「蘇芳さーん、生きてます?」
突っ伏して寝ていた書類の山から顔を上げ、担当者からの電話に出ると呑気な声が聞こえる。審神者は寝不足の頭を動かした。
「基準による」
「人間基準でお願いします」
「軽めの瀕死」
「やばすぎてうける」
「要件ないなら電話切るわ」
「あー待って、悲しい報告が1件と嬉しい報告が1件ありまーす」
「なに」
「どっちからがいいですか?」
「どっちでもいいからはやく」
「じゃあさっそく、武蔵国筆頭の青丹様が老衰でなくなりました」
「で、悲しい方は?」
「あっ、さっきのが悲しい報告です」
「あらそう。もうひとつは?」
「ぱんぱかぱーん!おめでとうございまーす!蘇芳さんが武蔵国筆頭候補に挙げられてまーす」
「げろはきそう」
「大丈夫ですか?」
「私の記憶では現在進行形で私が陸奥国筆頭だったはずだけど」
「そうですね!」
「なんで武蔵国?」
「首都じゃないですか?」
「うん」
「人多いじゃないですか?」
「うん」
「筆頭として書いてもらう書類も他の国より多くて、誰もやりたがらないんですよね」
「うん」
「新人に任せるには荷が重すぎるので、筆頭として既に書類に慣れてる人となると蘇芳さんかなって」
「いみふめい」
「各地担当者たちも賛成してましたよ」
「他にも書類できる人いるでしょ。山城国の淡藤あわふじとか」
「淡藤さん、京都出身じゃないですかー」
「うん」
「「なんでうちが都落ちせなあかんの?」ってキレ散らかしてました」
「あーいいそう」
「ということで蘇芳さんにほぼほぼ決まりでーす」
「むりよりのむり」
「前に呪術高校?高専でしたっけ?蘇芳さんが急にあそこに乗り込んだとき始末書書いてもらったじゃないですか?」
「ちゃんと書いてたでしょ」
「はい、許可書なしの外出、無断で公用車の使用、呪術界関係者との接触、その他4件、計7件の始末書いただきました!」
「じゃあ問題ないはず」
「その始末書の作成の速さが評価されて武蔵国の筆頭に推薦されましたー、わーぱちぱち」
「げろがのどまできた」
「後でポリバケツを送っときますね!」
「そんなものよりレッドブル送って」
「後でレッドブル5ケース送っときます!あと、会議!今日14時から政府の会議室であるの忘れてないですよね?」
「わすれてた」
電話を切ると襖が勢いよく引かれ、刀剣男士の1人が転がるように飛び込んできた。
「あるじさーん!大変!」
「どうしたの?」
「鯰尾がメントスコーラの実験で2ℓのコーラ使ったら、すごいことになって焦って振り回しちゃって、テレビの部屋が大惨事!」
「」
審神者は言葉を失った。
会議室には各地の審神者筆頭が揃う。
この会議では各地で発生した問題などが協議される。
会議室を見渡すと着物、狩衣、袴、各々が好きな服で老若男女が参加するためまとまりはない。
蘇芳はいつもと変わり映えのない狩衣だ。
緋色の袴を纏った、いわゆる巫女服を着た年若い女性が話しかけてくる。越前国筆頭の審神者名 芥子からしだ。
「お疲れ様でーす、蘇芳さん。…なんかカラメル?…コーラ?っぽい匂いしません?」
「お疲れ様、芥子。あぁ、朝からメントスコーラをした輩がいたの」
「あぁ、鶴丸ですか」
「今回は鯰尾」
「蘇芳さんのところだけ分霊の中でもやばいのの極みばっかりそろってません?」
「今では担当者からは魔窟と呼ばれているの」
そんなことを話していると声がかかる。
「蘇芳と芥子やないの。そんなに陰気な顔してどうしはったん?」
審神者名の通り、淡い藤色をした着物を纏った女性が話に急に入ってきた。
「淡藤、なんで武蔵国の話蹴ったの。こっちに回ってきたじゃない」
「いややわぁ、武蔵国は距離あるし、ちょっと考えとくわぁって伝えたつもりやったんやけど」
「芥子、翻訳お願い」
「んー、そんなド田舎に誰が行くか断る。ぐらいですかね」
「一応日本の首都なんだけど」
「まぁ、淡藤さんらしいですけどね。そうそう、今度3人でキャンプでもしませんか?」
「キャンプ?場所は?」
蘇芳としては本丸の喧騒を一時的でも離れられるのであれば、野宿でもなんでもよかった。たまにはひとりになりたい。
「函館あたりはどうですか?ごはんは現地調達で!」
「なんでうちも参加することになっとんの?野宿なんていややわ。しかも食べ物現地調達ってなに?鮭でも採って食べるん?」
