こちらIS学園“きらら”行き 作:きらきら星協奏曲
「空を飛ぶ……といっても」
そうだ、と険しい声が聞こえる。
彼女らは授業のためにアリーナに出ていた、目の前にいるのは、より気を張り詰めた千冬先生である。
「何を言っているんだ。 結局のところ、お前たちでは空に浮かぶどころか、システムの補助なしでは安定して歩くことすら出来んだろう!」
「は、はいっ!」
これらの千冬の態度は、仕方ないことであるし、彼女が言った言葉もまた事実。
本体ならば、直立歩行の方法から教えなければならんというのは、そんな必要は全くない。
システムをオフにしてまでも、教え込むというカリキュラムがあるのは、結局のところ彼女らはそれを使うということの意味を、喪ってはいないかどうかというのもあるのだ。
そもそもISは宇宙を目指すための物である、と教わっているし、そのような仕様もきちんと組み込まれているのだ。
だから未知なる領域で、彼女らが対処できない不具合が起こってしまえば、そのまま彼女の生命の存亡へと直結する。
だからこうまでしての、実地訓練に似た授業が執り行われるのだ。
尤も──それに加えて、ISのみに限らず全てのパワードスーツにおける仕様を、せっかくなのだ叩き込めと上からの指示があったのだ。
しかもうってつけの教材が、実際にそこにあるではないか。
そんなわけで、本来よりますます厳しいものになったのというのは、彼女らには教えられそうにはない。
「とはいっても、きちんとした飛び方を知っているのは、この中ではまだ……」
ちらりと二人を見れば、妙に距離が接近している状況と、その横でやきもきしている篠ノ之箒を見て、千冬はただハアとため息をついた。
「……織斑、オルコット。 前へ」
彼女たは気付くと、慌てたように走って前に出てきて、少し気まずい顔をしていた。
ますます頭を抱えたくなるような話だが、ともかくそれをよそに置きつつ、彼女らに指示を出す千冬。
「ISを展開してくれ」
「はい」
「は、はい!」
何とか冷静さを取り戻せていたセシリアは、きちんと1秒足らず、一瞬で装甲を身にまとったが──。
「……」
いや彼女もその位のタイミングでそれは出来たのだ、出来たのだが。
「……相も変わらず綺麗、ですけれども」
装甲がきちんと展開するのに、おおよそ5秒或いはそれ以上かかってしまっている。
ただ彼女が悪いというのはおかしいだろう──だって、そもそもISを展開するときの、エフェクトの長さとド派手さと言ったら!
まるでおとぎ話を映画にされたとき、確かにそこに付け加えられた、きらびやかな魔法のエフェクト。
そして魔法少女の変身バンクの如く。
早ければ早い方がいいだろうに、しかもそこにシールド機能さえあるのだ。
良いと思うか、堪ったものではない。
「ああああの! ちゃんと設定、して……これなんですぅ……」
「技術班には強く言い聞かせておく」
「難儀なものですわね……」
飽きれたような同情するような声をセシリアは上げてくれて、ただ千冬はそれを遮るように咳ばらいを一つ。
アリーナに建てているポール、丸い先端を視線で指しながら。
「……ともかく二人とも、あの上昇して、一周旋回して、その後急降下するだけだ」
「どのくらいまででしょうか?」
「地上30㎝まで、まずはセシリアから」
分かりましたわと言い終わるまで、セシリアの間が持たなかったのか、地面を蹴って青い軌道を残していく。
流石にあれだけ戦いのできる人間なのだ、悠々と『ブルー・ティアーズ』を駆ける様は大変見ごたえのあるものだ。
ただ彼女がこうしてやる気になっているのは、やはりジッと視線を向けている、ただ一人の少女の為である。
「……フフ」
艶やかだが幼さを忘れていない笑みを浮かべて、ウィンクを一つ返してから空中で何回か、だがしっかり見やすいような緩やかなロール。
下ではおおと歓声が上がったが、そんな物を気にしてなどいない。
ほとんど全くもって。
大事なのは──。
(しっかりと、見ていてくださいな!)
