陸奥国から武蔵国の筆頭に異動となった審神者は多忙を極めている。
以前も書類は多かった。しかし今の比ではない。
そもそも陸奥国と武蔵国では審神者の数が違う。もともとの分母が多いためそれに比例して審神者の数も多かった。
人数が増えるとそれに合わせてやんちゃをする人の数も増える。
陸奥国でも演練時に諍いはあったが、ここまで多くなかった。諍いの理由も理由で、相手の方がレアな刀剣男士を持っているだとかいちゃもんが多かった。
初めは蘇芳も相手の言い分をきき諌めていたが、それでも埒が明かない場合や何度も諍いを起こす者に対しては容赦せず、胸ぐらを掴まれた際には相手の顔面に肘鉄を食らわせ近くにあった消火器で殴ることもあった。
「
おかげで筆頭の代替わりで少し荒れていた武蔵国が一気に落ち着いた。
もう一点、頭痛と胃痛の種があった。
呪術師や呪霊の戦いを見た刀剣男士が技名を自身でつけ、戦いの最中に言いだすということが起こった。
これは恥ずかしい。
まだ出陣のときはまだよく、刀剣男士たちの好きな様にさせていたが、演練となると話が別である。
「筆頭のところの刀剣男士が戦いの最中何か言っている」から「なんか格好いいから真似しよう」となるまで然程時間は掛からなかった。
これがかの有名な第一次武蔵国中二病蔓延事件である。この事件は各国に飛び火することとなる。
さすがにこれは審神者の胃に大打撃であった。頭痛薬に合わせて胃薬も服用することになった。
御符の件では高専を責めることができたが、さすがにこのことで責めることはできなかった。呪術師たちも真面目に仕事をしているだけだ。
また刀剣男士たちを責めることもできない。審神者も耐えるしかない。いつか中二病から完治とまでは言わないが
人数が多いということはまた別の問題も発生する。
性的思考は人の数だけあるというのは審神者の持論だ。
その日も自身の本丸の刀剣男士に不埒なことをしたという容疑がかけられている審神者の男のパソコンの中身を見ていた。
不意に電話が鳴る。
「もしもーし、蘇芳さん」
「なに芥子、なにかあった?」
「いま何してます?」
「汚いおっさんのケツ見てる」
「遂に新しい性癖開花しました?」
「なわけない。ショタコン疑惑の審神者のパソコンのHDDチェックしてる」
「で、どっちでした?」
「セーフっちゃセーフ。ハードSM動画しかない」
「よく見れますね」
「慣れれば昼食食べながら見れるようになる。で、要件は?」
「あっそうそう、高専に蘇芳さんと淡藤さんと私で行くことになりました」
「なんで?」
「担当さんからは緊急要員の顔合わせって聞いてます」
「わかった。連絡ありがとう」
電話を切ってすぐ部屋の襖が引かれ桃色の髪色をした刀剣男士が入ってきた。
「――次はなに? スイカに輪ゴム?生たまねぎ早食い大会?」
「……水の上を歩いてみたいと、池に片栗粉を大量に投入したようです」
審神者は吐き気がした。
「姉ちゃん!」
事前に従弟に連絡しておいて正解だった。日頃削られている神経が復活した。
審神者があの盗人野郎と我慢して顔を合わせにきた理由はこれだ。
可愛い可愛い従弟の顔が見るためにわざわざ高専まで足を運んだといっても過言ではなかった。
いつものように近づいてくる虎杖を捕獲し、あちこち触りながら怪我の有無を確かめる。
「そういえばこの前あげた御符使ってくれた?」
「んーん。だって五条先生にしか使っちゃダメなんだろ?なかなか使えねえよ」
「いつでも使えばいいじゃない。あんな呪術で防御している敵には口の中とか体内にいれて破裂させれば外側よりダメージ与えられるからそうしなさい」
「…ちょっと、そんなこと僕の生徒に教えないでくれる?」
