたそれは路地を通って近づいた。
里の住民たちが喚くには、皆そろってあの鉄の竜はなんだという文言。火竜に睨まれたことなどとっくに忘れていそうな様だった。無理もない。人間は自分たちよりも上位の存在に対してはひ弱だ。そしてそれを和らげるためには、ある程度の正確な情報が有用だ。
稗田家の出している情報には古龍は載っていなかったため正体が気づかれることは無かろうが、だとすると新しく取り繕う必要がある。寺と仙人連中がそれを考えているかどうかだが。果たして。
「皆さん!心配することはありませんよ!」
場に似つかわしくない元気にあふれた声を上から響かせたのは、緑の方の巫女だった。住民たちの前に降り立つと彼らの質問に答えた。
「先ほどの竜は霊夢さ……博麗の巫女さんが呼んだ、天目一箇神という神様の化身です。リオレウスの襲来を察知した巫女さんが、急慌てで呼ばれたのです!」
うん?聞いたことのない神様の名前が出た。風祝はまくしたてるように喋る。
いわく、その神は一つ目の龍の姿を取るらしく、先ほど出たのは巫女に呼ばれて火竜を追い払うためだそうだ。確かに姿としては合致するし、神様にすれば正体がバレる心配もない。
ならば妖精はどう説明するのか。それは里の住民も疑問に思ったらしく、一人が手をあげて質問すると、風祝は答えに戸惑う様子を見せた。
「そいつはあの神様の神威に魅かれたんじゃないかい?ほら、百年前にも龍神様が降臨した時に妖精たちが騒がしくなったじゃないか……と、縁起に書いておったぞ」
口をはさんだのは群衆に紛れていたあの化け狸だ。風祝や蓬莱人以外は目を細めるが、当の本人はひらひらと手を振って応じるばかり。「まあ、単に面白そうだからついて来たのかもしれんな!妖精じゃしその方があってるのかもしれん」老獪に笑いながらどこかへ去っていく。
「……どおりで嫌がられるわけだ」
私も家へ帰ろう。首を戻して帰り道を歩いていく。
たまには面倒ごとに突っ込んでみるのも面白いとは言うが、私にとってはこれくらいが限界か。
にしても、あの古龍は何で今わざわざ姿を現したのだろう。
緩やかな四季の穏やかさに瞼を閉じながら、妖精たちと寝転がる。植物が成長するのに適した地面は巣とは違う寝心地で気持ちが良い。
「―――それで?あやつを駆り出したのにどうやって収集をつける?」
「あの子の存在を恐れているのは天狗くらいよ。あの子自身はやたらに暴れる鬼じゃないわ。天狗の敵であるあなたなら、抑えるのも容易じゃなくて?」
「そういうことではない。私が出張っては他の勢力とも厄介な問題になる。今回の事態が急であったのは分かる。ならば私かそいつに連絡すればいい。火竜を追いやるチャンスであったというのに、わざわざあれを出す必要はなかっただろう」
「はいはい。いがみ合うのはそこまでにしておきなさい。まあ、隠岐奈の言い分も分かるけど、あれが緊急事態だったのも事実。どちらが悪いとかもないわ」
喧嘩しかけそうな華扇と隠岐奈を紫が仲裁し、また難しい話を始める。
「……ねえ、私たちすんごいところに来ちゃったんじゃない?」
「あたいもそう思う」
「あ、立派な桃があるじゃない。一つ貰おうかしら」
「やめときなさいスター。ここは多分イタズラしちゃいけないところだわ」
華扇は食い物一つくらいで怒ることは無いと思うが。というか仙人は霞を食うとか聞いたような気がする。……ならなぜあれほど饅頭とやらを買おうとするのだろう?