「えー!審神者になってすぐの頃、一緒にキャンプしたじゃないですか!」
「…芥子、あれはキャンプじゃなくって遭難者の救助というの」
「あれ?あのとき淡藤さん遭難してたんですか?でもあの時、蘇芳さんからもらった獲れたての鹿肉食べてたじゃないですか」
そんな会話をしていると定刻となり席に着く。
会議も佳境にさしかかった頃、今回の司会進行当番である審神者が言う。
「相模国のある地点で、3日前に事前の許可のない、霊力の籠った結界が張られた。現場に残された霊力から陸奥国の蘇芳のものだとわかった」
会議室中の視線が蘇芳に集まる。3日前どころか1週間前から万屋にもいっていない。その日は相変わらず書類を作成していたはずだ。
「3日前は本丸に終日おりました。ゲートの記録を見ていただいても構いません」
「誰かに符を譲渡したことはあるか?」
「ありません」
「破れているが符が残されていた。後で見せるから確かめてくれ」
その言葉に蘇芳は首を縦に振った。
見たことがあった。とてもあった。
これは従弟のために作った符だ。あの高専の交流会のために虎杖が怪我をしないようにそれはそれは霊力を籠めまくった。
それがなぜ相模国で現代でいう神奈川で使われたのか。
あの時、結局誰にも渡していない。虎杖にさえ渡すことができなかった。持っていったが、邪魔になったため高専の使っていない部屋に置かせてもらったはずだ。
高専にいて、符の存在を知っており、盗む時間のある者。
「―――あの野郎」
蘇芳は犯人がわかった。
宮内庁から襲撃犯の元審神者について情報を持ってくると連絡があった。機密情報のため、メールなどは使わず、コピーも不可。そのため職員が直接持ってくるらしい。情報が情報なので、夜蛾が直接出迎える。
前にも見た車が高専につく。
後部座席から出てきた人物をみておやっと夜蛾は思った。
虎杖の従姉の審神者がなぜここにいる。
その視線に気が付いたのか、審神者は夜蛾に微笑んだ。
「陸奥国から武蔵国、現代でいうところの東京都の筆頭に異動になりまして。またちょっと用事もあったものですから、本来こちらに伺う予定の者に代わっていただいたんです」
夜蛾は応接室に審神者を通した。応接室には一度の説明で済ませるため既に高専の職員を集めてある。
応接室の扉を開けると審神者はある人物に駆け寄り掌底をその顔面に向けて突き出した。
「びっくりしたー、悠仁のお姉さん急に攻撃してくるってひどくない?」
案の定五条の術式に阻まれる。審神者は霊力を籠めているのかバチバチと呪術と霊力がぶつかる音が響いた。
「五条さん、一度術式解いて頂けません?その間に何発かいれるので」
「蘇芳ちゃんを怒らせるなんて、悟いったいなにしたんだい?」
夏油がため息をつきながら五条に言う。
「なんで僕がなにかやらかした前提で話すの?」
「あら、五条さん。なにもしてないと言い張るつもりですか?」
審神者の言葉には明らかに棘があった。
「えー何か僕したっけ?」
「交流会、荷物、御符」
審神者は端的に告げる。
「あー思い出した」
「やっぱりなにかしたんだね」
「あんな霊力MAXの符って見たことなかったから、どんな威力あるかなって…」
悪びれするでもなく五条は言った。
「で、威力はどうだったんだい?」
「すっごかった。一瞬で中級以下の呪霊が破裂した」
「人の符を盗んで勝手に使用するとはどういうことですか」
「盗んだ…?それは本当か、悟」
五条たちの話を黙って聞いていた夜蛾が五条に言った。
「盗んだなんてひどいな。僕は試しただけで」
夜蛾の拳が五条に落ちた。
「あの元審神者については、我々が対応致します」
「というと?」
夜蛾が審神者に聞く。
「審神者の戦い方は審神者が一番熟知しています」
「結局のとこ、あの男をアンタらは野放しにしておけない。呪術界も信用できない。だから直々に殺すってことでしょ」
五条が口を挟んだ。
「「殺す」なんて直接的な言葉を使うつもりはありません。罪を償わせるためにも確保が一番です。しかし、それが困難である場合は、――生死は問いません」
「うわっ、こっわ」
五条は茶化した。
話のあと、夜蛾の許可のもと、審神者は術式を解いた五条に一発入れた。
授業中の虎杖のところに突然現れた審神者は何枚もの符を虎杖に渡し、五条に対してなら使っていいと告げた