五条が引きながら文句を言う。
「人の物を勝手に盗むような不届き者には丁度いいのでは?」
五条の方に視線さえ寄越さず審神者は言った。
「謝ったでしょ。それに殴られて痛かったんだけど」
「あら、痛くしたんです。気がついて頂けたようで幸いです」
虎杖と話しながら、時折五条と会話のドッジボールをしながら会議室に進んだ。
会議室には宮内庁から蘇芳、淡藤、芥子の審神者3名、担当者が出席した。高専側からは夜蛾、五条、夏油を含め教員がほぼ全員出た。
「で?顔見たしもう帰ってええやろ?」
席についてすぐに長居するつもりがないのか淡藤が担当者に向かって切り出す。
「戦闘力になり最低限自身の身を守れる審神者を集めてどうされました?近々、大きなテロでも行うと
蘇芳のその言葉に高専側が身を固くする。高専側が宮内庁に付けた注文そのままであった。呪術師の戦い方は激しい。その中で足を引っ張られるわけにはいかないのだ。だからこその注文であった。また呪霊側が何が大きなことを企んでいることもまた確かだった。
「そちらの情報は漏れていませんのでご安心を。大体そういう案件では私たちが出ることが多いので自然とわかっただけです。向こうが大きい動きをしてくれるのは逆に有難いですね」
蘇芳は何ともないように言った。
10月31日
審神者と高専の顔合わせが行われてから半年と経たずそれは起こった。
高専の職員たちは渋谷に急に帳が降ろされたことで異変を知った。
魂の形状を操作する呪霊、火炎を操る呪霊、樹木を操る呪霊がこの事態に関係している可能性が高く、特級呪術師の五条と夏油を筆頭にほぼ呪術界の総力が集められた。
現場に赴くと既に審神者たちは帳の外にいた。それぞれ5体ずつ付喪神を率いている。
審神者たちの方に目を遣ると、格好は前と同じだが、全員が首にチョーカーの様な物をつけていた。何かの通信機器だろうか。
審神者はそれぞれの付喪神たちと話をしている。この後何が食べに行こうと言う者。早く帰ってテレビを見たいと溢す者。まるで遠足にでも来たかのような雰囲気で緊迫感はない。
しばらくすると蘇芳が付喪神全員を呼んだ。まとめて何か指示を出すらしい。
「はい皆さん、手順は事前に連絡していた通りです。もし不測の事態が発生した場合については」
「いつもの通りやろ。はよ話締めて」
蘇芳の言葉に淡藤が茶々を入れる。
「では簡潔明瞭に。
――容赦など必要ない、あの糞野郎に地獄を見せてやれ」
そう迷いなく蘇芳が言うと、あの少し前までの穏やかな雰囲気は刺すような緊張感のあるものに変わった。
その光景を眺めながら五条が虎杖にひそひそ聞く。
「…悠仁のお姉さん
「では行きましょうか」
そう言って帳の中に審神者たちが先に入った。
遅れて呪術師たちも中に入ったが、そこには甲冑の残骸や呪霊の肉片が至る所に残されているだけで、審神者や付喪神の姿は既になかった。
芥子は短刀と2人で帳の中でも比較的全体を見渡せる高い場所にいた。
「渋谷ってクレープ有名だったっけ?蘇芳さんたちついてきてくれるかなー」
そう言いながら背負っていたバッグを開いた。
虎杖は拳を交わしていたバッタのような呪霊と一旦距離を置いた。
すると自身のすぐ横から突然現れた矢がバッタの左半身を消し飛ばす。その光景に驚くも追撃を加え、帳の杭を破壊することができた。
矢が放たれた場所を見ると空間が小さく円のように切り取られており、地下にいるはずが、その部分だけ帳の黒い空が覗いている。
「蘇芳さんの従弟さーん!大丈夫ですかー!」
その円に触れようとすると円の中に知っている顔が映り、虎杖に向かって声を掛けてきた。従姉とともにいた審神者の一人だ。不意に声を掛けられ挨拶する。
