「ちゃんと仕事してくれないと困るんだけど」
場に似合わない声が響いた。
飛んできた呪霊を、男を足蹴にすることで審神者はぎりぎりのところで避ける。
審神者を標的として定めた呪霊は追尾しようとしたが、一瞬のうちに審神者の前に立ちはだかった付喪神によって切り捨てられた。
夏油も手持ちの呪霊をいつでも攻撃できる配置につけた。
「こんなのでもいないよりはましなんだよね」
ため息を吐き、そう呟きながら体中につぎはぎがある呪霊はうずくまっている男の襟をつかみあげ立たせた。
「あーあ、宿儺の指の回収は邪魔されちゃうし散々だな」
「それ、置いていっていただけません?」
審神者は今だに呻いている男を指差して呪霊に言う。
「このおっさんのこと?まだやってもらうことがあるからだめ。んーー、でもお姉さんがこっち側に来るならいいよ。お姉さんがさっきおっさんに向けた怒りは最高だった!」
「それは無理なお願いですね」
間をおかず審神者は答える。
「じゃあ気が変わったら教えてね」
そういうとどちらかの能力なのか、一瞬のうちに姿を消した。
夏油の携帯に夜蛾から生徒全員の安否が確認できたため、一度戻るようにと連絡が入る。
審神者とともに他の職員たちと合流すべく、道を引き返した。
夏油は先程の審神者の衝撃もあり、適切な言葉さえ思い当たらず、2人と付喪神は無言で歩いた。
審神者はぽつりとこぼす。
「まったく、こんなところで身内の恥を晒すつもりはなかったのですが」
「それよりも私は君があんなことをするとは…」
決して審神者を責める意図はなかったが、思わず出てしまった言葉に夏油自身が狼狽えた。
「ーー優しいだけでは誰も、何も、救えないんですよ」
審神者は夏油に視線さえ寄越さず静かに答えた。
生徒が手当てを受けている間、審神者は五条たちと今回の襲撃者について情報共有をしていた。
「人的被害は、補助監督3名が重症です、が…」
報告をしている伊地知は言葉を切り、審神者にちらりと視線を投げた。
「…人的被害と言っていいのかわかりませんが、長義が、付喪神1体が軽傷を負いました。つぎはぎがある呪霊と交戦したと報告を受けています」
審神者は付喪神から聴いたつぎはぎの呪霊の特徴や能力を高専側に伝えた。
また、話し合いでは、襲撃に加担していた元審神者について、後日政府から高専に一部の情報を提供するという取り決めがなされた。
「姉ちゃん!なんでいんの!?」
生徒たちが集まっている部屋に審神者も五条たちと共にいくと、虎杖から声が上がった。
虎杖は審神者に向かって駆け寄り、その格好なに!?などと質問をぶつけまくっている。
審神者は審神者で近づいてきた虎杖を捕獲し、殴られていたところなどに触れて怪我の確認をしている。同級生に見られているのが恥ずかしいのか虎杖は身を捩る。
「ちょっと!こんなとこでやめろって」
一頻りいじくり回して納得したのか審神者は虎杖を解放し安堵の息をつく。
周りの生徒はぷーくすくすと態とらしく虎杖を笑っている。
審神者は生徒たちに自身が虎杖の従姉であることをつげ、虎杖の3人の同級生に悠仁をよろしくねと頭を下げた。
「姉ちゃん、仕事に戻ったはずだろ!」
恥ずかしくて顔から火を出しそうな虎杖はそう審神者にいう。
審神者は少し息を吐き、虎杖に秘密にしていたことがあると伝えた。
「?、秘密ってなに?」
「私は審神者という役職に就いているの。簡単に言うなら政府が秘密裏に雇っている霊能力者ってところかな」
「霊能力者?呪術師じゃなくって?」
「呪術師と違って審神者は霊力を使うの」