まあ私も鉱石や地脈のエネルギーだけでは飽きることもなるし、きっと華扇は味に飽きやすい方なのだろう。
「……そうだな。あれほど忠告されていた鋼の王を堂々と人里に呼んだのだ。なにか対応があってのことだろう?」
「それなら、山の方と話をつけて別の神様に偽装してもらったわ。この子の正体がバレることは無い」
「まあ、それはいいのよ。今回の本題はリオレウスをどうするのか。
あの飛竜は幻想郷から元の世界に帰ったはずだと予測していたのに、なぜか再び戻ってきた。
火竜はあちらの生態系においては頂点に立つ存在。放っておけば、神や妖怪への畏れの減少にもつながりかねないわ」
「そちらが世界の境界をいじって火竜を送ればいいじゃないの?」
「前にも言ったが、あちらの世界との境界を無暗には開けん。またシェンガオレンのような生物が、下手をすれば超大型古龍が出るかもしれんのだ」
「確率としては低いんじゃなくて?そもそも古龍種そのものが希少種でしょう」
「ゼノ・ジーヴァの例を見なさいな。あの規模になるのは例外中の例外とはいえ、古龍のエネルギーは境界を歪めかねないほど強大な力なの。万が一でも起きたら今度こそ取り返しがつかなくなる。前の捕獲作戦だって、まだ元の生息域と繋がっているモンスターに限定して行ったのよ」
しばし誰もものを言わなくなると、華扇は我慢が効かなくなったように私の方を見た。
「……お願い!何とかして!」
『そこで私なのか?』
「おいこいつ逃げたぞ」「ほんと詰めが甘いのよねぇ」
ふーむ。華扇が頼んでくるのは驚いたが、だが、まあいいだろう。
なんだか私だけ仲間外れにされているようで少しムッとしていたところだ。文字なんかは苦手だが、奴らの習性ならうまく出来る自信はある。
『ならば奴らをどこに住ませるかだな。山辺りが良いと思うが……』
「ちょ、ちょっと待って。あのね、私たちが今話しているのは、リオレウスの脅威をどうやって幻想郷から排除するかで話していたの。あの飛竜を住ませたら、また今回みたいに人里を襲うかもしれない」
「それに、リオレウスが住めるこの山は天狗どもの領域だ。奴らをのさぼらせないためのはこの私のすべきことでもあるが、火竜を使うのは過介入だ。基本的には強制的にお前の故郷に送るか、ここで討伐するかで議論しているのだぞ」
紫と隠岐奈が話してきた。が、少し違和感が過ぎるのでそれを伝える。
『紫。多分あいつはもう人間どもの巣には来ないぞ。多分あの赤顔を殺しに来ただけだ』
「……なぜそう言い切れるの?」
『あれは人間と戦い合った経験がある。私の夫も人間と殺し合いをしてきたから聞いたことがある。人間は目につくやつらだけを殺し尽くしても、またどこからやって来て復讐しに来る。しかもかなり強い奴ばかりがな。人と戦い合ったのなら、人の仲間意識の危険も分かっているはずだ』
「なるほど。確かに筋は通っているわね。次、隠岐奈」
「なぜお前が勝手に場を仕切る……ともかく、クシャルダオラ。そもそも幻想郷にあ奴が住める余地はない。こちらから場を提供するわけないだろう」
『提供すべきだ。最近妖精から聞くぞ?草食いが増えすぎて住処を追われたとか。お前たちは火竜とかに目を向けすぎだが、草食いも油断はしてはいけないぞ。あ奴らだって我らと同じ世界で生きているのだから』
しばらくサニーたちの遊んでいる声だけが聞こえる。
「確かに筋は通ってるわね。彼らを全員送り出すのにはまだ時間が必要、かといって放置していると幻想郷の生態系が破壊されて大混乱を招きかねない……」
紫と隠岐奈がそろって考え、そして口を開いた。
「いいわ。一時的な措置としてあの火竜を受け入れましょう」
「それしかなかろうな。だが、二度と今回のような事態は引き起こすなよ」
華扇が力を込めて拳を握り、私に抱き着く。
「よくやったわクシャルダオラ!そうと決まれば早速行くわよ!」
『華扇?おいどこに行くつもりだ?』
家から勢いよく飛び出る華扇を私は追いかける。
「あれ、え?クシャ!?」「待ってー!」
「……あれも随分分かってきたじゃないか」
「なんだかそのうち名実ともに賢者になりそうね。あのコンビ」
ため息交じりで会話する紫と隠岐奈。この二人が素で過ごす時はだいたいこんな落ち着いた雰囲気である。
「この調子ならば、お前の言う
「……そうね」
すっかり温くなったお茶を飲み干し、スキマをいじる。
「でもね」
扇子を取り出し、口元を隠しながらどこか遠い目で言葉を紡ぐ。
「自然というのは、思い通りには行かないものよ。良くも悪くも、ね」
