こちらIS学園“きらら”行き   作:きらきら星協奏曲

10 / 12
第10話 それは嵐の前

「はあ……」

 

 喧騒に満ちた夜は、月が昇るほど更けていく夜と共に、その静けさを取り戻していった。

 

 彼女が熱いシャワーを浴びていたのは、丁度そんな頃であった。

 

 この後同室のクラスメートが何も知らずに入っていって、それで悲鳴を上げるのだが、まあそれを気にも留めないような心持。

 

 実際そうであろう、一番気になるのはやはり────。

 

「夏海さん……?」

 

 思わずそう呟くくらいには、それを思わないことは無かった。

 

 正直なところ、セシリアにとっては、この場所がやはり不釣り合いであると考えていることは間違いない。

 

 だが違うところは、その考えが不躾であるとわかっていたという事。

 

 そしてきっとあの娘の裏には、彼女自身の想像もつかないような事情が渦巻いていると、長年()()()()()()()()()()()()()にいた経験から察してしまう。

 

 勿論夏海が、直接的に何かを言ったわけでは無かった。

 

(だけれども……)

 

 なぜかその身を、己の過去と重ね合わせてしまう真似などしてしまえば。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 昔、セシリアは──恐らく、幸せだった。

 

 高貴な身分に生まれ、様々な礼儀作法を身に着けることを強要はされた。

 

 だがそれでも何不自由ない生活は望まれた。

 

 高貴たる身分に、高貴たる為の義務を。

 

 そう教えられていたからこそ、その姿が目立っていた。

 

 男というには情けないその姿を、彼女は散々見てきたものであるから、信ずるものは己しかなくなっていった。

 

 だがそれならば、()()()()だったならばもしかしたら、時間を掛ければその氷も融けてなくなったかもしれない。

 

 

 

 ────彼ら二人は、亡くなったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

(……)

 

 きっと考えている少女の、夏海の想像つかない重荷がどれだけ自分に背負わされたか。

 

 だが同じく知らないのだ、彼女の背中にどれだけの重荷が乗せられているのかも──。

 

(……貴方は、一体……?)

 

 僅かに、だが、間違いなく大きくなっていく彼女の存在。

 

 そして、彼女はふと気が付く。

 

(……私、いつの間にそんな事思っていたのでしょうね)

 

 ぽつりとそんなことをつぶやきたくなるくらい、初めて思った事であった。

 

 他人を気にして、まるでその人を想う様な気分になったのは。

 

「……」

 

 ふとその体を洗う仕草を止めて、シャワーも止めてしまう。

 

 鏡は曇っていてそれを手で拭ってやると、セシリアはその顔をまじまじと見つめていた。

 

 久しぶりだった。

 

 こうして自分の顔を、本当の意味で見返す事になるのは。

 

 そこには誰も彼もが美人だといって然るべき、青い瞳に濡れたブロンドの髪を揺らしていたが、そこには少し頬こけた顔が映っているような気がした。

 

 

 

 だがその顔は、ある思いを抱いた瞬間、驚愕に染まるとともに、一体何を考えているんだと、自分を問い詰めることになった。

 

「……そんな」

 

 彼女は何か馬鹿な事を考えたのだろうか、それとも彼女にとって──それこそ恥ずかしい思いでも抱いたのだろうか。

 

 茹った顔であまり分かりずらいが、確かに目を背けて顔はさらに、だがほんのわずかに頬を赤らめた。

 

「私……一瞬でも、何を?」

 

 だからそんな考えはすぐに止めて、もっと他に考えようとしたが──。

 

(で、出来ない!?)

 

 まさか、あまつさえ。

 

 

 

 ────彼女に甘えたいなどと。

 

 

 

 正気ではない、既にセシリアは錯乱している! 

 

 何とか辛うじて正気に戻ろうとするも。

 

(……いやいやおかしいでしょう何を考えているのでしょうか本当にそもそもあの人はあの人で苦労しているでしょうし性格だって人懐っこいどころか人見知りで間違いはないでしょうしそもそも迷惑ではないですか私何常識無い事を口走りかけてそれに実行したいなどと)

 

 ああもう駄目だ、彼女も壊れた。

 

 因みにこの後15分くらいでシャワーから上がったものの、やっぱりベッドの中で火照った顔を冷ませるその術は、首都圏にほど近いここでは無情ながらも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん?」

 

 サラダばっかりと、少しのパン。

 

 それが彼女の朝食だ、勿論篠ノ之箒もそんなに食べる方でもないが、それでもこの食べる量と食材は心配になるのだった。

 

「なあ、もう少し食べても良かったんじゃないか?」

「そう、言いながら、ベーコンを置かないで……!」

 

 朝に開いているバイキング、流石最新の国立教育機関とだけあって、そのアメニティサポートは相当なものである。

 

 そもそも人工島の上に作られているのだから、相当な金のかかりようと言わざるを得ない。

 

「もっと、いや、もう少しくらい正直肉とか食べたほうがいいぞ。 少なくとも卵焼きの一枚もないのは問題ではないか」

「だからって……」

 

 ジト目で眺める夏海ではあったものの、だが箒の言う事はなにも間違ってはいない。

 

 なんなら野菜ばかり食べていても、だめだというのは既に栄養学上では証明済み。

 

 だからみんなも、栄養に偏りなく食べよう。

 

「別に、このくらいでいいもん」

「そんな……」

 

 

 

 そしてそこにカツカツと歩いてくる人が一人、しかも恐れもなく来たものだから、箒はいつもやっているように気配を当ててくるのだった。

 

 だから周囲の人間はあまり近寄れなかったし、視線を送ることも出来なかった。

 