「これ、私の能力なんで安心してください!援護するのでそのまま進んで大丈夫です!」
その芥子の言葉に虎杖は頷き礼を言って、先を急いだ。
芥子の前にはいくつもの円が並んでいる。それぞれの円の中には呪霊や遡行軍と戦う呪術師や刀剣男士が映る。芥子は息をつくと、再び弓を引き、矢を番えて霊力を込めた。
淡藤は自身の刀剣男士1人といた。相変わらずの着物姿で、移動する際には刀剣男士に抱えてもらっている。
手には扇子を持ち、地下特有の閉塞感に眉を寄せた。
「わざわざ地下で戦うなんてあほらし」
そう言いながら視界に入った呪霊や遡行軍に向かって扇子を扇ぐ。そよ風に霊力が混じると荒れ狂う風と化し敵を襲い、鎌鼬が駆けたかのように切り刻んだ。
時折会う呪術師たちにも危うく暴風を浴びせたが、操作可能なのか呪術師たちを避けて背後の壁などが切り刻まれるだけで済んだ。
「わざとと違うし、ゆるしてな」
淡藤は間違えるたびにそういった。
淡藤は呪霊が肉片と化したものを横目に歩みを進めた。
蘇芳は駅のホームにいた。刀剣男士は近くにいない。
手には刀を持ち誰もいないホームで1人佇んでいる。刃は鞘に納まったままだ。ホームにいた改造人間や呪霊は切り捨てられている。
不意に電車が入ってきた。しかし誰も乗っておらず、先頭車両から見てまわるが後部車両の中で女が一人座り込んで怯えているだけであった。足を切られ立てないのか、少なくない血液が床を濡らしている。女は恐慌状態になっており、話を聞くことも難しそうだ。
「――ここから出ましょう」
蘇芳は女に肩を貸してホームに出た。近くのベンチに女を降ろして落ち着かせようとした。
左脇腹に冷たいものが刺し込まれ、瞬時に熱を持つ。
女ごと蘇芳は床に倒れ込んだ。
「その甘さが命取りだ」
紙やすりをかけたような声が響く。
女が悲鳴をあげるが男の癇に障ったのかすぐに声は聞こえなくなった。
うつ伏せに倒れ込む蘇芳の傷口に男の足が乗せられる。傷口から溢れる血は滾々と流れ、乾いた床の上を生き物のように広がった。
「痛いか?あの筆頭様がざまぁないな」
男が足に力を加えるたびに血が湧いた。男が蘇芳の体を蹴る。
蘇芳から霊力を感じなくなったことで、男は目の前のものが生き物から物に変わったことを認識した。
霊力を持つ者の中には近くにいるものの霊力を感じとることができる。見知ったもの同士であればそれも容易い。
「蘇芳のところやったか」
蘇芳の霊力が消えたことで淡藤はそう呟いた。
男は蘇芳を蹴る。軽い体はよく飛んだ。
男は次はどの審神者に奇襲を掛けようか考えていた。あの呪霊どもと手を組むのは吐き気がしたが、こうして審神者を殺せるのであれば釣りがくる。しかも今回はあの筆頭を殺すことができた。
「――っ!蘇芳ちゃん!」
呪霊操作をしている呪術師がホームに来た。自分が足蹴にしている審神者の知り合いの様だ。
「この筆頭女の知り合いか?残念!ちょっと遅かったな、もう死んじまった」
「その足どけてくれないかい?」
目の前の男は怒りを滲ませた。
「おっと正義の味方気取りか?それにしてもこの女最後まで最悪だったぞ。随分深く刺してやったのに呻き声一つあげなかった。おかげであと2人いる審神者をどう嬲ろうか考える必要ができた」
呪術師ごときに後れを取るわけがない。 自分には遡行軍もついている。遡行軍をあてがえば自分が逃げる時間は十分にできるだろう。
そう思い、審神者の体から足を離そうとした。
「つーかまえた」
死んだはずの審神者の手が足を掴んだ。
元審神者の男の足には地面から生えた黒い手が男の脚を掴む。段々と底無し沼に嵌るように男の足元から沈む。