魔法の森
ガラクタが山となって積み重なる古びた家に、魔理沙は寝込んでいた。
(……もう痛みが引いてる)
リオレウスの滑空火炎放射は服の表面をあぶるだけで済み、追撃の蹴りも肉を引き裂かずに吹っ飛ばされただけだった。そのためそこまで深いけがはしておらず、自作の薬で療養しているところだった。もちろん素材はあちらの薬草で作った。というかハチミツまで栄養価が高すぎる。
「ふぅー」
ゆっくり呼吸すると、じわりと全身が熱くなるが、動けないレベルじゃない。
(……霊夢は大丈夫かな)
私を庇ったあと、霊夢は気を失ってまた永遠亭に運ばれたらしい。目立った傷はないらしいが、念のためということだ。あいつがこんな短期間で何度も入院するなんて予想だにしていなかった。やっぱり妖怪退治の専門家に、モンスターの狩猟なんて任せるべきじゃない。
(強かったな、あのリオレウス)
以前張り合ったことがあったからなんて慢心していたのが仇になった。身体の強靭さに加え高い知能もあるとなれば妖怪以上に脅威になる。
「……よし!」
頬をパチンと叩いて気合を入れ直す。考えることも大事だが、気持ちまで暗くするのはダメだ。
いつも服装に着替え、私は家を飛び出す。
魔法の森で霊夢の差し入れになるようなものを探すことにした。やっぱり栄養ってのは大事だからな。
「これは……アオキノコ、特産キノコ」
差し入れはキノコ。そろそろ秋もやってくる時期だから、キノコはより上手くなっている時期だ。出来るだけ滋養のつきそうなキノコを探していると、不意に声が聞こえた。
ー!~ーー~-----~!!ー~~~~~ーー・・・
「なんだこの歌……?」
言葉そのものの意味はまるで分からない。
音源に近づいていっても、方言とかではなさそうだ。ただ、この歌は……なにかを讃えているのか。あてのない直感だが、そんな風に聞こえた。
やがて焚火の光が見えた。そしてその前に、男が一人佇んでいた。
禍々しい邪気みたいなのは感じなかったが、念のため八卦炉を用意しながら近づいていくと男が振り返った。
「ん?おお、こんなところで人に会えるとは」
「おっさん、こんなところで何してるんだ?良い子はもう帰る時間だぜ?」
私の返しに男ははっはっはと笑い、持っていた楽器をそばに置く。
「面白い娘だ。君は近くに住んでいるのかい?」
「ああ。見たところおっさん外来人だろ。もう暗いし、うちに泊まっていくか?」
「こらこら、良い年の女の子が気軽にそう言っちゃいけないよ。良ければこの近くに村があるか教えてもらえないかな?」
幻想入りしたばかりなのに随分慣れている。普通はもっと慌てているはずなのだが。
「……あぁ。私は吟遊詩人でね。旅には慣れているのさ」
「え?外の世界にまだそんな奴いるのか。もうとっくに絶滅したって聞いたけどな」
「ふふふ。人はそんなに脆くはない。私はこの職に誇りを持っている。やめるつもりは毛頭ないよ」
飄々とした男の態度に違和感を覚えつつも、とりあえず人里の場所を教える。
「思ったより近くにあったのだな……感謝するよ。お礼に一曲いかがかね」
「うーん……まあ、聞いておくか。絶滅危惧種の演奏なんてそう聞けるもんじゃないしな」
軽く笑った男は瘦せ細った琴のような楽器を構えると、静かに歌い出した。
地よ震えよ 森よ灰と化せ
卑小の命は日のごとく失せ
古き眷属はみな隠れよ
喉あらば叫べ 耳あらば聞け 心あらば祈れ
天と地とを覆い尽くすかの者たちの名を
ミラボレアス! ミラボレアス!
そして拝謁するのだ
我らが祖に
「……さて、私は行かせてもらうよ。君もどうか気を付けて」
「え、あ、ああ……」
呆然とする私を尻目に、あいつは里の方向へ消えていった。
「落とし子とて、気に病む必要はない。君もきっと、あの方に見初められているのさ」
ただ私の視界には、詩人の赤衣だけがずっと残り続けていた。
作者の執筆意欲が消えて投稿を再開できるかもかなり怪しいので、今後のプランをどうすべきか、読者の方々の意見を聞きたいです。
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このまま続ける(頻度は相当落ちる
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モンハン東方で新しく書き直す
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モンハン東方はもう出さなくていい