 だがそんな中その人は悠々と、そして落ち着いた微笑みをたくわえたまま、夏海に用事があるとして歩いてきたのである。

 

 その顔は昨日ぶりだから、二人はよく覚えている。

 

「あっ……セシリアさん!」

「むっ……」

「セシリア、呼び捨てでよろしいですわ。 散々お世話を掛けたのもありますし、何より……とにかく、同席してもよろしくて?」

 

 図々しいとは思わない夏海は、快くうんと頷いて肯定するが、隣で座っている箒はあまりいい顔をしていない。

 

 勿論先日の一件もあるだろうが、何より夏海との朝のひと時を邪魔されたのだ。

 

 彼女が抱いている語りたくない何かはさておき、実際に箒は一家言あるはずなのだが、それに関しては何かを言える立場ではない、というのも事前に分かっている。

 

 それに夏海を怯えさせたくないというのもある、加えてあの戦いを終えた後、とっくにそのような事を言いつけられてしまっていたのだ。

 

 またまた驚くとともに、渋々それを守っている箒である。

 

 だがそれでも、彼女には()()()()()()()()を感じ取ってしまった日には。

 

 

 

「やっぱり、その、英国の人って、紅茶を飲む時間、大事なんですね」

 

 そう微笑ましく尋ねる光景に対して、セシリアはというと。

 

「……え、ええ! そうですとも。 一日3回、絶対に欠かせないのですが、あくまでも学校の、学生の身ですから」

 

 若干どもりながら、しかも心ここにあらずと言った感じで、彼女の質問に答えてあげるさまと言ったら! 

 

 箒は察した──いや箒じゃなくともわかる。

 

 よくわからないが、確実に何らかの心境の変化があった。

 

 しかも()()()()へと、変わって行ったような。

 

 箒はこうなっている人をよく知っていて、加えて彼女はこのような者を『同類』或いは────『ライバル』と心の中で呼んでいる。

 

 だが昨日の今日でこうなったのは、流石に彼女も見たことは無い。

 

 尤も彼女を言い合わらす言葉は、ある意味一つしかないというのだけは、彼女も実は知っている。

 

(……軽くないか??)

 

 だがそんな──自分を余所に置いた──怪訝な視線を気にすることをなく、彼女らは歓談へと興じる。

 

 

 

「それにしても……スタイルは十分いいはずなのですが。 太りやすいのか、ベジタリアンなので」

「うん、と……その、脂っこい物、全部、ダメだから」

「スコーンなどは嗜まれたり、特に紅茶などは……」

「お茶なら、別に、嫌いじゃないですよ? お菓子は、うーん……」

「……その、もう少し、趣味を持たれた方が宜しいと思うのですが。 何ならアフタヌーンティーの嗜み方など、お……教えても、よろしくてよ」

「えっ? それは……そうかな」

「だって、あんまりにも暗い顔をしてらっしゃるの、かわいらしいのに勿体ないですわ」

 

 しかもだんだんと誘導されて行っているような──。

 

「すまないが!」

 

 箒は黙々と耳を傾けながらも、白米を口に入れていたが、ふと味噌汁で流してから、すかさずその怪しくなった会話口に介入する。

 

「やや、そうやや!  馴れ馴れしいとは思うが!」

「──嫉妬ですわね?」

「茶化すのではない!」

「でもどうやら夏海さんは、もうこちらに気を許しているようにしか見えませんが?」

 

 セシリアはそう挑発的な台詞を、わざと箒に投げつけてやると、彼女もまた面白いように反応して。

 

「…………」

「えっ、な、何何?!」

 

 きゅっと自分の身に夏海を抱き寄せて、余裕の笑みを浮かべるセシリア。

 

 中々愉快な絵面になっているではないか。

 

 彼女から発せられるプレッシャーのせいで、周囲の人間は笑えないものになってはいるが。

 

「あんまり困らせるのも趣味ではありませんが」

「……だが危ないだろうお前は。 ほら、夏海、あんな悪い奴に捕まってはいかんだろう」

「あ、あのう……その……」

 

 そんなドタバタしつつも、確かにその朝は静かに過ぎていくかと────そう、そう思われたのだ。

 

 

 

 

 

「──────やっぱりそうじゃない!」

 

 

 

 

 

 二人を思いとどまらせて、尚且つ疑惑の表情を浮かばせた声。

 

 食堂の中にいる全員の背筋と神経を、一斉に凍らせた声。

 

 だれがそんな命知らずな事をするか、まさかあの中にどうして入っていけるか。

 

 だがいるのだ、その二人の間に恐れず──それどころか、先程のセシリアよりも、ずっと気にしていないくらい大胆な足取りを進ませる。

 

 その彼女は誰なのか、というのは────他の誰でもない、織斑夏海の口から発せられたのだ。

 

 

 

「す、鈴ちゃん!」

 

 

 

 余りにも先ほどとは違う、それは何と明るい表情だったか。

 

 余りの変貌っぷりに、セシリアは固まったし、箒は悲しみを主とした複雑な感情に襲われて、もっと表情が崩れてひどくなっていく。

 

 だが間違いないと言えるのは、あの黄色いリボンを付けたツインテールの少女は────彼女ら二人よりも、随分と親しい距離にいるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 なんてこった、織斑夏海ちゃん!? 

 

 君一体何を仕出かしたのかもわからないのか。

 

 彼女等を放っておいて、もう一人の、多分昔の友人との再会を喜んでいるだって! 

 

 ともかく彼女は誰なのか、そしてやらかした夏海はどうなってしまうのか。

 

 それはここまで、次回に続く!




セシリアがそんなにうまい汁を吸えると思うてか!

こんなのでもよろしければ、感想評価、何卒お願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。