執務室にて、冷たく固い椅子の座り心地と目の前の大量の書類に思わずため息を漏らした時…。
「おーい提督、なーにシケた面してンだ?」
元気、と表現するのにこれほど相応しい声はないだろう。そんな彼女の元気はつらつな声が耳元で弾けた直後、俺の背中に軽い痛みと衝撃が走った。
「ったく…提督がつまンなさそうな顔してっと…こっちまで気が滅入っちまうだろ?」
次いで俺の両肩にそっと置かれた手の平からは温かさと微かな振動が伝わってくる。そしてつい数秒前に発せられた元気な声が再び俺の鼓膜を震わせる。
「ンだよその顔は~」
俺が困ったような表情で振り向くと後ろにいた秘書艦…江風はニヤニヤしながら俺の両頬に触れてくる。そして手の平で軽く俺の両頬を包んだかと思えば、グルグルしたりギュッとしたりと何やら遊び始めた様子。
「この江風が秘書艦なンだぜ?そンな退屈そうな表情ずっとしてンんなら…こうしてやるッ!」
そう言って目尻を下げる江風の青い瞳は吸い込まれそうなくらいに澄んでいた。
★
江風はかわいい。
「ったくよ~、まーだ終わンねえの?」
執務室に江風の元気な声が響くと不思議と心が弾む。
「しょーがないな~。ほれ、手伝ってやっから」
何となく見た目から戦闘狂なのかな…なんて思っていた時もあったが、実際は仲間想いのイイ子で…。
「ン?何見てンだ?」
要はかわいい。江風の青い瞳も、赤い髪も、真っ白なお腹もかわいい。もちろん見た目だけじゃなく、性格も所作も全てがかわいい。
「…そンな見つめられたら照れるだろ!いーから早く終わらせて飯でも食い行こーぜ!」
…そんな最高の江風が秘書艦で本当に良かったと思う。
思うんだけどさ…。
アレだけはやめてほしいんだよなぁ…。
★
「ン、いってらっしゃい」
少し手洗いに行って来る、そう江風に告げて席を立つ。見ると江風は手元の書類と睨めっこをしながらペンを走らせていた。
「ちゃンと手ぇ洗えよ~?」
執務室を出る直前に江風を見る。相変わらず難しい顔をして書類を見つめているが、どこかソワソワしていて落ち着きがない。
「………」
ガチャリ、と音を立てて執務室の扉が閉じられる。そして俺はトイレへ向かうことなく、今しがた閉めた扉の前に静かに立つとそっと耳を澄ませる。
「………」
さすがに部屋を出たばかりだし…。
しかもトイレに行って来ると告げていたから、さすがの江風も…。
そう思っていた。
だが…。
「んっ…」
耳を押し当て、扉越しに微かに聞こえたのは吐息。
「んッ…んんッ!」
小さく漏れた声は時間が経つにつれて次第に大きくなっていく。
「あっ…!!」
ガタンと大きな音をたて、しばらく静まり返る執務室。
「んッ、提督、もっと触って…」
静寂に包まれた執務室に再びこだまする声は、かわいらしい女の子のもので、聞いているこっちがとろけてしまいそうなくらい甘い。
しかも縋る様に何度も俺のことを呼んでいる…。
「ンッ!!気持ち…イイッ!!」
叫ぶような声が瞬く。
「はぁ…はぁ…」
次いで激しい息遣い…やがてそれが聞こえなくなった頃に俺は扉をノックした。
「おっ、おかえりっ…遅かったな」
ノックをしてから少しだけ時間をおいて部屋に入ると、伏し目がちの江風が迎えてくれる。
…運動でもしていたのか、頬を赤く染め、時折深く息を吸っては乱れた呼吸を整えようとしている江風の姿。加えて俺の机の上にあったはずの何枚かの書類が床に散乱している。
「…なにしてたンだよ」
ようやく顔を上げた江風の表情はどこかぎこちなく、目も泳いでいるようだった。
江風、それはこっちの台詞だぞ?
「もしかしてサボり?ったく、提督も悪い奴だな~」
江風は気まずそうに笑っていたが、俺が何も答えずに彼女を見続けたからだろう。江風は俺から視線を外すと俯いてしまった。
「………」
それ以降、自分の髪の色と同じくらいに顔を赤く染めた江風は下を向いたまま黙り込んでしまった。
………
……
…
いや、気まずくなるのは分かるんだけどさ…。
それなら執務室でやるのやめましょうよ!?
★
「ああっ、イイッ!イイよおッ!!」
江風が秘書艦になって一年くらい経った頃、何かの理由で席を外していた俺が執務室…正確には執務室の扉の前まで戻ると、中から激しい声が……。
「てーとくぅ、大好きィ!大好きだからぁ!だからもっと、もっと激しくしてぇ!」
…最初は何をしているのだろうと思った。そして扉を開けようと思ったのだが、何か開けてはいけない気がして俺は扉を明けなかった。
今でもその選択が良かったのか悪かったのかは分からない。分からないが…。
部屋の中から聞こえてくる江風の甘い声に、激しい息遣い、そして椅子が軋むような音。
意を決して部屋に入ると顔を真っ赤にした江風が目を泳がせ、モゴモゴ口ごもっていた…。よく見たら着衣も乱れていた。
これは……
「な、なンだよぉ…」
でもここで何をしていたのか、なんて問い詰めることは出来ない。少なくとも、目に涙をためて怯えるように体を震わせる江風を前にそんなこと言えるはずもなかった。
しかしその日以来、江風はそれに味を占めてしまったか、それともバレないからいいとでも思っているのか、俺が席を外す度に同じことを繰り返すようになった。
………
……
…
「なに突っ立ってンだよ…早くやっちまおうぜ」
ずっと見られているのが癪に障ったのか、江風は不機嫌そうにそう言うと俺を睨んだ。
「………」
江風に促されるがまま席に着こうとして気が付いた。
椅子が……ちょっと濡れている。
「…早く座れよ」
ただ単に拭き忘れただけなのか、はたまたわざと残した上でのその発言なのか…俺には分からない。
しつこいようだけどこれだけは言わせてほしい。
執務室でやるのやめましょうよ!?