蘇芳は床から体を起こし、首に付けているチョーカーを取る。少し咳込み血を吐いた。チョーカーの真ん中には長い針が付いており、装着すると針が首を貫通するほどであった。
針が完全に首から抜けると先程まで消えていた蘇芳の霊力が戻った。男が信じられないような目をしていることに気が付き説明する。
「これ、霊力を抑える道具なんです。見ての通り、針が首に刺さるのでとても痛いし苦しいんですが、あなたの様な霊力の探知と隠匿が無駄に得意な人に近づくには有効なんですよ。まぁ、霊力を誤魔化すための符とか事前の準備が大変なんですけれど」
蘇芳は淡々という。
「人が黙って聞いていれば好き勝手してくれましたね。あなたにはその報いを受けていただきます」
一旦区切り息をついた。
視線の先には先ほど助けるはずであった女の亡骸がある。
「審神者にも得意不得意ありますよね。私が得意なのは召喚なんです。召喚は簡単にいうと物体の転移。間違うと大変なので、結構緻密な霊力の操作が必要とされるんですよ。召喚を逆に使えばちょっと時間が掛かってしまうのですが物体を送ることも可能です。
話が変わりますが、
男の顔色が真っ青になり、自身を掴む手から逃れようと踠くが既に手は上半身まで掴んでいる。
「あぁ、向こうでは何も口にしない様にしてくださいね。戻れなくなるので」
「蘇芳けったいな格好しとるけど大丈夫なん?」
「霊力で傷口を塞いだので大丈夫です」
「で、あの男どこ送ったん?」
「黄泉比良坂に」
「阿鼻か無間地獄にでも送ればええのに」
「ちゃんと後で話ができる状態で確保する様に担当者から言われたのと、あと時間が足りなかったので」
「また面倒臭い注文しはるな。まあええわこれで終いやろ」
さっさと帰ろうとする審神者たちを担当者が引きとめる。
「ちょっとお待ちを!せめて
「無理」
「だるい」
「えーおねがいしますよお」
瞬時に断る蘇芳と淡藤に担当者が懇願する。
蘇芳たちが集まっているのを見つけて芥子も近づいてきた。
「芥子、大祓詞奏上できる元気ある?」
「ないでーす」
「このままだとまずいです。おねがいですからあ」
「まだご遺体もあるようだから祓っても意味ないでしょ。別の日にしたら?」
その蘇芳の言葉に担当者は諦めた。
「蘇芳さん、淡藤さん!戻る前にわたし行きたいとこあるんです!」
「どこいくん?」
「ディズニーだけは勘弁して」
「マクドナルド!」
「なんであんなとこ…」
「いつでもいける…」
「だって本丸だとジャンキーな食べ物ないじゃないですか!精々出てもから揚げぐらいなので、たまには脱・健康食したいです!」
芥子はそう言い淡藤たちを説得しだした。
審神者の血塗れの狩衣姿を見て虎杖は走ってきた。
「姉ちゃん血出てる!」
「これ?ハロウィンの仮装みたいなもんだから大丈夫。それより悠仁もマック行く?」
「は?今から?」
蘇芳はなんでもないように首を縦に振った。
「えー僕らも行っていいの?」
五条が口を挟む。
「五条さんはドッグフードでも召し上がっては?」
にこりともせず蘇芳は返した。
「は?」
「かんにんえ、お兄さん。蘇芳は疲れとると嫌いな人には塩対応になるんよ。わざとやないし、ゆるしてな」
「は?僕嫌われてた?」
【獄門彊に五条が封印された後】
五条が封印された獄門彊を眺め、審神者はしばらく何かを考えていたが、切り出した。
「1週間とは言いませんが、3日間ぐらいそのままにしておいたらどうです?」
全員がそれちょっといいかもと思った。
まだ良心がある者の説得で宮内庁秘蔵の呪具を使いすぐに出された五条は、後々詳細を周りから聞き、審神者に鬼電したが審神者は既に着信拒否していた。
五条が駄々をこねてついてきたので、審神者は全員分の代金を五条に払わせた