更に細かい違いを審神者は虎杖に説明するが、意味がわからず、虎杖は頭をぐるぐるとさせる。虎杖は考えることを放棄し、審神者に唯一理解できたことを聞く。
「姉ちゃんは俺に嘘ついてたってことか?」
審神者は視線を虎杖から外し、ぎこちない沈黙が落ちた。
「辺鄙な場所にあってなかなか行き来ができないのは嘘だったのか?」
「…本当のことよ」
「移動手段が馬しかないっていうのは?」
「本当」
「外に出たら時々鉛玉が飛んでくるから防弾チョッキが必要っていうのは?」
「それも本当」
「よく罠が仕掛けられてるから足元を見ながら歩く必要があるっていうのは?」
「確実に本当」
虎杖から浴びせられる質問が止む。
「…全部本当じゃん」
「悠仁には嘘をつきたくなかったの」
困ったように眉を寄せて審神者は言った。
悠仁は審神者の言葉に少し考え込んでいたが、すぐに顔を上げた。
「……なら、いいや。元々秘密のことなんだろ?けど姉ちゃんは俺に嘘を付かないように正直に言ってくれてた。俺はそれが嬉しい」
審神者は虎杖の両頬を掌で挟んで撫でまくった。
吉野をはじめ、審神者という役職を初めて聞いた一般家庭出身の生徒は2人の会話に、現代日本にそんな紛争地帯が残されているのかとドン引きしている。
虎杖は他の生徒たちに更に茶化され、言い合いをしはじめた。
「審神者か…」
御三家の加茂家の嫡男ともなると審神者について知識があるらしい。
その声に気が付いた審神者は加茂に向かってにこやかな笑みで近づき、左手を差し出し握手を求めた。
加茂は眉を顰める。
加茂は不審がったが、家の都合上、擦り寄ってくる輩はどこにでもいて、目の前の審神者もその類で、差し出す手についてはただ知識が欠けているだけかと少し失望した。
審神者と繋がりを作っておくことも家としては重要だろう。そんな考えで加茂も片手を差し出す。
審神者の手は女性特有の小さくひんやりとした白いものであったが、加茂は触れる掌に、眉を顰める。加茂家にも武器を使う呪術師はいる。その呪術師の中でも刀を扱う者と似た、硬いマメが審神者の掌にあった。
繋がれた手を不意に審神者に引かれ、審神者と加茂の顔の距離が近づく。
「次はない」
加茂の耳にドライアイスさながらの冷気を帯びた言葉が吹き込み、加茂は固まった。審神者は加茂にしか聴こえないように言ったつもりであったが、五条が聞き耳を立てていたのか口を挟む。
「ちょっとー、生徒脅さないでくれる?それに、仮にも神に使える身なのにそんなこといっていいの?」
「私の神は休暇中です」
審神者は微笑んだ。
その返答に言葉を失った五条は虎杖に近づき聞く。
「ねぇ、悠仁のお姉さんって、地獄産かなにかなの?」
「?……んー、どちらかというと宮城県産?」
突然質問され、虎杖は頭に疑問符を付けながら答えた。
審神者は先程の高専側との話し合いの際に、交戦した呪霊の情報の詳細を更に伝えるため、付喪神を1体、顕現させていた。
その付喪神は誰と話すでもなく、白色のマントを纏い海より深い青の瞳を瞬かせながら、壁にもたれかかっている。
高専にも顔だけならいいのはいるが、それ以上の顔面に数名の女子が興味を持った。
呪術師であれど、お年頃なのか審神者に聞く。
「虎杖のお姉さんって付喪神たちと一緒にいてなんとも思わないんですか?」
「?」
随分とぼやかした質問に審神者は疑問符をつける。
「ほらぁ、その、恋愛的な…」
「見掛けはいいけど、中身は五条さんと同レベルですよ?」
「あー、なるほど」
釘崎三輪は一気に冷めた。
翌日加茂の左手には手の形をした青痣が浮かんだ