夏海が見ているかどうか。
だが彼女とて何も邪なものを腹に蓄えているわけでは無い、というのも──。
◆
『ところで、私が言うのもなんですが』
朝の嵐はまだ過ぎ去っていないころ、まだボロボロなセシリアからこのような言葉が発せられた。
『──なんとも、危なっかしい戦いをしてらっしゃいますわね』
突然何を言い出したのかと、箒は一瞬思ったのだが、それに対して夏海の反応は──相当芳しくない反応だった。
『……やはり、自覚があるだけ、まだホッと一息つけると言えますか』
どうやらアウェーなのは自分だけなのかと、箒は焦る表情を見せるが、ふざけている場合ではないのは確かだろうに。
『それは、一体』
『空中戦での彼女の光景、見ましたでしょう? 私は近くから見た者ですから、はっきりと言い切れますが──夏海さん……あなた全く、戦うための体の動かし方を、分かる分からない以前に──
つまるところ、運動音痴というか、いやもっと厳しく言ってやるのならば──戦うセンスがないという事だ。
たしかにISの性能はぶっ飛んでいると言って差し支えない。
それを使って出来ることは、彼女の
だがそれ以上に──戦えないというのでは、いや好戦的になれという話ではなく、そもそもそのような事が出来ないのでは。
それは夏海の動きから、いやもっとそれ以前から──。
だからセシリアは指摘もしたし、驚きもしたし、何なら歪だとも思っていたのだ。
だが勝ってしまった。
そう
『あー、それアタシも思うわ』
横から突如顔を出してくるのは凰鈴音、彼女はまだ帰っていないどころか、夏海の背中にぴったりくっついて、顎を小さな頭に乗せてすらいる。
『……いつまでいるんだ、お前は』
『鈴音って言ってるでしょ? お前なんて名前じゃありませーんー』
『そう言う意味ではない! おおよそ部外者の……』
箒は相も変わらず喧嘩腰であるが、そんな彼女の文句を咄嗟に手で制したセシリアは、とにかくと話しを進める。
『とにかく、これから先は貴方に、戦わなくてもいいという選択肢はあるかもしれませんわ。 それでいても……貴方は戦う力はあった方がいいと、私は考えるのですが』
『……』
『夏海……』
夏海はあまりにも哀しい顔で、深く考える。
戦ってはいけないという制限は、確かに自身の中に存在していた。
だがそれが嫌がらせでも何でもない、ただ姉からの思いやりから来るものだというのはわかっていて。
IS学園に入れさせてくれたのも、結局ISが上手く使えるなんてものでもない、単純に────友人が欲しかっただけ。
この場にいる誰よりも、一番自分が薄汚いと感じる。
また────前の自分みたいに、今度はセシリアを裏切る真似をするのかと。
『…………』
彼女はふとその瞳が、弱々しい輝きから全く別の物へと移り変わって。
『私に、その……出来ない事は、いっぱいあると思うんです』
『!』
『それに……本当は、戦うのが、怖いんです……。 私は、それに、強いとか弱いとか、分からない、です』
箸をパチリと置いた夏海は、真っすぐな瞳でセシリアの青い瞳を見つめ返す。
答えは決まった、ただ二つばかり、絶対に約束しなければならないだろうから。
『それでも────』
◆
夏海はあの軌道をじっと見つめている。
流星のようにそして光のように、円を描いている軌跡を目で追っている。
ああと千冬は心の中で嗚咽を漏らす。
なぜだと哀しみを表したい。
だけれども、先日の出来事は夢でない、その位の分別と冷静さはあるつもりだ。
「……よし、セシリア、まず手本としては上出来だ」
「滅相も」
「だが手を横に向ける癖だけは治しておけ」
「……」
ガクリと崩れるセシリアを無視して、千冬はただ催促する、あるいはそうするしかない。
「……次は夏海だ、同じように、同じルートを通るだけだ」
「はいっ」
小さくだが元気よく声を出して、彼女は地面を蹴るとふわりと飛んでいく。
それは本当に緩やかに、優雅に。
(……ああ)
ただ先ほどと変わらないような、その光景は千冬に強く刻み込まれていく。
手を伸ばしていたかった、だがしなかった。
外聞などではない、伸ばしても届くはずもないだろうと思ったから。
自分の姉妹、自分の肉親、ただ一人の可愛い子供──今空へと昇っていく。
(……綺麗だ)
────ただ今だけは、お手本にしたい綺麗な円を描いて、内周を飛んでいるのだった。
◆
がんばるのかい、織斑夏海ちゃん。
だけどあの空は遠く、そして遥か彼方だ。
空を駆けてゆく。
子供たちはあんなにも自由だ。
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