私はスクールアイドルになれない   作:ルイボス茶

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灰色→

「・・・はい、その通りです。えっと、それは・・・申し訳ございません」

過度に清潔なオフィス、その窓際に構えたデスクで男はじっと私を見る。

この組織において部長と呼ばれる男は今、私に向かって言葉を発しているのだろうが意味など考えない。

私は自我の欠落した耳でノイズを受け流す。

そして誰のものでもない言葉を口から発し頭を下げる。

「・・・失礼します」

自分のデスクを通り過ぎ、部屋をでる。

誰も来ることのない非常階段の踊り場で私は腰を下ろす。

4月のさわやかな空気など気にも留めない。

「・・・はぁ」

手すりに背中を預け、天を仰ぐ。

目の前に広がるのは一つ上の踊り場のウラ側。

「・・・灰色」

こぼしたその言葉に気付き、溜息で押し流す。

「戻らなきゃ」

そうして私は仕事へとつく。

 

社会人になり、気づけば3年目になっていた。

やりたいことも特になく、なんとなく聞いたことがある会社を受けたら採用されて就職。

待っていたのは変化のない日々だった。

そんな日常に退屈した状態でろくに仕事ができることもなく、

呼び出されては説教を受けてまた仕事に戻る、その繰り返し。

これといった趣味も持たず、友達もいないわけではないが頻繁に遊ぶわけでもない。

ただ、毎日を過ごしている。

世界にはこんな自分を「生きているだけで偉い」と言ってくれる人がいるのかもしれない。

でもそれは生きている証を残した人だけの特権だ。

私の生き方はどこにも残りはしない、私がいた証明なんて戸籍程度だろう。

そんなことを考える。

 

19時、帰りにコンビニでホットコーヒーを買う。

特別仕事量が多いわけではなく、給料もそれなり。

それだけは私の選択の良かったところ。

ぬくもりを失い始めたコーヒーを口に運んだ。

街明かりでまばらに広がる星空を見上げながら思う。

「私にも、夢中になれるものがあれば」と。

 

 

「~~~♪」

ふと、声が聞こえた。

どこからだろうとあたりを見渡す。

普段であればこんなこと気にならないが、この日はなんとなく気になってしまった。

その声が近くの公園からだとわかり近づいてみる。

声は大きくなり、それが女性の声だと分かった。

可愛らしい、けれどはっきりと一語ずつ届くように発音する歌声が知らずのうちに頭を支配していた。

歩みが早くなる、気持ちがはやる。

この胸のざわつきを知りたくて、一歩が大きくなる。

「いた・・・」

そこには、いっぱいに身体を動かしながら懸命に歌う少女の姿があった。

汗を垂らしながら、まるで届けたい誰かがいるかのように歌っていた。

「・・・すごい」

私の無意識がそうつぶやかせた。

「え?」

声はその少女の元まで届き、私を支配していた音が止まった。

「あ、ごめんなさい。邪魔してしまって。歌声がするから気になっちゃって」

「わ、こんな時間!私の方こそうるさくしてしまってごめんなさい!」

「そんなこと!素敵な歌ですね」

「あ、ありがとうございます!実は私、高校でスクールアイドルをやっているんです」

「スクールアイドル?」

「はい、サッカーとか、吹奏楽とかといっしょで、学校の部活でアイドル活動をするんです。

といっても私もまだまだなんですけどね。

あ!私今度この近くでライブをするんです。せっかくのご縁ですし、ぜひ来てください!これ、チラシです!じゃあ私はこれで!」

「え、あ、はい・・・」

そういうと少女はその場をあとにした。

私は渡されたチラシに目をやる。

「スクールアイドル・・・同好会・・・」

チラシを見ながら、私は動揺していた。

少女がいなくなった後も、胸の動悸が収まらない。

苦しいわけではなく、もっと、明るい、そんな気がする。

しばらく忘れていたこの感覚。

私は今まで確かに、夢中になっていた。

少女の歌声に、スクールアイドルという存在に。

もっと、知りたいと、そう思ってしまった。

 

すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干し、ゴミ箱へ投げ入れる。

ヒールなんてお構いなしに家まで走った。

もっと知りたい、もっと、もっと、もっと!

家につけば私は服も着替えずスマホに打ち込んだ。

「スクールアイドル」

無数に生まれてくる動画を片っ端から見ていく。

「すごい、すごいすごい!」

憧れ、夢、努力、刹那、パフォーマンスを見て感情があふれてしまう。

時間を忘れて次から次へと再生ボタンを押す。

そのうち、ある動画にたどり着いた。

「あ、この子・・・」

それは、さっきチラシをくれた少女だった。

「ゆうき・・・せつなさん」

それが少女の名だった。

名前を認識したときには私はもう彼女に魅了されていた。

「スクールアイドル・・・すごい!」

私の世界に、初めて色が加わった瞬間だった。

 

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